無色のノエルは自衛がデキナイ 1
「ダ、ダメって、どうしてですか!?」
「だってあなた、一人で旅をするつもりでしょ? 危ないじゃない」
「えぇ……」
(そ、その反応は予想外だ)
アレクシアであれば、自分を政治の道具にしないという確信がノエルにはあった。だが、大切にされた結果、領地から出ることを反対されることまでは考えていなかった。
「あの……お姉様は、私が魔術が得意だって知っていますよね?」
「ええ。でも、いくら魔術が得意でも不意を突かれることもあるでしょう? 領地を出れば強い魔物や盗賊が跋扈する地域だってあるのよ。なにかあったらどうするつもり?」
「だ、大丈夫です、ちゃんと蹴散らしますから」
「剣も握ったことがないくせになにを言っているのよ」
「でもでも、大丈夫ですっ」
前世で使っていたから――とは言えず、ノエルは意固地になる。
それに対して、アレクシアは小さな溜め息を吐いた。
「そこまで言うなら私の護衛相手に実力を示してみなさい。それが出来たら検討してあげる」
「いいですよ、望むところです!」
――売り言葉に買い言葉。
ノエルとアレクシアは中庭に移動し、そこにアレクシアが呼んだ護衛が合流する。ノエルは騎士の一人と木剣で向かい合うことになった。
そして、その段階である事実に気が付いた。
(あ、あれ、ちょっと待って。木剣で叩いても大丈夫? 頭吹っ飛んだりしない? ……ヤバイよね。服越しに背中をつついても頭が吹っ飛ぶんだから、木剣はヤバイよね?)
アレクシアやラッセルの見ている前で、騎士の頭を盛大に吹き飛ばす。どう考えてもアウトである。下手をしたら、危険人物として幽閉されてもおかしくない。
かといって、記憶を奪うだけの理由で父や姉の頭を吹き飛ばせるかと言えばそれも否だ。そもそも、全員の記憶を奪ってしまっては模擬戦をやる意味がない。
「それじゃ――始め!」
アレクシアが合図を出し、その瞬間に騎士が飛び出してくる。おそらく、開幕早々に一本入れて、ノエルの心を折ろうという作戦だろう。
(ダメだ、考えてる場合じゃない。まずは初撃を受け流して――って、待って。服越しに背中をちょんと突くのがアウトなんだよ? 武器と武器を打ち合わせるのは大丈夫なの?)
もちろん、一般常識で考えれば大丈夫だ。だが一般常識ではそもそも、服越しに背中をちょんと突っついたくらいで頭が吹っ飛んだりはしない。
(フィーナやアレクシアお姉様に触れるのは大丈夫だった。でも、寸止めのつもりで触れたり、迫られて突き飛ばしたときは相手の頭が吹っ飛んだ。そう考えると剣で受けるのも危ない。まずは回避を。ダメ、それじゃ間に合わない――っ)
「それまでっ!」
ノエルは一歩も動けずに剣を突きつけられた。
これ以上ないほどの完敗である。
「ま、待ってください、いまのは――」
「ノエル、実戦でもそうやって言い訳をするつもり?」
「いえ、それは……っ。私の負けです」
理由がなんであれ、ノエルが一歩も動けなかったのは事実。いまのが実戦なら、ノエルは殺されていたかもしれない。それもまた言い訳のしようがない事実だ。
だが、このままでは、旅をするというノエルの願いは叶えられない。
もちろん、その気になれば家を飛び出すなんてノエルには簡単なことだ。家の権力やお金がなくても生きていけるし、なんだったら養育費だって返すことができる。
だけど――
(アレクシアお姉様は、私のことを心配してるんだよね)
私利私欲ではなく、ノエルのために引き止めている。それを振り払いたいかと問われれば答えは否だ。だからノエルは、ひとまず引き下がることにした。
だが、ノエルがそれで旅を諦めた訳ではない。アレクシアはノエルのことを心配しているだけなのだから、再戦を挑んで勝てば良い話である。
だから問題は、頭を吹っ飛ばしてしまうことだ。どういう条件で吹っ飛ばすのか分からなければ、再戦を挑んでも攻撃が出来ない。
それが分からない限り、ノエルが護衛に勝利することは出来ない。
――という訳で、ノエルは自分の能力の検証をするために町へと足を運んだ。
オシャレで高そうな服を着た美少女が一人でフラフラと歩いている。治安の良い町ではあるが、よからぬことを考える者が現れてもおかしくはない状況。
しかし――
(何処かに実験しても良さそうな悪人はいないかな~?)
