無色のノエルは見抜きがデキナイ 5
屋敷に戻ると、ノエルが抜け出したことが発覚してちょっとした騒ぎになっていた。
部屋で髪を元に戻し、服を着替え終えたノエルを見つけた使用人が「お嬢様がお戻りになっています!」と声を上げ、ほどなくしてアレクシアが飛んでくる。
彼女は駆け寄った勢いのままノエルに抱きついた。
「ノエル、無事だったのねっ!」
「わわっ、アレクシアお姉様?」
ぎゅっと、歳の割りの大きな胸に押し付けられる。
「もう、勝手に屋敷を抜け出して心配したのよ!」
「……ごめんなさい」
心配してくれたことが嬉しいと思い、ノエルはアレクシアに身を任せた。
ほどなく――
「ノエルは無事なのか?」
「どこに言っていたのですか、心配したのですよ?」
ノエルの父――ラッセル・ウィスタリア。それにノエルの母――キャロル・ウィスタリアまで駆け寄ってきた。あげく――
「だから、そのうち帰ってくるって言っただろ」
そんなことを言いながら、兄のサイラスまでもが部屋にやってきた。
なにやら、相当に心配を掛けてしまったようだ。それに気付いたノエルはアレクシアの腕の中から抜け出し、両親を見上げる。
「心配を掛けてすみません。ただいま戻りました」
「色々と言いたいことはあるが……無事なんだな?」
「はい、何事もありません」
「そうか……では、まずは食事にしよう。説教はその後だ」
ノエルがこんな風に怒られることは珍しい。そして、リディアは心配してくれる相手すらずっといなかった。だから説教と聞いて、思わずにへらっと笑ってしまう。
ラッセルに不審がられたノエルは慌てて取り繕った。
そうして、家族で揃って夕食を食べる。
ラッセルは領主として忙しいため、食事をバラバラに取ることも珍しくないのだが……今日はみんなで食べるために待っていてくれたらしい。
最初は心配してもらったことを喜んでいたノエルだが、徐々に申し訳なく思い始めた。
そうして食事を終えると、ラッセルがカトラリーを置いてこちらに視線を向けた。
「それで、おまえは屋敷を抜け出してどこに言っていたのだ?」
「実は、森で少し魔術の練習をしていたのですが――」
ノエルがそう口にした瞬間、両親や姉がそろって顔を強張らせた。
でもって――
「はっ、おまえが魔術の練習だと? どうせおまえは――」
「サイラスっ!」
ラッセルが声を荒らげ、サイラスのセリフを遮った。
(兄さんが言おうとしたのはどうせ、私の魔力が無色だってことでしょ? どうしてそんなに必死に隠そうとするんだろ。私を魔術師にしたくないのかな)
ノエルが不思議に思っているとラッセルは咳払いを一つ。
「ノエル、ずっと魔術の練習をしていたのか? 森なら何度も調べさせていたのだが?」
「実は――」
森で借金取りに詰め寄られている少女と出会い、借金取りを説得しておかえり願ったことを打ち明けると、それを聞いたラッセルは頭を抱えた。
「ノエル……自分がどれだけ危険なことをしたのか分かっているのか?」
「ごめんなさい。でも、放っておけませんでした」
「……うぅむ、その考えは立派なんだが……」
正義を振りかざしても、力が伴わなければ意味がない。むしろ、状況を悪化させる可能性があったと、子供にどう言い聞かせたものか――とでも言いたげな顔。
「ノエルっ! そんな危ないことをして、貴方になにかあったらどうするの!」
ラッセルがなにか口にするより早く、アレクシアがノエルを叱りつけた。
「お姉様。私はなにも、考えなしに首を突っ込んだ訳じゃありません」
「だとしても、なにがあるか分からないでしょう? もし貴方になにかあれば、私がどれだけ悲しむか分かってるの? お姉ちゃん、泣くわよ?」
「……ごめんなさい」
アレクシアに泣かれては敵わないと、ノエルは頭を下げる。それを見かねたラッセルが「まあまあ」と仲裁に入ってくれる。
「ノエル。うちは子爵家ではあるが、そこまで堅苦しい家柄ではない。おまえがお忍びで外を出歩きたいというのならそうしてもかまわぬ」
「お父様!?」
アレクシアがラッセルの発言を咎めようとするが、ラッセルはそれを手で制した。
