無色のノエルは自衛がデキナイ 5

 ウィスタリアの領都を出発して数日が過ぎた。

 馬車旅は順調で、御者台に座るノエルは囁くように歌っていた。ノエルの――というか、正確にはリディアの、一人で旅をしていた頃のクセである。


 隣に座るフィーナはそれを子守歌に、ノエルに寄りかかってうたた寝している。ノエルの修行を受けて様々な能力を身に付けたとはいえ、まだまだ十歳の子供ということだろう。


 もっとも、他の旅人がその光景を見れば別の意味で驚く。

 ノエルの操る馬車は、一般的に考えればずいぶんと飛ばしている。その馬車の御者台ですやすやと眠るなど、普通は揺れが激しくて不可能だからである。


 もっとも、すれ違う程度でそれに気付くような者もいない。

 あえて言うのなら、見える場所に可愛らしい服装の女の子が二人だけという組み合わせに驚く者はいたが、いまのところこれといった問題もなく旅は続いている。

 そう、いまのところは。


「フィーナ。起きて、フィーナ」


 ノエルは自分の肩により掛かるフィーナを揺すった。


「んぅ……? ノエルお姉ちゃん、どうかしたの?」

「街道の少し先に馬車が止まっていて、そこに人が集まってるんだ」


 緑系統の探知魔術を使用していたノエルには、その光景が漠然と認識できた。


「え、なにかトラブルかな? ……あ、ホントだ、剣戟に音が聞こえてくるね」


 フィーナは少し手間取りながらも、緑系統の身体強化の魔術を発動。自分の聴覚を強化して、離れた場所でおこなわれている戦闘の音を拾った。


「フィーナはどうしたい?」

「どうしたいって……助けないの?」

「うぅん、フィーナ次第かなぁ。私、手加減が出来ないから」


 ノエルは困り顔で頬を掻いた。

 ノエルが戦闘に加わると相手は死ぬ。殺しても良い相手ならノエルは気にしないが、手加減が必要ならフィーナ一人に戦わせることにもなりかねない。

 だからどうするかと、フィーナに問い掛けた。


「放っておけないよ、助けに行こう!」

「そっか。なら――飛ばすよっ!」


 魔導蒸気タービンの出力を上げ、同時に軽くムチを振るって馬を走らせる。

 なお、馬の瞬間最高速度は時速90㎞くらい。

 これが馬車になると、数頭立て&整備された道でも、最高速度が半分以下にまで落ちる。しかも、その速度を保っていられるのはわずか数分程度である。


 けれど、魔導蒸気タービンで出力を得ている馬車はほぼ自力で移動をなしている。その上で、ノエルは緑系統の魔術を行使して馬の身体能力を強化した。

 ――結果、馬車は120㎞くらいの速度で街道を爆走した。


「ひゃああああぁぁぁあぁぁっ!?」


 フィーナの悲鳴を置き去りにして街道を駆け抜ける。周囲の景色が驚くべき速度で流れ、街道は林の中に突入した。視界が狭くなり、襲撃には恰好の地形へと移り変わる。

 そして――


「見えたっ!」


 街道のど真ん中、足止めを喰らって立ち往生する馬車を発見。

 そこまでの距離、およそ100メートル。

 つまり、秒数でいえば三秒くらい。


 最初の一秒は目視しているあいだに過ぎ去った。


 そして、次の一秒は状況の把握に使う。

 馬車を護るのは数名の騎士。

 対して、馬車を取り囲んでいる思い思いの恰好の連中が襲撃者だと判断する。襲撃者はおよそ十人くらい。街道の両サイドから馬車を取り囲んでいて――道をふさいでいる。

 だが、時速120㎞で走るノエルの馬車は急に止まれない。


 残り一秒で手綱を操ったノエルは、襲撃者の一団を跳ね飛ばした。といっても、彼らは避けようとしたので、まともにぶつかった者はいない。

 だが、少し掠めただけで彼らは壮絶に吹き飛んでいく。


 そこから減速を始め、50メートルくらい進んでから停止。ひらりと馬車から飛び降りたノエル達は、小走りに襲撃現場へと舞い戻った。


 そこでは、馬に跳ね飛ばされた連中が大変なことになっていた。無事だった者達も、馬車が時速120㎞という未知の速度で目前を駆け抜けた現実を受け入れられずに硬直している。


「大丈夫ですか、助けに来ました」

「な、なんだっ、てめぇはっ!」


 襲撃者の一人がノエルに掴み掛かった。ノエルは煩わしげに手を払った。まるで虫を払うような仕草で振るったその手が男の手に触れた。

 ――刹那、男の頭が消し飛んだ。


「――あっ」

「……は?」

「お姉ちゃん……」


 しまったと言いたげなノエルが声を零し、目撃した者達が間の抜けた声を上げ、フィーナが呆れるように呟いた。戦場になんとも言えない空気が流れる。


(やってしまった。この状況で生き返らせるのは目立ちすぎる? いや、いまのは正当防衛だよね? だとしたら、このままの方がいいかな?)


