無色のノエルは見抜きがデキナイ 6

 翌朝、ノエルは父のラッセル――ウィスタリア子爵家の当主に呼び出された。


「お父様、ノエルです」

「来たな、そこに掛けなさい」


 案内に従って執務室のソファに腰掛ける。

 ラッセルはその向かいに座ると、手振りで使用人を下がらせた。


「話というのは他でもない。アレクシアが孤児院について調べる件についてだ。おまえにはまだ早いと思って話さずにいたが、そうも言っていられなくなったのでな」

「……やはりなにかあるのですね。お姉様ははぐらかすばかりで教えてくださらないのです」

「あれはおまえに心配を掛けたくないのだろう」


 あいつはとくにおまえを可愛がっているからな――とラッセルは呟く。


「教えてください。私はお姉様に迷惑を掛けているのですか?」

「迷惑という訳ではないが……さて、どこから話したものか」


 ラッセルが考えるような素振りを見せた。

 だからノエルは、すべて話して欲しいと訴える。


「いいだろう。まず……ウィスタリア子爵家の次期当主は、サイラスとアレクシアのどちらかを選ぶことになっている」

「……サイラス兄さんも候補なのですか?」

「むしろ、あちらが筆頭だ」


 そう聞いた瞬間、ノエルはラッセルの正気を疑った。


「ノエル、おまえも貴族の家に生まれた娘なら、もう少し表情を取り繕いなさい」

「申し訳ありません。ですが……サイラス兄さんが筆頭候補、なのですか?」

「残念ながら筆頭候補なのだ」

「……なぜです?」


 ノエルにとって、ラッセルは良き父であり、良き統治者でもある。そんな父が、よりによってサイラスを次期当主として有力視しているなんて信じられない。

 困惑するノエルに、ラッセルは国の方針だと答えた。


「……後継者は男性という決まりがあるのでしょうか?」

「いや、性別は些細な問題だ。重要なのは魔術の才能の有無だ」

「魔術の才能、ですか」


(だったらなおさら、私かアレクシアお姉様を次期当主にするべきだよね?)


 ノエルは自由に生きたいと思っているので当主の座に興味はないが、魔術の才能でサイラスが優先される意味が分からないと首を捻る。


「数百年前に一度、人類が滅びの危機を迎えていることは知っているか?」

「すみません。初耳です」

「そうか……いや、謝ることはない。おまえはまだ十三歳、習っていなくて当然だ。かつて、この世界には魔族がいたのだが、その魔族によって人類は一度滅びの危機を迎えているのだ」


 リディアが退けていた魔族。その魔族に人類が滅ぼされ掛けたと聞いて目を見張る。だが続けて、今現在はそのような状況にないことにも気が付いた。


「滅びを免れたと言うことは、魔族を滅ぼしたのですか?」

「痛み分け、といったところだな。追い詰められた人類は最後の力を振り絞り、魔族を異次元に追いやることに成功した。だが失ったものも多く、文明は衰退してしまったのだ」


 ノエルは驚きつつも、内心ではなるほどと納得した。

 ウィスタリア子爵家が貴族のうちであるにもかかわらず、魔導具を始めとした便利な道具を所有していないのは、文明が衰退したからだろう。


「では、当主に才能ある魔術師を優先するようにというお達しはもしや?」

「うむ。かつての繁栄を取り戻すためだ」


 ノエルはそのアメシストの瞳に理解の光を灯した。

 魔術の才能はなにも貴族だけが持つ才能ではないが、魔術の訓練をするには相応の費用が掛かるため、平民が優秀な魔術師になることは難しい。

 加えて、魔術師としての才能はある程度遺伝するため、強力な魔術師を生み出すには血筋を重んじる貴族階級で優遇するのが効率的なのだ。

 だが――


「しかし分かりません。それならばなぜ、青の魔力の持ち主を優遇しないのですか? 失った技術を取り戻すには、錬成魔術は必要だと思うのですが……」

「いいや、錬成魔術で作れる道具はしれている。それに、ダンジョンを攻略するには、強力な魔術士が必要なのだ」

「……ダンジョンですか?」


 院長先生から聞いた言葉ではあるが、具体的なことを知らないノエルは首を傾げた。


「ダンジョンとは、異次元に追いやられた魔族がこちらに戻るために開いた扉だ。魔物が発生するそのダンジョンを放っておけば、ダンジョンブレイクが発生して魔物が外に出る」

