第11話 デボビッチ家をめぐる人々3
「今まで不要と思い説明しておりませんでしたが、またニール様がやってくることも想定して、我がデボビッチ家で起こった4年前の跡目争いについて簡単に述べさせて頂きます」
チョビ髭が帰り、季節外れの節分イベントが終わった後、ハロルドが神妙な顔でデボビッチ家の内情を打ち明けてくれた。
先代のクァール=ゼン=デボビッチが亡くなったのが4年前の春先のこと。享年64歳。その息子があのチョビ髭・ニール=ゼンだということだ。
当然慣例に従えば、先代の息子であるチョビ髭が公爵家を継ぐのが筋だ。だが先代・クァールはあまり良い領主ではなかったらしい。
領民に重税を強いり、公爵家の財産を湯水のように使い、好みの美女を別邸に集めてはろくに執務をこなさず遊興に耽る日々を送っていたらしい。
あら、なんだか似たような噂を、王都で聞いたことがあるわね?
「そのようなクァール様の素行を問題視していたのは、父君である先々代のマジカント様でございました。マジカント様は嫡男であるクァール様を甘やかして育ててしまったことを大層悔いておられました。政略結婚した奥方様がとにかくプライドが高く浪費家で、母君の気質を色濃く継いでしまったのも不運でございました。そしてクァール様ご逝去時、まだ健在であられたマジカント様は、ニール様が跡目を継ぐことに難色を示したのです。ニール様もまた領地の運営に興味がなく、金銭トラブルをいくつも抱えていらっしゃったのです」
マジカント様の苦悩、痛いほどよくわかるわ。
あのチョビ髭が公爵家を継いでたら悲惨でしょうね。金銭トラブルって何したのよ、マジで。
「そこで隠居したとはいえ、まだ絶大な影響力を持っていたマジカント様は別の跡目候補をお連れになったのです。それが現在の当主・カイン様でございます」
つまり公爵は本来なら公爵家を継ぐ立場にはなかったところを、マジカント様に見出されたってことか。
「その通りでございます。カイン様はマジカント様の側室の御子――キール様のご嫡男です。ですがキール様は側室であられた母上を幼い頃亡くし、正妻の奥様に疎んじられたため、跡取りがいなかったノルヴァラン伯爵家へ養子に出されました。カイン様もノルヴァラン家で生まれ、お育ちになられたのです」
あー、そういうの昔、歴史漫画で見たことあるわ。
例えば戦国時代とか、皇族や公家に生まれた次男や三男が生まれてすぐ出家させられたり、よその家の養子に入れられたりするの。全ては跡目争いを起こさせないための策よね。公爵はその養子に出された子の、そのまた子供ということか。
「キール様はすでに養子先のノルヴァラン伯爵家を継いでいたため、跡取りとして白羽の矢が立ったのは、ご子息であるカイン様でございました。もちろん正室ではなく、側室の血筋を当主に据えることに反発がなかったわけではございません。ですがクァール様が統治なさっていた10年、アストレーの治安は悪化の一途をたどり、領民の苦しみは増すばかりでございました。結局最後はマジカント様の鶴の一声で外戚の反発を押し切り、カイン様が新しいデボビッチ家の当主となられたのでございます」
ふーん、確かにあのチョビ髭よりは公爵のほうが、ましかもしれないけど……。
チョビ髭にしてみれば、トンビに油揚げ掻っ攫われたわけだから、恨むのも当然だわ。
「そしてニール様は金銭トラブルを公爵家が解決する代わりに、ドピング伯爵家に婿入りすることになりました。公爵家の元後継ぎとして、その後ご何不自由なく暮らせるほどの持参金も用意されました。ですがドピング家は元々女系で奥様の権力が強いのです。婿養子のニール様は肩身が狭く、ドピング伯爵領ではなく王都に入り浸り、奥様とは現在別居状態にあります。そしてたまにああして自らの権利を主張するように、我が邸をお訪ねになられるのです」
昔の栄光よ、もう一度!……て感じなのかしら。
