無色のノエルは見抜きがデキナイ 4

 町へと向かいながら、ノエルは保護した女の子から話を聞く。

 継ぎ接ぎだらけの古着を身に着けているが、プラチナブロンドに青い瞳という平民にしては珍しい容姿の持ち主である彼女の名前はフィーナ。

 町にある唯一の孤児院で暮らしているそうだ。


「それで、フィーナはどうして森にいたの?」

「アッシュお兄さんが足に怪我をしちゃったの」

「アッシュお兄さん?」

「同じ孤児院の年長の男の子だよ。いつも森で狩りをしてくれてるの。アッシュお兄さんのおかげで、美味しいご飯を食べられるって、いつも院長先生が言ってるよ」

「なるほど、だからフィーナが薬草を採りに行ったんだね」


 もっとも、フィーナが摘んだのは痛み止めの原料である。ポーションに加工すれば多少の治癒効果は得られるが、そのまま使っても傷が治るような効果はない。


(……なんて、こんな幼い子供に、そこまで分かるはずがないよね)


 無謀ではあるが、家族思いの優しい女の子のようだ。

 ノエルはこんな風に優しい人を放っておけない気質である。


「ねぇフィーナ、その薬草、お姉ちゃんがポーションに加工してあげようか?」

「ノエルお姉ちゃん、薬師なの?」

「ん~、違うけど、似たようなものかなぁ」


 ノエルの言葉にフィーナは目を輝かせ、だけど次の瞬間にはしょんぼりと項垂れた。


「……どうしたの?」

「あのあの、私……お金、ないから」

「なんだ、そんなことか。お金なんて必要ないよ」

「でも、えっと……本当に、いいの?」

「もちろん」


 ノエルが頷くと、フィーナは幼い顔をぱーっと輝かせる。


「じゃあじゃあ、フィーナに出来ることならなんでもする! だから、お願いします!」

「お願いされました」


 ノエルは周囲に人がいないことを確認。

 赤と緑を抜いた青い魔力で足下に魔法陣を展開。青系統の錬成魔術を発動させ、道中の地中に存在する珪砂と石灰を抽出してガラス瓶を生成した。


「うわぁ、きれい……」


 フィーナは日の光を受けて煌めくガラス瓶に見蕩れて溜め息を零す。

 そんな彼女から薬草の束を受け取り、薬草の成分を抽出。大気中から取り出した水分と混ぜ合わせ、そこに治癒魔術をちょっぴり込めれば治癒ポーションの完成である。


「はい。呑んで良し、傷口に掛けて良し。数回分はあるから、残った分はしっかり蓋をしておいておくと良いよ。半年くらいなら持つんじゃないかな」

「ありがとう、ノエルお姉ちゃん!」


 フィーナはポーションが入ったガラス瓶を、その胸にしっかりと抱きしめた。

 だけど――


「ノエルお姉ちゃん、このお礼は必ずするからね」


 フィーナは真剣な顔でそんなことを口にする。幼い子供ではあるが、同時に責任感があり、物凄く大人びている。その事実に、ノエルは思わず表情を曇らせた。


 サイラスのようにワガママな子供がいいという訳じゃない。

 だが、大人になるのと、大人にならなくてはいけないのは違う。フィーナの場合は、生きていくためには子供のままではいられなかった、という可能性が高い。


(この時代でも、子供が子供らしく生きられるとは限らないんだね)


「お礼なんて、その感謝の笑顔だけで十分だよ」


 ノエルは微笑んで、あらためて彼女を孤児院まで送る。

 案内されたのは町外れにある古びた建物だった。


「ここが孤児院?」

「うん、そうだよ」


 フィーナが当然のように主張するが、廃棄された施設跡地のように見える。

 奥には明らかに放置されている建物もあり、フィーナが孤児院だと主張する建物も幽霊屋敷といった方がしっくりとくる。木造の古い建物、きっと雨漏りだってしているだろう。

 そんなことを考えていると、フィーナが突然ノエルの横に隠れた。


「どうしたの?」

「――フィーナっ!」


 突然そんな声が響き、若いシスターが町の方から駆け寄ってきた。


「フィーナ、どこに言っていたんですか、心配したんですよ……って、あら?」


 シスターのお姉さんがノエルの存在に気付いて小首をかしげる。



「フィーナを保護してくれてありがとうございました。院長先生が直接お礼を言いたいと申しておりますので、お手数ですがこちらへお願いします」


 ノエルは事情を知ったシスターに案内され、院長室へと足を運ぶ。そのベッドには、白髪交じりの女性が横たわっている。その女性は、ノエル達が入ってくると上半身を起こした。


