無色のノエルは手抜きがデキナイ 1
ノエルが実験を終了すると、暗殺者の二人は糸が切れたように意識を失った。どうやら、頭を吹き飛ばされても完全に記憶が飛ぶ訳ではなく、わずかに記憶を残しているらしい。
二人は繰り返し頭を吹き飛ばされる中で、少しずつ反応が変わっていた。
だがその結果は実験の副産物であり、本来求めていた結果ではない。重要なのは、どういった状況下で相手の頭が吹き飛ぶのかという事実。
結果から言えば――いまのノエルには制御できないという事実が分かっただけだった。少しでも攻撃の意思を見せると、相手の頭は吹っ飛んでしまう。
ただし、相応の収穫もあった。
ノエルが試しに少女の頭を撫でても吹っ飛ばなかったし、相手を引き起こそうと引っ張っても吹き飛ばすことはなかった。だが、相手が抵抗して力を込めたら相手の頭が吹き飛んだ。
端的にいって曖昧。
つまり、ノエル、あるいは対象の意識が関わっている可能性が高い。
そこから導き出されるのは、模擬戦なども場合によってはセーフな可能性。ただし、セーフの可能性があるのは友好度が高い相手。
そんな相手に実験ができるかというと……否である。
――いまの言葉からも分かるとおり、ノエルはフィーナと手合わせをしたことがない。万が一にも、フィーナの頭を吹き飛ばすことを嫌ったからだ。
ちなみに、それに対してフィーナはというと――
「模擬戦をしたら頭が吹っ飛ぶかもしれないの? 大丈夫だよ。もしものときは、ノエルお姉ちゃんが生き返らせてくれるって信じてるから」
――と、異常なまでの信頼をノエルに向けていた。
正直、ノエルはちょっと引いた。
閑話休題。
とにもかくにも実験は終了。外に出ると雨は止み、すっかり周囲は明るくなっていた。
ノエルは寝ぼけ眼を擦りながら、リリスの元を訪れる。
「ふわぁ、おはよう~」
「おはよう……て、ノエル。その簀巻きの二人はなんなの?」
「リリスに差し向けられた暗殺者だよ」
意識を失っている二人を、リリスの近くにいる護衛の前にぽいっと捨てる。
ちなみに二人の頭が吹き飛ばないのは意識を失っているからだ。意識がない、あるいは死んでいるなどで抵抗のできない状態であれば、相手の頭が吹き飛ばないことは確認済みである。
これは今回の実験で得た最大の成果といえるだろう。
「それじゃ、後はよろしく~」
あくびを噛み殺し、午前の御者はフィーナに任せて寝ようと踵を返す。
そこをリリスに捕まえられた。
「ちょ、ちょっと待ってっ。どういうこと? もう少し詳しく!」
「だから、深夜にその二人が、リリスの馬車を狙ってたから捕まえたんだよ」
「しゅ、襲撃があったの!?」
リリスが驚き、彼女の護衛騎士が慌てて拘束されている二人を確認する。二人の所持品を探り始めたことに気付いたノエルが「これが所持品だ」と革袋を手渡した。
騎士がその中身をあらためる。
「身元が分かるような所持品はありませんね。ただこの装備、暗殺者かと思われます」
「……暗殺者。狙いは私、ということね。使い捨ての駒でないのなら、なにか知っているかもしれないわ。すぐに知っている情報を吐かせなさい」
「かしこまりました。ただ、決して情報を漏らしたりしないのが一流の暗殺者だと言われています。情報を引き出すのは難しいかもしれません」
「分かってる。可能な限りお願い」
リリスと騎士のやりとりを見ながら、ノエルは寝ぼけ眼を擦った。
(そういえば、彼らがなにか言ってなかったかな?)
