無色のノエルは見抜きがデキナイ 3

「あ~、びっくりした。まさか頭が吹っ飛ぶとは思わなかったよ」


 サイラスを避けるために森の中を進みながら、ノエルはさきほどの現象について考える。

 サイラスの頭が消し飛んだのは紛れもない事実だ。聖女の祈りが発動したことも、復活したサイラスの記憶が飛んでいたこともそれを肯定している。

 ならば、なぜサイラスの頭が吹き飛んだのか、という話である。


(兄さんが厨二病をこじらせて、自分の頭を吹き飛ばした可能性は……さすがにないな)


 短絡思考のイメージが定着しているサイラスではあるが、さすがに冗談で自分の頭を吹き飛ばすほどの愚か者とは思えない。


 であれば外的要因が理由。

 ノエルが指でつついたことが原因である可能性が高い。


(うぅん……出来るか出来ないかで言えば出来るけど、やってはないんだよね)


 ノエルが使った緑系統の魔術はバフやデバフ――つまり、味方を強化したり、相手の弱体化させたりする魔術が揃っている。その中には、自分の攻撃力を上げるような魔術も存在するので、さきほどのような現象を起こせなくもないが、使用した記憶はない。


 結局、なにが起きたのかは、もう少し調べる必要があるだろう。


(とはいえ、いくら兄さんが威圧的でも、実験で何度も頭を吹き飛ばすのはさすがに良心が咎める。ん~、何処かに手頃な魔物でもいないかなぁ?)


 魔力から赤と青を抜き、緑系統の自己強化の術式を発動。

 自らの聴力を上げ、周囲の音を拾う。


「――やだ、来ないでっ」


 幼い子供の怯える声が聞こえた。


(いまのは……あっちか)


 緑系統の魔術で身体能力を上げ、声のする方に駈けだした。ほどなく、ノエルは怯える女の子と、それに詰め寄るいかにも悪そうな大人達を見つけた。


「……実験体、みっけ」


 十歳にも満たない女の子が大木を背に、大人二人に詰め寄られている。


 ノエルはグッと落ち葉を踏みしめて加速し、近くの樹木を駆け上る。

 慣性が消えて落下するより早く幹を蹴って宙返り。大人達の頭上を飛び越えたノエルはスカートの裾を翻し、子供の前にふわりと降り立った。

 派手な登場をして、その場にいる全員の意識を自分に引き付ける。男達を警戒しつつ肩越しに振り返り、怯える少女へと視線を向けた。


 身に付けているのは明らかな古着だが、清潔感は保たれている。また、状況に怯えてはいるものの、青い瞳には生気が宿っていて、セミロングのプラチナブロンドも手入れされている。

 継続的に虐げられている人間、という訳ではなさそうだ。


(だとしたら、絡まれてるだけの可能性が高そうだね)


「大丈夫、もう怖くないからね」

「う、うん。お姉ちゃんは……誰?」

「私は通りすがりの正義の味方だよ、なんてね」


 少女を安心させるように微笑みかけて、それから男達へと向き直った。


「こんなに小さな子供によってたかって、一体なにをしているの?」

「なんだ、いきなり現れて生意気な。そいつの仲間か?」


 短気そうな男が色めき立つが、隣にいた男が肩を摑んで控えさせる。二人のやりとりを見るにどうやら、そちらの方が兄貴分のようだ。

 その兄貴分の男がノエルに問い掛けてくる。


「嬢ちゃん、ずいぶんと身なりがいいじゃねぇか。何者だ? どこから来た?」

「私がお金持ちの娘なら攫って身代金でも請求するつもり? それとも、何処かに売り飛ばす算段でも立てているのかな」


 ノエルが探りを入れると、兄貴分の男は警戒するように口を閉じた。

 心外そうな顔をするのではなく警戒した。


(この嫌な目……私は知ってる)