「案内ありがとう、リゼッタ。下がってくれて良いわ」

「はい、失礼します」


 シスターが一礼して退出していく。

 残されたノエルは院長先生に視線を向けた。院長先生は見るからに痩せている。なんらかの病気のようだと判断したノエルは、こっそりと白系統の魔術を使って診察した。


 彼女が患っているのは、かつては死病と恐れられていた病だが、いまは適切な薬を飲めば治る病でもある。にもかかわらず、彼女の病はずいぶんと進行している。

 おそらく、適切な処置を受けていないのだろう。


「このような恰好でごめんなさいね。えっと……」

「私の名前はノエルだよ」

「そう、ノエルさん。よければお掛けください」


 院長先生はノエルに向かって微笑みかけた。

 その勧めに従ってベッドサイドに置かれていた椅子に腰掛ける。だが、痩せ衰えてなお、凜とした佇まいの院長先生を前に、ノエルの胸がざわついた。


「リゼッタからおおよその事情は伺いました。このたびは、フィーナを助けてくださってありがとうございます」

「成り行きだから感謝は必要ないよ。でも、次も気まぐれで助けてくれるお節介がいるとは限らない。危ないことはやめさせた方が良いんじゃない?」

「……弁解のしようもありません」


 子供のくせに生意気だと怒られてもおかしくない。そう思っていたノエルは、自分に対して敬意を払う院長先生の態度に少し驚いた。


「私みたいな子供の意見を真面目に聞いてくれるんだ?」

「これでも孤児院の院長先生ですからね。貴方の佇まいを見れば、見た目通りの子供ではないことは分かります。もしや、冒険者なのではありませんか?」

「……冒険者?」


 聞き慣れない言葉に首を傾げる。


「ダンジョンを攻略する者達のことです。この辺りにダンジョンはないので、滅多にお目に掛かることはありませんが、とても強い方々だと聞いています。……違いましたか?」


 ダンジョン自体、前世を通しても知らない情報だが、ノエルはよく分かったねと言いたげに微笑んだ。勘違いさせておいた方が都合が良いと判断した結果である。


「そうですか。貴方がいてくださって幸運でした」


 そう呟く院長先生の顔は疲れ切っていた。

 フィーナが言うことを聞かなくて困っているという雰囲気ではない。むしろ、危険だと分かっていても、フィーナが働くことを止められないくらい切羽詰まっているように感じられる。


「不躾な質問だけど、聞いても良いかな?」

「……借金のことですね?」

「うん。子供から利子を取ろうとするなんて普通じゃない。もしかして、違法な金貸しだったりするんじゃないの?」


 ノエルは曲がりなりにも領主の娘だ。

 もし借金取りが法を破っているのなら正す必要がある。


「いいえ、利子は決して高くありません。ですから悪いのはすべて、借りたお金を返済できない私どもなのです」

「……なにか事情があるの?」

「ご覧の通り、私は病気を患っているのですが、三ヶ月ほど前に症状が悪化しました。私はもう歳だし、高価な薬は必要ないとお断りしたのですが……」


 だが、孤児院の子供達やシスターはそれを良しとしなかった。薬師に紹介された金融業者からお金を借り、院長先生のために高価なポーションを用意したそうだ。

 ちらりと見れば、ベッドサイドの小さな机に数本のポーションが置かれている。魔術を使って解析すれば、体力が回復させ、免疫力を高める程度の粗悪なポーションだった。


「……その薬、ちゃんと効いてるの?」

「もちろん、薬はちゃんと効いています。それに、金融業者も相談に乗ってくださったので、返済方法も決して無茶な内容ではなかったんです」

「……なら、利子すら払えないのはどうして?」

「色々と予想外の不幸が立て続けに起こったんです」


 院長先生曰く、狩りをして孤児院の生計を支えている子供が怪我をしたり、孤児院を支援してくれていた孤児院出身の大人の経営する店が経営不振に陥ったり、色々な不幸が重なって借金の返済が滞った、ということらしい。


