無色のノエルは自衛がデキナイ 2

 翌日、ノエルはさっそく領地を出るための準備を始めた。

 最初に向かったのは服飾店だ。


「こんにちは、エリカ」

「オーナー、今日はどうなさったんですか?」

「少し知らせておくことがあるんだ。それと、新しいデザインね」


 紙に書き出した、前世の記憶にあるいくつかのデザインを手渡す。受け取ったエリカは目を輝かせ、それを食い入るように見つめた。


「今回のデザインもとても素敵です。必ず、オーナーの期待通りに仕上げて見せます」

「うん、期待してる」


 エリカはリアルクローズのデザインと、パタンナーとしての才能に恵まれていた。

 つまりは、ノエルが用意した、この時代にはないデザインを元に、様々なバリエーションの服を作る才能に恵まれている、ということである。

 この服飾店には既に、ノエルのデザインを元にした新たなデザインの服がたくさんある。


「それで、お知らせの方だけど……およそ一年後、私は王都にある冒険者育成学校に通い、その後は領地を出る予定なの」

「そ、それでは……このお店はどうなさるのですか?」


 一転して地獄に突き落とされたような反応。

 だからノエルは心配ないと笑った。


「手紙でデザインを送る予定だよ。だから、いままで通り、あなたが作ってくれれば良いと思ってる。でも、エリカが望むのなら所有権を返すよ」

「そういうことであれば、いままで通りでお願いします」


 エリカは迷わず即答した。


「……良いの?」

「はい。あなたの服を見た瞬間から、私はあなたに付いていくと決めていますから」

「そっか、ならこれからもよろしくね」



 その後、今後の予定を軽く話し合い、早々に服飾店の問題を片付けたノエルは、続けて孤児院へと顔を出した。子供達とともに出迎えたシスターが、応接間へと案内してくれる。


「ようこそいらっしゃいました、ノエルお嬢様」

「院長先生、こんにちは」


 応接間で院長先生がノエルを出迎える。ノエルが子爵令嬢だと知った直後は固くなっていた彼女だが、この一年ちょっとでずいぶんと自然体になってきた。

 彼女は自分でお茶菓子を用意すると、ノエルと自分の席の前に並べる。


「それで、今日はフィーナにご用ですか? それでしたら工場から呼んでまいりますが」

「うぅん、大丈夫。フィーナにも用事はあるんだけど、先に院長先生に用事があるの」

「私に、ですか? お伺いいたします」


 居住まいを正す院長先生に、ノエルは自分が一年後に王都に行くことを告げた。


「王都に……ですか?」

「うん、冒険者育成学校に通って、卒業後は旅をする予定なの」

「それは……寂しくなりますね」

「ありがとう。ときどきは顔を出す予定だよ」


(いまでも、私との関係を優先してくれるんだね)


 孤児院にとってもっとも危惧することは、ノエルが領地を離れることで、孤児院の工場が閉鎖することのはずだ。それでも、院長先生は真っ先に寂しくなると言った。

 それだけでもう、リディアに頼り切っていた者達とは違うと言い切れる。


(そんな人達だから、私ももっと助けてあげたくなるんだ)


「それと、孤児院のことも心配しなくて良い。この孤児院のことは、これからもずっと、アレクシアお姉様がしっかり管理するから」


 アレクシアが次期当主になるとほのめかした。

 それに気付いた院長先生が軽く目を見張る。


「まだ内々の話だけど、ね。ここだけの話だから、まだ誰にも言わないでね」

「心得ています」


 神妙に頷く院長先生に、ノエルは信頼していると微笑んだ。


「それで、魔導蒸気タービンや紡織や機織の機械はアレクシアお姉様にも作れるようにするつもりなんだ。だけど、いままでほど手軽にとはいかないと思うんだよね」

「それは……領主様ですからね。というか、ノエルお嬢様が身軽すぎるのかと」


 子爵令嬢としては自由奔放に生きている。その自覚のあるノエルはそっと目をそらした。


「ま、まぁそんな訳で、いまのうちに孤児院の設備を整えることが一つ目。二つ目は、織機や紡織の機械についてだけど、職人を育てようと思ってるんだ。毎回、錬成魔術で作ったり修理したりする訳にはいかないからね」

