第17話 デボビッチ家改装計画1
――どうしてこうもやることなすこと、全て裏目に出るのかしら?
どうもこんにちは。今日も絶・不機嫌な公爵夫人、デボラ=デボビッチです。
家族の仇であるカイン=キール=デボビッチに復讐すると誓い、いざ求婚を受け入れ彼の妻となったものの、初夜を無視され、さらにその後も放置され、「新妻? 何それ、美味しいの?」状態が延々と続いている。
かと思えば、なぜか好感度-100の夫とW名前呼びイベント・お姫様抱っこイベント・膝枕イベントと、望まないラブラブイベントばかりが立て続けに起こり、その度に私の堪忍袋の緒は切れ続け、今やつぎはぎだらけ。
毒草の在処をつかむものの、あれ以来出入りが厳しく制限され、温室には近づけないのもどうにかしてほしい。
そんなこんなで時間だけが無駄に過ぎ、私の殺害計画は日に日に実行が難しくなっている。
やばい。何とかしないと。
そんな焦りだけが毎日塵のように降り積もっていく。超辛い。マジで。
「デボラ様、いかがなさいました? ちょうどお魚が煮えましたよ?」
「!」
ふと声を掛けられ、私は思考の淵から現実へと舞い戻った。
視線を上げれば、目の前にはニコニコと笑顔で鍋を囲むイルマ・エヴァ・レベッカの姿がある。
あ、そうだった、今日はみんなで鍋パーティーを楽しんでいたのだった。しかもチェン・ツェイ(怪しい中国人風商人)から取り寄せた激辛キムチが本日の主役よ!
私は用意されたキムチを箸で掬い取り、鍋の中に豪快に投げ入れた。
「うわっ、辛そうです~」
「(こくこくっ)」
「この辛さが癖になるのよ! 辛い物には発汗作用もあるし、むくみや便秘対策にもなるわ」
「デボラ様がそういうんなら、すっごく期待しちゃいます♪」
エヴァは即席コンロの火加減を確かめつつ、取り皿を人数分用意した。
普通なら女主人とメイドが一緒に食事をとるなんてありえない。でもそれを
「鍋は大人数で食べてこそ意味があるのよ!」
と、半ば命令して、一緒に食べるよう仕向けたのは他ならぬ私。
最初は遠慮と言うよりは戸惑いが勝っていたイルマ達も、「デボラ様は変わっていらっしゃるから……」という暗黙の了解のもと、一緒に食事をとってくれるようになったのだ。
いや、それだけじゃなく。
「この『鍋』って料理、他のメイドにも大好評ですよ~。最初は同じ鍋をつつくっていうのに抵抗のある者もいましたけど、慣れてみれば逆にみんなでワイワイ食べられるのが楽しいって!」
「寒さが厳しくなるこれからの時期、体の芯から温まるメニューっていうのがいいですね。それとデボラ様考案のおにぎりも携帯に適しているからと、ヴェイン殿が親衛隊の臨時食として正式に採用するそうです。これも全て、デボラ様の知恵のおかげですわね」
「そう、それは良かったわ……」
……とご覧の通り、デボビッチ家では和食が空前のブームとなっているのだ。
それもこれも全ては私が公爵のために猫まんまを作ったことがきっかけ。
あの後、料理長のケストランに、もっと東方の料理を教えてほしいと頼まれ、いくつかのレシピを伝授したのだ。
元々ケストランの作る料理は贅を凝らした、豪奢なメニューが多かった。つまり肉メインで油分が多く、味付けも濃かった。
逆に公爵は和食独特の薄味の味付けが気に入ったらしく、相変わらず少量ながら、ちゃんと食事をとるようになったという。
――あの少食の公爵を唸らせた、奥方様考案の新メニューとは!?
