無色のノエルは自衛がデキナイ 4
「それで結局、あなたはなにをしたの?」
フィーナを護衛として認めてもらったその日の夜。
アレクシアに呼び出されて部屋を訪ねるなり詰め寄られた。正座こそさせられていないが、アレクシアはちょっと怒ったような顔をしている。
なんのことかと、ノエルは首を傾けた。
「フィーナの強さよ。あの子が言ってたでしょ。私は強くない、だけど負けないって」
「あぁ、それは付与魔術を施した服のことですね」
「付与魔術を施した服? あの子が着ていた服にエンチャントが施してあるの?」
「はい。あの服には――着用者の防御力アップと身体能力の向上。それに治癒能力の向上と毒の無効化や、攻撃を弾くシールドに、いざというときに居場所が分かる機能。それに、気温を一定に保つ機能と、紫外線の減衰が施されています」
ノエルは事もなげに言ってのける。それが、フィーナが強くなった理由。あの服がなければ、フィーナはいまも歳の割りには鍛えている、くらいのレベルである。
「またあなたは、さらっとアーティファクトを作って……」
「大丈夫です、お姉様」
「なにが大丈夫なのよ。魔導蒸気タービンの件だけでも、どう対処するか悩ましいのよ?」
「そっちはいずれ隠しきれなくなるかもしれませんが、服の方は黙ってればバレません」
「………………そうね」
才色兼備の次期当主が初めて考えることを放棄した瞬間である。そんなアレクシアに対し、ノエルは更なる火種を放り込む。
「よろしければ、お姉様にもお作りいたしましょうか?」
「え、それは……待って、ちょっとだけ考えさせて」
十歳の女の子を最強へと押し上げるアーティファクト。それを手に入れれば、あらゆる外敵から身を護ることが出来る。だが同時に、あらゆる外敵を招く原因にもなりかねない。
「ほ、欲しいような、欲しくないような……」
(さすがお姉様。力には溺れないと言うことだね)
嬉しくなったノエルはその場で青系統――錬成魔術を発動。
アレクシアを淡い光が包み込んだ。
「……ノエル、ちょっと待ちなさい。いま、なにをしたの?」
「フィーナのと同じ付与魔術と施しました。その服を着ているあいだは、アレクシアお姉様もフィーナと同じくらい――いひゃいです」
ほっぺをむにょんと引っ張られたノエルは苦情を口にする。
「ちょっと待ってって言ったでしょ!」
「遠慮してるみたいだったので、気を利かせてみました」
「遠慮してた訳じゃないからっ! こんな国宝級のアーティファクトを作ってっ! もうもうもうっ! とっても身体が軽いじゃない。脱げなくなったらどうしてくれるのよっ!」
アレクシアは自分の身体を見下ろして、物凄く困った顔をしている。
「……えっと、必要なければ元に戻しましょうか?」
「ノエルの馬鹿っ! アーティファクトをそんな簡単に捨てられる訳ないでしょ」
「ご、ごめんなさい」
どうやら余計なことをしてしまったようだと、ノエルはしょんぼりした。
次の瞬間、ノエルはアレクシアに抱きしめられていた。
「……アレクシアお姉様?」
「もう、そんな顔しないの。あなたの気持ち、ちゃんと受け取ったから」
ノエルはそのアメシストの瞳を大きく見開いた。
自由気ままに生きる。そのために、ノエルは領地を出て旅をする。だからって、家族のことが大切じゃない訳がない。ノエルは、残して行く家族のことも心配している。
だからこその、完璧な護りの付与魔術を施した服。
そんな不器用なノエルの想いを、アレクシアはちゃんと受け取ってくれた。
「ノエル、ちゃんとときどき帰ってくるのよ?」
「はい――お姉様」
それから数日が経ち、いよいよ旅立ちの日がやって来た。
お屋敷の正門前。
ノエルが馬車を用意していると、驚くべきことにサイラスがやってきた。次期当主候補から外された彼は、入隊したウィスタリア騎士団でしごかれているはずである。
「サイラス兄さん、訓練中ではないんですか?」
「サボりだ。おまえが旅立つと聞いたからな」
(もしかして、見送りに来てくれた? いや、それはないか……)
「私になにか用事ですか?」
「対したことではないが……って、おまえ、その服は」
「この服がどうかしましたか?」