なんかそう聞くとちょっとチョビ髭がかわいそうになってきたわ。
でも仕方ないわね。チョビ髭に公爵位なんて持たせたら、即破滅しそうだもの。本人だけならまだしも、使用人や領民まで道連れにされたらたまらない。きっとマジカント様も、苦渋の決断だったに違いないわ。
「そしてカイン様がデボビッチ家を継ぐのを見届けた後、マジカント様もご逝去されました。以上が、4年前に起こった跡目騒動の顛末でございます」
「わざわざ話してくれてありがとう」
午後の紅茶を飲みながら、私はデボビッチ家の内情を把握するに至った。
公爵が正当な血筋でなかったのには驚いたけれど、それはそれで納得できるような気がする。だってなんか普通の貴族って感じじゃないもの、あの人。
「ハロルドはカイン様が跡を継いでくれてよかったと思ってる?」
「もちろんでございます」
ハロルドは即答した。
私からすると、町で女漁りしたり暴力沙汰を起こす公爵も、クァール公爵とあまり大差ない気がするんだけどな……。
考えていたことがモロ顔に出ていたのか、すかさずハロルドが苦笑して、言葉を継ぎ足す。
「少しずつでよろしゅうございます」
「え?」
「デボラ様には他人の意見に惑わされず、自分の目で見て、耳で聞いて、カイン様のお人柄を知って頂ければ」
「………」
私は軽く瞠目した。
あら、もしかして私が公爵のこと嫌っているの、見透かされてたりするのかしら?
心の中で汗をかきながら、ふと何気なく背後に控えているイルマ達を見ると、三人とも軽くうなずきハロルドに同調している。
私はなんだか居心地が悪くなって、もう一度カップに視線を落とした。
(別に知りたくないわ、公爵の人となりなんて……。でももし公爵が亡くなったら、ハロルドやイルマ達は悲しむんでしょうね)
ゆらゆらゆらゆら。
紅茶の表面は、ひどく不安定に、儚げに揺れていた。
あれだけこの屋敷の人間と馴れ合ったらだめだと言い聞かせていたはずなのに、気づけばハロルドやイルマ達との交流が生まれてる。
もしも私が公爵を殺すことに成功したなら、ハロルド達は私を憎み、軽蔑するようになるんでしょうね。
そんな未来を想像するだけで、胸に鈍い痛みが走った。
× × ×
(大体さー、公爵が評価されてるのって、チョビ髭に比べたらマシつていう、その一点だけじゃない? 跡を継いでからたった4年の間に5回も結婚を繰り返してるのは事実だし。しかも私以外の奥様、全員亡くなられているんでしょ? やっぱり怪しすぎるわよ。結婚当初から放置されてる私も、近い将来殺される立場に回るかもしれない。やはり殺られる前に殺る! この方針に変わりはないわ……)
朝。特にやることがない私は図書室から届けられた『女性でもできる・ライト筋肉体操!』を実践しながら、これからのことに思いを巡らせていた。
両手を広げてバランスを保ち、片足ずつ交互にステップを踏む。子供の頃、やってたラジオ体操みたいな感じね。ちなみになぜかエヴァとレベッカも、私に付き合って一緒に体操している。
「デボラ様、これ、結構きついですねー」
「(こくこくっ)」
「でもなんだかお腹の中心あたりから、ポカポカあったかくなってきた気がしない?」
「あ、それは確かに。意外に効果あるんですね、筋肉体操!」
「(こくこく!)」
――本当にこの子達、素直でいい子だわ。
思わず朝からほっこりとなる。
そして大体身体が温まったところで、イルマが部屋に入ってきた。
「デボラ様、温室の見学の許可が取れました」
「え? 本当?」
動きを止めて振り返れば、イルマの背後に大きな影。意外な人物の来訪に、私は目を瞠る。
「あら、ヴェイン殿。一体どうしたの?」
「おはようございます、奥様。朝から筋肉体操とは感心感心。ですが敢えて一言アドバイスさせて頂くと、広げた両手が重みで徐々に下がってきております。そこは上腕筋をフル活用して高さを維持して頂くと、さらに筋肉体操の効果が上がるかと」