(借金の返済を邪魔する理由はないから、そっちはただの偶然かな? でも、粗悪なポーションを高価な値段で売りつけてるのはやっぱり怪しい。絶対、その金融業者と薬師はグルに決まってる。後で調べた方が良さそうだね)


 心のメモ帳にしっかりと書き込んだ。


「借金の事情は分かったけど、領主からの補助金とかはないの?」

「もちろんもらってはいますが……」

「足りない、と。増額を頼んでみたら?」

「そ、そのような恐れ多い真似はできません。いまでも、他の町の孤児院と比べれば、十分な額の支援をしていただいているんです」

「……本当に?」


 ノエルは周囲に視線を向ける。

 天井には雨漏りの跡があるし、部屋には隙間風が吹いている。これで他よりも補助金が出ているのだとしたら、よその孤児院がやっていけるはずがない。


「失礼ですが、ノエルさんはどの程度、孤児院についてご存じですか?」

「身寄りのない子供を育てるところ」


 ノエルはきっぱりと答える。

 だが院長先生はノエルに対して初めて、子供を見守るような優しい表情を向けた。


「……私の答え、間違ってた?」

「身寄りのない子供を育てるところなのは間違いありません。でも、領主様からいただくのは補助金。あくまで、補助的なお金なのです。では、主な収入源はなんだと思いますか?」

「主な収入源……?」

「孤児院の子供や、孤児院出身の大人に働いてもらうのです。そうして得た収入で身寄りのない子供を救う。そうして経営していくのが孤児院です」

「……慈善事業ではない、ということか」


 その考え方はノエルにも理解できる。

 リディアも孤児院の出身だ。

 前世の孤児院では、強い魔力を持つ子供は高く取り引きされていた。リディアが機関に所属したのもそれが理由。孤児院への出資と引き換えにその身を差し出したのだ。


「でも、ちょっと安心した。人身売買なんかもしてるのかと思っちゃった」


 ノエルが何気に口にした瞬間、院長先生の顔が強張った。


「……もしかして、してるの?」

「いいえ、うちはしていません」


 つまり、よそはしているということだ。だからこそ、他よりも補助金が多いこの孤児院の経営状態がよろしくない、ということだろう。


(どうりで、院長先生を見て胸がざわつくはずだ)


 リディアは自らの命を削って救った人々に裏切られた。その記憶を持つノエルは、また裏切られるかもしれないと、人助けすることに抵抗があった。


 だけど気が付いた。

 院長先生もフィーナも、そして院長先生のために借金を選択した他の者達もみんなリディアと同じ、自分を犠牲にしてでも他の者達を護ろうとしているお人好しばっかりだと。


「ねぇ……一つだけ教えて。そんな風に身を粉にしてみんなを護ろうとして……みんなに裏切られたらどうしようとか思わないの?」

「裏切られたら……ですか? 考えたこともありません。私はただ、家族のように思っているみんなを幸せにしたい、ただそれだけですから」


 前世の記憶を取り戻したことで色褪せていた、ノエルの世界が鮮やかに色付いていく。


(そうだ……私も最初は、孤児院のみんなのために機関に入ったんだった)


 リディアの想いはいつしか、機関によってすべての人々を護るためだとすり替えられてしまった。けれど、彼女が最初に抱いたのはたしかに、孤児院のみんなを護るという想いだった。


(……そっか、前世みたいに誰も彼もを護る必要なんてない。気ままに生きて、私が護りたいと思った人だけを護ればいい)


「……私の原点を思い出させてくれてありがとう。お礼に、貴方を助けてあげる」


 足下に無色の魔力で魔法陣を展開、癒やしの魔術を行使した。淡い光が院長先生に降り注ぎ、その身体の悪いところを癒やしていく。院長先生の身体を蝕んでいた病巣が消え去り、すっかり顔色のよくなった院長先生が戸惑いの表情を浮かべる。


