無色のノエルは自衛がデキナイ 6

     ◆◆◆


「ご報告いたします。尋問した結果、リリスお嬢様を狙った襲撃だったことが判明しました」


 襲撃者を強く尋問した騎士が報告する。自分が狙われていると聞かされたリリスは顔を青ざめさせ、それでもきゅっと拳を握ってその恐怖を抑え込んだ。


「誰の差し金かは分かった?」

「残念ながら金で雇われた者達のようで、聞かされていないようです」

「そう、仕方ないわね」


 伯爵令嬢として、彼女が命を狙われたのは今回が初めてである。本当であれば、いますぐにも逃げ出したくなるほどの恐怖に苛まれている。

 だが、それでも――


「いまのまま、旅を続けることは可能かしら?」


 リリスはそう口にした。


「恐れながら申し上げます。護衛には負傷者も多く、万全の護りとは言えません。出来れば、いますぐ引き換えすべきだと申し上げます」

「そんなことは分かってる! ……けど、あの子の最後のお願いなのよ」


 リリスにはシシリーという妹がいる。五つ歳の離れた腹違いの妹で、非常に聡明で愛らしい少女。だが――彼女は重い病を患っていて、余命がもはやいくばくもない。

 そんな妹が、誕生日プレゼントに王都で流行っているお洋服が欲しいとねだったのだ。


 それを贈るために、流行のでどころを調査した。リリスはその服がノエルブランドと呼ばれていることを知り、その産地であるウィスタリア子爵領へと向かっていたのだ。


 ここで引き返せば、誕生日にノエルブランドの服を贈ることが叶わなくなる。それどころか、シシリーが生きているうちに服を贈ることも叶わなくなるかもしれない。


「さきほどのご令嬢。ウィスタリア子爵家のノエル様とおっしゃいませんでしたか?」

「そうね。本人はとぼけていたけど、ノエルブランドのデザイナーである可能性は高いわ。もしも彼女が服を作れるなら依頼します。でも、もしもそれが叶わないなら、あの子には顔向けできないわね……」