「……つまり、そのダンジョンを攻略するために強力な魔術師が必要で、強力な魔術師を育てるために、当主は魔術の才能に長けた者が望ましいと?」

「そういうことだ」


 そこまではちゃんと理解できた。

 だがやはり、だったらなぜサイラスが選ばれるか理解できない。


(信じられないけど、サイラス兄さんの方が才能があると思われている、ということか)


「ですが、あくまで魔術に長けた者が望ましい、程度なのですよね? 政治的な手腕の差は凄まじいように思うのですが、そこまでしてサイラス兄さんを選ぶ必要があるのですか」


 アレクシアとサイラスの次期当主としての才覚。

 それを覆すほどのことなのかと首を傾げた。


「それが難しいところでな。魔術師としての才能がない領主は他領から軽んじられるのだ。それが結局、領地経営の不利へと繋がる」

「……だから、サイラス兄さんの方が良いと?」

「魔術師としての能力は、持って生まれた魔力の色でおおよそが決まるが、領主としての手腕はいまから矯正することも可能だからな。伸びしろはサイラスにある、という訳だ」

「矯正、出来るのですか?」

「……出来なければ優秀な部下を付けるつもりだ」


 それは矯正できないという意味では? とは、ノエルも口には出さない。だが、そんな思いを込めてジト目で見つめると、ラッセルは咳払いをした。


「正直なところ、俺もあまり魔術の才能がなくてな。色々と苦労したから、魔術の才能の重要さが身に染みているのだ。俺は次期当主にそのような苦労をさせたくない」


 どことなく、ラッセルの背中には哀愁が漂っていた。

 彼もまた苦悩しているようだ。


「……確認ですが、アレクシアお姉様に魔術の才能があれば、次期当主はアレクシアお姉様が選ばれると言うことですか?」

「それは当然だ。現時点で、どちらが領地経営に向いているかは明らかだからな」


 魔術に関しては価値観がズレまくっているが、それ以外の部分では価値観も同じだ。それを感じ取ったノエルは少しだけ安堵する。


「となみに、サイラス兄さんが当主になった場合、その補佐というのは、アレクシアお姉様を付けるおつもりですか?」

「いや、サイラスが当主になれば、自分の地位を脅かす存在を家に置いておくはずがない。おそらく、早々に何処かに嫁がせることになるだろう」


(魔術師としての才能に長けた者が跡を継ぎ、政治手腕に優れた兄弟姉妹を自分の地位を脅かす存在として排除する、ね)


 そんなことが何代も続いているのなら、国が衰退するは必然と言えるだろう。


「では、私もその対象なのでしょうか?」

「可能性はあるが、その……貴族は基本的に、魔術師としての素質がある者が好まれるので、おまえの場合は……その、あ、あれだ。上位貴族の侍女なんかになるのもありだな!」

「そう、ですか……」


(正妻として嫁ぐのは厳しい、と。やっぱり、私は魔術の才能がないと思われてみたいだ。それに、次期当主が私の行く末を決めるのか……厄介だね)


 ノエルの願いは自由気ままに生きることだ。

 サイラスが当主になれば、ノエルの希望は聞き入れられないだろう。それを回避するためにも、次期当主にはアレクシアになってもらう必要がある。

 だが、いま重要なのはそのことではない。


「話は分かりましたが……それと、お姉様が孤児院の件を調べることになんの関係が?」

「現時点では、アレクシアにもまだチャンスがある。それは、魔術の才覚での不利を覆すほどの実績を得ることだ」


 その言葉を聞いて、ノエルはおおよそラッセルがなにを心配しているか理解した。

 今回、アレクシアはノエルの言葉を信じて調査に乗り出した。

 下手をすれば、薬師を敵に回すことで大きな汚点となるかもしれない。そうでなくとも、不正を発見できなければ情で動いて判断を見誤ったと言われるだろう。

 ノエルの肩を持ったことで、アレクシアが失点することを恐れているのだ。


「大丈夫です、お父様。必ず金貸しと薬師の不正は見つかります」

「……驚いた、俺の言葉からそこまで察したのか?」

「あそこまで言われれば大抵の者は分かります」

「その大抵の者に含まれないのが、うちの次期当主筆頭なのだがな……」


 ラッセルの苦悩は切実だった。



 数日経ったある日、ノエルはアレクシアからお茶のお誘いを受けた。中庭に顔を出すと、先に席に着いているアレクシアがニコニコとノエルを出迎える。


「よく来たわね、ノエル。さぁ、席に着きなさい」


 ノエルが座るなり、お茶と共に様々なお菓子が並べられていく。子爵家の娘を持ってしても、結構な贅沢だと思えるそれらを見たノエルは、これがある種のお祝いだと気が付いた。


