無色のノエルは自重がデキナイ 5

 ノエルが魔導蒸気タービンによる紡織、機織の工場を作ってから三ヶ月が過ぎた。

 その間に工場は正式に稼働。

 次々に均一に揃った糸が完成し、更にはその糸で織られた布が完成していく。こうなると次に必要なのは、安定した仕入れのルートと販売ルートである。


 販売ルートの一つは、既にノエルがオーナーとなった服飾店である。例の洋服から型紙を制作していたエリカは、ノエルが持ち込んだ生地に歓喜した。


 結果から言えば、エリカの見る目と服飾の腕は本物だった。ノエルの着る服をコピーした服はもちろん、それを元にアレンジした服も飛ぶように売れていく。

 この調子でいけば流行になり、他の領地へも広まっていくだろう。


 だが、ノエルがオーナーになった服飾店は、あくまで領都にある小さなお店でしかない。

 生地の量産に合わせて服を作るにはもっと店を大きくする必要があるが、ノエルはもちろん、リディアの知識にも商売のノウハウはない。

 困ったノエルは、アレクシアにお願いしますとぶん投げることにした。


「……それはかまわないけど、どうしてノエルがお店を持っているの?」


 ウィスタリア子爵家の中庭。

 ノエルの提案を聞いたアレクシアが首を捻る。


「服を持ち込んだら、お店の権利書をもらいました」

「……意味が分からないわ」

「大丈夫です、私も良く分かってません」

「それ、大丈夫と言っていいの?」


 そう言いつつも苦笑いで済ますアレクシアは、既にノエルのやらかしに対してかなりの耐性を持ちつつある。


「なんにしても、流通のルートを拡大していけばいいのね? そのお店の――エリカだったかしら? その女性とも話をしたいから、予定を聞いて屋敷に呼び出すことにするわ」

「お願いします。それと……炎の魔石についての供給ルートは確保できましたか?」

「ええ、商人に買い入れをさせているわ」


 アレクシアの答えにノエルは表情を曇らせる。


「出来れば、契約をした上でルートを確保しておくべきだと思います。供給が絶たれてから慌てても遅いですから」

「――ちょっと待って。ノエルは炎の魔石の供給が絶たれると思っているの?」

「そこまで行くかは分かりませんが、高騰する可能性はあると思っています」


 ノエルの忠告に、アレクシアは顔色を変えた。


「……ノエルは一体なにを根拠に、そんなことを考えているの?」

「根拠は……ただの勘です」

「……勘」


 アレクシアが眉をひそめるが、ノエルとしてはそれ以外に根拠を示せない。前世では炎の魔石が重要なエネルギー資源として高騰していたからなんて説明できないからだ。

 それに――


(この時代、魔物が少ないからねぇ)


