24
「何も訊かないんだね」
優也は最初から今まで一度も理由を尋ねない帆花に自分からそう言った。
「はい。言いたいなら聞きますけど言いたくないなら何も言わなくていいですよ」
帆花のその優しさに優也は顔を俯かせ揺れるココアの表面を覗く。
「僕はまた自分を好きな君を利用しちゃったよ。」
「謝らなくてもいいですよ」
先回りした帆花は優也がしようとした謝罪を止めた。
そして優也の方へ顔を向ける。
「最初も言いましたけど先輩が辛い時に真っ先に私のことを頼ってくれたことが私は嬉しいです。それが利用だったとしても構いません」
その言葉に優也も帆花へ顔を向け目が合うと彼女は安心させるように笑って見せた。そんな笑顔に優也はカップをテーブルに置き体も帆花へ向ける。
「ほんとは理由とかちゃんと話すべきなんだろうけど今はそんな気分じゃなくて」
そして帆花もカップをテーブルに置き優也へ体も向けた。
「いいですよ」
「でもこれだけは言っとく。僕は今日たまたま元カノに会ったんだ。それで色々あって今、ここに居る。もし君がそのことでここに来た僕に嫌気がさしたなら正直に言って欲しい。すぐに帰るから」
「先輩。――私は先輩がずっとその人の事を引きずってるのも知ってますし、それでもまだ先輩のことが好きです。だからそれが原因で先輩が私を求めても、代わりだとしても私は拒みません。先輩が私を寂しさを埋めるために利用するなら私もそんな先輩を利用しますから。だから……」
帆花は優也を最初と同じように優しく抱きしめた。
「先輩が私を求めるならどうであれ受け入れます。私は先輩の傍に居ますよ」
「ありがとう。ほんとにありがとう」
その優しさに少し涙腺を緩ませながら優也は彼女の背に手を回し力強く抱きしめた。
それから少しの間、優しさで包み込むように抱き合い続けた二人。帆花からは体温だけでなく心も温かさも伝わりそれは優也を癒し温めた。
だがそう長くは続けず良くなったとはいえまだ病人の帆花はベッドに寝かせその前に座った優也は彼女の手を握っていた。
「君と出会えてほんとに良かった」
「私も先輩が先輩で本当に良かったです」
これほどに自分の事を想ってくれる人に何をやってるんだ。優也はふとそう思った。
そうなったらなと願った通りに幸せになった遠くにいる夏希を見てばかりで、同じ眼差しで自分の事を見てくれている身近な人が見えていない。今の自分がすべきはそういう人に目を向け、想いを受け入れることではないのか。夏希のように自分も前を向き進むべきなんじゃないだろうかと。
「ねぇ。結婚しない?」
なぜ付き合うをすっ飛ばしてそう言ったのかは自分でも分からなかった。
だが前に進むべきと考えた時には自然と口からはその言葉が出ており、もう片方の手を彼女の頬へ伸ばしていた。
「何言ってるんですか? 急に?」
帆花は笑いながらそう返した。
「君とならこのまま結婚しても上手くいくと思うんだよね」
「確かに私も、もし先輩と結婚したら上手くいくと思いますけど。けど正直、今の先輩とは結婚できないですね。だって今の先輩は私が好きだから結婚するんじゃなくて逃げたいからしたいようにしか見えないんですもん。私もさすがにそんな先輩とは結婚も付き合うことも出来ません」
それは心を見透かしたような言葉だった。その言葉に優也はそんなことを言った自分へ嫌気がさした。
そして自分自身に対する溜息を零す。
「仕事では僕が先輩だけど人としては君の方が先輩な気がするね」
「ん? それって私の方が老けてるってことですか?」
「違うよ。内面的な話」
「ならいいですけど」
「――ほんとに僕ってバカだよね。こんなに素敵な女性が自分の事を想ってくれてるのに、未だに過去を見てさ」
「やっと気づいたんですか?」
「やっと気づいた」
「先輩。今日泊っていきますよね?」
すると帆花は急に話題を変えた。
「いいの?」
「もう遅いですし。いいですよ」
