無色のノエルは自重がデキナイ 6
翌日、訓練を受けるべく、アレクシアがノエルの部屋に迎えにきた。
「……ノエル、あなた、なんて恰好をしているのよ?」
「どこかおかしいですか?」
呆れるアレクシアは、ブラウスとスカートの上に魔術師風のローブを纏っている。
対して、小首をかしげるノエルは、肩出しのトップスにメッシュのボレロ。コルセット風のティアードスカートにガーターベルト&ニーハイソックスという服装である。
「いいえ、よく似合ってるわよ。でも、訓練は森でおこなうのでしょ? まさか、その恰好で森に入るつもりなの?」
「護りのエンチャントを施してあるので、森だろうとどこだろうと問題ありません」
そういう問題じゃない。
そう口にしようとしたアレクシアはハッと息を呑んだ。
「そっか、サイラスの目を欺くのね。それじゃ私もあなたの服装に合わせるわ」
「……はい? はい」
なぜここでサイラスの名前が出てきたのか、ノエルには分からない。
ただし――
(つまり、お姉様を着せ替え人形にして良いと言うことだよね?)
ノエルは生地を使って、全力で洋服を錬成した。
「……ノエル、さすがにこの服は恥ずかしいわ」
「とても似合ってますよ?」
アレクシアはノエルの用意した洋服に着替えている。
プラチナブロンドはツインテールにして可愛らしさを引き立てている。
ブラウスは白のノースリーブ。その下はデニム生地のショートパンツ。その下にはガーダーベルトで釣ったストッキングという、およそ子爵令嬢とは思えない出で立ち。
「申し訳ないのだけど、もう少しだけ大人しめなデザインにしてくれないかしら? あなたが着ているようなのならかまわないから」
「その服、ダメですか?」
「ごめん、さすがに恥ずかしいわ」
「……ん~、じゃあ、ロングスカートにしましょう」
着て欲しいと思ってはいても、さすがに無理強いは出来ないと諦めたノエルは錬成魔術を使い、アレクシアのショートパンツをスカートに変更した。
「ありがとう、これなら平気よ。……でも、これで確信したわ。服飾に係わっていることを屋敷でも隠そうとしないのは、サイラスの目を本来の目的から逸らすためだったのね」
「……はい? はい」
「ありがとう。あなたのおかげで、サイラスが仕入れの妨害をしていたことに気付けたわ」
(……私、またなにかやっちゃった?)
なんのことか分からないと首を傾げる。
「あ、炎の魔石のことですね。仕入れのルートは確保できたんですか?」
「それは大丈夫。炎の魔石なんて、ダンジョンでいくらでも取れるからね」
(なにそれ? 私、そんなこと知らない)
「でも、流通ルートの確保に困っているようなフリをして、サイラスの意識をそっちに誘導しているわ。ノエルのおかげで、魔術の件はノーマークよ」
(それも知らないよ!)
「それもこれも全部、ノエルのアドバイスのおかげね。どうやって気付いたの?」
(そんなの、私の方が聞きたいよ!? というか、少し前にも自分が無知な思い込みで失敗しかけたのに、私はまた同じ過ちを! バカバカ、私のバカっ!)