「聞きなさい、アレクシア。ノエルの将来を考えれば、外の世界を見ておいて損はない」
「だからって、万が一があったらどうするのですか」
「その通りだ。だからノエル。外に出たいのなら、次はちゃんとお供を付けなさい」
こっそり抜け出したのは、家族に知られたくないことがあるからだ。
お供を伴っては意味がないと返答に詰まる。
(でも……この分だと、頷かなければ了承してもらえそうにないな。まぁ……自衛できると見せるか、秘密を守れそうな者を連れ歩くか、どうするかは後で考えよう)
素早くそんな算段を立てたノエルは、かしこまりましたと応じた。
「うむ。では、ノエルが勝手に出歩いた件はここまでだ」
話が打ち切られそうになる。
ノエルは慌てて、待って欲しいと声を上げた。
「さっき言ったように孤児院の娘を送ってきたのです。そこで少し話を聞いたのですが――」
院長先生が病に倒れ、その治療費で孤児院が借金をした。そこに不幸が重なって借金の返済が滞り、孤児院が取り立てに困っていることを打ち明ける。
その話を聴き終えたラッセルが眉をひそめた。
「ノエル。まさか、可哀想だから恵んでやれと言い出すのではないだろうな?」
「いいえ、そのようなつもりはありません」
ウィスタリア子爵家のお金は、領民から集めた税金だ。それを可哀想だからという理由で誰かに施すのは偽善以外の何物でもない。
むろん、可哀想以外に正当な理由があれば、融資することも間違いではない。
「ふむ。では、なぜそのような話をする?」
「その金融業者と薬師、怪しいと思いませんか?」
むしろ、怪しいと思いますよね? と続けるくらいの勢い。
実のところ、ラッセル達はノエルが孤児院の必要性を訴えてくると思っていた。そして、そういう理由で訴えてくるのなら、ラッセルはそれに応じる用意はあったのだ。
だが、斜め上の訴えに、ラッセル達は「うぅん」と困惑する。サイラスに至っては、こいつはなにを言っているんだと笑う有様だ。
「きっと、金融業者と薬師はグルに違いありません!」
「ノエル、そこまで言うには証拠があるのか?」
「……いえ、確実な証拠はありません」
ラッセルは溜め息を吐いた。
「では、滅多なことを口にするな。薬師は非常に貴重な存在なのだ。それに疑いを掛けて、この領地から離れられるようなことになったら大変だ」
「それは……申し訳ありません」
そこまで言われては反論できない。
だけど、それでも、怪しいとノエルは唇を噛む。
すると――
「いいわ。ノエルがそこまで言うのなら、私が調べてあげる」
アレクシアがそんな言葉を口にした。
それにぎょっとしたのはラッセルとキャロルの二人だった。
「アレクシア、それがどういう意味か分かっているのか?」
「もちろんです」
鋭い視線を向けるラッセルと、心配げな視線を向けるキャロル。そんな二人の視線を受け止め、静かに笑うアレクシア。ほどなく、ラッセルが小さく息を吐いた。
「いいだろう、おまえにその覚悟があるのなら好きにするがいい」
「ありがとうございます、お父様」
「はっ、ノエルの空想に付き合って、わずかな可能性を捨てるのか?」
サイラスが馬鹿にしたように笑う。
「私はノエルがただの空想でこんなことを言っているとは思わないわ。サイラスこそ、この話に乗らなくて良いのかしら?」
「は、誰が泥船になんて乗るか。勝手にやってろ」
「ならそうさせてもらうわね」
アレクシアはふっと笑って、それからノエルの手を握った。
「私の部屋でお茶でもしながら、詳しい話を聞かせてくれるかしら?」
「はい。でも……その、良かったのですか?」
詳しい事情は分からないが、なにか問題があるように思えた。それに探りを入れたのだが、アレクシアはなんでもない顔で大丈夫だと微笑んだ。
こうして、アレクシアが孤児院の借金について調べることとなった。
――なお、部屋を去り際、ノエルはサイラスに話しかけられた。森で天使を見なかったかなどと聞かれたが、希少種の天使が森にいるはずがない。
頭を吹き飛ばされた後遺症だろうかと、ノエルは少しだけ不安になった。
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