「わ、わかったわ……」
ヴェインは見たまんま、脳筋だった。だけど初対面の時のようなとっつきにくさはなく、筋肉関係の話題を振れば喜んで乗ってくるので、以前よりは接しやすい。
それと先日チョビ髭の来訪でダメになっていた温室の見学が、正式に許可されたようで何よりだ。
まぁ、ヴェインが来た時点で、ちよっと雲行き怪しいけど。
「本日、温室を見学なさるのは結構ですが、何分温室自体が広く、さまざまな植物も栽培されておりますので、念のため吾輩もお供させて頂きます」
「えーと、どういう意味?」
「口に入れては危険な薬草も多々あるのです。温室の管理者は吾輩と既知の間柄であるため、話を通しやすいだろうというカイン様のご配慮です」
「……なるほど、了解しました」
うーん、これは何気に監視をつけられたっぽいわねぇ。
私はにっこりと微笑みながら、心の中でチッと舌打ちする
まぁ、でも今回は本当に下見だけのつもりだったから、別に構わない。裏を返せば監視が必要なほど危険な植物が温室にはあるってことだもの。
温室までの道順を覚え、毒草になりそうな植物が栽培されているかを探る。それが今回のミッション。
私は早々に筋肉体操を切り上げ、温室へと向かうことにしたのだった。
「まぁ、素敵。まるで熱帯みたいね」
――金持ちってのはこれだから。
そんなことをボヤキたくなるほど、温室は広大で英国風の庭園や池なども併設されていた。
赤、黄色、白、青、ピンク、紫。色とりどりの花が咲き乱れ、瑞々しい草木が生い茂る。
というか、これ、温室じゃなくて、すでに植物園の域よね? もしかしなくてもこの中から毒草を探し出すのは至難の業じゃないかしら? ん?
「今いる場所は熱帯雨林温室となります。その次に並んでいるのが水生植物温室、さらにその先が多目的温室となっております」
「たくさんの温室があるのね……」
ヴェインに案内してもらいながら、私は先へ先へと進んだ。ちなみにここは立ち入りが厳しく制限されてるらしく、イルマ達は今回お留守番。
高い天井からは眩しい光が降り注ぎ、鳥も飼われているのか、どこからか美しい鳴き声も聞こえる。
綺麗な場所だけど、さすがにここまで大規模な温室だとは思わなかった。一通り見て回るだけでも、丸一日かかりそう。公爵毒殺計画を目論む私は、早くも挫けそうになった。
「デボラ様、あちらにいるのがこの温室の管理者でございます」
「!」
ヴェインの視線の先には、一人の女性が佇んでいた。
眼鏡をかけた、パンツルックの美しい女性。年頃は……そうね、20代後半と言ったところかしら。褐色の肌と白銀の髪、それに眼鏡に負けないはっきりとした顔立ちが特徴的な才女。
その女性は私を視界に入れると、妖艶に微笑み近づいてきた。
「おはようございます。お話は伺っております。デボラ様でございますね?」
「ええ。今日は無理を言ってごめんなさい」
女性にしてはかなり低めのハスキーボイス。だけどそれが妙に色っぽい。
「私はノアレ=マクドガー。普段は瑞花宮で仕事をしております。どうぞお見知りおきを」
(ず、瑞花宮!? ………ですって!?)
ノアレは初対面の挨拶で、いきなりものすごいカウンターパンチを繰り出してきた。
まるで稲妻のような衝撃が、脳天から脊髄を経由して爪先まで駆け巡る。
おおっと、瑞花宮――それすなわち公爵様のハーレムの名前じゃあーりませんか。
えーと、えーと、つまりノアレも……そーゆーこと?
……………つまり公爵の愛人・何号さん(仮)ってことかなぁぁーーー?
この展開には、さすがの私も乾いた笑いを浮かべる。
毒草を探しに来た先で、まさか夫の愛人と鉢合わせになろうとは。
軽い眩暈を覚えるものの、そこは正妻としての意地。何とか両足に力を籠め、踏みとどまるのであった。
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