第18話 デボビッチ家改装計画2



「こんにちはアル~。デボラ様、領主様の奥方様だったとは驚きヨ~。ご用命通り、目利きの美術商、連れてきたアルよ~」


 某吉日。私はハロルドに頼んで、チェン・ツェイと、その知り合いの美術商を屋敷に招き入れた。

 今日の目的は、屋敷のメインである白雪宮の改装だ。特にお客様が頻繁に行き来するメインホールと隣接したサロンを重点的に模様替えしたい。

 え? そんなわがままが許されるのかって? 

 ええ、許されるはずよ、だって私はデボビッチ公爵夫人! 夫である公爵だってこの屋敷にいる間は私の好きにしていいって言ってたし!


「この度は我がベルマダ商会にお声がけいただきありがとうございます。それにしてもさすがデボビッチ公爵家。見事な調度品の数々です」

「ふふ、そう言っていただけると、わざわざお呼びした甲斐があるわ」

「あの……デボラ様?」


 笑顔で客の応対をする私の背後で、ハロルドが不安そうな顔をしてた。

 ああ、ごめんなさい、ハロルド。多分その不安は的中するわ。それもこれも全てはあなた達のご主人が悪いのだから仕方ない。潔く諦めてちょうだいね。


「それでは早速値踏みさせて頂いても?」

「ええ、お願い。そうね……まずはあの金の獅子の像なんてどうかしら?」


 壮年の美術商は興味津々な様子で、私が指さした彫像に近づいた。

 実は前々から気になってたのよね、玄関脇の廊下にドーンと居座ってるでっかい金の獅子。趣味が悪いったらありゃしない。


「これは素晴らしい! これはトレッサン期全盛の逸品と見受けました!」

「あら、と言うことはかなりのお値段がするのかしら?」

「もちろんでございます。そうですね、少なく見積もってもこのくらい……」


 美術商は懐からメモを取り出して、鑑定価格をさらりと書き込んだ。

 ゲッ、この彫像ってそんなにするの!? これ一つで私が住んでた子爵家の屋敷が買えそうなんですけど……。

 はぁ、金持ちのコレクターってのはこれだから。だけどどうせ売るならできるだけ値を釣り上げたほうがいいので、早速値段交渉開始。


「そこをもう一声、何とかならない?」

「奥様、遣り手ですね。ではさらに勉強してこのくらい……」

「もう一声!」


 私と美術商が交渉している間、私が何をしているのか悟ったハロルドが顔面蒼白になっていた。



 ……そう、これぞまさに『デボビッチ家の美術品を勝手に売って模様替えしたろ!大作戦』――である。



 さすがの公爵も、自慢の屋敷を勝手に改装されたら不快に思うに違いない。

 加えて高価な美術品を無断で売られたら、さすがに怒るでしょうね。

 でも後から悔いても遅いわ。全ては私を妻にしたあんたが悪いのよ。

 デボビッチ家を好きにできる権利を私に与えたことが、そもそもの間違い。


「さぁ、名品は他にも沢山あってよ。どうせだからゴテゴテした調度品は全部売って、すっきりさせてしまいましょう!」

「デ、デボラ様、さすがにそれは……!」


 張り切る私とは対照的に、ハロルドは涙目になってアワアワしていた。そんなハロルドを無視して、私は廊下の一角を占領していた成金趣味の金の獅子像を高値で売りさばく。

 そのほか熊の毛皮・サロンに展示してあったおどろおどろしい版画、奇妙な形をした大きな壺、さらには壁にかかっていた剥製など、全部で20点以上の美術品を美術商に引き取らせた。

 もちろん贅を尽くした品々を全て撤去すれば、そこには従来なかったスペースが空く。

 ここからは、私の趣味全開よ。


「どうせだからカーテンやソファカバーも入れ替えてしまいしまょう。チェン・ツェイ!」

「はいはい、お任せアルよ。デボラ様ご所望の品は、事前に用意済みヨ」


 実は前もって、チェン・ツェイに欲しい家具や調度品をピックアップして、注文していた。

 だってこの屋敷、こんな寒い地方に建っているのに、家具や調度品が青や紫など寒色系カラーで統一されてるのよ。外観のブルーに合わせているんだろうだけど、中までそれじゃ見ているだけで余計寒くなるわ。


「人手が足りないわね。手が空いてる者がいたら呼んできてくれるかしら?」

「は、はい、かしこまりました、デボラ様!」


 エヴァに頼んで、模様替えを手伝う使用人を増やしてもらった。

 寒色系のカーテンやソファカバーを寒色系から暖色系にオールチェンジ。

 イルマには温室まで行ってもらって、花や緑を分けてもらうように頼んだ。

 ついでに部屋に置くランプを増やして、光源を多めに確保。これでだいぶ部屋の中が明るくなったわ。


「デボラ様、こっちの棚はどこに置きますか?」

「それは東の壁の隅に移動させてちょうだい。あ、観葉植物は扉付近に置いてくれる?」

「畏まりました!」

「デボラ様、チェ・ツェイ殿への支払いの件は、こちらでまとめさせて頂いてもよろしいでしょうか?」

「そうね、細かい計算はお願いするわ、ハロルド」


 最終的にはハロルドも私の助手となり、よく働いてくれた。

 そうして全ての作業を完了するのに、10時間以上かかった。

 だけど最終的に悪趣味な調度品がなくなり、私としては大満足の改装となった。

 