 ウィスタリア子爵領に向かうと、リリスは決意を口にした。


     ◆◆◆


「ノエルさん、いま少し話をしても良いかしら?」

「もちろんかまいませんよ。どうぞ、お掛けください」


 竈から少し離れた場所。

 丸いテーブルを囲う席を指し示す。それを見たリリスは目を丸くした。


「まあっ! どうしてこのような場所にテーブル席があるのですか?」

「それは馬車に備え付けの、組み立て式のテーブルと折りたたみ式の椅子です。お屋敷にあるような席と比べると座り心地は良くないと思いますが」

「いいえ、座れるだけとても……とても?」


 ノエルの言葉に甘えて腰を落としたリリスが首を傾げた。そして驚いたような顔をして、もう一度椅子に座り直す。


「とても柔らかいですね。これは……座る部分が布で出来ているのですか?」

「メッシュ状に編み込んだ生地を使っています」

「……メッシュ状に編み込んだ? もしやこれも、ノエルブランドの商品なのでしょうか?」

「え? あ~いえ、これは商品にしていません」

「そうなんですか……」


 なにやら残念そうにしている。

 欲しいのかもと思ったノエルだが、なにも言われないので気付かないフリをした。


「ところで、話というのはなんですか?」

「はい。まずは……助けてくださったこと、あらためてお礼を申し上げます」

「大したことはしていませんけどね」


 襲撃者を数人、馬車で跳ね飛ばしただけだとノエルは肩をすくめて見せた。


「いいえ、あなた方が来てくださらなければ少なくない犠牲が出ていたと、私の騎士達も申しています。あなた方は命の恩人です。ぜひ、なにかお礼をさせてください」

「ん……といわれましても」


 ノエルには特に欲しいものがない。

 だが、お礼の一つもしなければ、命を救われたリリスのメンツが潰れかねない。相手の顔を立てる意味では、なにかお礼を言うべきだろうと首を傾けた。


「ノエルさん達はどちらへ向かっているのですか?」

「王都です。冒険者育成学校に通いたくて」


 ノエルがそう口にした瞬間、リリスはポンと胸の前で手を打ち合わせた。


「なるほど、それでフィーナちゃんが強かったんですね。わたくしの騎士が、あなた方が護衛を連れていないことを訝しんでいましたが謎が解けました」

「あ、はい、そんな感じです」

「だけど、うちの騎士達ったら、あなたが襲撃者の頭を吹き飛ばしたり、その後に生き返らせたりしたとか言うんですよ? そんなこと、あるはずないですのにね」

「え、ええ、そうですね」


 ノエルは必死に視線を逸らさないように頑張った。

 探られているような気配を察したからだ。


 だが実のところ、リリスにとってそれは本題ではなかった。


「話を戻しますが、あなたはノエルブランドのデザイナーではありませんか?」

「あ、はい。私はノエルブランドという名前を知らなかったんですが、実はそうみたいです」

「やっぱり! それじゃ、あなたやフィーナちゃんの着てる服もそうなのね? 少し見せてもらってもいいかしら?」

「え、まぁ……いいですが」


 ノエルが答えて立ち上がるやいなや、リリスはノエルの周りを回り始めた。服やスカートの裾を摘まんで、その作りや肌触りの確認を始める。

 最初は見定めるような表情。それが徐々に関心に変わり、続けて驚愕へと変わっていく。


「……生地が凄くすべすべね。デザインも素敵。いえ、それよりも……縫い目がどこにもないような……え、ホントにない。なにこれ、どうなってるの!?」

「ちょ、ちょっと、落ち着いてくださいっ!」


 不思議に思ったリリスが、ノエルのブラウスを捲り上げようとするので慌てて止める。我に返ったリリスは真っ赤になって「ごめんなさい」と謝罪する。

 そうして落ち着きを取り戻した彼女は席に座り直す。


「かまいませんが……服がどうかしたんですか?」

「滅多にワガママを言わないわたくしの妹が、次の誕生日プレゼントとして、ノエルブランドの服が欲しいと言ったのよ」

「それで……リリス様が自分でウィスタリア子爵領まで?」

「ええ。妹の誕生日プレゼントは自分で選びたいし、ちょうど学校に行くまで予定が空いてたから、ついでに自分の服も見ようかなって」


(ふぅん、色々と理由を付けてるけど、優しいお姉ちゃんって感じなんだ)


「それじゃ、いまからウィスタリア子爵領に行くんですね。私で良ければ紹介状を書きましょうか? リリス様の家柄なら、必要ないかもしれないけど……」

「それについて相談があります。ノエルさんは服を作ることが出来ませんか?」

「……どうしてそんなことを聞くの?」


 ノエルはデザイナーであることを認めたが、同時に子爵令嬢でもある。決してパタンナーでもなければ針子でもない。

 ウィスタリア子爵領に行くのが面倒だという話なら即座に断るつもりだった。


「実は、さきほどの襲撃の狙いは私だったようなのです。しかも少なくない被害があったこともあり、ウィスタリア子爵領に行くことを止められているんです」

「リリス様が狙われた?」

「はい。襲撃者は金で雇われて、わたくしの馬車を狙うように指示された、と」

「……そうですか」


 そういう事情ならウィスタリア子爵領に行っている場合ではない。それによく見れば、手が添えられているフトモモの辺り、リリスのスカートが皺になっている。

 おそらく恐怖に怯え、それでも妹のために服を買おうと手を尽くしているのだろう。


(私、そういうのに弱いんだよね)


「良いですよ。私で良ければ、妹さんの服をお作りしましょう」

「よろしいのですか!?」


 リリスは目を見張って、ゆるふわピンクゴールドの髪を歓喜に震わせる。


「妹さんの誕生日はいつですか?」

「三週間後です」

「そうですか。なら、王都に向かう途中、妹さんの好みを聞きながらデザインをしましょう」

「それは……」


 リリスが表情を曇らせた。


「どうかしましたか?」

「いえ、その、さきほども申しましたが、わたくしが狙われている可能性がありますので」

「あぁ、それなら大丈夫です」


(むしろ実験をするチャンスだ。悪人がうっかり私の方に来ないかな?)


