第19話 サバナスタ孤児院へ




 こんにちは。

 夫を殺害してゲーム設定どおりの未亡人になるどころか、単なる嫌がらせさえ失敗してドツボにはまっているデボラ=デボビッチです。


 マジ悔しいです。

 マジ悔しいです。


 大事なことなので、二回言いました。



 結局白雪宮の改装が思いのほか好評を博し、その後、風花宮や天花宮の改装まで請け負うことになってしまった。

 と言ってもインテリアを統一したり、家具の配置を変えたりと、私は指示を出すだけだったんだけど。先代・クァールが買い集めたという趣味の悪い美術品は、何から何まで売っぱらった。

 おかげでデボビッチ家は臨時収入でウホウホ状態。しかもその一部が私の財産として還元されることになったのだ。


「私、別にお金なんていらないんだけど」

「まぁ。そう仰らずに。労働にふさわしい対価が支払われるのは当たり前のこと。また公爵夫人として今後も何かと入用だろうというのがカイン様からのお言葉です」


 ニッコニッコと上機嫌なハロルドと、苦虫を潰したような顔をしている私。

 まぁ、確かに本来ならば公爵夫人は社交などに多大な経費を費やすから、お金はいくらあっても足りないはず。でも私はこの通りアストレーに引きこもっているわけだし。

 それに公爵から施しを受けているようで、なんか気に食わないわ。本当なら公爵からは一銭だって受け取りたくない。


 そうして気づけばこの地にやってきてから、早くも一か月半が過ぎようとしていた。

 窓の外には雪がちらつき、本格的な寒波到来で王都育ちの私にこの寒さは正直堪える。もちろんデボビッチ家には暖房設備が完備されているけれど、港町で暮らす一般庶民は大丈夫なのかしら?


「ねぇ、ハロルド、相談があるのだけれど」

「はい、何でございましょう?」

「町の視察って私でもできるのかしら? 例えば孤児院とか」


 気づけば私はリリの顔を思い浮かべていた。あんなに小さいのに、市場で客引きのバイトをしているなんて、きっと孤児院の環境が良くないんだわ。

 別に慈善活動に興味があるわけじゃないし、乙女ゲーのように誰かを攻略しているわけでもないから『聖母のように慈愛深いの!』アピールも必要ない。

 だけど困っている人がいるなら、できる範囲で助けてあげたい。赤い羽根募金に協力する程度の優しさは、まだ私にも残っているのよ。


「孤児院の視察ですか。よろしいんじゃないでしょうか。確かレベッカがあそこの孤児院の出身でしたかな?」

「(こく)」


 私のそばに控えているレベッカが、静かにうなずいた。その表情が何となく冴えないように見えるのは気のせいかしら?


「それじゃあ視察の手配をお願いできる?」

「畏まりました。万事お任せくださいませ」


 こうして私のサバナスタ孤児院への訪問が決まった。

 ただ視察に付き添うのはレベッカではなくイルマ。

視察当日、なぜかレベッカは有休をとり、朝から私の前に姿を現さなかった。






        ×   ×   ×

 




「まぁ、本日はようこそ我が孤児院へおいで下さりました。院長のバルバラでございます。この度は公爵夫人にご訪問頂き、誠に光栄です」


 サバナスタ孤児院は港町から少し離れた街角に、ひっそり佇んでいた。

 と言うよりサバナスタ修道院の中に孤児院があるといったほうが正しい。修道院に併設された孤児院では、現在40人ほどの孤児を養っているそうだ。

 院長のバルバラとシスター達は、笑顔で私を出迎えてくれた。ちなみに今日の供はいつも通りイルマ・コーリキ・ジョシュアの三人だ。


「初めまして。デボラ=デボビッチです。お忙しい中、出迎えありがとう」


 私は公爵夫人らしく優雅に微笑みながら、軽く会釈する。

 ふと視線を動かせば、子供達が庭で雪合戦しているのが見えた。ワーワーと元気な笑い声が、辺り一帯に響いている。うーん、どこの世界でも子供は風の子ってことね。


「それでは早速中へ。こちらへどうぞ」

「ありがとう」


 バルバラに案内されて、私はゆっくりと歩き出す。

 でも次の瞬間、




 ――べしゃりっ!


