第24話 学校を作ろう2



 朝の冷え込みが一層厳しくなった11月のとある朝。

 私はイルマ達が起こしに来るよりも早く目覚め、寝間着姿のままスクワット100回、腕立て伏せ50回のメニューをこなしていた。

 前日突然の体調不良で倒れたのに、朝早くからストレッチをしている私を見て、イルマ達は驚くと同時に心配していた。私が何か無理をしているんじゃないかって。

 だけど私は鼻息を荒くして、笑顔で答える。


「ありがとう、でも私なら大丈夫よ。だって落ち込んでいる暇なんてないんだもの。子供達のためにしっかりとした学校を作って、カイン様を見返してやらなくちゃ!」


 この言葉に、即瞳を潤ませたのはレベッカだ。


「デボラ様、そこまで孤児院のみんなのことを考えて下すって……。おら、感動したべ。デボラ様はやっぱ素敵なご主人様だ。おらにどんだけのことができるかわかんねぇけど、ぜひ協力させてくださいまし!」

「もちろんよ、頼りにしてるわ、レベッカ」


 私はレベッカの肩をぽんぽんと叩き、軽くウィンクした。

 イルマやエヴァも私が元気になったのを見て安堵しているようだ。


「よかった、すっかり本調子に戻られたんですね、デボラ様!」

「ありがとう、エヴァ、心配かけてしまったわね」

「そうですか。あれで本調子に戻られたのですか。全くどこまで不器用な……」

「……イルマ?」

「いえ、何でもございません。単なる独り言でございます。では朝のお召し替えを」


 ――にっこり。

 なんかイルマが意味ありげなことを呟いてた気がするけれど、朝のドタバタですっかり流されてしまった。ケストランが作ってくれた美味しい朝食を食べながら、私は改めて気合を入れる。


(さぁ、ここからまた頑張って公爵に反撃しなくてはね! 記憶があやふやなことなんて、復讐を果たすまで保留にしとけばいいわ。どうせ私の記憶が混乱しているのは、家族を殺されたせいなんだし!)


 そう、私は昨日の公爵とのやり取りで、ある意味開き直れたのだ。

 うだうだ悩んでも、どうして私の記憶が空白なのかはわからない。

 それならば今は深く考えず、自分ができることに集中しよう。

 最も優先すべきはリリ達のための学校づくり。最初は単なる思いつきで計画したことだったけれど、実現できるものなら実現させたい。

 

 もちろん公爵をぎゃふん!と言わせたいという目的は変わってないけれど、本格的な復讐はいったん休止だ。

 というかしばらく公爵には近づきたくない。

 あの顔を見たくない。

 見れば昨夜のことをどうしても思い出してしまうから。




『形ばかりの妻……だと言ったな? ならば本物の妻にしてやろうか?』




「ぎゃあぁぁぁぁーーーっっ!!」

「デ、デボラ様!?」

「ど、どうしました? 飯に虫でも入っていましたただか!?」


 食事の途中、突然奇声を上げて立ち上がった私を心配して、エヴァとレベッカが慌てて駆け寄ってきた。私はハッと我を取り戻し、もう一度椅子に座り直す。


「ご、ごめんなさい、何でもないの。ちょっと夕べの嫌な夢を思い出して……ね」

「デボラ様が悲鳴を上げるなんて、よっぽどひどい悪夢だったんだべな……」

「そーゆー夢は早く忘れちゃうに限りますよ、デボラ様!」

「そうね、そうするわ」


 エヴァ達の言葉に頷きながらも、いったん脳裏に浮かんでしまった記憶の残滓はなかなか消えない。

 だって強烈過ぎたもの。昨夜の公爵の突然の狼モードは。

 私相手で絶対あんな展開なるはずないと思っていたから、完全に油断してた。


(それによくよく考えたらファーストキスイベントなんて、エンディングにしか出てこない究極のラブラブイベントじゃない? と言うかそもそも『きらめき☆パーフェクトプリンセス』は全年齢向けだし! 間違っても18禁の乙女ゲーじゃなかったから、あれ以上はさすがにアウトよ!)


 私はグヌヌと歯軋りしながら、昨夜の公爵を頭の中から追い出そうと試みた。

 けれど追い出そうとすればするほど、生々しく昨夜のあの場面がリフレインされる。私の上に覆いかぶさって、突然キスしてきた公爵のあの――


『デボラ……』


(そんなイケボで私の名前を呼ぶんじゃない! 私が抵抗しなかったのは単に驚いたからよ! 別にあんたを受け入れたわけじゃない!)


 私はぶんぶんと頭を振って、昨日の自分に対して必死に言い訳をした。

 そうよ、昨日の私達の間には甘さの欠片もなかった。

 むしろ唇を重ねても、お互いの間に流れていたのは殺伐とした空気だけ。

 ラブラブイベントどころか、究極のギスギスイベントだったわ。

 最後は「興ざめだ」って冷たく吐き捨てられたし、公爵の私に対する好感度は-100どころか-1000を超えたわね、きっと。


「デボラ様、大丈夫ですか? 先ほどから顔が赤いようですが」

「な、何でもない! ちょ、ちょっとこの部屋、暖房が効きすぎてるのかしらね。ホホホホ……」


 しかもイルマからは早速顔が火照っていることを突っ込まれた。

 くっそう、カイン=キール、許すまじ。

 いつかこの悔しさは千倍にして返してやるから!


