第3話 表題:起こってしまったこと

人は知ってはいけないことがある。

それを文字にしたところで、逆に惹かれてしまう人の存在があるのを私は知らなかった。ここに書き記しているのは私の世界の話で、あなたの世界の話ではないことを最初に書いておくべきだったと後悔している。


偶発的にそうだったのか、それはわからない。SNSにわたしのことを書いた次の日。


目の前で男の人が轢かれるのを見た。



スマホを掲げて何かを見ていた。

点滅する信号。

耳には黒いヘッドホン。

――不意にそう、本当に急だった。

交差点の中央で驚いたように右に振り向いて立ち止まった。

瞬間――ドンと重い何かがぶつかる音。人々の悲鳴。遅れて急ブレーキの音がした。


時が止まる。


騒めく人々。

運転手の動揺した声。「救急車を!」叫ぶ人。


その時が流れる間、男性には黒い何かか覆いかぶさるように首元から視界の横に張り付いていった。

地面を這い、ずるずると身を引きずるように粘着質なその体を動かし顔を覆うのを私は驚きと共に見つめる。

それはまるで最後の一息を奪うかのように、男性の顔を飲み込んで大人しくなった。


地面に血液が歪な楕円形を描きながら広がっていく。


ぴちゃり、

赤を喜ぶようにどこかで音がした。


しまったと思った。


黒い何かはいつの間にか消えていった。


いつも通りであれば見えるはずの魂は天に上らなかった。

それがどういうことなのか。

ガタガタ震えながら帰宅してシャワーを浴びる。

吸い込まれるように目に焼き付いてしまった黒。

夕方のニュースで当事者が亡くなったことを知った。


なにかはわからない。けれど嫌な予感が。全力で逃げなさいという直感が。全神経が。


アブナイ、と警告していた。


見えるだけの私には祓える力もない。

それがどういうことなのか、考えたくない。

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