「うぎゃっ!?」




 私の顔にいきなり冷たいものが投げつけられ、視界が白く染まった。

 この感覚には覚えがある。雪合戦の雪玉だ。子供達の投げる雪の塊が、私を直撃したのだ。


「ま、まぁ、なんてことでしょう! 申し訳ありませんっ!!」

「デボラ様、大丈夫ですか!?」 

「こら、お前達、何するんだ!?」


 院長やイルマ・コーリキ達は、公爵夫人に対する無礼に慌てふためいた。だけど子供達は雪合戦に夢中なのか、さらにこちらめがけて雪玉を投げてくる。


「あ、ごめんなさい! でもきんきらりんの衣装を着て、目立ってる奴が悪いんだ!」

「派手だからいい目印になるんだよねー!」

「ねー!」


 子供達は謝るどころか、生意気なことを言い出す始末。

 まぁ、確かに今日の私は公爵夫人らしいドレスとコートを身に着けてるけど、だからってトーテムポール扱いされたらたまらないわ。

 コーリキとジョシュアはすぐに私の盾になって、子供達を怒鳴りつけた。


「こら、デボラ様になんて失礼なことを!」

「本当に申し訳ありません! 教育が行き届いてなくて……!」


 院長やシスターは顔面蒼白になって、私に平謝りしている。だけど子供達からのブーイングは止まらない。


「ちぇー、お貴族様っていうのはいつも威張り散らしてるんだなー」

「だなー!」

「アヴィー! 口を慎みなさい!!」


 よく見ると、子供達を先導しているのは市場で見かけた、あのアヴィーとか言うそばかす少年だった。いや、彼だけじゃなく、


「あれ、もしかして……黒髪のお姉ちゃん!?」

「リリ。久しぶりね」


 アヴィーと一緒になって雪玉を投げつけた集団の中には、あのリリもいた。リリは私の姿を確認するなり、慌てて駆け寄ってくる。


「まさか今日お見えになる公爵夫人様って、黒髪のお姉ちゃんのことだったの?」

「そうよ。私、デボラっていうの。よろしくね」

「この前会った時とは全然違う恰好だから、最初わからなかった……。ごめんなさいぃ……」


 リリはかわいそうなくらいしょんぼりして、泣きそうな顔になっていた。私はこのくらい大丈夫よ、とリリの頭を優しく撫でる。


「おい、リリ、こっちに来い!」

「でもアヴィー……」

「いいから来い!」

「……」


 リリを怒鳴りつけたのは、またもやアヴィーとか言う少年。どうやら彼がこの孤児院のボス的存在のようだ。10人以上の子供達が、彼に付き従っている。


「お姉ちゃん、本当にごめんね……」


 リリはまた何か言いたげに、私のそばを離れていった。

 なんだかよくわからないけど、さっきから私、アヴィー率いる子供軍団にギンギンに睨まれている?

 でも私何かしたかしら? たった今、この孤児院を訪れたばかりで、恨まれる筋合いなんてないんだけど?


 なんだか背後に不穏なものを感じつつ、私は孤児院の中に足を踏み入れた。










 どれだけ孤児院は困窮しているんだろう……という私の予想は、ある意味大外れの結果となった。

 バルバラ院長に案内された孤児院の中は暖房も行き届いていて暖かく、もともと石造りだった建物もしっかり改修されていて、清潔に保たれているようだ。

 院長曰く、

 

「先代の領主様の時は、子供達にろくに食料も与えられず、それはそれは貧しい生活を送っておりました。ですがカイン様の代になってからは、孤児院への支援も手厚く、今は何不自由ない暮らしを送れるようになっております。常に毛布や衣服、食料などが支給され、子供達もすくすくと成長しております。本当にカイン様は素晴らしい領主ですわ」


 ……とのこと。

 ニコニコと案内してくれる院長の話を聞いて、私の笑顔は引き攣ってしまった。

 あの、なんだか王都で聞いていた話と全く違うんですけど?

 いや、薄々は気づいてたけど、公爵ってば屋敷の使用人にも慕われているようだし……案外領主としての仕事をしっかりしてる?

 でもそれじゃあ王都での悪評は何だったのかしら?

 それに孤児院が本当に困窮してないなら、今日の私の視察自体無駄足だったってことになるんですけど……。

 矛盾だらけの事実を目の当たりにして、、私の頭は軽く混乱した。


「さぁ、デボラ様、こちらの席へどうぞ」


 孤児院に入ってまず案内されたのはゲストルームで、席に着くよう促された。

 とにかくもっと詳しい話を聞こうと、私は勧められた椅子に腰かけようとするけれど――



 ―――バキッ!