「ノエルさん、いまのは一体……」

「白系統の治癒魔術だよ」

「治癒魔術? あれは小さな傷を癒やすのが精一杯と聞いていますが……」

「違う。傷はもちろん、病も治すことが出来る。それが治癒魔術だ」

「病を……?」


 言われて初めて自覚したのだろう。院長先生は目を見張って、恐る恐るベッドから降り立った。それから少し歩き、信じられないといった顔でスタスタと歩き始める。


「身体が痛くない。それどころか、嘘みたいに軽いわ。それじゃ、私の病は本当に……?」

「うん、もう病に苦しむことはないよ」

「あぁ……なんと言うことでしょう。あなたは私の恩人です。これだけのご恩、私はどのようにお返しすればよいのでしょう」

「さっきも言ったけど、これは大事なことを気付かせてもらったお礼。だから、それに対価なんて必要ないよ」

「……本当に、よろしいのですか?」

「うん、気にしないで」

「ありがとう、ありがとうございます」


 院長先生はそういって深々と頭を下げた。

 それが五秒十秒と続き、ようやく院長先生が頭を上げる。だが、彼女が浮かべていたのは、罪悪感にまみれた、けれど切実な表情だった。


「救って頂いた身でこのようなことをお願いするのは非常に心苦しいのですが、もう一人、癒していただけないでしょうか? 狩りで足に怪我をした子がいるんです」

「フィーナの言っていた男の子のことだね?」

「はい。厚かましいことは百も承知です。私に出来ることならなんでもします。だからどうか、貴方の力を未来ある子に使っていただけないでしょうか?」


 自分のことよりも、子供達の心配をしている優しい院長先生だ。

 だから、ノエルは「心配いらないよ」と微笑んだ。直後――足音が近付いてきたかと思えば、ノックもなしにシスターのリゼッタが院長室に飛び込んできた。


「院長先生、大変です。フィーナが持ち帰ったポーションをアッシュに飲ませたら、足の怪我がいきなり治って――え、院長先生?」


 寝たきりだったはずの院長先生が立ち上がっていることにリゼッタは目を開く。そしてリゼッタの報告を聞いた院長先生は、口元を覆って涙を流し始めた。



 院長先生が元気になった。その事実はすぐに孤児院中に伝わって、子供達が院長室に押し寄せた。子供達は元気になった院長先生に抱きついていく。

 すぐに彼女は子供達に取り囲まれた。

 それを見守るノエルは、その光景をどこか羨ましそうに眺めていた。


 ほどなくして、院長先生に纏わり付いていた子供達がノエルのもとに集まってきた。どうしたのと首を傾げると、フィーナを始めとした子供達はこくりと頷きあった。


「ノエルお姉ちゃん、院長先生とアッシュ兄ちゃんを助けてくれてありがとう~」


 声を揃えて感謝を告げる。

 その瞬間、ノエルの――正確にはリディアの凍てついた心に熱が生じる。


「わ、私は、大したことしてないよ」

「そんなことないよっ! ノエルお姉ちゃんは私達の恩人だよ!」

「そうです。ノエルさんは私どもの恩人です」


 フィーナが声を上げ、それに院長先生が続き、みんなが一斉に同意する。あちこちから熱い眼差しを向けられ、ノエルは思わず夜色の髪を指で弄った。


「……なんか、ちょっと調子狂う」


 そう呟いてそっぽを向く。ノエルはちょっぴり泣きそうな顔をしていた。



 その後、子供達は何度もお礼を言っていたが、部屋に戻ってなさいという院長先生の一声で退出していった。それを見送り、ノエルは院長先生へと視線を戻す。


「みんな聞き分けが良いんだね」

「そう、ですね。本当なら、もっとワガママを言えるような環境を用意してあげたいのですが、現状ではそれもままならず……自分が情けないです」

「うぅん、貴方が立派な人なのは子供達を見れば分かるよ」


 院長先生は身を粉にして子供を護り、子供達もそれに応えようと頑張っている。ノエルには、彼らの関係が酷く眩しいモノに感じられた。

 だから――


「私も出来る限りのことをするよ。だから、もう少しだけ頑張って」


 ノエルは自分の意思で、この孤児院を救うことにした。

 

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