急変

第4話  視線

子供は無邪気だ。

空想の世界で生きている。

空が何かも知らないで、水がなにかもしらないで、道路がなにかも知らないで。

無垢に純粋に一つ一つあふれる新しい出来事にそのままの感動を味わって表情に出してそうして健気に遊んでいる。

あのことが忘れようにも忘れられず、脳裏にこびり付いた焦げのように思い出してしまう日々が続いていた。家にいても学校にいても塾にいてもふいに湧き上がる。良くない気分を晴らそうと休日の今日はこうして部活を休んで公園に一人で来た。


公園のベンチで座りながら砂場で遊ぶ子供たちの様子を見ているとなんだか自分の憂鬱さがどうでもよくなってくる。

あの日のことは忘れよう。

爽やかな初夏の風を受けてそう決意する。今日は日差しが良い。木漏れ日を感じていると気分もなんだか晴れやかになってくる。

滅入っていた気分もいくらか晴れやかになってきた。天気は良い。太陽は気持ちよい。すべてを浄化してくれる。そんな気がする。


だが、それも一時の事だった。夏の空は急に天気が変わる。

さっきまでの気持ちの良い風は止んでいた。代わりに湿気を含んだ生暖かい風が頬を撫でる。ごろごろと不快な音を立てて雲行きが怪しくなる。嫌な雰囲気だ。それと共に子供の視線が強くなるのを無視できなくなっていた。


ちらちらちらちら。


気のせいで納めていた頻度を優に超えて、目線がこちらに向いてくる。

見てはいけないと分かっていつつ本能的につい確認してしまうような恐怖におびえた眼が6つ。


曇りのないまっすぐな視点の先は微妙にわたしからずれて背後にかかっている。


気づきたくなかった事実を認識してしまって涙目になる。


一体何がいるというの。

瞳に恐怖を宿して、母親の胸に縋りつくぐらいの。


泣き声も上げずただただ急にぐずりだした子供たちを母親は抱き留めて「あらあら」と納める。


「疲れちゃったのね」

違う。

「いっぱい遊んだもんね」

違う。

「今日はもう終わりにしましょうか」

違う。


それでも優しい声は子供たちに少しの安堵を与えたらしい。今度はこちらを見ないように気を付けて、振り返ることなく一直線に走って車に向かっていく。

「車に気を付けて!」

「走っちゃだめよ!!」

母親たちのありきたりな掛け声を聞きながら、私は独り頭を抱えた。


一体なにがいるというのだ。


疑問に答えるように、後ろのなにかが笑う。


お前がいけないんだ。

お前のせいだ。

お前が見たから。

お前がいたから。


そういうようにケラケラと、無邪気に笑う。


それを止める方法を私は知らない。



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