第2話 表題:影はいつだってそこにある

黒い影がある。

街中に。ビルの陰に。陰陽に。

私は街に出るとき、雑踏を歩くとき、必ずイヤホンをつける。

街の中は常にコエでいっぱいだ。生きる人の声や生活音、車の稼働音。

通常はそう言ったものにかき消されて人の耳に届くことは少ない。

けれどたまに。不意に耳元で聞こえる「人の声」。その声は「あ」だとか「う」だとか何かしらの言葉にはなっていないことが多いのだけど、不思議とはっきり「聞こえた」ということだけは認識できる。

そういう時に振り向いても誰もいない。立ち止まったところでは別に悪いことがあるわけではない。

そう言った時ほとんどの人はただ心の中に急に黒い染みのようなわけのわからないモヤモヤとした気持ちを抱えながら過ぎ去る。

そいういう姿を何度も見てきた。


私は決して振り返らない。振り返ってもよいことはない。

人は簡単に影に潜り込む。そして知らないうちに抜けていく。

それでいいのだ。それがいいのだ。


それ以上のことは起こってはいけない。

自分の気持ちの中でセーブをかけて、たとえ気が付いてしまったとしても、素知らぬふりをして生きていく。

それが一番無難に引きずり込まれない方法なのだと私は知っている。

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