 行き場のない怒りを抱えたまま不機嫌でいる私を、イルマがいつものように苦笑しながら見つめていた。





               ×   ×   ×





 さて、と言うことで。

 改めて私は公爵に提出する事業計画書を作成することになった。


 とはいえこちらはド素人。一体何から手を付けてわからない。

 だけど善行は積んでおくもの。すぐに頼もしい助っ人が現れた。


「デボラ様、過去アストレーで実施された事業計画書の控えをお持ちしました。わからないことがありましたら、何でもお尋ね下さい」


 まず私の指南役に名乗り出てくれたのは、筆頭家令のハロルドだった。

 テーブルに並べられたいくつもの計画書を見て、私はこりゃ大変だという思いを新たにする。

 ハロルドが持ってきてくれた計画書の中身は、農地を正確に測定する検地だったり、大きな町と村をつなぐインフラ整備だったり、かなり大規模な事業が含まれている。それに比べたら、私の学校建設なんて小事過ぎて霞むくらい。

 でも自信を無くしかけた私に、ハロルドは優しく説明してくれた。


「デボラ様、そのように難しく考えられなくとも大丈夫でございます。計画書を作るコツはただ一つでございます」

「ただ一つの……コツ?」

「はい、重要なのはハッタリでございます」


 ハッタリ。

 まさかそんな言葉がハロルドの口から出てくるとは思わなくて、私はポカンとする。ハロルドはこれは私個人の持論ですが……と、愉快そうに一つ咳払いした。


「もちろんどのような事業を成すか……ということをまとめるのが事業計画書でございますが、それを読むのはあくまで人でございます。つまり読み手に面白い、と思わせれば勝ちなのです」

「えーと、具体的には?」

「そうですね、例えば料理のメニュー表。ただの『鴨のロースト』としか書かれていないメニューと『香ばしく焼いた鴨のロースト~レモンキャラメルソースと丸ごとトマトのスープを添えて~』と書かれたメニュー、どちらを頼みたくなりますか?」

「え、そりゃ後者だわ」

「つまりそういうことです。計画書を読むのはお客様。そのお客様に商品の良さを大げさなくらいアピールすれば良いのです。今回で言えばお客様はカイン様、商品は子供達のための学校、と言うことになります」

「なるほど……」


 ハロルドの説明は私にもわかりやすくて、思わず感心した。おバカな私でも、そのコンセプトならなんとなく理解できる。


「学校を作る目的も子供達のためだけ……では少々インパクトに欠けます。ですから子供達の教育を充実させ、アストレーをさらに発展させる未来の人材を育てる。そのための初期投資であることも明記するとよいでしょう」

「物は言い様ね~」

「その言い様で、いくらでも印象が変わるのが人という生き物でございます」

「ふふ、だからこそのハッタリなのね」


 私はハロルドの言葉を次々にメモに取り、今後の指針にすることにした。

 前世でこの手の仕事についてなかった私には、とてもありがたいアドバイスだ。


「それとデボラ様、学校についてはどのくらいの規模をお考えでしょうか?」

「そうね、とりあえず生徒200人くらい?」


 前世で通ってた小学校や中学校の一学年が、大体そのくらいの生徒数だったはず。

 だけど私の考えに、ハロルドは難色を示した。


「たくさんの子供の教育を充実させたいという志は立派でございますが、それだけの規模となれば設備費や人件費、経費は膨大なものとなります。人は実現不可能な計画には首を縦に振らないものです」

「うーん、そっかぁ……」


 私は腕組みしながら、考える。

 ならどうすれば、「この学校を建ててもいい!」って読み手に思ってもらえるかしら?

 すると私と一緒にハロルドの話を聞いていたレベッカが、ぽつりとつぶやいた。


「じゃあ学校に通う生徒の数をもっと少なく設定して、まずは運営可能な規模から始めればいいってことだべか?」

「あ、そうかもね。だってもし学校が開かれたとしても、アストレー中の子供達がすぐに集まるとは限らないもの。中には子供を学校に行かせるより、働かせたいっていう親もいるだろうし」


 レベッカの意見に、エヴァもうんうん、と頷いている。

 なるほどなるほど。最初から大きな学校を建てるのは、あまりにリスクが高い。となれば、私塾規模から始めるほうがいいのかもしれないわね。


「じゃあ最初の生徒数は半分の100……、ううん、5、60人くらいとかがいい?」

「その辺りがまずは妥当でしょう。サバナスタの孤児だけで40人いるのですから、その全員をカバーできる範囲での立ち上げがよろしいかと存じます」

「確かにその人数なら、学校となる施設も新しく建てる必要はないかもしれません。探せば学び舎として使える建物を借り受けることも可能かと」


 イルマも積極的に意見を出してくれた。

 こうしてみんなで話し合っていると、朧げだった学校の形が、少しずつだけど見えてくるような気がする。

 自然と私の顔はほころび、素直にお礼の言葉が出た。


「みんなありがとう、私一人だけじゃどんな学校を建てたいのか、イメージすらできなかったわ」

「いんや、お礼を言いたいのは私のほうですだ。デボラ様が学校を作りたいって言いだしてくれなきゃ、私たち孤児はいつまでも底辺のまま。でももし本当にみんなが学校に通って教養を身につけることができれば、新しい未来が広がりますだ……」


 レベッカはまた涙ぐみ、何度も何度も私に頭を下げた。

 その姿を見ながら、私も頑張らなきゃと奮起する。

 こんな私にもできることがある。その事実が私自身の勇気ともなる。

 まるでふわふわしていた足元がしっかりと固まっていくような……そんな手応えを感じていた。


「じゃあ頑張って計画書を作って、カイン様に『ぜひこの学校を作って下さい』と言わせましょう! みんな、力を貸してね!!」

「はい、もちろんです!」

「できうる限り、協力はさせて頂きます」

「やってやりましょう、デボラ様!」

「みんなで頑張るべ!」


 こうして私達四人は一致団結。

 本格的に『アストレーに学校を作ろう!大作戦』が始動したのだった。




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