第26話 学校を作ろう4
――却下。
――却下。
――却下。
あまりにも却下ばかり言われて、私は腹いせで公爵に『却下大魔王』というあだ名をつけた。
まぁ、確かに税金を投入するんだから、生半可な計画書じゃ通らないのはわかりますけどね。それでもこの人本当に通す気あるのかしらと思うぐらいには、稿数に稿数を重ねた。
今や事業計画書の企画意図もスラスラと諳んじることができるくらいよ! 伊達に20稿まで粘ってない!
それでも私が挫けず頑張れるのは、私を応援してくれる人がいるからに他ならない。
「デボラ様、実は町の保安局の旧出張所が現在放置状態にありまして。古い建物ですが、訓練用の広い庭もありますし、修繕すれば学び舎として使えるのでないかと思います」
「保安局には知り合いも多いので、よかったら私から話を通しておきますよ」
ほら今日も、困っているところに協力してくれる人が現れた。
校舎となる建物の確保で悩んでいたら、ヴェインとコーリキがありがたい情報を持ってきてくれた。旧出張所の近くに別の出張所もあるということで、危機管理的にもばっちりだ。これは早速下見に行かなくては。
「デボラ様、学校の体育の授業にはぜひ筋肉体操をご採用下さい。子供の頃から体を鍛えるのは大事なことですので!」
ヴェインは、こんな時でもやっぱりヴェインだった。
エヴァやレベッカは「やっぱり言うと思った!」と笑いをこらえ、イルマはなぜか「毎度毎度申し訳ありません」と恥ずかし気に頭を下げている。
ん? どうしてイルマがヴェインの発言で頭を下げるの?……と思ったけれど、その謎は、数日後に解けることになった。
事のきっかけは、メイド長のマリアンナの一言だった。
「デボラ様、学園の制服については、テルヴィエにあるメルツァー裁縫店にご相談するのが良いかと思います」
「メルツァー裁縫店?」
テルヴィエと言うのは、アストレー領の南東にある街だ。このアストレーの次に栄えていると聞いたことがある。
「マリアンナは制服の採用についてどう思う?」
「とてもよろしい案かと思います。貧富の差のある子供達が一か所に集えば、まず身なりに差が表れてしまいます。ですが全員制服ともなれば、貧富の差も意識しづらいものとなりましょう。また私どもメイドも、制服を着れば気がシャンと引き締まります。身なりを整えるということは、とても重要なことですから、多少予算がかかっても採用したほうがよろしいかと個人的には思います」
正直、マリアンナの意見を聞くまで、制服にまでお金をかける必要があるのか迷っていたけれど、やはり制服は用意しようという考えに落ち着いた。
マリアンナは「ではメルツァー裁縫店にはこちらから連絡しておきます」と早速交渉の手はずを整えてくれた。
メルツァー裁縫店の店主が従業員と共にやってきたのは、三日後のことだった。
なんとこの世界では珍しく、女性が社長を務めているそうだ。
「初めまして、デボラ様。メルツァー裁縫店の社長・アイーシャ=メルツァーでございます。この度は我が裁縫店にお声をかけていただき、大変嬉しく思います」
「こちらこそわざわざ呼びつけてごめんなさい。是非裁縫のプロであるアイーシャさんのご意見をお聞かせ願いたいわ」
「ありがとうございます。私のことはアイーシャ、で結構でございます」
アイーシャ=メルツァーは、ぱっと見小柄で、いかにも可愛い系の女性だった。
今日来ているパステルピンクのドレスもよく似合っている。袖口がベルスリーブになっていて、胸元に施されている花の刺繍も見事だ。
アイーシャは挨拶もそこそこに、用意してきたデザイン画を鞄から取り出した。
「送って頂いた計画書を基に、こちらでデザイン画を起こしてみました。まずは子供達の着やすさ、動きやすさ、快適さを第一に考え、男子用と女子用をそれぞれ10パータンずつご用意させて頂きました。また防寒着として、羊毛生地を使ったアカデミックガウン、もしくはローブなどもぜひご提案させて頂きたいと思います」