「アレクシアお姉様、誤解です。私はなにもしてません」
「ふふっ、ノエルならそういうと思ってたわ」
「いえ、だからホントに知らないんです」
「ノエル、謙遜しすぎは悪徳よ?」
「……はい」
誤解をとくのは無理そうだと諦めた。
そんなこんなで、非常に目立つ恰好の二人は遊びに行く体で屋敷を出発。屋敷から少し離れ、サイラスの目がないことを確認して森の中へと足を踏み入れる。
少し開けた場所に到着すると、アレクシアは連れてきた護衛達に視線を向ける。
「あなた達は、少し離れた場所に控えてなさい」
「いけません、アレクシアお嬢様。森の中では不測の事態が起こりえます」
「あなた達の心配は理解できるわ。だけど、ノエルのあの術式を習うのよ。いくらあなた達とはいえ、訓練の光景を見せる訳にはいかないわ」
「別にかまいませんよ」
「ほら、ノエルもこう言って……え、いいの?」
アレクシアがパチクリと瞬いた。
「誰にでも教える気はありませんが、アレクシアお姉様の信頼する者達ならばとくに問題はありません。せっかくだから、一緒に学べばいいと思います」
ノエルの言葉に、アレクシアの護衛達は感謝いたしますと頭を下げた。
ノエルの青系統の錬成魔術を見た後はもちろん、その前から護衛達がノエルを侮ることは、少なくとも表面上は一度もなかった。アレクシアの護衛は実に教育が行き届いている。
「さっそくですが、私の魔力を見せましょう。私の魔力はこのように無色の光を帯びています。ですが、そこから赤と緑の魔力を抜くと――ご覧のように青い魔力になります」
「ま、まさかっ、無力の魔力が青くなった、だと!?」
護衛の一人から驚きの声が上がった。
「それに、三色、すべてを抜けば――黒くなります」
ノエルはそのまま、黒い魔力で魔法陣を描き出し、近くの木に向かって指を突きつける。
「炎よ」
下級の攻撃魔術を放てば、ノエルの拳よりも小さな火球が木の幹に当たった。次の瞬間、生木であるはずの木が燃え上がり、一瞬で灰になった。
それを見たアレクシア達は目を見張って、ノエルはそっと視線を逸らした。
「そ、そんな……生木が灰になるなんて、まさか――ロストマジック!?」
「いえ、ただの下級魔術です。ちょっとだけ、威力が想定外でしたが……」
「……ちょっとだけ?」
なにやら言いたげな目で見られるが、ちょっとだけである。だが、ちょっととはいえ、ノエルにとっても想定外の火力だったことは間違いない。
(やっぱり、魔術の制御が出来てない気がする)
うっかり人の頭を吹き飛ばす原因も分かっていない。最近は吹き飛ばしていないので油断していたが、気を引き締めた方がいいだろう。
「こほんっ。威力の話は置いといて、魔力について話しましょう」
「――っ。そうよ。ノエル、あなたはどうして黒系統が使えるの?」
アレクシアだけでなく、彼女の側近達もが食い付いてくる。
ノエルは少しだけ首を傾げた。
「逆に聞きますが、黒を含む複数の系統魔術を使える魔術師はいないのですか?」
「文明が衰退する前の時代にはいたそうよ。だから、貴族はその復活を使命としているんだけど……あなたはそれを成し遂げたというの?」
「結果的にはそうなりますね。ただ、才能さえあれば、複数の系統を使うことはそれほど難しくありません。アレクシアお姉様なら、すぐに使えるようになるはずですよ」
事もなげに言い放つ。
たった十三の小娘が、誰も成し遂げられなかったことを独学で成し遂げたという。普通に考えれば与太話もいいところだが、ノエルは実際に複数の魔術を使って見せた。
その事実に、アレクシアが喉を小さく鳴らした。
「……教えて。私にも出来ると言うのなら、その技術を私に教えて」
「もちろんです。ちなみに、いままで、そういう練習をしたことは?」
「一応、あるわよ」
「なら、それを見せてください」
ノエルに促され、アレクシアは手のひらからウィスタリア色の魔力を放出した。
「――行くわよ」
アレクシアが気合いを入れる。