「みんな、お疲れ様! あとはカイン様のお帰りを待つだけよ」

「きっと喜んでくれますね! デボラ様がこんなに頑張ってくださったんですもの」


 エヴァは無邪気に喜び、イルマやレベッカは苦笑していた。

 ちっ、ちっ、ちっ。喜んでもらっちゃ困るのよ、エヴァ。私が見たいのは公爵の悔しがる顔だけ。それでこそ10時間以上頑張った甲斐があるというものよ。


 ちなみに売れた美術品の売り上げ金額は、それまで私が見たことのないような桁違いの数字で、ちょっと軽く意識が飛びそうになった。

 だからこそ高額の美術品を勝手に売られた公爵が、どんなリアクションをするのか楽しみで楽しみで仕方なかった。












 さて、公爵の歪んだ顔を拝んでやろうと、その日は珍しく夫の帰りを楚々と待っていた。

 カバスに出かけていた公爵が屋敷に戻ったのは、20時過ぎ。普段は部屋に閉じこもっている私もこの日ばかりは玄関ホールまで下り、笑顔で公爵を出迎える。


「おかえりなさいませ、カイン様♪」

「……」


 一目で玄関ホールの景色が変わったのに気付いたのだろう。護衛についていたヴェインやコーリキ達も、「これは……」と周りをきょろきょろ見回している。

 そんな中、ハロルドが私の一歩前に出て、深々と頭を下げた。


「申し訳ありません、カイン様。デボラ様が白雪宮の一部の模様替えを提案なさいまして、私がそれを許可致しました。事前にカイン様の許可を取らなかったこと、深く深くお詫び致します」

「……」

「あら、ハロルド、どうして謝るの? 私、何も悪いことはしてなくてよ? ねぇ、カイン様は仰いましたわよね? この屋敷に嫁いできてからすぐに、私の好きにしてよいって。だからあの悪趣味な美術品は全て売り払いました。おかげでメインホールもすっきりして、見晴らしがよくなったでしょう?」

「………」


 ふふんと、胸を張り、敢えて公爵を挑発してみる。

 さあ、怒りなさい。

 思う存分、私をなじりなさい。

 高価な美術品を勝手に売られて、悔しくて悔しくてたまらない、と。

 カイン=キール。あんたを不快にさせることだけが、今の私の生きがいよ!


 ワクワクしながら二の句を待っていると、公爵がポツリと呟いた。




「……デボラ」


「はい」


「なかなか有能だな、お前」


「―――は?」




 だけど私の予想に反して公爵は怒るどころか、ぐっと親指を立て、いつものあの意地悪な笑みを返してきた。

 え……ちょ……何その反応……。

 まさかこれは……。


 ………。

 ………。

 ………。

 ………。


 この反応はもしかしてまた………やっちまいましたーーーーーー!?


 予想を裏付けるかのように、公爵は腕組みしながら満足げに、うんうんと二度頷いた。


「あの金の獅子像は俺も常々目障りに思っていた。先代が残していったコレクター品ゆえ、面倒くさくて放置してたがな」


 な、なんですって!?

 あの悪趣味なオブジェが先代・クァールのコレクター品? そんなの初耳なんですけど!! そーゆーことはもっと早く教えてちょうだいよ!


「あ、カイン様、こっちのサロンもすっきりしてます! あのなんかよくわからない気味悪い版画もなくなってます!」


 さらにジョシュアがサロンを覗き見て、嬉しそうにはしゃいでいる。


「クァール様の悪趣味なコレクター品の代わりに、可愛らしい花が飾ってありますね。カーテンやテーブルクロス・ソファカバーの色も温かみがあって、以前よりも居心地がよさそうです。これはデボラ様のお手柄ですね!」


 と、コーリキも私の模様替えを大絶賛。

 ああああ、違う、私が欲しかったのは称賛じゃないの。そうじゃなくて……そうじゃなくてぇ……(涙)

 

「デボラ様、素敵な改装だとは思いますが、次からは吾輩めにお声をおかけください。これほどの改装、多くの男手が必要だったでしょう。こういう時こそ吾輩の筋肉がお役に立ちますので!」


 しかもヴェインまで、すでに次の改装を期待してやる気になっているぅ!

 私にそばに立つイルマやエヴァ達も、


「よかったですね、デボラ様!」

「ほら、やっぱりカイン様は喜んでくださいました!」

「(こくこくこくこくっ)」


 と、拍手喝采・笑顔の嵐。

 悲しいかな、この場で私の本当の気持ちに気づいてくれる者は……誰もいない。




「じゃあ残りの風花宮や天花宮も好きにしていいぞ、デボラ。奥方としてのおまえの手腕、期待している」



「………っ!」




 否!

 ここに一人、私の気持ちを誰よりも知りながら、覆ってくる極悪な男が一人!



 ゴルァッ! カイン=キール=デボビッチ!


 私が悔しがるのを見て、そんなに楽しそうな顔をするんじゃなぁぁぁーーーいっ!!



 こうしてまたも私の作戦は失敗に終わり、対カイン=キール=デボビッチ戦の連敗記録は続いてくことになった。


 ああ悔しい……。

 悔しい……。

 グ ヤ゛ ジ イ゛……


 悔しすぎて、そろそろ私、本気で剥げそうです。




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