「まぁ、すごいわ」
わずか三日の間に、アイーシャは様々なパターンのデザイン画を用意してくれた。
まるで前世で有名だった某ファンタジーの魔法学園の世界観そのものだ。
そのどれもが可愛らしくて、私は一目で気に入る。
「ありがとう、こちらのデザイン、検討するのに少々お時間いただいても?」
「もちろんでございます。また子供は日々成長するもの。制服のリサイズが必要な場合は、一着このくらいの予算がかかると思いますので、ご参考までに」
アイーシャは制服制作にかかる見積書も完璧に揃えていた。
なるほど、アフターケアも万全ってことね。
可愛らしい見た目とは裏腹に、アリーシャはかなりのやり手さんと見た。さすがマリアンナが直々に推薦する職人さんだけあるわ。
「お忙しい所、こんなに迅速に色々揃えてくださってありがとう。前向きに検討させて頂きますわ」
「いいえ、こちらこそ。良いお返事、期待しております」
こうしてアイーシャとの最初の交渉は無事終わった。アイーシャは荷物をまとめると、優雅に席を立ちあがる。
「それでは私はこれで。………あ」
「………」
その時ふと、私の背後に控えるイルマと目が合ったようだ。アイーシャとイルマは同時に苦笑し、
「イルマ、お久しぶりね。元気そうで何よりだわ」
「そういうアイーシャこそ商売が順風満帆なようでよかった。あなたのお店の噂はデボビッチ家にまでしっかり届いているわよ」
と、軽く挨拶を交わす。
おや? もしかして二人は知り合い? しかもこの口の利き方、なんだかとっても気安いような……。
思っていたことが顔に出たのか、イルマがすぐに二人の関係を説明しくれた。
「実はアイーシャとは昔からの顔見知りでして」
「そうなの?」
「はい、以前、私もこの屋敷で働いていたことがあるのです。懐かしいですわ。まだそんなに時は経っていないはずなのに……」
アイーシャは目を眇め、過去を振り返るように室内を見渡した。
そして会話の流れで、こちらが予想もしていなかったことを言い出す。
「そういえばイルマ、旦那様はお元気?」
「え、ええ、相変わらずよ」
――は? 今なんと?
私はいったん外しかけていた視線を戻し、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
なんか今、聞き捨てならないような単語が、アイーシャの口から飛び出したような気がするんだけど……。
いや、やっぱり気のせい。そんなことあるはずないわよね、ホホホ……。
「でもあなた達夫婦のことだから、どうせどちらもお役目第一なんでしょう。仕事もいいけど、あなた達の赤ん坊の服を私に作らせてくれるって約束、忘れないでちょうだいね」
「わ、わかってるわよ。でもこればかりは授かりものだから……」
……。
……。
………。
…………。
イルマが頬を赤く染め、照れる姿なんて初めて見た。
私はフリーズどころか、北海道雪まつりの雪像のように固く凍り付く。
………え? マジ?
もしかしてイルマって……既婚者だったの?
今までそんな素振りなど見せなかっただけに、アイーシャから告げられる事実は衝撃的だった。
「えっ!? イルマさんって結婚していらっしゃるんですか!?」
「は、初耳だべ! 水くせぇ、そうならそうと教えてくれれば……っ」
しかもエヴァやレベッカもこの事実を知らなかったようで、雪像化してる私の代わりに驚いてくれた。
私達のリアクションを見て呆れたのは、話題を振った張本人・アイーシャだ。
「あら、イルマったらこんな大事なこと、みんなに隠してるの?」
「別に隠してないわ。言わなかっただけよ。デボラ様にお仕えするのに、特に必要な情報でもなかったし」
ゴホンと照れくさそうに咳払いするイルマに、私は透かさず心の中で突っ込んだ。
いやいや、めちゃくちゃ必要ですよ。そういうことは早く言ってよー!!
