第25話 学校を作ろう3
「――却下」
ハロルドに指南を受け、初めて作ってみた『アストレー学園建設計画書』は、あっさり公爵に却下された。
意気揚々と執務室に乗り込んだ私は、机にバンッと手をつき、公爵に噛みつく。
「どうして? ちゃんとアストレーの未来を支える人材を育てるコンセプトは明記していましてよ!? ほら、ここと、ここと、ここ!」
「だが計画の具体性に欠ける。必要な人材の数も明記されてない。何よりこれを書いた執筆者の頭の中が、このくらいでどうにかなるだろというお花畑なのが見え見えだ。なので却下」
「ぐ、ぬぬぬぬ……っ」
自信満々で提出したものの、結果はあえなく惨敗。
確かに計画書の内容が稚拙だったのは否めない。これでも私的には頑張ったんですけどねっ!
でも公爵をぎゃふん!と言わせるには、まだまだ手札が足りないみたいだ。
「く、や、し、いーー! 絶対あれは私をからかってる顔よ! 私の失敗を見て喜んでいるんだわ!!」
「デ、デボラ様、落ち着いてくだせぇ……」
「あまり悲観的にならないほうがですよ! カイン様もデボラ様に期待してるからこそ、敢えて厳しくなさっているのかもしれませんし」
自室に戻った私は、椅子に座りながらジタバタと地団駄を踏んだ。エヴァやレベッカが必死に宥めてくれるけれど、私の腹の虫は収まらない。指南役のハロルドも、まぁ、あらかた予想通りです、と頷いた。
「まぁ、最初はこんなものです。一発で計画書が通るなんてまずありえません。ここから推敲に推敲を重ね、計画書をさらにブラッシュアップしていくのです」
「うう、ハロルドは手厳しいわねぇ……」
「あら、これでもまだ全然優しいほうですよ、デボラ様」
「うげっ」
イルマもくすくす笑いながら、合の手を入れる。
どっちにしろ、事業計画書の作り直しは必須だ。私は突き返された計画書を改めて見直した。
「確かカイン様は具体性に欠ける……と言ってたわね。どのあたりかしら」
「そうですねぇ、例えばこの給食とか」
エヴァが計画者の一部を指さして、アドバイスしてくれる。
「うち、実家が商家だからわかるんですが、食料を商品にする場合、長期的視野が必要なんですよ。基本薄利多売ですからね。農作物は天候によっても収穫が左右されますし、安定した取引先が好まれます」
「うーん、つまりどゆこと?」
「例えば給食の食材を扱う業者とは、少なくとも3年以上の専属契約を結ぶほうがいいかもしれません。豊作の年も凶作の年も、同じ値段で作物を買い取ってくれるなら、農家は安心しますしね」
「なるほどなるほど」
エヴァのアドバイスを早速『マル秘ぎゃふんと言わせたいメモ』に書き込む。
加えてハロルドからも、ある提案が持ち掛けられた。
「子供達の発育のために給食を用意するというアイディアはよろしいかと存じます。特にチェン・ツェイ殿が扱っている米、あれはなかなかに腹にたまり、しかも長期保存がきく。もう少し価格が安くなれば、給食のメイン食材として使えるのではないでしょうか」
「あ、そうね。それもいいわね」
確かに給食で出てくるカレーや、炊き込みご飯は私の好物だった。
今はまだ米と言う食材はこのデボビッチ家にしか流通してないけれど、もっと大量に安く手に入れられれば、アストレーの特産になるようなメニューだって生まれるかもしれない。
ならば近日中にチェン・ツェイを呼んで、そのあたりを交渉しなくてはならないわね。
うーん、みんなと話していると夢が膨らむわ。
「それとデボラ様、給食を調理する人材に心当たりがあると、料理長が仰ってました」
「え? ホント? じゃすぐに話を聞きに行かなくちゃ!!」
さらにイルマが有力情報を聞きつけてくれたので、私はすぐに厨房へと向かった。「デボラ様は相変わらずフットワークが軽すぎるベ~」とエヴァやレベッカも、焦りながら後をついてくる。
