無色のノエルは見抜きがデキナイ 2

 魔術の鍛錬をするために屋敷を抜け出す。そのために着替えようとするノエルだが、クローゼットにしまわれているのはどれも煌びやかなドレスばかりだった。

 だから――と、ノエルはメイドに生地や革を用意させた。


(ふふ、実は町でみんなが着てるようなオシャレをしてみたかったんだ)


 幼少期に機関に所属して、それからずっと聖女として戦ってきた。人並みの幸せなんてすぐに諦めて、楽しそうな女の子達を羨ましいと思っていた。

 だから――と、ノエルは生地を素材に錬成魔術を発動する。


(生地の品質が思ったほど高くない。一度分解して糸から構成を作り直す方がいいか。でもって、服のデザインは……どうしよう?)


 思い浮かべるのは、街で女の子達が身に付けていたような可愛らしい洋服だ。

 白いブラウスは刺繍のみに留めたシンプルなシルエット。スカートはウェストがコルセット風の、透けるような薄布を重ねた黒いティアードスカートのミニ。


 上着はフリルをあしらったベージュのボレロを羽織り、足にはガーダーベルトで吊したニーハイソックスを履き、茶色のショートブーツを用意した。

 更には夜色の髪にゆるふわのパーマを掛け、こめかみの辺りに髪留めを付けた。

 そうして、部屋にある姿見を覗き込んだ。


「うん、どこからどう見ても普通の女の子だよ」


 鏡に映る少女はたしかに、ちょっとオシャレな普通の女の子である。

 ただし、前世の時代ではという前置きがくっつく。町へ出たことがないノエルは、この時代の平民のファッションを知らないのである。


 そんな訳で、ノエル的には手堅いリアルクローズのファッションのつもりだが、客観的には妙に洗煉されたモードのファッションとなっている。

 流行を巻き起こしそうな勢いだが、本人はまったく気付かずに屋敷を抜け出した。



 屋敷は町外れの森の側にあるのだが、ノエルはその森の入り口へとやってきた。


(……あ、森に入るような服じゃなかった。いまからでもパンツルックにするべきかな? でも……せっかくだからスカートのままが良いよね)


 前世では、散々と聖女の装いがどうのと服装を強制されていた。ここで、森に行くからとミニスカートを諦めるのはなんか悔しいと、ノエルは強攻策に出る。


 自分の体内に宿る魔力から青と緑を抜いて、赤系統の付与魔術を起動した。そうして自分が身に付けている服にいくつかの付与を施す。


 まずは虫よけの効果。続いて快適な湿度や温度を保つ効果。紫外線をほどよく減衰する効果。生地が傷みにくくする効果と、ついでにスカートが必要以上に捲れない効果を付けた。


 多分に才能の無駄遣いをしつつ準備を終えたノエルは、そのまま森の中へ。手頃に開けた場所を発見し、その場で魔術の訓練をおこなうことにした。


 まずは、魔力を操る訓練だ。

 落ち葉が積もった大地を踏みしめ、右手だけをそっと差し出した。体内で生成された魔力を循環させ、手のひらから放出する。立ち上る魔力は、すべての色を兼ね揃えた無色の光。


 ノエルは体内を巡る魔力を制御して、自分の魔力から緑の光を抜いた。放出される魔力が無色からゆっくりと紫色へと染まっていく。続けて赤い色を抜けば、放出される魔力は混じりっけのない青へと変化した。

 一色を抜くのにおよそ五秒といったところ。


「……時間が掛かりすぎだ。もっと訓練を重ねないと実戦では役に立たないか」


 無色のノエルが黒系統を扱うには三色とも抜く必要がある。

 複数の色を同時に抜く方法もあるのだが、それもいまのノエルには上手く扱えない。いまのままでは、黒系統に必要な魔力を準備するだけで十五秒もかかる。

 生産ならともかく、戦闘でそのタイムラグは致命的だ。


 早急に魔力の変換速度をあげる必要がある。

 ノエルは手始めに、無色、赤、青、緑、黒と、次々に魔力を変化させる訓練を続ける。最初は何秒もかかっていた変化が徐々に早くなっていく。

 それに慣れれば、続けて複数の色を同時に抜く訓練も始めた。そうして数時間ほど集中していたノエルは手をぎゅっと握って小さく頷く。


(よし、無色から黒で四秒くらい。魔力の変換速度は下級の第七階位くらいになった。普通はなれるのにもっと時間が掛かるんだけど……やっぱり、前世の知識があれば楽だね)


 満足のいく成長結果を出し、その顔に柔らかい笑みを浮かべる。次は、大気中の魔力素子(マナ)を取り込み、魔力を早く回復させる訓練を――と考えたそのとき。ノエルは茂みの向こうから、馴染みのある気配の接近を察知した。