 まだ幼いリディアが一人旅をしていたころに何度も遭遇した。

 こちらの身元や同行者がいるかなどを善人ぶって聞いてくる。そうして攫っても足がつかない、あるいは身代金を取れると判断した瞬間に豹変し、襲いかかってくる悪漢達。

 彼らがそうでないとは言い切れない。


 相手の反応をうかがっていると、兄貴分の男は不意に肩をすくめた。


「おいおい、俺達は犯罪者じゃねぇぜ。ただ、嬢ちゃんみたいに育ちの良さそうな娘が、事情も知らないのに口を挟むのはどうかと思っただけさ」


 そういって戯ける兄貴分の男の目は笑っていない。

 ノエルは警戒心を強めつつ、相手のセリフに応じる。


「たしかにね。でも、大の大人がよってたかって、小さな女の子を取り囲んでるんだ。何事かなって、理由が気になったって仕方ないでしょ?」

「嬢ちゃんはなにか勘違いしてるようだな。俺達は真面目な借金取りだぜ」

「……真面目な借金取りが、どうして子供を囲んでいる?」

「そいつは金を貸している孤児院のガキだ。その孤児院は金の返済が滞っていてな。利子代わりに、そいつが集めた薬草をいただこうとしていただけだ」


 肩越しに振り返れば、女の子は悔しげに頷いた。

 どうやら、いまの話はおおむね事実のようだ。


「話は分かった。でも、それなら孤児院の管理者から取り立てるべきだ」

「だから、その管理者が返さないから、ガキから取り立てようとしてるんだろうがよっ!」


 短気な方の男が早くもキレた。


「待てっ、こっちから手を出すなっ!」


 兄貴分の男が慌てたように止めようとする。とっさに零したセリフは彼の本心だろう。だが短気な男は止まらずノエルに掴みかかってくる。

 ノエルは慌てず、流れるような足運びでその腕を回避。


「私に気安く触るな」


 短気男の頬を手の甲で叩く。

 ――刹那、なぜか短気男の頭が吹き飛んだ。

 それから一呼吸遅れ、短気男は落ち葉の上に倒れ伏した。


 周囲に言い知れぬ沈黙が流れる。

 だが少し予想外とはいえ、ノエルが人の頭を吹き飛ばすのは二度目である。数多の戦場を駆け抜けた記憶を持つノエルにとって、この程度の修羅場はどうと言うことはない。


 慌てず騒がず、ポケットから取り出したハンカチを広げ、それを短気男の失った頭の辺りに掛けた。そうして、無色の魔力で魔法陣を描き出し、聖女の祈りを発動する。


「三、二、一、はい」


 パッとハンカチをどければ頭は再生していた。

 それどころか、どう見ても死んでいたはずの短気男が頭を振って起き上がった。あまりにあり得ない状況に兄貴分の男は唖然とするが――


「話を戻すけど、いくら孤児院に借金があるからといって、子供を脅すのは行き過ぎだ」


 ノエルは素知らぬ顔ですべてをなかったことにする。

 だが――


「待て待て待て、いまのはなんだ!?」


 兄貴分の男に詰め寄られてしまった。


「なにって……手品だよ?」

「そっ、そんなはずがあるか! いまのはどう見ても――」

「手品だよ」

「だから――」

「手品だよ。違うと思うなら、その身で体験してみる?」

「…………すまん、俺の勘違いだ。さっきのは間違いなく手品だった」


 彼はノエルの圧力に屈した。


「私はたしかに事情を知らない部外者だ。だから、あなた達にどこまでやって良いか判断がつかない。今回は引き下がってくれないかな?」


 ガラの悪い借金取りだとしても、この領地の法を守っているのなら実験台にするのは忍びないと、そう思って兄貴分の男に提案する。

 彼は迷うような素振りを見せたが――


「ああ? おまえ、急に現れてなにを言ってやがる!」


 短気な方の男が再び声を荒らげた。

 頭を失った後遺症で、ここ数分の記憶が飛んでいるのが原因だろう。怒りにまかせて立ち上がり、再びノエルに掴みかかってくる。


 兄貴分の男が止めようとするが、怒り狂った短気男がノエルに詰め寄る方が早い。ノエルはもう一度その腕を回避、背後に回り、短気男の背中に軽く触れる。

 本当に軽く、指先で背中に触れただけなのだが――


 やはりというかなんというか、短気男の頭が吹き飛んだ。


「……なんでそんな簡単に死んじゃうの?」

「頭が吹き飛べば誰だって死ぬに決まってるだろ!?」

「そういう意味じゃないんだけどなぁ」


 声を荒らげる兄貴分の男に視線を向ければ、彼はちょっぴり涙目だった。

 ここで頭を吹き飛ばすつもりなんてなかったと訴えても説得力に欠けるだろう。ノエルは溜め息をついて、倒れた短気男にハンカチを掛け、もう一度聖女の祈りを使用した。


 やり方がぞんざいになっていて、ハンカチの隙間から種も仕掛けもないのが見えてしまっているが、短気男は問題なく復活する。