サイラスの熱い視線が服に向けられていることに気付いたノエルが首を傾げる。だが、彼はなにかを察したように自重して、なんでもないと首を横に振った。
「兄さん?」
「いや、なんでもない。それより、その……悪かったな」
「……はい?」
予想外の言葉に瞬いた。
「俺は自分が黒い魔力持ちだと知って調子に乗っていた。姉さんにコテンパンにされて、自分がどれだけ馬鹿なことをしていたのか気付いたんだ」
「……そうですか」
ノエルは、この手の反省をあまり信じない。
喉元過ぎれば熱さを忘れる。人は同じ過ちを繰り返すと思っているからだ。
「私は兄さんの反省するなんて言葉は信じません」
「……そうか」
「だけど……一年後、兄さんが、アレクシアお姉様のお役に立っていたなら信じます」
反省するという言葉は信じないが、反省したという結果なら信じられる。そう言って笑うと、サイラスは酷く眩しそうな顔をした。
サイラスは早々に立ち去っていった。それを見送り、ノエルが馬車に荷物を積み込んでいると、今度はラッセルとキャロル――ノエルの両親がやってきた。
ノエルが荷物を積み込む馬車を興味深げに覗き込んでくる。
「これがノエルの作ったという馬車か?」
「はい。小型の魔導蒸気タービンを搭載しているので、いざというときは馬なしで動く優れものですよ。冷暖房も完備です」
「……魔導蒸気タービンはそんなことにも使えるのか……まいったな、また悩みの種が増えたぞ。それに冷暖房だと? いつの間にかうちの屋敷にあるあれか」
この一年で、ウィスタリア子爵家のお屋敷もかなりの魔改造がなされている。その快適さは知っているはずだが、ラッセルはなぜか頭を抱えた。
「ノエル。あまりやらかしすぎないようにな」
「大丈夫です、気を付けていますから」
「気を付けてそれなら処置なしだな」
思いっ切り溜め息をつかれてしまった。
「まあいい。たとえ家を出ても、おまえは私の娘だ。なにかあればいつでも頼りなさい」
「ありがとう、お父様」
ノエルは満面の笑みで答える。今度は入れ替わりで、母のラッセルが前に立った。彼女はノエルを見るなり、ぎゅっとその身を抱きしめた。
「ついこの間まで小さな子供だと思っていたのに……もう領地を出るなんて早いものね」
「お母様、今回は学校に行くだけです」
「それでも、私の元から巣立つのは同じよ。寂しくなるわ」
「……お母様」
寂しいと、ストレートに言われたノエルは感極まった。感極まって、遠く離れていても通信できる魔導具の腕輪をキャロルにプレゼントした。
前世のリディアが本部と連絡を取っていたアレである。
「……ノエル、これは?」
「対となる魔導具に、遠くから声を届ける魔導具です。こんな感じで――」
ノエルが少し操作をすると、キャロルの持つ腕輪からノエルの声が響く。
「まあまあまあ、これでいつでもあなたとお話し出来るわねっ」
キャロルが無邪気に喜ぶが、横で聞いていたラッセルは信じられないと目を見開いている。
「ノ、ノエル、まさかそれは、どれだけ距離が離れていても会話が出来るのか?」
「限度はありますが、ここから王都くらいならまったく問題ないはずです。もし問題があるようなら、なんとかこちらで対応するので心配しないでください」
「いや、そういう意味ではなく……」
情報の伝達にさらっと革命が起きている。だが、社交界を生き抜く見識があっても、政治的なことは疎いキャロルは理解が及んでない。
この驚きを共有出来る相手はいないのか――と、視線を彷徨わせたラッセルは、こちらにやってくる次期当主、アレクシアを見つけた。
「アレクシア、聞いてくれ。ノエルがまたやらかした!」
「お父様、ノエルがやらかすのはいつものことではありませんか」
(二人とも酷い言い草だ)
ノエルは憮然とする。
「いや、それはそうなのだが……って、アレクシア。その腕輪は、まさか……っ」
「ああ、これ? 会えなくて寂しくなると言ったら、ノエルがくれたのよ。なんでも、遠くに離れていても通信が出来る魔導具だそうよ」
「アレクシア、おまえもか……」
裏切られた――と、ラッセルは天を見上げた。
「お父様、どうなされたのですか?」
「どうしたもこうしたもあるか。アレクシア、おまえならば腕輪の価値が分かるはずだ。どんなに離れていても、一瞬で連絡が可能なのだぞ!」