 相手がこちらに気付かず立ち去ることを願うが――


「おぉ、なんて美しい……って、おまえはノエル!? 馬鹿な、俺は妹に見蕩れたのか!? ちくしょう、なんだその服装は! そんなオシャレして、ノエルのくせに生意気だぞ!」


 物凄く理不尽な罵声が響いた。

 ノエルが仕方なく顔を上げると、兄、サイラスがこちら指差していた。


「……オシャレは人の自由だと思うのですが?」

「黙れ、次期当主の俺に口答えするな!」


 人の話をまったく聞かない。

 そんな彼はノエルより二つ年上の兄、つまりはアレクシアの弟である。

 だが、さきほどのセリフから分かるとおり、彼は優秀な姉を差し置いて、次期当主の座を狙っている。その傲慢な性格が前世の王太子を彷彿とさせ、ノエルは眉をひそめた。


「答えろ。その可愛い服はなんだ、どこの店で買った!」

「この服は自作です」

「……は、そうか答えるつもりはないか。まぁいい、調べればすぐに分かることだ。それで、おまえはこんなところでなにをやっていた?」

「魔術の練習です」

「魔術? 無色のおまえが?」


 凄く馬鹿にした口調だが、自分の力量を理解するノエルにとっては小動物がキャンキャン吠えている程度にしか感じない。

 ただ、サイラスがノエルの魔力の色を言い当てたことには驚いた。


「私が無色の魔力持ちだと知っているのですか?」

「ああ、家族はみんな知っているさ。おまえが可哀想だから黙っていろと言われていたがな」

「……可哀想?」


 意味が分からないとノエルは首を傾げる。


「なんだ、そんなことも知らないのか? いいか、これを見ろ!」


 サイラスが手をこちらに向けた。その手のひらから魔力の流れを感知したノエルは、即座に白系統の防御魔術を構築し――発動する寸前で我に返った。


(落ち着こう。いくら考えなしの兄さんでも、いきなり攻撃することはないはずだ。なにをするつもりか、まずは見極めてから対策を考えよう)


 刹那の時間でそう考えて、対抗策を思い浮かべるだけに留める。

 そうしてサイラスの魔術に意識を集中する。


 刹那の時間が過ぎ去り、それが一秒、二秒と積み重なっていく。いまのノエルでも、黒系統の魔術を撃てるだけの時間が経過するが、サイラスはいまだに魔力を動かしている。

 実にゆっくり、本当にゆっくり魔力を動かしている。


(これは……そうか! あえてゆっくりと魔力を動かすことで、自分には攻撃の意思がないと示しているんだ。兄さんが――考えてる!?)


 サイラスは十五歳。ノエルの兄と言うだけあって顔は悪くないが、ブラウンの髪は性格と同じでツンツンしている。いかにも考えなしの悪ガキというイメージだったが、年相応には分別があるらしいと、ノエルはサイラスの評価を上方修正する。

 それから数秒ほど過ぎ、サイラスの手のひらから黒い魔力が炎のように立ち上った。


「見ろ! 俺は黒い魔力だ!」

「……そうですね」


 サイラスが持っている魔力は黒。つまりはシングル、黒系統にしか使えない魔力である。

 魔力量は決して少なくないようだし、黒い魔力が無能という訳ではないが、攻撃しか出来ないので領主向きの魔術ではない。


 しかも本人は考えなしで、領地経営の才能があるようにも思えない。

 頭が良くて、魔術の才能もあり、しかも見目麗しいアレクシアを差し置いて、領主の座を狙うなんて身の程知らずもいいところである。

 可哀想――と、ノエルは思わずサイラスに同情した。


「おい、なぜ俺を哀れむような目で見る! いいか、系統の中で最強は黒だ。すなわち、黒い魔力を持つ者こそ最強! しょぼい回復しか出来ない無色の魔力持ちは最弱という訳だ!」


(無色の魔力が最弱? 兄さんはなにを言っているんだ?)