彼女の手のひらから噴き上がる魔力がゆらゆらと揺らめく。
(魔力は動いてる……けど、色が変わる様子はない)
「アレクシアお姉様、いま、なにをしようとしているんですか?」
「なにって……だから、色を濃くしようとしてるんだけど?」
「……濃く?」
「黒い魔力こそがすべての色を含む魔力だからよ。神話の時代の英雄にも、漆黒の魔女リディアや黒絶のユーノスといった感じで二つ名に黒が入っているでしょう?」
(黒……黒絶? 刻絶のユーノスと呼ばれてる人なら私の親友にいたけど……まさかね)
「その英雄達は知りませんが、お姉様がなぜ黒が最強と思い込んでいるかは分かりました」
ようやく、ノエルは他の人達との認識の違いを理解した。
アレクシアの考え方は絵の具のように混ぜると暗くなる減法混色。だが、魔力は光と同じで混ぜると明るくなる加法混色。正反対の性質を持っている。
言うなれば、引き戸を必死に押しているようなものである。
引き戸を必死に押して『開かないよぅ~』と必死に頑張っているアレクシアを想像したノエルは、お姉様が可愛いとほっこりした。
「その認識はまったく逆です。魔力は絵の具とかと違い、光と同じなんです。だから、すべての色を併せ持つ魔力は白――いわゆる無色です。まずはそれを認識してください」
「すべての色を足すと無色……」
いままでずっと絵の具のような感覚だったのだろう。だとしたら、色を混ぜれば混ぜるほど白くなるというのは、簡単には受け入れられない現象かもしれない。
どう説明したものかと考えたノエルはポンと手を叩く。それから白系統の魔術でライトを三つ、それぞれ赤、青、緑の光源を生み出した。
最低出力にしたにもかかわらず、予想外の出力でちょっと眩しいのはご愛敬である。
「私が着ているブラウスの色を見ていてください」
ノエルはそういって、まずは青い光源だけを自分に近付けた。青い光を強く受け、ノエルの白いブラウスが青色に染まって見える。
続けて、赤の光源を近付ければ赤に、緑の光源を近付ければ緑に染まって見える。
「ここまでは分かりますね? では、三つの光源を近付ければどうなりますか?」
「それは、黒……にはならなくても、濃い色の光りになるんじゃないかしら?」
「では、三つの光を近付けて見せましょう」
三色の光がノエルを照らし出す。
その光を綺麗に受けた部分は、真っ白な素材の色を浮かび上がらせた。
「もともとの白にしか見えないなんて……本当に色を混ぜると無色になるのね。凄い、これがノエルの魔力なの?」
「そうです。そして――」
ノエルは青の光を少しだけ落として濃い色にして、続けて緑と赤は更に落として濃くする。
その瞬間、ノエルの白いブラウスが藤色に染まって見えた。
「これが、アレクシアお姉様の魔力です」
「それぞれの色が少し暗いのね。ノエルの魔力のように白くすることは出来ないの?」
「過去にそういう事例がない訳ではありませんが、基本的には不可能だと言われています。それでも、十分に高い素質だと思いますよ」
「そっか……」
アレクシアは少し嬉しそうに笑った。
「……ところでノエル。私はその話、今日初めて聞いたのだけど……王族でも知らないような秘密を、あなたは一体どこで知ったの?」
「それは……秘密です」
人差し指を唇に添え、堂々と誤魔化す。
それを見たアレクシアは呆気にとられた顔をして――
「仕方ないわね」
苦笑いで誤魔化されてくれた。
それから、あっという間に一年が過ぎた。
アレクシアはノエルの教えを受ける毎日。そのあいだに、アレクシアの側近が孤児院の工場から出来る生地や、それによって生まれた服の流通を広げていく。
孤児院で生産した糸や布は非常に品質が高く、貴族のあいだでも話題になりつつある。
孤児院は大きな利益を得て、更に身寄りのない子供を引き取っていく。そうして人数の多くなった孤児院の子供達は、今日も隣の工場で働いている。
孤児院にはもちろん、オーナーであるアレクシアにも相当の報酬が入っている。領地全体の収入で言えばわずかな金額だが、確実にウィスタリア子爵領の新たな産業となりつつある。