「あぁ、そうそう。命令したのはダグラス・アルフィー男爵だって言ってたよ」
「な、暗殺者の口を割らせたのですか!?」
騎士達が驚くと同時に、その言葉に対して警戒心を抱いた。
といっても、ノエルの言葉を疑った訳ではない。
アルフィー男爵は、テレシア――リリスととても仲の良い継母の弟であるため、何者かがテレシアをハメようとしている可能性を疑ったのだ。
しかし、寝ぼけ眼のノエルは淡々と続ける。
「割らせたというか、勝手に喋ってた感じだけどね。後は……そうだ。テレシアという人はなにも知らなくて、アルフィー男爵の独断だって言ってたよ」
その言葉に、リリスサイドの者達が一斉に息を呑んだ。
「ど、どうやって、暗殺者からそんな情報を……」
「どう……? ん~、なんか、命令に逆らえなかったとか言ってたよ。拾われて、育てられた恩がどうとか……たぶん?」
「……ど、どういうこと?」
リリスは困惑する。
それを見かね、護衛の騎士が「恐れながら」と口を開いた。
「先代のアルフィー男爵は法を逃れた悪を討つために、影を育てていたと聞いたことがあります。おそらく、現当主がその影を私欲に利用したのでしょう」
「……それはつまり、悪いのはアルフィー叔父様で、彼らに罪はない、と?」
「そうは言いません。ただ、事情によっては味方に引き込めるかもしれません」
「事情、ね」
そう呟いたリリスの表情は険しい。ノエルと同じくらいの年頃の娘。そんな彼女が、たったいま暗殺され掛かったのだ。その実行犯に敵意を抱くのは当然だろう。
けれど――
「……弟子は、弟子だけは……どうかっ」
「お願い、師匠に酷いことしないで……っ」
譫言のように暗殺者達が呟いた。その悲痛な声に、リリスの眉がひそめられる。その赤い瞳には、非情な命令を下したアルフィー男爵への怒りが滲んでいた。
「……ひとまず、彼らの処遇は後で考えましょう。彼らを拘束なさい」
「――はっ」
護衛の騎士が暗殺者達を拘束し、馬車の荷台へと運んでいく。
それを見送り、リリスはぎゅっと拳を握り締めた。
「アルフィー叔父様、私は非道なあなたを決して許しません……っ」
少し騒動はあったが、一行は王都に向けて出発する。その後はとくに何事もなく旅は続き、予定通りの日程で王都に到着した。
まずは城門でチェックを受ける。幼い娘の二人旅に兵士が疑問を抱くが、リリス達の口添えがあってスムーズに手続きが終わる。
城門を抜けると、リリスに話しかけられた。
「二人はこれからどうするつもり?」
「そうだね。ひとまず宿を見つけるつもりだけど」
「冒険者育成学校の入試の時期だから、いまはなかなか宿を取れないと思うわよ」
「そうなんだ? それじゃ、どうしようかなぁ……」
(さすがに王都の地下を勝手に掘る訳にはいかないよね。最悪は馬車で寝ることになるけど、せっかくだからおっきなベッドで寝たいなぁ)
リディアはその大半を馬車で過ごしていた。
彼女はそれを苦痛と思っていなかったが、ノエルとしての自意識はそうじゃない。大きなベッドでくつろぐことの安らぎを知っている、いまのノエルは大きなベッドを欲していた。
「よければうちに来ない?」
「それは助かるけど……大丈夫なの?」
暗殺未遂について、ノエルはある程度の事情をこの数日で聞いている。
クリムローゼ家には三人の娘がいるが、次期当主候補として有力なのがリリス。だが、リリスは第二夫人の娘で、姉と妹が第一夫人――テレシアの娘。
このままではテレシアの影響力が低下して、実家であるアルフィー男爵家への支援がなくなる。それを危惧して、アルフィー男爵がリリスを暗殺しようとした、らしい。
ノエルはその事実を聞かされた上で、口外法度をお願いされて了承している。
ゆえに、それについて口を出すつもりはないのだが、どう考えてもこれからバタバタするのは目に見えている。そんなところに客人を招いても大丈夫なのかと心配する。
「まあ……ゴタゴタはするでしょうね。だけど、だからこそ、さきにあなたにお礼をしておきたいの。それに、妹にも会ってもらわないと困るしね」
「そっか、ならお言葉に甘えようか」
ノエルがフィーナに確認をとれば、お姉ちゃんに任せますという答えが返ってきた。可愛らしいフィーナの頭を撫でて、ノエルはクリムローゼ伯爵屋敷へ足を運んだ。
馬車を使用人に預け、二人はリリスの後を付いて屋敷の玄関をくぐる。エントランスホールでリリスが使用人達にいくつか指示を出した。
そこに精悍な顔つきの男性が姿を現す。
「お父様、ただいま戻りました」
「リリス、よくぞ無事に帰った。怪我はないか? 先触れから襲撃の知らせを受けたときは生きた心地がしなかったぞ」
どうやら、彼がリリスの父親、クリムローゼ伯爵のようだ。