よからぬことを考えているのはノエル本人であった。見た目がネギしょった鴨であるだけにたちが悪い。悪人が釣れるのも時間の問題かと思われたが――
「ノエルお姉ちゃん、こんにちはっ!」
ノエルのところに駆け寄ってきたのはフィーナだった。
「ふふっ、ずいぶんと可愛い子が釣れちゃった」
フィーナがパチクリと瞬く。
だからノエルは、なんでもないよとばかりにフィーナの頭を撫でる。
「こんにちは。フィーナはお買い物かなにか?」
「うんっ、お使いの帰りだよ~。……ノエルお姉ちゃんは?」
「ただの散歩、かな」
さすがに自分を囮に悪人を釣ろうとしていたなんて言えなくて言葉を濁す。だけどフィーナは不安そうな顔でノエルを見上げた。
「ノエルお姉ちゃん、疲れてるの? なにかあったの?」
「え、そんなこと……ないよ?」
「嘘だよ。ノエルお姉ちゃん、借金で困ってた院長先生と同じような顔をしてるもん」
「えぇっ!?」
動揺したノエルが思わず自分の頬を揉みほぐす。
それを見たフィーナがクスクスと笑った。
「やっぱり、なにかあったんでしょ?」
「フィーナには敵わないな」
ノエルは負けを認め、フィーナにさきほど会った出来事を打ち明けた。
そして――
「ノエルお姉ちゃん……領地を出て行くの?」
フィーナの瞳からハイライトが消えた。
(寂しがられるかもしれないなぁとは思ったけど……この反応はちょっと予想外だ)
「フィーナ、たしかに私は旅に出るつもりだけど、ときどきは戻ってくるよ?」
「でも、ときどきしか戻ってこないんだよね?」
「うん、それは……まぁ」
「……置いて行っちゃヤダ」
ストレートなお願い。フィーナと出会ってかれこれ一年以上が過ぎている。あの日から、ずっと慕ってくれている女の子が可愛くないはずがない。
(出来れば、お願いは聞いてあげたいけど……)
「あ、その……ごめんなさい、わがままを言って」
ノエルの迷いを見て取ったのか、我に返ったフィーナが慌てて頭を下げる。
「大丈夫、わがままだなんて思ってないよ。引き止めてくれて嬉しかった」
「……ホント?」
「うん、ホントだよ。ありがとね、フィーナ」
ノエルは優しくフィーナの頭を撫でた。
それから孤児院の近況を聞いたり、フィーナと少し世間話をしてからお屋敷へと戻った。
ノエルが自分の部屋に戻る途中、アレクシアが飛んできた。文字通りの勢いで駆け寄って、その胸にぎゅっとノエルを抱きしめる。
いきなり抱きしめられたノエルは何事かと目を白黒させた。
「アレクシアお姉様、どうしたんですか?」
ノエルが困惑していると、アレクシアはノエルを腕の中から解放して顔を覗き込んできた。
「急にいなくなるから、あなたが家出をしたのかと思って心配したのよ」
「え? あぁ……大丈夫ですよ。そんなことはしません。ただ、どうしたらアレクシアお姉様を説得できるか、町に出て考えていただけです」
正直に答えると、アレクシアは少しだけ寂しそうに笑った。
「……ノエルは、そんなに旅がしたいの?」
「それは……はい。でも、アレクシアお姉様に心配は掛けたくないとも思っています」
ノエルが正直に答えると、アレクシアはノエルとおそろいのアメシストの瞳を細めた。
「私の気持ちを汲んでくれているのね。なら、私もあなたの気持ちを汲むわ」
「……私が領地を出ることを認めてくれるのですか?」
「条件付きでね」
「……条件?」
ノエルがコテリと首を傾げる。
アレクシアが出した条件とは次のようなものだった。
一、最低でも一人、信頼できる護衛を連れて行く。
二、ときどきでいいから領地に戻ってくる。
三、冒険者育成学校を卒業する。
「一つ目と二つ目は分かりますが、冒険者育成学校、ですか?」
「言っておくけど、冒険者になれと言ってる訳じゃないわよ? ただ、あの学校は貴族も通っていて、危険から身を護る術を教えてくれるところなの」
「私がそこを卒業できるだけの力を身に付けたら安心できる、と?」
「そういうこと」
ノエルはアレクシアの提案を吟味する。
(誰かを連れて行くのは……問題ない。領地に戻ってくるのも最初からそのつもりだ。冒険者育成学校は今年はもう始まってる時期だから来年……か)
「その条件、お受けします」
「ありがとう、ノエル」
「……どうしてお姉様がお礼を?」
ノエルは首を傾げた。
「あなたが私の気持ちを汲んでくれたからに決まってるじゃない。ホントなら、あなたは約束を盾に、私の要求を突っぱねることだって出来たのに、ね?」
「それは……」
前世――リディアにも家族と呼べる人達はいた。
生まれ育った孤児院の者達が家族で、その家族のために機関に所属した。だけど機関に所属したリディアは、国を守るための選択を強いられた。
大きな街を守っているあいだに、リディアの生まれ育った町は滅んでしまったのだ。
だから、ノエルはときに非情な決断を迫られる領主になりたいと思わないし、家族のことを大切にしたいと思っている。それが偽らざるノエルの本音である。
「アレクシアお姉様、明日はお茶にしませんか?」
「ふふっ、いいわね。甘いお菓子を用意させましょう」
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