「それは、とてもありがたいことです」

「……そっか」


 ノエルは密かに安堵の溜め息を零した。

 一度楽をすると戻れなくなる人間は多い。

 さっきのやりとりをリディアの経験に置き換えれば、錬成魔術で直せば一瞬なのに、なぜわざわざ手間暇掛かる職人を育てる必要があるのかと言われるような場面だったからだ。


「じゃあ三つ目、何人の子供を薬師として育てたいと考えてる」

「……薬師、ですか?」

「うん、これからの領地には必要だからね」


 ノエルが断罪した薬師がいなくなったこともあり、この町には薬師が不足している。そうでなくとも、薬師の持つ知識が偏っているのでなんとかする必要がある。


「このあいだ、町でやる気のある優しい薬師を見つけたから、私の持つ知識を対価に、薬師を子供達の先生として雇うつもりなんだ」


 自分が領地を離れる以上、後顧の憂いは立つ。少なくとも、軽い怪我や病気を治せる程度のポーションは作れるようになる必要があると考えての計画である。

 という訳で――


「やる気のある子をピックアップしておいてくれるかな?」

「それはとてもありがたいのですが……よろしいのですか? ノエルお嬢様は、自分がポーションを作れること、ご実家にも隠していらっしゃったのでは?」

「うん、いままではね」


 アレクシアの地位を脅かす心配はなくなった。その上で、アレクシアや院長先生が、ノエルの力に寄生するような真似をする人物ではないという信頼もしている。

 だから、ノエルはこの件については自重するつもりがない。


「ピックアップ、お願いできる?」

「承りました。すぐに、希望者を募るといたしましょう」


 院長先生がしっかりと頷く。それについては任せておけば大丈夫だろう。だからノエルは最後に一つ、一番重要な案件について院長先生に相談する。


「もちろん、無理にお願いするつもりはないんだ。でも、可能な限りのことはするよ。だからどうか、出来れば認めて欲しいんだ」


 ノエルが一生懸命に頼み込む。

 それを聞いた院長先生は目を細めて笑顔を浮かべた。


「あの子がそれを望むのなら喜んで」



 院長先生との話し合いを終えたノエルは、孤児院の改装を始めることにした。この短期間で孤児院はずいぶんと余裕が出てきたが、それが原因で預けられる子供も増えてきたからだ。


 不安に思っていた問題もクリアして上機嫌なノエルは、ウィスパーボイスで前世で流行った歌を口ずさみ、夜色の髪を揺らしながら孤児院を見て回る。


 孤児院を改築したとき、設備の追加を前提として内装を整えている。いままではそれを後回しにしてしまっていたが、いまこそそれに取りかかるときである。

 ノエルはひとまず、孤児院の中にいる者達を退避させてもらった。

 でもって――


(材料は既に用意してあるんだよね)


 孤児院の収益はアレクシアが管理している。

 ただ、ノエルも技術料的な名目で収入を得ているので、実は子爵令嬢のお小遣いとしては大きすぎるほどのお金を持っていたりする。


 そのお金を使い、必要な金属、木材、石材などを用意したのだ。

 ……なお、それに気付いたアレクシアが孤児院の管理費から補填。ノエルの所持金は減っていないのだが、このときのノエルはまだ気付いていない。


 という訳で、ノエルは孤児院の改装をするために青系統の錬成魔術を実行する。この一年で、ノエルの魔術の腕は更に磨きが掛かっている。


 二色を抜くのに一秒ちょっと。

 階級でいえば、中級の第二階位くらいにまで至っている。


 ノエルは青い魔力で魔法陣を描き出し、錬成魔術を発動。

 孤児院の各情報を掌握していく。


(思ったよりも痛んでない。大事に使ってくれてるみたいだ)