「単刀直入に言うわね。あなたの言うとおり、金貸しと薬師がグルになって不正を働いていた証拠が見つかったわ」

「やはり、予想通りでしたね」


 ノエルはちょっと得意げにアメシストの瞳を輝かせた。


(なんて、あそこまで露骨だったんだから当然の結果だよね)


 院長先生は適切なポーションを飲めば治る病だった。

 にもかかわらず、院長先生に与えられたのは粗悪なポーションだった。少し体力が回復して、免疫力が上がる程度で高いお金を要求するなんて悪質にもほどがある。


「ノエルは凄いわね。あんなに巧妙だったのにどうして分かったの?」

「……巧妙、ですか?」


 あれのどこがと、ノエルは首を傾げる、

 だが――


「凄く巧妙だったじゃない。院長先生の原因不明の病。それを治しうる高価なポーション。それを孤児院の者達に自主的に購入させて、しかも無理なく返済できるようにまで配慮してた」


 アレクシアの言葉にノエルは瞬いた。


「適切なポーション、ですか?」

「ええ。これが報告にあった資料よ」


 ノエルは差し出された資料に目を通す。


(え、ホントに原因不明の病だと思ってた? というか、どうしてウィスタリア子爵家が鑑定を依頼した薬師まで、あんな粗悪なポーションが高価なことに疑問を抱いていないんだ?)


 ツッコミどころ満載の報告書に混乱する。

 だが冷静に考えれば、その報告書から考えられる可能性は一つだ。

 すなわち――


(ま、まさか医療知識までが、ここまで衰退してるなんて……)


 予想外である。

 この時点で、ノエルが金貸しと薬師がグルだと判断した最大の根拠は失われた。


(わ、私の勘違い? もしかして、アレクシアお姉様に多大な迷惑を……いや、待って。大丈夫だよ。お姉様は証拠が見つかったと言ったはずだ)


 どういうことかと、ノエルは報告書の続きに目を通す。


(薬師は子供を買いたくて金貸しを買収。金貸しは孤児院が自主的に子供を売るように、孤児院に妨害工作をして返済能力を奪った――って、こんなの分かる訳ないじゃない!)


「ほんと、ノエルはよくこんな陰謀を見抜いたわね」

「……え? ええっと……そ、そうですね」


 アレクシアに褒められ、我に返ったノエルは引き攣った笑みを浮かべる。


「どうしたの?」

「いえ、なんでもありません。わ、私くらいになれば、この程度の不正は一目瞭然です」

「ふふっ、頼もしいわ。自分の人生を賭けてでも、貴方を信じてよかった」

「あ、あはは……」


(うぅ、ごめんなさい。アレクシアお姉様が人生を賭けた私の根拠は、思いっ切り的外れでした。不正に気付けたのはただの偶然です)


 なんて言えるはずもなく、ノエルは笑って誤魔化す。だが、結果的にはよかったとはいえ、無知無謀な判断で姉の将来を潰しかけたという事実はさすがに気まずい。

 アレクシアに対してでっかい借りを作ってしまったノエルは、なにか罪滅ぼしは出来ないものかと考えを巡らす。


「そういえば、孤児院はどうなるのですか?」

「薬師と金貸しは捕まえたけど、材料費を卸業者に払う必要があるから借金は残るわ」

「では……孤児院の生活は苦しいまま、なんですね」


 悪事に手を染めていた金貸しだが、金利については常識の範囲内だった。借金が残るのであれば、孤児院の状況はなんら改善していない。


「そんな顔しないの。私が孤児院の所有権を買い取って、借金を肩代わりしたから大丈夫よ」

「それはつまり、孤児院の経営に口を出すと言うことでしょうか?」

「……え? そうね。病気や妨害の件がなければ問題なかったみたいだし、特に口を挟むつもりはなかったのだけど……なにかあるの?」


(……これはチャンスだ)


 ノエルは、この二度目の人生を誰にも縛られず、自由気ままに生きると決めている。だがそのためには、いまの境遇を改善する必要がある。


 加えて、ノエルは院長先生に共感し、自らの意思で孤児院の子供達を救いたいと考えた。可能であれば、子供が子供として生きられるような平和な暮らしをさせてあげたい。


 最後に、自分を信じてくれたアレクシアに恩返しをしたいとも考えている。


 この三つの目標、すべてを一気に解決する方法が一つだけ存在する。


「アレクシアお姉様、私に孤児院の経営を任せてください。その上で、私のささやかなお願いを聞いてくださるのなら、お姉様を次期当主にして差し上げます」


 ノエルは背筋を伸ばして突き出した胸に指を添え、いたずらっ子のように微笑んだ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る