「危ないところを、彼女達に二度も救って頂きました。紹介いたします。わたくしの恩人、ノエル・ウィスタリアとフィーナですわ」
「うむ。俺の名はグリム。クリムローゼ伯爵家の当主だ。ノエル、それにフィーナよ。娘の命を救ってくれたこと、心より感謝を申し上げる」
「名高きクリムローゼ家、そのご息女のお役に立てたこと、心より光栄に思います」
ノエルは相手の目を見ながら、優雅なカーテシーで応じた。
「そなたは娘の命を救ってくれた。そのようにかしこまる必要はない」
「では、お言葉に甘えまして――助けたのはたまたまなので感謝は必要ありません。それより、次も偶然に救われるとは思わないことです」
ぶっちゃけすぎである。
危機管理がなってないとグリムを批難したも同然である。話を聞いていたフィーナや使用人達は顔を強張らせるが、グリムは至極真面目な顔で頷いた。
「忠告に感謝し、早急に対処すると約束しよう。俺はその件で席を外すが、我が家だと思ってゆっくりしていくがいい。それと――リリス、彼女達をしっかりと持て成すのだぞ」
グリムは使用人に宴の指示を出すと、失礼するといって立ち去っていく。それを見送ったノエルは「良いお父さんだ」と感心するように呟いた。
「ええ、自慢の父です――が、驚かせないでください。うちの父じゃなければ、無礼者として咎められていたかもしれませんよ?」
「そういう相手とは仲良くするつもりがないから大丈夫だよ」
「……ノエル、本当に変わってるわね」
お嬢様モードが終了し、気さくなリリスが顔を出した。
続けて彼女は「あなたも大変な人の妹になったわね」と、いまだ硬直しているフィーナに同情の視線を向けた。
「私、リリス様とお会いするまでは、ノエルお姉ちゃんが一般的なご令嬢だと思ってました」
「うん、それは大いなる誤解だよ。早く誤解を正さないと大変なことになるわ」
「はい、肝に銘じます」
フィーナが両手をぎゅっと握り締めて意気込んでいる。
(肝に銘じなくても大丈夫だから)
そう思いつつも、口に出すほど大丈夫だという自信がないノエルは視線を逸らした。
「それじゃ、夕食まで……どうしようか? 庭でも案内する?」
リリスが希望を聞いてくる。
「リリスの妹さん、シシリーちゃんだっけ? よければ少し会わせてくれないかな?」
「服をプレゼントすることは誕生日まで内緒にしておきたいんだけど、それでも大丈夫?」
「採寸データはもらってるから平気。会うのはデザインの微調整をしたいだけだよ」
「そっか、なら、起きてるか確認するわね」
シシリーは病弱と聞いていたが、どうやら寝ていることが多いらしい。思ったよりも容態がよくないのかと心配するが、幸いにして面会の許可は下りた。
そうして案内された部屋では、可愛らしい女の子が笑顔で出迎えてくれた。ゆるふわ金髪セミロングのお嬢様で、パジャマに近い部屋着を纏ってソファに座っていた。
「リリスお姉様、紹介したい人がいると聞きましたが……そちらの方々ですか?」
「ええ、私の友人、ノエルとフィーナちゃんよ」
「まぁ、お姉様が友人を連れてくるなんて珍しいですね」
シシリーは目を丸くして驚いて、それからノエル達へと視線を向けた。
「初めまして、シシリー・クリムローゼです。いつも姉がお世話になってます……コホッ、ゴホッ。ごめんなさい、見ての通り病弱で対したおもてなしも出来ませんがお許しください」
「こちらこそ初めまして。リリスの自慢の妹に会えて光栄だ」
柔らかな笑顔で応じながら、とても礼儀正しいお嬢様だとノエルは感心した。
それに――と、シシリーの魔力を感知する。
(魔力は光を放たぬ黒――だけど、滅多にないくらい魔力量が多い。これは、器たる身体の許容量を超えて魔力を回復させてるのか? 典型的な魔力過給症だね)
大気中に存在する魔力素子(マナ)を取り込み、身体というフィルターを通して生成した力が魔力である。このフィルターの種類によって、生み出せる魔力の色が決まる。
通常、器に対する魔力が少ないときは供給量が多く、多くなれば供給量が減り、器が魔力で満たされれば供給は止まる。
だが、希に器たる身体を魔力が満たしても、供給が止まらない体質の人間がいる。
リディアの友人にもいたが、わりと珍しい体質である。魔力を制御できるのならなんの問題もないが、放っておけば身体に掛かる負荷に耐えきれなくなって死んでしまうこともある。
そして、いまのシシリーはどう見ても、その負荷に耐えきれなくなっている。このままでは、遠くない未来に死んでしまうだろう。
(といっても、彼女を助ける義理はない)
可哀想だと思わない訳じゃない。
だが、可哀想だからと助けていたら前世の焼き直しだ。ノエルは助けたいと思った人だけを助ける。際限なく助けを求めてくる人達のために自分を犠牲にするつもりはない。
