5章:愛のかたち
26
それは夏希が最初に質問したこととは少し違うが彼女が聞こうとしたこと。
だが夏希は首を振ってそれを断った。今それを聞いてしまえば辛くなるだけだと分かっていたから。薄々気がついてはいたが、わざと顔を背け分からない振りをしていた。
だからこそなぜあんなことを訊いてしまったのか自分でも分からず口にした後は内心戸惑っていた。もしかしたらその言葉を期待していたのかもしれない。そう思うと余計にその言葉を彼の口から聞きたくはなかった。それを聞けば全てが壊れてしまいそうで。
「いい」
「なんで? 君が最初に知りたがってたことじゃん」
「予想は付くし言わないでいい」
どうして優也がそんなことを言うのか。彼自身もう言わなくともいいことぐらい分かっているはずなのに、それでも言おうとする意味が夏希には分からなかった。しかも無理やり。
「僕はあの時、というより店まで会った時」
「ほんとに止めて」
「いや、君に出会ったあの時から今この瞬間まで」
「聞きたくない! あなたの口からそれは聞きたくない」
夏希は強めの口調で少し怒鳴るように優也の言葉を止めようとした。
「僕はこのまま君の結婚を祝って終わりにしたかった。けど君が聞いて来たんだよ。そのまま無かったことにしてくれたらよかったのに」
「あたしは、ただ……」
「スッキリして結婚したかった?」
それは夏希がプロポーズされてから今まで返事をすることが出来なかった理由。心のどこかでまだ優也のことが忘れられない自分がまだいたからだった。
そんな図星を突かれた言葉に俯く夏希。
「夏希」
優也はその俯いた顔へ手をやると自分の方を見上げさせた。
「僕はあの時からずっと今この瞬間も」
「お願いだから止めてよ!」
先程よりも強く怒鳴りながら乞うようにそう言った。
だが彼は止まらず言葉を声に乗せ口にした。
「君の事が好きだ。愛してる。心の底から」
「――もう遅いって」
彼の口からハッキリと言われたその言葉は意外という訳でもなんでもなかったが、優也の声で言われるとより強く心を揺らした。
それは彰人との事がある夏希にとってはとても辛いものだった。
「遅い? そうかな? だって現に君は返事を返せてないじゃん」
「でももう受けるって決めてるから」
「なら別に何の問題もないでしょ。僕が今更君のことを愛してようがどう思ってようが」
「そうだけど。そんなこと言われたら気持ちよく返事できないじゃん」
「そういうことだよ」
「え?」
「君はさ。まだ迷ってるんだよ。僕が彼か」
「そんなことない」
それは自分に言い聞かせるように言った言葉だった。
「スッキリ結婚したいんでしょ? なら、」
優也はそう言うと夏希の指輪をしている方の手を取り自分の顔まで上げた。丁度、指輪が彼女に見えるように。
「ほら、選びなよ。今ここで。僕か彼か」
「何でそんなこと」
「そんなこと? 君が迷ってるからじゃん。簡単なことだよ。彼を選んで幸せになればいい。それだけ」
「そんなの分かってる」
「じゃあほら君の口から聞かせてよ。自分は僕のことはもう好きじゃないから彼と結婚するって。ハッキリと君の言葉で選んで。それでもう終わりにしよう」
夏希は視線を指輪へ向けそして次に優也へ向けた。彰人を選び彼と結婚する。そうすると決めているはずなのになぜか言い切ることができない。
だがそれと同じように優也を選ぶこともできない。それは彰人を裏切ることになってしまうから。優也もそれを分かっているはずなのになぜ彼がこんなことをするのか夏希には理解出来なかった。こんなことをせずとも、そもそもあんなことを言わなければそのまま事は進んだはず。
「離して。もう帰る」
とにかくこの場を離れたかった夏希だったが優也の掴む手はそれを許さなかった。
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