 再び記憶の喪失と混乱、一時的なレベルダウンが起こっているはずだが……普通は死んだら終わりなので、無事に生き返ったと言って差し支えないだろう。


 それより問題なのはなぜ頭が吹き飛ぶのか。そもそも、吹き飛ぶ部位がなぜ触れた部分ではなくて頭なのか分からないことだ。もう何回か実験をしたいところである。


「取り敢えず、今回は引き下がってくれないかな?」


 ノエルはちょっぴり下心有りで、同じセリフを繰り返した。


「ああ? おまえ、急に現れてなに訳が分からないことを言ってやがる!」


 さきほどの焼き直し。復活したばかりの短気男がノエルの期待通りに立ち上がる。だが、彼がノエルに掴みかかるより早く、兄貴分の男が短気男を殴り飛ばした。


「あ、兄貴? な、なんで俺を殴るんだ!?」

「黙れ、死にたいのか! というか俺を巻き込むな。いいから黙ってろ!」


 少し本音が透けているが、兄貴分の男が短気な男を叱りつける。怒鳴りつけられた男はその勢いに押されて口を閉ざした。これ以上は殴りかかってこないだろう。


「話が終わったなら、引き下がってくれないかな?」


 今度は本心からそう口にする。

 兄貴分の男が悔しげな顔をして、ノエルを睨みつけた。


「……俺達にこんな真似をして、後悔することになるぜ。おまえだけじゃない。こいつも、おまえの友人も、夜に一人で出歩けると思うなよ」

「それは怖いなぁ……」


 十中八九、つまらないプライドから来るただのハッタリだが、万が一という可能性は否定できない。だからノエルは眉をひそめ――それを見た兄貴分の男は勢いを取り戻した。


「へっ、ようやく事態を飲み込めたか!」

「そうだね。面倒になる前に目撃者を消さないとだね」

「ああ、そうだ……って、へ?」


 ノエルは兄貴の頭をちょんと突き、その頭を吹き飛ばした。続けて、その事態に目を見張る、短気な方の男にも触れ、その頭を吹き飛ばした。


(今度は目撃されないようにしないと)


 魔力から赤と緑を抜いて、青系統の錬成魔術を発動。彼らの足下を掘り下げて、即席の床下収納的な空間を作って彼らを閉じ込め、しばらく出てこられないように細工する。

 その上で聖女の祈りを使って、地面の下にいる二人を生き返らせた。


「さてと――あっ」


 振り返ったノエルが目にしたのは、涙目で硬直している女の子だった。


(し、しまった。ついやっちゃった)


 うっかり、子供の前で人の頭を何度も吹き飛ばしてしまった。

 破裂と言うよりは消失なので、言葉にするほどグロテスクではない。だがそれでも、幼い女の子が目の当たりにすればどうなるかは想像に難くない。


 怯えられる程度ならまだいいが、一生物のトラウマを植え付けた可能性もある。


「お、お姉さんは……私の頭も吹き飛ばしますか?」

「吹き飛ばさないよ?」


 反射的に返すが、女の子はぷるぷると震えている。信用がまったくない。そもそも、なぜ吹き飛んだかノエル自身も分かってないので、絶対に吹き飛ばさないという自信がない。


「だ、大丈夫だよ。さっきの人達の頭を吹き飛ばしたのは事実だけど殺した訳じゃない。しばらくは出てこられないようにしたけど、地面の下にある空間でちゃんと生きてるから」


 それを証明するように、地面の下から「なんだこれ、なんで真っ暗なんだ!?」なんて叫び声が聞こえてくる。

 それにビクッとした女の子はけれど、その近くに女の子が取り落とした薬草に視線を注いでいる。女の子にとって、よほど大切なものなのだろう。

 ノエルはその薬草を拾い上げた。


「恐がらせてごめんね。貴方に危害を加えるつもりはないから」


 薬草を差し出した瞬間、少女はびくりとその身を震わせた。それから、恐る恐る薬草を指先で摘まんで後ずさった。女の子の視線はノエルが差し出した手に注がれている。自らの手が、少女をも殺す可能性に思い至ったノエルは慌てて手を引っ込め、胸の前できゅっと握る。


「……ほんとにごめんね。私は帰るから、貴方もちゃんと帰るんだよ」


 ノエルが傷付いた顔で一歩下がった。その瞬間、女の子はハッとした顔をして、怯えながらも前に出る。ノエルが驚いているあいだに、女の子はノエルの服の袖を握った。


「……えっと?」

「その……た、助けて、くれて……あり、ありがとうございますっ!」


 女の子は涙目だ。間違いなくノエルに恐れを抱いている。それでもノエルに感謝し、それを態度で伝える、純粋でとても可愛い女の子のようだ。

 ノエルは小さく息を吐いた。


「孤児院まで送ってあげる。案内、してくれるかな?」

 

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