 攻撃こそ最大の防御だからと、黒系統の攻撃魔術が最強だというなら理解できる。だが、黒系統を含む、あらゆる魔術を使える無色の魔力が最弱というのはどうやっても理解できない。


「……はっ! もしや兄さんは――厨二病?」

「は? なんだ、そのチュウニビョウとかいうのは」

「こう、ポーズを取りながら、闇の炎に焼かれて死ねっ! みたいなセリフを好む子供のことです。兄さんは十五歳なので患ってもおかしくないですね」


 きっと、自分が領主になれない現実を受け入れられずに、色々とこじらせてしまったのだろうと、ノエルは心の底から同情する。


「人をおかしな病気みたいに言うな!」

「ムキになって否定するところが怪しいです」

「うるさい! とにかく、しょぼい回復しか使えない無色が魔術の勉強なんて無駄だ! そんな努力をする暇があれば花嫁修業でもしていろ、嫁ぎ先がなくなるぞ」

「……余計なお世話です。と言うか、回復魔術はしょぼくなんてありませんし、無色の魔力持ちは何色の系統だって使えますよ?」

「はぁ? おまえはなにを言っているんだ?」

「だから――」


 ノエルは両手を軽く広げ、右手からは色を抜いた黒い魔力を炎のように放ち、左手からはそのままの無色の光を炎のように放った。


「――光と闇が備わり最強に見える、みたいな?」


 無色の魔力を持つ者にだけ許される遊び。

 ノエル――と言うか、リディアは別に厨二病ではなかったが、これをやると一部の者達に受けが良かったので覚えた芸である。

 それを見た瞬間、サイラスが大きく目を見開いた。


「お、おまえ、それはなんだ!?」

「なにって……無色の魔力と、黒い魔力ですけど」

「ふっ、ふざけるなっ! 二色の魔力を扱える人間など聞いたこともない! 言え、一体どんなトリックを使った!」

「……はい? トリックじゃありませんし、黒以外も出せますよ?」


 続けて、赤、青、緑と三色の魔力を交互に放出してみせる。


「馬鹿な。自在に色を変えられる、だと? ――そうかっ、分かったぞ!」


 ようやく分かってくれたかと安堵するが――


「さてはおまえ、自分の魔力が無色であることが恥ずかしくて、なにかのトリックで色だけ付けているのだろう? ずいぶんと無駄な努力をしたものだな!」


 サイラスの結論は、ノエルにとって予想の斜め上過ぎた。


「見せかけじゃありませんし、普通にすべての系統の魔術が使えますが?」

「嘘を吐け、出来るはずがない!」

「……ならばご覧に入れましょう」


 いちいち相手にするのも面倒くさいが、毎回絡まれるのも面倒くさい。そう考えたノエルは赤と青を抜いて、緑の魔力を生成。

 身体強化を自分に掛けて、一瞬でサイラスの背後へと回り込んだ。


「緑系統の魔術で身体能力を強化しました。これが実戦なら、こうやって兄さんの頭を指でチョンと突くだけで頭がボンと(ボンッ)――ふぁっ」


 ノエルは思わず息を呑んだ。

 指でサイラスの後頭部をつついた瞬間、その頭がボンッと消失したからだ。


(なに、いまのは! まさか、私を驚かすための幻覚か!?)


 サイラスが魔術を発動させた素振りはなかった。

 だがそれは、いまのノエルに感じ取れる範囲では、という条件がつく。


(――くっ。魔術の知識がない素人だと思って油断した!)


 ここはリディアが暮らしていた時代よりずっと未来。魔術が前世の頃より発展していた場合、サイラスが未知の魔術を使った可能性は否定できない。


 それを理解したノエルはとっさに跳び下がり、最大級の警戒をしながら魔力反応を調べる。

 だが、どれだけ注視しても、サイラスからはなんの魔術も感じられない。どころか、生命反応すら感じられない――と、サイラスの身体はばたりと地面に倒れた。


「……あ、れ?」


 恐る恐るサイラスの様子を確認するが、彼は間違いなく頭を失って死んでいた。


「え、えええぇぇえぇぇぇっ!? なななっなんで死んでるの!? もしかして私のせい? 指でちょっと突いただけだよ!? 兄さんの頭って、風船かなにかで出来てるの!?」


 あり得ない事態にノエルは錯乱する。

 だが現実として、サイラスは頭を失って死んでいた。


(と、取り敢えず、なにが起きたか考えるのは後にしよう)


 色々と棚上げして、無色の魔力を使って聖女の祈りを発動する。見る見るサイラスの頭が再生し、一度は止まった鼓動が時を刻み始めた。

 前世と比べると手際が悪いが、今世でも死者を生き返らせることが出来て安堵する。


「だ、大丈夫……ですか?」

「……ん、んん? 俺は、一体? おまえは…………天使?」


 頭を吹き飛ばされたせいで少し混乱しているらしい。

 いままでの経験から考えて、サイラスは一時的な意識の混濁とレベルダウン――各能力の低下に加え、ここ数分の記憶を失っているはずだ。

 だから――


「あなたは落ち葉に足を滑らせて転んだんです。それで頭を打って一瞬意識を失ったので心配しましたが大丈夫そうなので私はもう行きますねっ」

「ま、待ってくれ――っ!」


 サイラスが手を伸ばすが、ノエルはすべてをなかったことにして逃げ出した。

 

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