第5話 悪夢

憑かれたと疲れた。は似ている。

突然何を言い出すのだ、と言われるかもしれないけれど、あれからあの事故からすでに一か月。

体重が5キロ減った。


夏場になにもせず5キロも落ちるのは普段のわたしならとても喜んだと思う。

海にプールに行きたい放題だ。本当なら部活の中まで花火ワイワイやっているはずの夏休み。

蝉の声が煩わしい。

クーラーの効いた部屋の中で私は頭まで布団をかぶる。

既に一週間。夏休みが始まったと同時に私は部屋から出れなくなった。

あんなに大好きだった部活にも参加せず、ほとんど風呂にも入らず引き籠る。ただただ体が重く悪寒が続く。最初は風邪のせいだと思った。

だが、熱はでない、咳も鼻水もでない。ただただ寒い。そして、寝れない。いや、それは正しくないのかもしれない。寝れはする。ただ悪夢にうなされて飛び起きるだけだ。

毎夜、うーうー唸りながら飛び起きる娘を母はとても心配している。


「なにがあったの?」

「どこが悪いの?」

「どうしてそうなったの?」


疑問符の嵐だ。


けれど、なにもわたしは言えなかった。


想像してみてほしい。

突然自分の子供が霊やなんやとオカルトチックなことを言い出したら。

何かに憑かれたから寝れないと言い出したら。

恐怖を抱かないといえるだろうか。

まして母親はそういうのが一層ダメな人類だった。



言えない。

事故をみた、なんて。

何かを憑かせてしまったみたい、なんてもっと言えない。

今も窓からのぞいていて、スキを見ては家の中に入ってこようとしているなんて。

心配性の母のことだ。

それこそお祓い占い、あれやこれやのてんや騒ぎになるだろう。

挙句の果てに隔離病棟にでも入れられてしまうかもしれない。

言いようのない不安が常に付きまとう。

解決方法はないかと、頭をひねりながらスマホをいじるしかない。


アレが来てから、部屋がどうも生臭くなった。

空調を入れていてもどこかじめっとした湿気が取り切れない。

窓際と家の周りには母にばれないように盛塩をしてある。

盛り塩は効果がある、と経験則で知っていた。


だが、それでもこれだ。

こんなことは初めてだった。

見えてしまったからついてきたのか、図らずも私に因果があってうちに来たのか。前者ならまだいい。後者だったらどうするのか。


打つ手がないのにアレの視線は常にあった。


薄暗い部屋で明るく光るスマホの検索履歴には「お祓い」が並ぶ。だが、どれもこれもあてになりそうになかった。


大体「お祓いしたら肩の重みがなくなった」「気分がよくなった」「息が吸えるようになった」


みんな同じ症状、同じ感想。


そんなのを信じられるだろうか。

申し訳ないが神社や仏教でお経などと法典などというものを始終唱えている人ではなく、確実に物理的にこの嫌なものを消し去ってしまえることのできる人を探している。

開くHPのどれもが怪しい値段、もの、実績。

趣味の悪い七色のワードアウトが並ぶ。どれもこれもゴシック体の強調文字。



違う、私が欲しいのはそういう情報じゃない。


何度も何度も目の下に熊ができるほどサイト巡りをしているのに見つからない。

画面をスクロールする。

やはり、どれも胡散臭く、目玉が飛び出るほど高い。


どこかに救いはないのか。

そう思ってSNSを開いた時、たまたま上がってきたプロモーションに目が留まった。


”あなたの悩みに派遣します。初回使用料1000円。まずはDMにて相談ください”


派遣?

なにを?

そう思いながら指は勝手にDMを開いていた。


”なんでも解決できますか?”


そう打つ。返事はすぐに来た。


”ご連絡ありがとうございます。

DMを担当しているブルーベアと申します。

解決に至るかどうかは別ですが、どんなことでもお手伝いします。

まずは困っていることをお伝えください。”


思いのほか丁寧な返信だった。

ブルーベア。

なんだかかわいい。

とりあえず、DMは無料だ。

確認しながら頭の隅でバックレる用意も考えながら、私は事の成り行きをその熊に送ることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る