25

 薄暗い中で見えていた先客の後姿は女性っぽいとは思っていたがその予想していなかった姿に、思わず優也はそう尋ねたがそれは見間違いなどではなく目の前の人は夏希だった。



「こんなとこで何してるの? しかもこんな時間に一人で」



 昨日あんな別れ方をしたせいで気まずさはあったが率直に思ったことを平然を装いながら口にした。



「久しぶりにこの景色が見たくて。でもここをあの人にも教えるのはダメかなって思ったから。ほらここってあなたのお気に入りだし」



 本当はそんなの気にしなくていいのにと言いたかったが正直この場所は知られたくなかった。夏希の恋人と言えど。



「ありがとう。正直そうしてくれて嬉しい」

「なら良かった」



 その後、全ての音を攫うような風が二人の間に吹くと優也は足を踏み出して手すり前まで歩きその隣に夏希が並ぶ。優也は一度地上の星々を見てから空を見上げた。



「さっきまで少し雲があったけど今は一つもない」

「星が良く見えるね」

「あの数ある星のどれかに王子さまはいるのかな?」



 夏希はその言葉に優也の方を見た。空を見上げる優也の横顔を。

 そして再び自分も空を見上げる。



「きっと笑ってるんじゃない?」

「僕は、もちろん王子さまもだけど、それを教えてくれた君のおかげで夜空全部の星を見るのがもっと好きになったよ。ありがとう」

「でもこんないい場所を教えてくれたのはあなただからそれでお相子」

「君がそういうなら」



 それから少し無言のまま二人は夜空を見上げていた。



「あのさ」



 そんな無言の中どこか気まずそうな声を出したのは夏希だった。



「なに?」

「――昨日の、こと。なんだけど」



 それだけで彼女が言いたいことが大体分かった優也だが何も言わず言葉の続きを待った。



「何であんな顔したの?」



 優也は分かっていたその問いかけに夜空から夏希へ目を向けた。

 それにより二人の目が合う。



「さぁ」



 小さく首を横に振り一言そう答えた優也だったが心の中で理由は分かっていた。ただそれを口にしたくなかっただけ。



「もし昨日あの言葉をいつもの笑顔で言ってくれてたらあたしも」

「プロポーズの返事を返せた?」

「えぇ」



 優也は返事をする前に完全に自分の方を向いた夏希から視線を目の前に広がる夜景に向け手すりに少し凭れた。


「そんな深く考えないでよ。あれはただの……。ただの嬉し泣きってやつだから。君がやっとちゃんとした幸せを手に入れられるって思ったら感極まっちゃってさ。そしたら恥ずかしくなってあんな風に逃げちゃった。誤解させたならごめん」



 だが少し眉尻を下げた夏希は小さく首を横に振った。



「あたしはあなたのそういうとこが嫌い。そうやって平気な顔して自分より相手を優先するとこが嫌いだった」

「そう。なら今の人にはそんなとこがないことを祈るよ」

「やっぱりあたしがもっとあなたの心に近づけてたら。もしかしたらもっと上手くいってたかもしれないね」

「つまり何がいいたいの?」



 そう言いながら手すりから体を起こし夏希の方へその体ごと向ける。



「あたしはあなたの正直な気持ちが知りたかった。多分あの頃もずっと」

「別に嘘はついてないよ。君の事が好きだったから好きって言ってたし、手料理は美味しいから美味しいって言ってたし、楽しいから楽しいっていってた。全部正直な気持ちだよ」

「そうじゃない」

「じゃあなに?」


「もっと辛い時とか不安な時とかちゃんとそう言ってほしかった。あんた自身の問題だとしても一人で抱え込まないで。それにあたしの嫌いなとこを言ってくれても良かったし、せめてそういう時は嫌な顔ぐらいはして欲しかった。じゃないと分んないよ。あなたはあたしの全てを受け入れてたけど、ほんとはそういうところもあったんでしょ?」

「でも喧嘩も沢山してたし言いたい事は言ってたと思うけど?」

「確かにしてたけど、ほとんど始まりはあたしだったじゃん。それにあなたが返して来たらそこから喧嘩が始まったけど、あなたから怒り始めることって……もしかしたらなかったかも。それに喧嘩の時はあたしを真似て返すみたいにただ嫌いって言うだけで、具体的なとこをあげたことなんてなかったし」

「だけどどちらにしろ終わった原因は僕にあったってことじゃん。内容が違うだけで」



 その言葉に夏希は深く溜息を零した。



「――あなたはあたしを幸せにする自信が無いからって言ってたけどほんとはあたしと幸せになる自信がなかっただけかもね。気が付いてないだけでさ」

「それは違う」

「ううん。違わないよ。もしかしたら無意識のうちにあたしがストレスとか溜めさせてたのかも」



 その言葉を聞きながら優也は一歩足を進め彼女の目の前まで近寄った。



「ちょっと強引なところ、たまにわがまま過ぎるところ、拗ねた時に理由を訊いても教えてくれないし、少し訊きすぎたら怒るところとか。確かに僕にもそれなりには君の嫌いな、というか苦手な部分があったよ」

「もう遅いよ」



 夏希は悲し気な諦めたような表情を浮かべながら顔をゆっくり横に振る。


「そうだね。でもこれだけは訂正しとく。別にそれでストレスを感じたことは無かった。これは言い切れる」

「そんなの分かんないでしょ」

「分かるよ。だってそんなのすぐ忘れる程に気にならなかったし、何よりそれでも一緒に居たかったから。そんなの関係ないぐらい好きだったからさ」


「でもあたしはあなたにフラれた後、あなたが言わなかったそういう部分がほんとは原因なんじゃないかって思ってた。あなたは優しいから自分の所為にしてたけどほんとは疲れただけだと思ってた」


「だからそれは違う。本当に、僕は君との未来を考えた時に君を幸せにしてあげる自信が無かっただけ。僕の性格とか環境とか色々あってマイナス寄りの思考にはなってたかもしれないけど。でも本当に理由はそれだけだったし、そんな状態なのに君と一緒に居続けるのは申し訳ないと言うか、君の時間を無駄にさせてる気がして。それに僕が耐えられなかっただけ。それが理由。でも確かに君の言う通り普段からもっと頼ってたらあの時ももっと正直に話してたら何か変わってたのかも」



 優也は詰まったように言葉を止めると少し間を空けてから続きを口にした。



「でももう全部が遅い」

「そうね。あたし達に足りなかったのはもっと正直になることだったのかも」

「少なくとも僕は君を大切にしようとし過ぎてたのかも」

「あなたらしいと言えばそうなのかもね」



 すると優也は一瞬俯き心のどこかにひっそりと現れた夏希への想いを感じた。それは優也が未だに彼女のことが忘れられず引きずる理由。

 だがそれを感じ取ると心の中で首を振りすぐに顔を上げた。



「――昨日のこと。昨日のライブ、最後の曲の前に蛇希の言葉を聞きながら僕が君を見て何を思ったか教えようか?」

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