突然厨房を訪れた私を、ケストランは笑顔で歓迎してくれた。
「ああ、ハロルドから聞いております。デボラ様がまた何か面白いことを計画なさっているとか。実は料理人には宛てがあります。私の古い弟子で、カバスで料理店を営んでいた者がいるのですが……」
ご存じの通り、去年の洪水の被害を受けて、弟子の店は見事に流されてしまいました……と、ケストランは沈んだ声で事情を話してくれた。
店がつぶれてしまったため、そのお弟子さんに残ったのは借金のみ。しかもまだカバスの復興は2割ほどしか進んでいない。
そんな中では店を立て直すどころか、家族が日々生きるだけで精いっぱい。今は狭い避難所で他の被災者と共同生活を送っているらしい。
「ですがもしこちらで給食を作る料理人として雇っていただけるなら、弟子も再び料理の世界に戻れ、家族を養うことができます。まさに一石二鳥。……何? 米を使ったメニューをメインにしたい? お任せ下さい、そいつの腕は師匠である私が保証しますから」
ケストランはガハハハと大声で笑い、お弟子さんを超推薦してきた。ケストランがここまで信頼する料理人なら、見込みありね、うん。
それじゃあ内々に話を進めてくれるようにと頼むとケストランは「ありがとうございます、諸々の手配はお任せください!」と力こぶを作りながら快諾してくれた。
うん、なかなかいい感じよ!
どうせだから、カバスの被災者を支援する意味でも、アストレーでの雇用を増やすべきってハッタリ……いえいえ、崇高なコンセプトも追加しておきましょうかね!
これで公爵も、そろそろぎゃふんと言うかしら?
「――却下。給食以外の問題が全く解決されていない」
――ぎゃふん。
やはり世の中はそう甘くはなく、ぎゃふんと言わされたのは私のほうだった。
だけど捨てる神あれば、拾う神あり。
このアストレーにやってきたまだ日が浅い私だけど、その短い間に築いた人間関係が、少しずつ実を結んでいく。
「デボラ様、学校を作るために教員を探してるんですって? それならオレ、宛てがあります」
ある日、ジョシュアが警護の休憩中に、わざわざ私の部屋を訪ねてくれた。
なんでもジョシュアのお姉さんが子育てが終わったので、職を探しているとのことだ。
「でも基本、女性ができる仕事って限られるじゃないですかー。うちの姉は王都の大学を出て貴族の家庭教師やってたんスけど、結婚してからはアストレーに戻り子育て一辺倒。そのあと働きたくても、女性は家を守ってなんぼっていう考えが主流ですし、まず女性を対象とした求職自体がない。姉が言ってました、もう少し女性が働きやすい世の中になれば、暮らしやすいのにって」
「それよ、それ! ナイステーマだわ、ジョシュア! この社会に足りないのはそーゆー当たり前の共通認識よね! 女性も男性と同じように活躍する社会を作る。 そういう名目を計画書に沿えれば、カイン様にも強くアピールできるわ!!」
私がぐっと親指を立てると、ジョシュアもぐっと親指を立て返してきた。
なんでもジョシュアのお姉さんの学生時代の友人数人も、同じように子育て後の暇を持て余しているらしい。
ということで、ジョシュア経由でその人達に今回の事業計画書(第2稿)を見てもらい、教員として働けるかどうか打診することになった。
ちなみにジョシュアのお姉さんってどんな方かしら?
「子育てが終わったお姉さんがいるなんて、もしかして結構年の離れた姉弟?」
「お察しの通りです。実はオレ、12人兄弟の末っ子です。姉とは24歳年が離れてるっス!」
「に、24歳の年の差ぁぁ~~!?」
ジョシュアはいたずらっ子のようにテヘペロと舌を出して、上に7人の姉と4人の兄がいると話してくれた。
うわー、ジョシュアって大家族出身だったのねー。
ジョシュアのご両親、ちょっと頑張り過ぎじゃないかしら?