いまのノエルがするのは、リリスの頼みに応じて服を作ることだけだ。だから――と、彼女にどんな服が似合うかを考え、あらためてシシリーを観察する。
耐え難い苦痛に苛まれているはずだ。
だが、シシリーはそんな素振りを見せない。それどころか、ノエルを見つめる緑の瞳はキラキラと煌めいている。ずいぶんと好奇心が強そうだとノエルは感じた。
(普段お屋敷から出られないんだよね。せっかくのオシャレだ。大人しい服のデザインより、ちょっと社交的なイメージの方がいいかな? それとも……)
フィーナや孤児達にはわりと自分の趣味を押し付けているノエルだが、他所様のプレゼントにまで自分の趣味を押し付けるつもりはない。
ノエルは彼女に似合いそうな服を思い浮かべていく。
「あの、ノエルさん、フィーナさん。お二人が着ているのは服はもしかして、最近流行りつつあるというお洋服ですか?」
「うん、そうだよ。私のもそうだし、フィーナの服もそう」
「まぁ、やはりっ! 噂に聞いたとおり、とても素敵なお洋服ですね。ノエルさんの服も素敵ですが、フィーナさんの服も素敵ですね」
「ありがとう。シシリーちゃんはどっちの方が好き?」
「私は……やはりスカートでしょうか。私もノエルさんの着ているような服を着て、思いっ切り外を歩いて――ゴホッ」
少し興奮したのか、咽せたように咳き込んでしまった。もう少し好みを聞いてみたいと思ったノエルだが、これが頃合いだろうとお暇することにした。
リリスに視線を向け、部屋を出ようと無言で訴える。
「そうね、そろそろ出ましょうか」
「えぇ、もう行ってしまうんですか? もう少しお話し……けほっ」
「無理しちゃダメよ。ノエル達はまた来てくれるから」
「……本当ですか」
「うん、また来るよ」
「そっちの……フィーナさんも、来てくれますか?」
「は、はい、ご迷惑でなければっ」
フィーナは少し堅いが、それでも招きに応じる。それでようやく安心したのか、シシリーは約束ですよと微笑んだ。そのまま、メイドに抱きかかえられてベッドに寝かされる。
それを横目に、ノエル達は部屋を退出した。
シシリーの部屋から離れると、廊下の真ん中でリリスが足を止めた。
「ノエル、見ての通り妹はとても病弱なの。どうか、あの子のために服を作ってあげて。お願いを聞いてくれるなら、どんな交換条件でも呑むわ」
「私が作ってあげたいと思っただけだからお礼は必要ないよ」
「それじゃ私の気が済まないわ」
「ん~、なら、宿を手配してくれないかな? この時期は大変なんでしょ?」
「そんなの、ぜんぜん見返りに……」
リリスがなにかを考え込むように黙りこくる。
「ノエルは冒険者育成学校に通う予定なのよね?」
「うん、そのつもりだよ」
「分かった、なら、当面の宿を手配するね」
「ありがとう、助かるよ」
ここは素直に好意に甘える。その後、ノエルとフィーナは夕食をご相伴になり、馬車で宿へと案内してもらったのだが――到着したのは大きなお屋敷の前だった。
「あの……ここは?」
案内してくれた執事さんに問い掛ける。
「ここはノエル様とフィーナ様のお屋敷です」
「……はい?」
「旦那様より伝言を言付かっています。娘からそなたらが宿を探していると聞いたので屋敷を用意した。冒険者育成学校に通うあいだ滞在してかまわない――とおおせです」
王都に到着して早々、ノエルは大きなお屋敷を貸し与えられてしまった。
「えっと……管理が大変だから、普通の宿で問題ないんだけど」
「使用人もセットですから大丈夫です」
(……なにが大丈夫なんだ?)
逆に申し訳なくなるレベルである。
「ノエル様。僭越ながら、どうか旦那様の感謝を受け取っていただけませんか?」
「感謝の気持ちは受け取るけど、いくらなんでもこれは過剰だよ。リリスを助けたのは成り行きだし、私がいなくても大丈夫だった可能性もあるんだよ」
「いいえ、リリス様の件は後日あらためてとおっしゃっています。今回のお屋敷は、シシリーお嬢様へ服を作ってくださることへのお礼です」
「なおさら過剰だ……」
一年分の宿泊費だとしても過剰なのに、貸し与えられたのはメイド付きの大きなお屋敷である。最高級のドレスだとしても、そこまでの値段はしないだろう。
だけど――
「旦那様にとってはそれだけの価値があるということです。それでも必要ないとおっしゃるのなら、後日あらためて話し合う……ということにいたしませんか?」
今日の宿がなくて困っているのは事実。
(貸したつもりが、借りになっちゃったかな?)
そんなことを考えつつ、ノエルは彼らの好意に甘えることにした。
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