 炎の魔石の供給源は火属性の魔物だ。魔導蒸気タービンを復活させたいま、魔物が多い時代でも高騰していた炎の魔石が、魔物の少ないこの時代に不足するのは自明の理である。


「……ありがとう、ノエル。忠告に感謝するわ」

「はい、それが良いと思います」


 これなら安心だろうと判断した。

 そんなノエルに、少し考えるような素振りをしていたアレクシアが口を開く。


「いまは順調でも、相手にそんな動きがあるのなら油断できないわ」

「……はい、そうですね」


 なんのことだろうかと、首を傾げながら相槌を打つ。


「だから、一つお願いがあるの。ノエルは、私に魔術の才能があるといったわよね?」

「はい、たしかに言いました」

「なら、お願いがあるの。あなたの優位性を奪うとても勝手なお願いだけど、私にも魔術を教えてくれないかしら?」

「……その言葉を待っていました」


 領主として望ましいのが強い魔術師であるのなら、アレクシアを強い魔術師に育て上げればすべてが解決するという、とてもシンプルな考え。

 アレクシアが思惑通りにやる気を出してくれたことにノエルは喜んだ。

 そんなノエルを前に、アレクシアは軽く目を見張った。


「まったく、すべてお見通しという訳ね」

「はい? はい。では予定の調整もあるので、明日から訓練を開始しましょう」


     ◆◆◆


 自室へ戻ったアレクシアは、実務を担当する側近の一人、ニコラスを呼び出した。


「お呼びでしょうか、アレクシアお嬢様」

「炎の魔石の買い入れは順調かしら?」

「はい、これといった問題はとくに」

「……本当に?」


 アレクシアが質問を繰り返す。

 息を呑んだニコラスは少し考える素振りを見せた。


「やはり、これといった問題はありません。ただ、問題のないレベルであれば、納品に少し遅れが出たりはしているようですが……なにか気になることがありますか?」

「……ええ。やはり、ノエルの言う通りね」


 アレクシアが厳しい表情を浮かべた。


「……アレクシアお嬢様?」

「これはサイラスの妨害工作よ」

「まさか。大変失礼ですが、サイラス坊ちゃんの情報収集能力では、こちらの動きを察知することは出来ても、その要が炎の魔石であると察知することは不可能でしょう」

「私もそう思っていたわ。でも、ノエルが警告したのだから間違いないわ」

「ノエルお嬢様が、ですか?」

「あの子が言ったのよ。契約を交わすべきだ、供給を立たれてから慌てても遅い、と」


 魔石はダンジョンからいくらでも入手することが出来る。炎の魔石に限定すれば供給量は減ってしまうが、それでも非常に安価な商品であることに変わりない。

 炎の魔石の値段の大半は輸送を含めた人件費である。もしも炎の魔石の需要が数百倍、数千倍に膨れあがればいつかは高騰するかもしれないが、それは何十年もさきの話である。


 無論、街道での事故などで一時的に供給が滞る可能性はある。だがその場合は、契約を交わせば対処できるというものではない。

 契約を交わして防げるとすれば、それは他者からの妨害だけである。


「すぐに情報を洗い直してまいります!」


 ニコラスは顔を青ざめさせて、早々に部屋を退出していった。



 その日の夜。

 神妙な顔をしたニコラスが報告にやってきた。


「……その顔はどうやら、ノエルの指摘は正しかったようね?」

「はい。どれもこれも嫌がらせの域を出ませんが、たしかにサイラス坊ちゃんが介入した痕跡がありました。一体なぜ、ノエルお嬢様は気付かれたのでしょう?」

「……分からない。けど、私達には見えないなにかを見ていることだけはたしかよ。金貸しと薬師の悪巧みを見破ったときは本当に見事だったもの」

「たしかに、あれは驚かされましたな」


 あのとき、ノエルが知り得た情報からは決して、金貸しと薬師の繋がりを示す証拠はもちろん、それを想像させるようなヒントすらなかった。勘の良い者でも、立て続けに起こった不幸を訝しむくらいだろう。