 ノエルはわりと物騒なことを考えるが、その内心を知らないリリスは顔を曇らせた。


「ごめんなさい。あなた達に極力危険が及ばないようにすると約束します。それと、王都に着いたら服のお礼はもちろん、命を救っていただいたお礼もいたします」

「私の気まぐれだから気にしなくてかまいません」

「……優しいのですね」


 そうかな――と、ノエルは首を傾げる。

 そうですよ――と、リリスが詰め寄ってきた。


「ノエルさん、わたくしのことはどうかリリスと呼んでください」


(呼び捨て、ね。こういうとき、ホントに呼び捨てにすると大抵機嫌を損なうんだけど……)


 ノエルが探るような視線を向けると、リリスはすべてを見透かしたように微笑んだ。


「わたくしは本気ですよ。だから――私(・)と仲良くしれくてないかしら?」


 リリスが伯爵令嬢としての雰囲気を霧散させ、茶目っ気たっぷりに微笑んだ。どうやら、リリスはずいぶんと気さくなご令嬢のようだ。


「へぇ……そっちがリリスの素の姿?」

「私も冒険者育成学校に通う予定なのよ」

「そうなんだ? 貴族令嬢なのに、珍しい?」

「そうでもないわ。国の方針で、魔物に対抗できる人間が求められているでしょ? だから、貴族が冒険者育成学校に通うのは珍しくないわ。というか、あなたもそうでしょう?」


(そういえば、私も子爵令嬢だったね)


 ときどき忘れがちになると、ノエルは曖昧に笑って誤魔化した。

 その後、リリスはフィーナにも仲良くして欲しいと話しかけていた。さすがに、フィーナは遠慮していたようだが、それでもほどよく打ち解けたようだ。



 夕食を取った後、ノエルとフィーナは馬車の中へ戻った。

 その頃から雨が降り出し、日が沈むことには土砂降りになっていた。ノエルは馬車のシートを倒して簡易ベッドにして、そのベッドにフィーナと仲良く並んで眠る。


 夜の帳が下りた頃。

 ノエルは嫌な気配を察知して目を覚ました。


(……気配が二つ。動きは洗煉されてるけど、魔術的な対策はなし、と。斥候……という感じじゃないね。これは――暗殺者かな?)


 であれば、狙いはリリスだろう。

 こちらに来そうにないと判断し、ノエルは馬車から抜け出した。

 気配を消したノエルは、魔術でも察知されないように体内に宿る魔力を押さえ込む。そうして自らの存在を完全に消し、雨音に紛れて野営地へ侵入した連中の背後へと回り込んだ。


 侵入者は二人。共に覆面で顔を隠し、手には煤でツヤを消した短剣を携え、リリスが眠る馬車の様子をこっそりと窺っている。目的はリリスの暗殺で間違いない。

 そう判断したノエルは、気配を消したまま二人組に背後から接近する。


「こんばんは。実験をするにはいい夜だね」


 ノエルの声に驚いた二人が息を呑むが、その音は雨音に掻き消された。二人はとっさに前方に身を投げ出すが、それより一瞬早くにノエルは二人の背中を素早く指で突いた。

 ノエルの謎の力が発動し、二人の頭が消失する。


「……誰かいるのか?」


 見張りが異変に気付く。魔力を察知することは出来ずとも、雨音に紛れた異音を聞き逃さなかったようだ。主を護るため、真面目に見張りをこなしているのだろう。


(優秀な護衛だね)


 ノエルは護衛に気付かれないように遺体を回収、自分の馬車へと帰還した。


「フィーナ、起きて、フィーナ」

「……うぅん、ノエルお姉ちゃん? どうかした――ひぅっ!?」


 寝ぼけ眼を擦りながら起き上がったフィーナは、二人の首なし死体を至近距離で目の当たりにして息を呑んだ。それでも悲鳴を上げなかったのは、慣れなのか、それともノエルの訓練の賜物か。おそらく、驚きすぎて声が出なかっただけである。


「ノ、ノエルお姉ちゃん、その死体は……なに?」

「たぶん暗殺者。開けっぱなしの地下を使うからちょっと退いて」


 黒以外の魔力は光を纏っている。ゆえに、自己強化など一部の例外を除くと、夜に使うのはとても目立つという欠点がある。なので、ノエルは地下のお風呂場を使うことにしたのだ。


「あぁ、もしかして生き返らせて尋問するの?」

「え? あ、うん、そうだよ」


 問われたノエルはさらっと嘘を吐いた。

 

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