 そこまで考えたノエルだが、もしかしたら過剰防衛かもしれないと不安になった。

 だから――


「だ、誰がこんな酷いことを! あ、でも、頭が吹っ飛んでるように見えたのは気のせいだ、軽傷っぽい! いまなら、治療が間に合いそうだ!」


 思いっ切り捲し立てて、他の者達から見えないように自分の身体で遺体を隠す。その上で出来るだけ目立たないように魔法陣を展開して、聖女の祈りを発動させた。


「良かった、軽傷だったから間に合ったよ!」


 これで誤魔化せたはずだとノエルは顔を上げるが、騎士や襲撃者達はなんとも言えないかおをしていた。もちろん、フィーナも呆れた顔をしている。


「なにをしているの。このチャンスを逃すなっ、反撃なさい!」


 ノエルは呆気にとられている騎士達に発破を掛ける。

 最初に動いたのはフィーナだ。

 即座にノエルの意図を理解して、生き返って立ち上がる襲撃者に襲いかかるフィーナは有能すぎる。彼女は一足で襲撃者の一人の懐に飛び込み、その鳩尾に膝蹴りを叩き込んだ。


「――っ、全員、この期を逃すな、押し返しなさい!」


 我に返った女騎士が号令を掛け、他の騎士が一斉に反撃を開始する。

 対して、襲撃者は馬車に三分の一に及ぶ味方が跳ね飛ばされた混乱から立ち直ることが出来ず、為す術もなく騎士達の手によって拘束されていく。

 ノエルは勢いですべてをなかったことにした。



 ほどなく、襲撃者は全員拘束された。

 それを確認した騎士の一人が、馬車の中に向かって声を掛ける。ほどなく、その立派な馬車から少女が降りようとした。


「お待ちください。一応の脅威は去ったとはいえ、相手はどこの誰ともしれません。この状況で降りるのは危険です」

「その口を閉じなさい。相手は私達の命の恩人ですよ」


 そんなやりとりで護衛達を黙らせて、一人の少女が馬車から降りてきた。


 年の頃はノエルと同じ十五歳前後。

 強い意志を秘めた赤い瞳。

 フワッとしたピンクゴールドは結び目が見えないように高く纏め上げ、そこからゆったりと下ろしている。大人びたパーティースタイルのポニーテール。


 ドレスは旅に着ていくようなラフなデザインだが、その上質な生地は生まれの良さを感じさせる。間違いなく貴族のご令嬢である。


 そんな彼女が視線を巡らせると、ノエルやフィーナを見つけて微笑んだ。


「あなたが、わたくしを救ってくださった可愛らしいナイトの主様ですね。わたくしはリリス。クリムローゼ伯爵家の娘です」

「お初にお目に掛かります。私はノエル。ウィスタリア子爵家の娘です。そしてこちらはフィーナ。私の護衛で、妹のような存在でもあります」


 ノエルが優雅にカーテシーをすると、リリスは軽く目を見張った。


「ウィスタリア子爵家のノエルって、まさか、あのノエルなの!?」

「ど、どのノエルでしょう……?」

「とぼけないでっ! ウィスタリア子爵領を中心に広がりつつある、ノエルブランドに決まってるじゃない! その服、ノエルブランドの洋服なんでしょ?」


 余裕のない様子で詰め寄ってくる。予想外の反応にノエルが目を白黒させていると、側仕えらしき女性がリリスの袖を引いた。それでリリスはハッと我に返る。


「ごめんなさい、少し焦っていたようね」


 そう取り繕って、彼女は一歩下がってカーテシーをした。


「まずは命を救っていただいたことに感謝いたします。お礼をさせていただくつもりではありますが、その前に少し私の話に付き合っていただけないでしょうか?」

「乗りかかった船だしかまいません。ただ、もうすぐ日が暮れます。ひとまず、野営をする準備をしてからということでいかがですか?」

「もちろん、異論はありませんわ」


 ――という訳で、ノエル達は野営場所を探すことになる。

 ただ、襲撃を受けたさいにリリスの乗る馬車がダメージを負ったようで、応急処置が必要だったりと、あまり移動は出来ないという結論に至った。

 結果、少し進んで林から出た辺り、見通しの良い場所を選んで野営をすることになった。


 野営――といっても、ノエルとフィーナは馬車で快適な寝泊まりが出来る。


 あえて問題を挙げるなら、人目があるので派手な魔術が使えないことくらいだろう。だが、人目があるのならこっそり使えば問題はない。