そして、その収支報告をおこなった数日後。
アレクシア、サイラス、ノエルの三人はラッセルに呼び出された。執務室に向かうと、大きなし執務机の向こう側、椅子に座ったラッセルが出迎える。
「話というのは他でもない。次期当主の使命についてだ」
その瞬間、ノエルはアレクシアに決まったのだと思った。
それはサイラスも同じようで、慌ててラッセルの元に詰め寄った。
「待ってくれ! 父さんは姉さんの内政の手腕を買っているのかもしれないが、その内政も色々と問題を抱えているって聞いてるぞ!」
「その問題とやらは、おまえが横やりを入れていることを言っているのか?」
「な、なんで知って……っ」
「気付かないはずがないだろう」
ラッセルの指摘に、サイラスは顔色を悪くした。
「だ、だけど、別に犯罪行為をしてる訳じゃないぞ!」
「たしかに、ライバルを出し抜こうとするのは常套手段だな。だが――ハッキリ言おう。ウィスタリア子爵領の発展を妨げる行為はマイナス評価だ」
「そ、それは……」
どうやら考えていなかったらしい。
だがそれも無理はないだろう。アレクシアは場当たり的な対応をしているように見せかけ、サイラスには効果があるように思わせていた。
(まさかそれが、魔術で出し抜くための誘導だった、なんてね)
私では気付かなかったと、ノエルは驚いたものだ。
ちなみにそれを言ったところ、アレクシアはなぜか『貴女はそうやって知らない振りで、私に手柄を譲るのね』と呟いていた。
とにもかくにも――
「そもそも、俺がアレクシアを選んだ理由は内政の手腕だけではない。魔術の才能が、サイラス、おまえよりも優れていると判断したからだ」
「……はあ? 姉さんが、俺よりも優れてる? なんの冗談だよ」
「冗談ではない。そうだな、アレクシア」
二人の視線が必然的にアレクシアに集まる。
アレクシアはラッセルに対して頷き、それからサイラスへと向き直った。そんな姉の行動に、サイラスは眉を寄せる。
「姉さん。あんな薄い色の魔力で、漆黒の魔力を持つ俺に勝てると思ってるのか?」
「私も、少し前まであなたには勝てないと思っていたわ。だけど――」
アレクシアは手のひらから黒い魔力を放出した。その出力、放出するまでの速度、どちらを取っても以前、サイラスがノエルに見せたよりも格段に上である。
「馬鹿なっ! 姉さんがなぜ、黒い魔力を……っ」
「それだけじゃないわよ」
アレクシアは話の途中で魔力を緑へと変換。即座に魔術を発動し、サイラスの背後へと回り込んだ。声の出処から背後に回り込まれたことを知ったサイラスが驚いて振り返る。
「な、どうして俺の背後に!?」
「魔術で自分の身体能力を強化して移動したのよ」
「そんな、姉さんが緑系統の魔術を使えるはずがない!」
「緑だけじゃないわよ」
今度は青系統の錬成魔術を使用。
手首に填めていた腕輪を素材に短剣を錬成、サイラスに突きつけた。
「そんな、嘘だ……っ」
物証を突きつけられたサイラスはへなへなとへたり込んだ。
「これでハッキリしたな。サイラス……おまえは自分の才能におごり、俺の忠告にも耳を貸そうとしなかった。よって、おまえを次期当主の候補から外す」
こうして、実にあっさりと跡継ぎの候補争いからサイラスの脱落が決定した。茫然自失となったサイラスは使用人達の手によって部屋から運び出されていく。
それを見送ったラッセルが口を開く。
「さて、次期当主だが――」
アレクシアを見て、それから確認するようにノエルに視線を向けた。アレクシアが当主になることを願っているノエルは、もちろん異論はないと頷いた。
「ノエル、おまえにするつもりだ」
「……え?」
「おまえを次期当主に考えている」
アレクシアはやっぱりと苦笑いを浮かべるが、ノエルに取っては寝耳に水。しかも、望んでいない展開である。そんなのは困ると慌てふためいた。