冷暖房や魔導蒸気タービンは、コストを無視すればなんらかの形で代用できる。だが、遠方と一瞬で連絡が取れる魔導具の代わりは存在しない。
下手をすれば、魔導蒸気タービン以上に価値のある存在である。
そう興奮するラッセルに、けれどアレクシアは表情を険しくした。
「お父様。この腕輪は、寂しいと言った私のためにノエルがくれた物です。政治利用するつもりはありません。というか、あまりに強力なこの魔導具を政治に使うのは危険すぎます」
「しかし……いや、そうだな。たしかに、魔導蒸気タービンだけでもヤバイ」
現時点では、まだ魔導蒸気タービンの存在は知られていない。だが知られれば、その入手ルートを含めて色々と探られることになる。
探られて説明に困ることは少ない方がいい、というのがアレクシアの見解である。それを理解したラッセルは口を出すことをやめた。
その上で――
「ところでノエル、俺の分はないのか?」
娘と連絡を取る手段を得ることを選んだらしい。
ノエルは笑って、お父様が望んでくれるのならと腕輪を渡した。
家族にしばしの別れを告げたノエルは馬車で旅立った。
魔導蒸気タービンに加え、サスペンションなどが組み込まれた馬車は軽快に走る。馬車を引く馬が、その抵抗のなさに戸惑っているのがご愛敬である。
「ねえノエルお姉ちゃん、ホントに私が御者をしなくてもいいの?」
「うんうん、大丈夫だよ」
ノエル自身が御者を務めている。それは、リディア時代の名残でもある。過酷な旅に誰かを巻き込むことを嫌ったリディアは独り、人々を救うために馬車での旅を続けていた。
あの頃と決定的に違うのは、旅の同行者がいることだろう。
「フィーナ、ついてきてくれてありがとうね」
「ノエルお姉ちゃんこそ、私を連れてきてくれてありがとう」
二人は顔を見合わせ、クスクスと笑い合う。
ノエルは、前世とは違う人生を歩むことに幸せを感じていた。だが、なんの憂いもない日々だと言えば嘘になる。ノエルが旅立つことを決めたのは怖かったからだ。
一所に留まり、ノエルの力の恩恵を受けた人々が豹変することが、である。
リディアが救った人々も最初は謙虚だった。孤児院の者達もいつか、ノエルに救われることを当たり前のように振る舞うかもしれない。
それどころか――
(いつか、じゃないかもしれない)
ノエルは孤児院の子供達には、最低限の別れしか告げなかった。ノエルがいなくなることで得られなくなる恩恵に気づき、旅立たれたら困ると言われることを恐れたからだ。
「わわっ、これ、どうしたら良いの?」
不意に、フィーナが腕輪を目にして慌て始めた。
どうやら、フィーナに渡した通信の魔導具に連絡が入ったらしい。
「そこの魔石に触れれば繋がるよ」
「えっと……こう、かな」
フィーナが魔導具の腕輪を操作すると、ほどなく院長先生の声が聞こえてくる。フィーナのことで心配を掛けないようにと、孤児院に渡した腕輪からの通信だ。
院長先生からの連絡に、ノエルは良くないことを考えてしまう。
だけど――
「フィーナ、それにノエルさん、右を見てくれますか?」
言われて視線を向けたノエルは息を呑んだ。
馬車が走る道から離れた町外れ。そこに孤児院のみんなが勢揃いしていた。子供達はおっきな一枚の布を持っていて、その布には――
――ノエルお姉さん、フィーナ、たくさんありがとう。
また遊びに来てね!!
そんな刺繍が施されていた。
(そういえば、このあいだ顔を出したとき、子供達がなにかしてた)
間違いなく、あの刺繍を施していたのだろう。
孤児院で作った布も糸も、孤児院の貴重な収入源である。大量生産している物であっても、彼らにとっては決して安いモノじゃない。それを彼らは惜しげもなく使い、手間暇まで掛けて、ノエル達へのメッセージを届けてくれた。
(……違う。きっと、彼らは前世の人達と違う)
青空の下、ノエルの視界がわずかに滲む。目元を袖で拭ったノエルは御者台から身を乗り出して、子供達に向かって「また来るからね!」と思いっ切り手を振った。
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