 ――ということで、ノエルは馬車の中で赤と緑の魔力を抜き、青い魔力を生成。その魔力を使って魔法陣を描き出し、錬成魔術を使って馬車の床に扉を設置。

 更にはその地下に数メートル四方の空間を作った。


 ノエルは床の扉を開け、地下へと続く階段を降りていく。

 そこに広がるのは、石を再構築して作った岩タイルに囲まれた空間。手前に洗い場があって、その奥には岩の湯船が用意されている。

 そこに地下深くから汲み上げた水を張り、熱を加えて適温に調整する。


 後は天井付近に灯りに魔導具を設置すれば簡易お風呂の完成である。


「あれ、ノエルお姉ちゃんどこ~?」


 薪拾いに出掛けていたフィーナの戸惑う声が聞こえてくる。ノエルは階段を上がり、馬車の床の扉を開けて顔を覗かせた。


「フィーナ、ここだよ」

「うわぁっ!?」


 床から顔を出したノエルを見て、フィーナがびくりと身を震わせる。


「ノエルお姉ちゃん、そんなところでなにをやってるの?」

「地下にお風呂を作ってたんだよ」


 かなりのパワーワードだが、それを聞いたフィーナは理解の色を瞳に灯した。


「そっか、今日は他の人がいるから無理かなって思ってたんだけど、馬車の地下にこっそり作ったんだね。私も入って良い?」

「もちろん、おいでおいで~」


 ノエルが誘い、フィーナは迷いなく応じる。

 実のところ、ノエルが地下にお風呂を作るのはいつものことだったりする。というか、いつもは地下に大きめの空間を作り、馬車ごと地下に降りて安全な夜を過ごしている。


 今日は人目があるため、こっそりとお風呂だけを作った、という訳だ。そうして地下にある簡易脱衣所で服を脱いだ二人は、そのまま洗い場で湯船のお湯を被って身体を洗い始める。


 石鹸をつけ、泡だてたタオルで身体を洗う。

 ゴシゴシと腕を擦っていると、フィーナが背中に抱きついてきた。


「……フィーナ?」

「えへへ、今日は私が、ノエルお姉ちゃんの背中を洗ってあげるね」


 フィーナが「ご~し、ごしっ」とノエルの泡だてたタオルを使って背中を擦り始める。ノエルは、そのなんとも言えない心地よさに目を細めた。


「ノエルお姉ちゃんのお肌、すべすべで羨ましいなぁ~」

「フィーナも十分すべすべだと思うけど?」


 栄養が足りてなかったフィーナだが、最近は食事をしっかり採っているし、様々な効果が付与された服を着ているため、以前よりずっとキメ細やかな肌を手に入れている。

 貴族令嬢だと言われても、信じる者は多いだろう。


「ところで、フィーナはノエルブランドって知ってる?」

「もちろん知ってるよ。むしろ、どうしてノエルお姉ちゃんが知らないの? ノエルブランドは、アレクシア様が名付けた服のブランド名だよ。ノエルお姉ちゃんがデザインにかかわった服は全部、ノエルブランドの名前で売り出すって言ってたよ」

「なにそれ聞いてないっ!」


 あんまり目立ちたくないノエルは、なんてことをするのかと悲鳴を上げた。なお、自分が今現在進行形で目立ちまくっていることは棚上げである。


「でも、最初から、みんなノエルお姉ちゃんがデザインした服とか言ってたから、アレクシア様がブランド名にしなくても、ノエルお姉ちゃんの名前は広まってたと思うけどね」

「……そうなんだ」


(面倒なことにならないといいけど。いっそ、王都ではリディアを名乗る?)


 そんなことを考えていると、フィーナが背中を洗い終えた。

 そのまま交代で、今度はノエルがフィーナの背中をタオルで擦り始める。そうして身体を洗い終えた二人は同じように髪を洗い合い、お湯を被ってから湯船にザブンと浸かった。



 その後、お風呂から上がった二人は、馬車を降りて夕食の準備を始めた。錬成魔術で小さな竈を作り、肉と野菜のスープを作る。


 肉は数日前に狩りをして手に入れた肉を冷凍していたもので、野菜は通りすがりの農村で肉と交換で手に入れて冷やして保存していたものだ。

 それに塩胡椒を入れてコトコトと煮込んでいるとリリスが尋ねてきた。

 

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