「わ、私が次期当主というのはどういうことですか!? アレクシアお姉様が、サイラス兄さんより魔術の技術が優れているのはたったいま証明したではありませんか!」
「うむ、そしてそのアレクシアに魔術を教えたのはノエル、おまえであろう? そもそも、魔導蒸気タービンを復活させたのもノエル、おまえではないか」
うぐぅと、ノエルは呻き声を上げた。
だが、ここで引き下がっては自由に生きるという夢が叶わない。
「……イヤです」
「嫌? 当主になるのが嫌だというのか?」
「はい、私は当主にはなりたくありません」
(ワガママなのは分かってる。でも、私は自由に生きると決めているんだ。自分にとってではなく、領地にとっての選択を迫られる当主なんてなりたくない)
「しかしな、ノエル。五系統すべてを扱える魔術師など他にいない。おまえを次期当主に選ばないなどという選択は――ん、アレクシア、なにか言いたいことがあるのか?」
アレクシアが背後からノエルの両肩を摑み、強い意思を込めた瞳をラッセルに向けた。
「お父様、おっしゃっていることはごもっともです。わたくしも、次期当主に相応しいのはノエルだと思っています」
「ア、アレクシアお姉様の裏切り者ぉ……」
ノエルが呻くが、アレクシアはそのまま話を続ける。
「見ての通り、ノエルは当主になることを嫌っています。幸いにして、ノエルはわたくしが当主になる手伝いをするといってくれましたので、わたくしで妥協していただけませんか?」
アレクシアの言葉にノエルとラッセルが目を見張った。
「お姉様、私はお姉様を信じていました」
「調子が良いわね。さっき、裏切り者とか呟いてたのが聞こえてたわよ」
「ごめんなひゃい」
ほっぺむにゅんの刑に処されたノエルが謝罪する。そんな姉妹の微笑ましいやりとりを前に、けれどラッセルは表情を険しくした。
「妥協などと、誤解するな。俺はアレクシアがもっとも内政面で優れていると知っている。特にノエルは、なにかやらかしそうだからな」
「そうですね、たくさんやらかしていますしね」
「……やらかしてないよ?」
小声で反論するが、二人はそれに答えない。
「だが、魔導蒸気タービンの価値は計り知れない。ゆえに、ノエルを当主に据え、アレクシアを補佐にするのが一番だと俺は考えている」
「わたくしも、そう思っています。でも、ノエルはそれを望んでいない。もし強制すれば、この子は私達の元を去ってしまう。そんな気がするのです」
ノエルの鼓動がどくんと脈打った。いままで考えたことはなかったが、たしかにそんな未来もあり得ると思ったからだ。
アレクシアはノエルの背中にくっついているので互いの表情は見えない。だが、そんな二人の表情を見比べたラッセルは「……なるほど」と呟いた。
「アレクシアの意見も一理ありそうだ。しかし、ならばどうするつもりだ?」
「わたくしが、魔導蒸気タービンを作れるようになります」
「……アレクシア、おまえにそれが可能だというのか?」
「ノエルは、わたくしにその才能があると言ってくれました。いますぐに作るのは不可能ですが、必ず魔導蒸気タービンを作れるようになって見せます」
二人が視線を交わす。
アレクシアのアメシストのような瞳を覗き込み、ラッセルは小さく笑った。
「……アレクシア、おまえは魔術の才能がないと判断されたせいか、どうしても自信のない態度が目に付いていた。だが……成長したのだな」
「ノエルが私に自信を与えてくれました」
「そうか……良いだろう。アレクシアを次期当主に内定する。ただしそれは、アレクシアが魔導蒸気タービンを作れるようになることが絶対条件だ」
「必ず、成し遂げて見せましょう。結果を楽しみにお待ちください、お父様」
アレクシアは優雅なカーテシーで応じた。
こうして、ノエルは孤児院を救い、アレクシアの恩に報いた。アレクシアが魔導蒸気タービンを作れるようになる必要はあるが、それも遠くない未来に実現するだろう。
ゆえに、後は自分の願いを叶えるだけである。
その約束を果たしてもらうため、ノエルはアレクシアの部屋を訪れた。