衝撃的ニュースはデボビッチ邸を駆け巡り、あっという間に和食のレシピが広がった。
そして皮肉にも和食を広めた副作用として、私はなぜか屋敷内で『ご意見番』的ポジションに立たされることになったのだ。
「そういえばデボラ様。庭師のリーハイムが、今度造園についてご相談したいと言っていたのですが」
「造園? 私造園の知識なんてこれっぽっちもないんだけど……」
キムチ鍋をハムハムしつつ、返答を濁す。だって私は前世の記憶をうっすら持っているってだけで、それ以外はむしろ知能指数が低いただの女の子だもの。
「大丈夫です。専門的な知識ではなく、あくまでデボラ様のご意見が聞きたいのだそうです」
「あ、そういえばアイーダもデボラ様にご相談したいことがあるって。あの子、毎朝くせっ毛が爆発して困っているそうです。何かいい方法知りませんか?」
「ああ、そういう時はね……」
で、結局私もできうる限りの相談に乗ってしまうってわけよ。
……おかしい。なんだかデボビッチ家の人々の好感度が(狙ってもいないのに)爆上がりしている気がする。夫である公爵の好感度は0.1ポイントも上がっていないのにね。
あ、もちろん公爵の好感度なんか、永遠に上がらなくて結構なんですけど!
でも周りから好意的な目で見られれば見るほど、どんどん後ろめたくなっていく。
お願いだからみんな、あまり私に過度な期待はしないでちょうだい。
私は決していい人なんかじゃない。人の不幸は蜜の味――が信条。稀代の悪女・デボラ=デボビッチなのだから。
「ふふふ、デボラ様、ずいぶんお困りのようですね。でも皆の期待に応えるのも公爵夫人の仕事ですよ」
「私の仕事?」
イルマに言われ、思わず聞き返してしまった。この屋敷に来てからこれまで、仕事らしい仕事なんてした覚えないんだけど?
むしろ公爵夫人としては王都の夜会に顔を出し、社交を広げるのが務めのはず。
今は夫の公爵と一緒に、このアストレーに引き籠って、その責任を放棄してるわけだけど。
キムチの辛さに涙目になっている子供舌のエヴァとレベッカを横目に、私はイルマの話に耳を傾けた。
「そんなに難しく考えることはありません。例えば先ほどの造園の件、デボラ様が薔薇を見たいと仰れば、庭師は薔薇園を作ります」
「なるほどなるほど」
「またメイドの数が足りないと思えば、さらに人員を補充することもできます。そのあたりはメイド長とご相談を」
「いや、今のままで充分! イルマ達には何の不服もないし、むしろ私には身に余る好待遇だと思ってるから!」
私は首をぶんぶんと降って、現状維持を訴えた。するとイルマが嬉しそうに、にっこりと微笑む。
「ありがとうございます。つまりデボラ様はカイン様と同じく、デボビッチ家の要となられる人物です。もしも応接間の床の色が気に入らなければすぐに改装いたしますし、新しいアンティークの家具が欲しければ発注いたします。この屋敷内を差配するのは夫人であるデボラ様、あなたの仕事でもあるのです」
「……………」
あれ? 普通そういうことって家令がするもんじゃないの?……と思ったけど、イルマ曰く家令は領地の管理や公爵の執務の補佐が主な仕事。もちろん必要とあらば屋敷内のことも監督するけど、基本的に主人・もしくは夫人の命令があって初めて動くというのだ。
「フフ、フフフ………」
「デボラ様?」
そこで私は思いついた。公爵に対する嫌がらせ・第2弾を。
これもキムチ鍋のおかげかしら。カプサイシンの効果で血流が良くなり、いつもより頭が冴え渡っている気がする!
「そういうことならすぐに実行致しましょう、この屋敷の改装とやらを!」
「えっ!?」
私は勢いよく椅子から立ち上がった。なんだか腹の底から力が漲っている。
イルマ、ナイスアドバイス、サンキュー!
これで今度こそ公爵の不快な顔が拝めそうだわ。
「食事が終わったらハロルドを呼んでちょうだい。相談したいことがあるの」
「畏まりました」
「へ? なんれすか? へほら様、またにゃにか面白いこほ、思いついたんでふか?」
「(こくこくっ)」
檄辛キムチを頬張りながら、エヴァとレベッカが期待に満ちた視線を私に向けた。
フフ、任せなさい、任せなさい。
なんだか当初の目的(公爵殺害)からは徐々にずれてきている気がするけれど、今はとにかくあの公爵をぎゃふん!と言わせたい。
そのために私はこの無駄に広いデボビッチ邸を、丸々利用することにしたのだった。
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