 掃除が行き届いていて、驚くほど傷なども少ない。とはいえ、雨風による劣化などはどうしても免れない。前回は材料不足で腐食防止などの対策が甘かったからだ。


(まずは素材の再構築。劣化をなくして、コーティングを施して……と)


 孤児院の裏手に小さな設備を増設。そこに小型の魔導蒸気タービンを設置、更には排熱を用いた給湯器も設置して、以前は形だけだったお風呂場を使えるようにする。

 更には上下水道の質を上げ、空調まで設置した。


 この領地で一番快適な空間の出来上がりである。

 なお、ウィスタリア家のお屋敷もなにかと改装されている。

 というか、一年と少しくらい前からなぜか、ウィスタリア子爵家のお屋敷はいつでも快適な室温が保たれていて、屋敷で暮らす者達の多くは不思議に思っていたりする。一部の察している者達からは、ノエルやらかし案件の一つとして認識されているのだが――閑話休題。


 孤児院の改装を終えたノエルは院長先生に声を掛け、改装した内容を伝える。


「…………お、お風呂に、給湯器? それに空調ですか?」


 この一年と少しでだいぶ耐性を付けた院長先生が目眩を起こしたが――


「大丈夫、すぐ慣れます」


 事もなげに言ってのける。ノエルの方が驚かれることに対して体制が付いていた。少しくらいのやらかしは気にならなくなっている。


「ま、まあ、とても助かりました。子供達を中に入れてかまいませんか?」

「うん――と、その前に、みんなが頑張ってるご褒美に、服を用意しようと思ってたんだ」


 服の既製品はもちろん、糸や生地の需要も爆発的に高まっている。いずれは工場を増やす予定だが、いまはまったくといっていいほど供給が不足している。


 そんな状況で自分達の服を確保する気にはなれなかったのだろう。子供達はいまだに継ぎ接ぎだらけの服を身に着けているのだ。


(やっぱり、みんなもオシャレしたいよね。というか、私がみんなにオシャレさせたいっ)


 本音を滲ませて、孤児院のみんなのために服を作ることにした。

 材料は生地ではなく、ウールや綿といった素材。それを元に錬成魔術を発動して、子供達一人一人の服と、院長先生やリゼッタの洋服も用意した。


「あらあら……これはとても素敵なお洋服ですね。あら? これはもしかして、私やリゼッタの分もあるのでしょうか?」

「うん、一人一着ずつ用意したよ。みんな着てくれるかなぁ?」

「そう……ですね。子供達が喜びはすると思いますが……その、正直に申しますと、あまり着せる訳にはいかないかもしれません。特に女の子の洋服は……」

「えっ、ど、どうして!?」


 せっかく可愛い洋服を用意したのにと、ノエルはショックを受けた。


「男の子の服はズボンなのでそれほど目立ちませんが、女の子の服は少し可愛すぎます。この町の治安は良い方ですが……」

「あ、そっか……そうだね」


 薬師のように、子供を狙う悪人を引き寄せないとも限らない。


「じゃあ……ロングスカートで、少し大人しめのデザイン……」


 再び錬成魔術を行使して、ミニスカートなどをロングスカートやパンツルックに変換していく。そうして出来上がった洋服を院長先生に確認してもらう。


「はい、これなら大丈夫です。要望が多く、申し訳ありません」

「うぅん、子供達を危険に晒したら意味ないから、教えてくれて嬉しいよ」



 服を作り終えた後、ノエルはフィーナを孤児院の裏手へと呼び出した。


「あのね、フィーナ。私、一年後に王都に行くことになったんだ」

「そ、う、なんだ……」


 フィーナは先日、置いて行かないで欲しいと願った。

 だから、だろう。

 ノエルの言葉に、フィーナは悲しそうな顔をした。


 わずかな沈黙。

 意を決したようにフィーナが顔を上げた瞬間、ノエルもまた意を決して口を開いた。


「あのね、それで――」

「ノエルお姉ちゃん、私――」


「――私に付いてきてくれないかな?」

「――ノエルお姉ちゃんと一緒に行きたい!」

 

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