「じゃあ言葉に甘えて」
「なら。ほら、隣に寝てください」
「でもそれは。お風呂入ってないし、服も変えは無いし」
「じゃあ脱いだらいいんじゃないですか? ――あっ。全部じゃないですよ。上はシャツ一枚で下はパンツ一枚になったらってことです」
「確かにパン1イチで寝ることはあるけど、いいの?」
「今更そんなの気にしないですよ。それにこれはお願いです」
そう言われたら今の優也に断ることはできなく服を上下一枚脱いだ優也は帆花の隣に入った。一つのベッドの上で一つの毛布と布団を被った二人は横を向いて向き合う。
「何で僕は君と付き合ってないんだろうね」
「何ででしょうね。ちなみに私はまだ先輩からのデートの誘いを待ってますよ」
「多分、僕自身がダメなヤツなのは女運がその分高いからからかもって最近改めて思うよ。君も夏希も僕には勿体なさすぎる程に素敵な女性だからさ」
「そういうことはあまり言わない方が良いですよ。私やその方がダメな人を好きになったみたいじゃないですか。私はちゃんと素敵な人を好きになったつもりですよ。それとも私って自分が思ってるより人を見る目ないですか?」
「そう言われるとどうだろう。……でも、そうだね。自分のことだからってあんまり好き勝手言ってたら相手に失礼になる場合もあるのかも」
「そうですよ。私とその人の為にももっと自信を持ってください」
「はい。頑張ります」
二人は同時にそして静かに笑い合った。
「――少しは元気になれました?」
「うん。ありがとう」
「それじゃあもう寝ましょうか」
「そうだね。良くなってきた君の体調がまた悪化しないようにちゃんと寝ようか」
すると帆花は寝返りを打って優也に背を向けた。
そしてその状態で優也へ近づくと彼の手を取り自分に回す。優也は帆花を後ろから抱きしめる体勢になった。
「泊めてあげるお礼はしてください」
その言葉に優也は帆花が勝手に持っていった手を自分の意志で動かし彼女の体を強く抱きしめる。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
夜が明けると一度家に帰り着替えてから出社した優也は、すっかり元気になった帆花とその日の仕事に励んだ。この日は仕事が終わると真っすぐ家に帰りそのまま疲れた体をベッドに倒す。
そして体の力を抜きぼーっとしているといつの間にか眠りに落ちていた。
それに気が付いた頃にはすっかり日も落ち外は真っ暗。まだ少し眠い目を擦りながら起き上がるとタイミングよくお腹の虫が鳴いた。
だが冷蔵庫を開けてもそこには何もなく、というより作る気も無かった優也は着替え外へ適当に食べに出かけた。両耳から流れる蛇希を聴きながら適当に街を歩き適当なお店に入る。そして適当にメニューを選びそれを食べ終えるとまた夜の街をぶらぶらと歩き始めた。
たまたま見つけたレコード屋を覗いて知らないアーティストのジャケットを見たり、本屋を覗いて漫画や小説のタイトルや表紙を見たり、CDショップを覗いて知らない曲を試聴してみたり。適当に気の向くままぶらぶらと。
そんな優也が最後に向かったのはお気に入りの場所。温かいココアをポケットに入れ心も癒してくれる景色を見にあの場所へ向かった。月だけにかかった雲の所為で薄暗い中、坂を上り景色の見渡せる高さまで上がる。
そして少しだけ荒れた息で登り切り顔を上げるとそこには先客がいた。今まで何度かここへ来たが誰か他の人が居たことはなく、そのおかげでどこか特別感があっただけに少し残念な気持ちに襲われた優也。子どもの作った秘密基地が大人に見つかってしまうようなそんな気分だった。
すると気配を感じたのかその先客は優也の方を振り返る。それと同時に雲に隠れていた月が顔を出しその先客の姿を鮮明にさせた。
「夏希?」
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