だけど衝撃の事実はまだこれだけでは終わらなかった。
「あれ? アイーシャ様はイルマさんの旦那様がどなたかご存じだべか?」
「知ってるも何も、カイン様にお仕えしているならあなた達だって度々顔くらいは見るのではなくて?」
「ちょ、アイーシャ」
「イルマの旦那様は――」
……そう、ここで一つ謎が解けた。
イルマの夫なんと――あのヴェインだというのだ。
「ぎゃあぁぁぁーーっ! 何それ、思いっきり美女と野獣の組み合わせじゃないのぉぉぉっ!?」
「デ、デボラ様落ち着いてくだせぇ!」
「確かにかなり驚きですし、デボラ様の表現は的確ですが、野獣はさすがにちょっと失礼すぎかと!」
その場で発狂する私を、エヴァとレベッカがどうどうと宥めてくれた。
イルマが結婚していたことにも驚きだけど、相手がよりにもよってあの筋肉バカ!?
いや、筋肉バカは確かに言い過ぎね。筋肉フェチ……ぐらいにしておこうかしら。
どちらにしろ、レベッカの言うとおり水臭い。そうならそうともっと早くに教えてくれればよかったのに。
「申し訳ありません、今まで黙っていて。ですが結婚しているからと言って、決して自分の役目を疎かにするつもりはありませんので」
「いえいえ、イルマはよくやってくれてるわ。むしろ今まで気づかなくてごめんなさいね。……というか、完全に予想範囲外だったわ。でも乙女ゲーだとイケメンよりゴツいガテン系キャラが好みドストライクっていう友達が昔いたし、マニアックかもしれないけどそれはそれで全然あり! イルマは野獣専ね。了解したわ!」
私はイルマに向けてビシッと親指を立てた。興奮してついつい多弁になってる私を見て、イルマ達は苦笑する。
「オ、オトメゲー? ガテンケイ? デボラ様がまた何か訳わからねぇこと言いだしたべ……」
「うん、しかも何気に失礼。ま、でもそんなところがデボラ様らしいわね」
イルマとエヴァ・レベッカは顔を見合わせて、うんうんと頷き合った。
その一連の会話を聞いたアイーシャも、釣られて一緒に笑ってる。
「噂に聞いた通り、デボラ様はとても面白い方でいらっしゃるんですね」
「いや、別に普通です」
やばいやばい、ついつい驚きのあまり、思いっきり素が出てしまったわ。
慌てて公爵夫人モードに切り替えようとするけれど、時すでに遅し。アイーシャには私の本性なんてお見通しのようだ。
「正直こうして直にお会いするまで、デボラ様は一体どんな方なのかと想像を巡らせていました。ですが予想以上に楽しい方で安心しました。イルマも以前より表情が生き生きしているようですし」
「ちょっと、人を鉄面皮のように言わないで」
イルマが抗議すると、アイーシャはまたフフッと花のように微笑んだ。その笑顔は女の私でも胸がときめくほどの、可愛いらしいものだ。うん、可愛いは正義。
「きっとデボラ様には、周りの人間を変えてしまう力があるのですね。もしかしたらカイン様も……」
「……え?」
「いえ、何でもありません。デボラ様はいつまでも、そのままのデボラ様でいらっしゃって下さいね」
そうすれば、このデボビッチ家も、カイン様も変わっていくような気がしますから……。
アイーシャはそう言って、私の部屋から去っていった。
だけど私はその去り際の言葉に、なんなとなく引っ掛かりを覚える。
うーん、これも一種の女の勘ってやつかしら。
アイーシャにはデボビッチ家に対する郷愁……以外にも、何か特別な思い入れみたいなものを感じる。
具体的に言えば、公爵に対して思うところがあるような。
だって「カイン様」と口にした瞬間、わずかに瞳が潤み、桜色の唇もほんのりと紅潮してた。
いわゆる乙女モード全開って感じで、同性の私の目から見てもドキドキするほど艶っぽい表情をしてたから。
……。
………。
…………。
――も、もしかしてアイーシャは過去、瑞花宮で働いてたってことはない……かしら?
その可能性に気づいた刹那、私の胸はなぜかモヤモヤし始めた。
フィオナやノアレだけでは飽き足らず、もしかしてアイーシャのことまで食い散らかしてたのか、あの公爵は!?
アストレー建設学園計画と共に急上昇した公爵の元愛人疑惑は、私の頭からこびりついて離れなかった。
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