「次期当主内定、おめでとうございます」
「ありがとうノエル。といっても、魔導蒸気タービンを作れるようにならないといけない、という問題が残っているのだけどね?」
「お姉様は高品質の短剣を作れるようになりました。魔導蒸気タービンも構造さえ理解すれば作れるようになります。時間の問題でしょう」
この言葉に関しては誇張でもなんでもない。いまのアレクシアは、鍛冶師が槌で叩いて整えるごとくに、鉄の結晶を並べ替えて高品質な短剣を造り出すことが出来る。
後は魔導蒸気タービンの複雑な機構を把握すれば作ることが出来るだろう。そしてその複雑な機構に関しては最悪、パーツごとに分けて作るということだって可能だ。
「ありがとう。あなたがそう言ってくれると心強いわ」
「頑張って教えた甲斐がありましたね。でも、お姉様や彼ら側近の努力がなければ、成し遂げられなかったでしょう。一番凄いのはお姉様です」
「師匠にそう言っていただけるとは光栄ですわ」
アレクシアがイタズラっぽく笑う。
彼女はノエルに魔術を学ぶあいだ、妹を師として崇めていた。妹に頭を下げることが出来る彼女だからこそ、ここまで成長できたと言えるだろう。
「お姉様はとても謙虚ですね。サイラス兄さんも、もう少し謙虚ならよかったんですが……」
「そうね。サイラスは黒い魔力を持って生まれたことで囃し立てられ、とても傲慢な性格になってしまったから。……でも、今回のことで鼻をへし折れたと思うわよ?」
アレクシアの物言いに、ノエルはおやっと首を傾げる。
「お姉様は、サイラス兄さんをどうするつもりですか?」
「今のままなら放逐するしかないでしょうね。でも、もしも心を入れ替えるなら、相応の扱いをしてあげても良いと思ってるわ」
ノエルは小さく瞬いた。
「ふふ、意外そうね」
「正直に言えば、そうですね」
サイラスは別に罪を犯した訳ではない。なので、新天地で心を入れ替えてやり直す分には文句ないが、それにアレクシアが手を貸す必要はどこにもない――とノエルは考えている。
「サイラスは傲慢で人の話を聞こうともしないどうしようもない性格だけど、家族に対してまったく情がない訳じゃないのよ?」
「……いまのは笑うところですか?」
「別に冗談じゃないわ。信じられないのも分かるけどね。ノエルは、花嫁修業をしろとか言われたことない?」
「あぁ……ありますね。正直、余計なお世話だと思いましたけど」
リディアの記憶を取り戻してから一回。その前にも何度か言われている。
「あれ、少しでもマシな政略結婚が選べるようにって気遣いなのよ」
「……好意的に受け取りすぎじゃありませんか?」
「かもね。だけど、まぁ……同程度の情けは掛けてあげても良いかなって。それになんだかなんだいって血縁に変わりはないし、使えるなら使いたいじゃない?」
「……そっちが本音ですね、さては」
いまのままだと、何処かの婿養子に出したとしてもデメリットの方が大きい。だけどもし改心するのなら、血縁として利用する――ということだ。
情けを掛けるというか、利用する気満々である。
「お姉様、ちょっと黒いです」
「ノエルは純粋でいてね」
アレクシアは否定しなかった。とはいえ、領主になる身として清濁併せ呑むくらいの器量は必要だ。ウィスタリア子爵家は次の世代も安泰である。
「……さて、アレクシアお姉様。お姉様を当主にしたら、私の願いを叶えてくれるという約束を覚えていますか? 厳密に言えば、まだお姉様が当主になった訳ではありませんが……」
「そうね、そろそろ聞いておこうかしら。どんな願いなの?」
「私の願いは、各地を気ままに旅することです」
ノエルが自分の望みを口にした。アレクシアはパチクリと瞬く。
ノエルを次期当主に推すラッセルから庇ってくれたときのように、アレクシアが自分の味方をしてくれるとノエルは思っていたが――
「え……危ないからダメ」
物凄く端的に却下された。
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