でもなんだか納得。年上のコーリキに甘えるのが上手なのも、やはり末っ子属性ゆえなんだわ、と妙に感心してしまった。
さらに助っ人(?)は続々と現れる。お米の取引の件でチェン・ツェイを呼び出したある日、なぜか先代・クァールの美術品を高額で買い取ったベルマダ商店の美術商もついてきた。
「チェン・ツェイ殿からお聞きしました。またこちらで何やら金の匂いがプンプンしていると……」
「商人って、ほんとここぞという時に鼻が利くわねー」
「お褒めに預かり光栄です」
美術商は計算高い笑みを浮かべ、胡散臭いお辞儀をする。
社交辞令もそこそこに、私達はすぐに交渉に移った。
「実はうちの店では机や椅子、学校に必要な備品になりそうな家具を大量に取り扱っております。どうでしょう、この機会に一括ご購入なさいませんか?」
「残念ながら、そこまで高級な備品は必要ないの」
私が即お断りすると、美術商はそうでしょう、そうでしょうと、愛想笑いを振りまく。チェン・ツェイも、取引は断られてからが本番アルよ~……と、やたら美術商を煽っていた。
「それと私共は美術品の他に、古本の類も扱っております。実は王都やその他の地域では、使い終わった教科書が毎年大量に売りに出されましてね~。専門書と同じく特殊な本ですから、こちらも取り扱いに困っているのですよ」
「教科書! ちょ、その話は詳しく聞かせなさい!」
さっさとお帰り頂くかと身構えていたところに、爆弾キタコレ。
この異世界で本はある意味貴重品。しかも毎年生徒に支給しなければならない教科書の確保は、是か非でも解決しなければならない問題だった。
当然弱みを見せれば、商人はそこに付け込んでくる。
「ですから……ね。学校の備品諸々を一括購入して頂ければ、こちらとしては教科書も格安でサービスさせて頂きます。そうですね……ちょいちょいとこのくらい」
「は? これじゃあこの前買い取ってもらった金の獅子像の額と大して変わらないじゃないの!?」
「そりゃあお安くはありません。ですが公爵夫人様なら、これくらいポケットマネーでのご購入が可能でしょう? 一度購入して大事に使えば、備品は十年は持ちますよ?」
「くっ……美術品を買い取った金を、ここで逆に回収しようとは何たる腹黒……」
私が悔しそうに歯ぎしりすると、美術商は「またまたお褒めに預かり光栄です♪」とほくそ笑んだ。
一応すぐにハロルドに確認を入れてたんだけど「その額ならデボラ様の財産から賄うことは可能です」と、あっさり言われた。
いや、元々それは私のお金じゃなくデボビッチ家の財産だし、さすがに散財するのは気が引ける……。
でも背に腹は代えられない。
う~~。
どうしよ。どうしよ……
悩みに悩んだ挙句、結局私は「わかった、じゃあそれでお願いするわ……」と白旗を上げることになった。
「お買い上げ、ありがとうございます。今後もデボビッチ家とは良い取引が継続できそうですね」
美術商がそう満足げに呟けば。
「さて、次は私の番! お米欲しい、デボラ様言うてたね! チェン、すでにしっかり手配は済ませてきたアルよ~♪」
………と、これまたチェン・ツェイが異様に張り切り、場は再びカオス。
その後は値切るだけ値切りたい私と、できるだけ高く売りつけたいチェン・ツェイが、『〇ジラ対モ〇ラ』並みの大決戦を繰り広げることになった。
それにしてもアストレーの商人達は、マジで商魂逞しいわ。
でもそのおかげで、『アストレー学園建設計画』は、予想以上のスピードで進んでいくのだった。
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