「うぎゃ!」



 またもやみっともない悲鳴を上げて、私はお尻から床に転げ落ちた。

 なんと差し出された木の椅子の脚が、これ以上ないタイミングで一本折れたのだ!


「ア、アイタタタタ~~~………」

「ま、まぁ、公爵夫人様!」

「デボラ様、大丈夫ですか!?」


 床に尻もちをついた状態で腰をさする私を、イルマやジョシュア・シスター達が急いで抱き起こそうとした。

 するとどこからか、


「………プッ、クスクスクスクス……」

「キャハハハハ……ッ」


 と言う甲高い声が。

 振り向かなくてもわかる。入口方面にアヴィーをはじめとする子供達が集まって、私をあざ笑っているのが。

 つか、二度目ともなると、これはもはや明確な悪意を感じるわ。理由はさっぱりわからないけれど、私はどうやら孤児院の子供達に嫌われているらしい。


「……おい、この椅子の脚に切れ目を入れたのは誰だ?」


 コーリキもすぐに椅子に施された細工に気づいたようで、超低音のドスの利いた声で子供たちを問い詰めようとした。

 でも子供達は集団心理で怖いもの知らずになっているのか、図々しくもシラを切る。


「知らないよー。その公爵夫人様の体重が重かっただけじゃない?」

「そうそう、公爵夫人様は普段俺達が食べられないような美味いものを毎日食べてるから太ってるんだよ、きっと!」

「デーブ! デーブ!」

「デーブ! デーブ!」


 くっそ、子供ってどうして一人の人間を集中攻撃している時に、こうも生き生きするのかしら。いつの間にか私に向かってデブの大合唱が始まり、それがステレオ並みの大音響になっていく。

 しかもよく見れば、雪で曇ったゲストルームの窓には「カエレ」という文字がいくつも書かれていた。これもきっとこの子達が事前に書いていたのだろう。どうやら私は彼らにとって、招かれざる客らしい。


「もう、アヴィー、やめてよ! こんなのひどいよ!」

「何言ってんだよ、リリ。おまえ裏切るつもりか!?」


 デブの大合唱の中から突然リリが飛び出しアヴィーに猛抗議した。私のそばに駆け寄ろうとするのを、アヴィーが慌てて止める。


「デボラお姉ちゃん、それにお付きの方々、ごめんなさい! アヴィーやみんなのことを許してあげてください!」

「リリ、どうして私、みんなに嫌われてるの?」

「それは……、うっ、うぅぅ……っ!」

「リリ、余計なこと言ったら承知しないぞ!」

 

 アヴィーはリリの口を手で押さえ、仏頂面で私をにらみつけている。さすがにこの横暴は黙って見ていられない。私は立ち上がり、アヴィーと真正面から対峙した。


「女の子相手に乱暴はやめなさい! 男として恥ずかしくないの!?」

「うっせぇ、ブス! 公爵夫人だか何だか知らないけど、偉そうにすんな!」

「アヴィー、やめなさい!」


 公爵夫人相手に真正面からケンカを売るアヴィーに、バルバラ院長ら孤児院関係者は卒倒寸前だった。

 イルマも「デボラ様、今日は帰りましょう。こんな状態では視察は無理です」と私に帰宅を提案してくる。コーリキもジョシュアもその意見に賛成のようで、


「一体どうしたことだ、孤児院の子供がこんなに礼儀がなっていないなんて……」

「ほ、本当に申し訳ありませんっ!!」


 と、呆れ顔。

 院長にしてみれば、孤児院を支援している領主の妻に逆らうなんて死活問題だ。私の不興を買えば、下手すれば支援が一気に打ち切られる可能性だってある。それを恐れてか、今にも土下座しそうな勢いで頭を下げまくっていた。


「デーブ! デーブ!」

「デーブ! デーブ!」

「帰れ! 帰れ!」


 その間も止まないデブコールに、カエレコールも加わった。

 さすがの私も、理由がわからないのに、これだけ嫌われるとちょっと凹む。

 それでもこれ以上の混乱は避けたほうがいいと、仕方なく踵を返しかけた……その時。





「こらあぁぁーーーっ! アヴィー、おめぇ達、おらの大切なご主人様に何してるんだべ!?」



「あ、レベッカ姉ちゃん!?」





 突然私達のいるゲストルームに駆け込んでくる一つの影。


 それは本日有休をとったはずの私付きのメイド。


 レベッカが怒髪天の勢いで、私とアヴィーの間に割り入ったのだった。



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