 にもかかわらず、ノエルはまるで確信しているかのような口ぶりだった。


「あの子がなぜ気付いたのかは分からないけど、重要なのはそこじゃない。サイラスが妨害をしているという事実よ」

「たしかに。ですが、サイラス坊ちゃんはなぜ炎の魔石の重要性に気付いたのでしょうか?」


 孤児院が建て替えられたなど、いくつかの異常事態は伝わっていたとしても、魔導蒸気タービンの件は絶対に漏れていないはずなのだ。

 だが気付いていなければ、炎の魔石を狙い撃ちする理由がない。


「……もしかしたら、ただの嫌がらせかもしれないわ」

「それは、どういう?」

「あなたも私も、サイラスの性格を失念していたのよ。弟は損得を度外視で、なんとなくといった理由で妨害をしてきてもおかしくないでしょう?」

「――っ」


 ニコラスは息を呑んだ。

 アレクシアの事業を邪魔する行為にはデメリットが生じる。具体的に例を挙げれば、領地を発展を邪魔することになるので、現当主の反感を買う可能性が高い。

 ゆえに、妨害に大きなメリットがなければ釣り合いは取れない。


 これといった理由もなく妨害工作を働くのは下策。

 だがそれは計算が出来る人間だからこその判断だ。考えなしのサイラスであれば、ただちょっと目に付いたという理由だけで妨害する可能性も否定できない。


「たしかに、サイラス坊ちゃんの性格は考慮していませんでした。では、現時点でこちらにさほど影響がないのは……」

「ただの嫌がらせだから、でしょうね。でも、こちらが対策を取れば――」

「ムキになって、嫌がらせを拡大させる可能性がありますね。かしこまりました。相手が行動を起こす前に、炎の魔石の供給ルートを確保いたします」

「お願いね。でも、サイラスを出し抜く必要はないわ」

「……と、言いますと?」


 妨害が発覚した以上、すぐにでも手を打つ必要がある。なのに、焦る必要はないとはどういうことか。その疑問に答えるようにアレクシアは笑う。


「サイラスの妨害工作も、ノエルにとっては想定のうちだからよ」

「なっ!? それはさすがに……」


 あり得ないと驚くニコラスに、アレクシアは首を横に振った。


「たしかに妨害は脅威よ。でも、サイラスは魔術の才能という面で大きなアドバンテージを持っている。本当なら私の妨害をするよりも、自分の有利な点を生かすべきなのよ」


 いわゆるロビー活動である。

 他領の人間がサイラスに味方すれば、アレクシアがいくら領内で政治的手腕を証明したとしても、アレクシアが次期当主になることは難しくなる。

 だが、いまのサイラスはアレクシアの内政行動に気を取られている。


「私はノエルを見て、自分にも強力な魔術が使えるかもしれないと思った。もしも魔術の腕でサイラスを上回ることが出来れば、なんの憂いもなく次期当主になれるでしょ?」

「それは、たしかにそうかもしれませんな」

「だからノエルにお願いしたの。魔術を教えて欲しいって。そしたらあの子、なんて言ったと思う? そう言い出すのを待っていたと言ったのよ?」

「それは、まさか――」

「そう。内政は囮。最初から、魔術の実力で私を次期当主にさせる作戦だったのよ」


 ノエルはアレクシアに気のない相槌を打っていたが、それはなにを言われているか分からなかった訳ではなく、彼女にとって当然の話だったからに違いない。


 もし分かっていなかったのだとしたら、それはただの天然である。だが、あれだけのの魔術の腕を持つノエルが、ただの天然であるはずがない。

 すなわち、ノエルは恐ろしい深謀遠慮の持ち主だという証明に他ならない。


「末恐ろしいお嬢様ですな。つい最近まで、普通のお嬢様だと思っておりました」

「このときのために普通のフリをしていたのでしょうね。魔術も独学だと言っていたけど、いくら才能があっても短期間でここまで伸びるはずがないわ。きっと実力を隠していたのよ」

「いままでの行動が演技だった、と……」


 ノエルはまだ十三歳の少女である。

 一体いつから演技をしていたのか――と、ニコラスは生唾を飲み込んだ。


「でも、私にとって可愛い妹であることに変わりはないわ。というか、可愛くて優しくて、しかも可愛くて頭が良くて可愛い最高の妹よ」

「はは、ノエルお嬢様を可愛がるのにも拍車が掛かりましたな」

「当然よ。以前から可愛かったけど、最近はなんというか……もっと可愛いのよ!」

「お嬢様、語彙力が低下しております」


 以前のノエルは、ただ可愛いだけの女の子だった。だが最近のノエルは、可愛さの中にも強さや優しさ、アレクシアの優しさに答えようとする健気さが滲んでいる。

 要するに、可愛さに健気さが加わって七倍ほど可愛くなっている。


「その調子では、ノエルお嬢様がお嫁に行くことになったら大変ですな」

「お嫁……私が認めた相手じゃないと許さないわ!」

「おやおや、ノエルお嬢様の希望は聞いてあげないのですか?」

「それは……可能な限りは聞いてあげるつもりよ? でもやっぱり、私が認めた相手じゃないとダメ。というか、馬の骨にノエルをあげるくらいなら、私がお嫁にするわ!」


 シスコン、ここに極まれりである。


「ではそのためにも、アレクシアお嬢様が当主になる必要がありますね」

「ええ、だからこそ、この機会を逃す訳にはいかない」

「かしこまりました。では、私が流通のルートを確保しつつ、サイラス坊ちゃんの興味をそちらに引き付けましょう」

「ええ、そのあいだに私は魔術の腕でサイラスを越えてみせるわ」

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る