23
優也と夏希だけでなくその場で立っていた全員が蛇希の言葉を聞きながら自分に問いかけただろう。自分は目の前の人が好きか? 夏希の目を見ながら優也も自分に問いかける。
だが答えが出る前に夏希と過ごした日々が頭では再生された。まだ終わることの知らない互いを愛し合い笑い合っていた日々。
「もし好きなら今、言葉で伝えてみ。友達として、恋人として。何でもいいよ。伝えられる時に伝えんと。伝えられなくなって後悔してからじゃ遅いからよ。あとで後悔するより今、恥ずかしい方がいいだろ」
すると優也の口がゆっくりと開き始める。
だが彼の口から何か言葉が出て来る前に夏希は顔を逸らし手を離した。
「ごめん……」
「――僕の方こそごめん。君にはもう別の人が居るのにこんなことして……」
「それはいいの。別に特別な意味がある訳じゃないし」
「じゃあなんで謝ったのか?」そう訊こうとしたが結局それは口に出さずそのまま飲み込んだ。
「ちなみに俺はお前ら全員のこと愛してるからよ!」
蛇希のその一言に皆、相手から蛇希に視線を移動させ歓声と手を上げた。
「そんじゃ最後の曲はall viride!」
曲名の後にビートが流れ始める。
「今日はマジで楽しかったありがとうな! もっと前に来い!」
立っていた観客はその声にステージ際まで集まった。それはいつものライブと同じだがいつもより近い距離。
「これから先の人生色々あると思うけど、何があってもお前らは大丈夫だからよ! どんなことがあっても俺とお前らは順調。最後は笑えるって信じてお互い頑張って生きような!」
そして蛇希の最後の曲が始まった。
いつものライブのように客は体を揺らして踊り蛇希がマイクを向ければ歌い一緒になって音楽を楽しんだ。曲の途中、蛇希がステージを降りると観客のテンションは更に上がり、客の中を歌い触れ合いながら蛇希は歩く。そして優也と夏希を見つけると二人へ近づいた。
「最後、みんなで歌おーぜ!」
マイクを通してそう言うと優也と夏希の間に入り二人と肩を組んだ。そして観客と一緒にマイクなしで叫ぶように最後を歌った。
「マジでお前らしに最高! ありがとう」
曲が終わると全員に向けマイク越しに感謝を伝えた。そしてステージに戻る前に優也へ一言耳打ちした。
「結果はどうあれ自分の気持ちも尊重してやれよ」
その後、優也の胸を軽く叩くと観客の中を触れ合いながら通りステージへと戻った。
「今日はありがとう。これからもこの店をよろしくな。という訳で蛇希でした。じゃあな。必ず会おうなまたどこかで! いや、次のライブで会おうや! ――雅也。この曲、今日から閉店にかてな」
蛇希は友人であり店長である彼へ最後にその言葉を残すとステージを後にした。
ライブが終わると優也と夏希を含むほとんどのお客は会計を済ませお店を出て、二人はそのまま駅へ向け並んで歩いていた。
「すごい楽しかった。今日はありがとう」
「ううん。あたしも楽しかったから。それに最後あんなに近くで蛇希を見れたし」
「肩組んでもらったからね」
「あれ最っ高の想い出になったなぁ」
その時を思い出しているのか少し興奮気味の夏希は嬉しそうな笑みを浮かべていた。そんな横顔を隣で見ていた優也も自然と笑みを浮かべる。
「それにあなたとこうやって蛇希を見て聴くのってすっごい久しぶりだから」
「昔みたい?」
「そうね。ちょっとあの頃を思い出す」
「あの時はほんとにごめん」
「いいの。もう大丈夫。それにあなたは否定するかもしれないけどあたしにも何か出来ることがあったんじゃないかって思うのよね。それが出来なかったから、というよりそれが何か気づくこともできなかったからそういう結果になったんだと思う」
本当は否定したかったがそれをしたところで意味はないと分かっていた優也は何も言えずにいた。そんな優也の方へ、足を止めた夏希は体ごと向け、優也もそれに足を止める。
「まぁでも。もう全部昔の話だから。今更だけどね」
「――そうだね。でも君には心から幸せになって欲しいと思ってるよ。今も昔も。それは変らない」
「それはあたしも同じ。早く素敵な人を見つけてね。あなたは自分が思っている以上に素敵な人なんだから。元カノとしてそれは保証する」
「ありがとう」
「昔とは随分変わったけどお互い幸せになれるといいわね」
「そうだね。君はあの人と結婚して幸せになる。ほんとに良かったと思ってるよ。……本当におめでとう」
すると夏希は眉を顰め驚いたように口を少し開けて小さく首を振った。
「それじゃあ何であなたは……泣いてるの?」
「え?」
自分でも気が付かないうちに優也は泪を流していた。それに言われてから気が付くと焦りながらも拭うが泪は止まらない。
「ごめん。もう行くよ」
そして顔を俯かせたまま逃げるように優也は駅とは違う方向へ歩き出し、夏希はその後ろ姿をただ見つめていた。訳も分からず溢れ続ける泪を拭きながら優也は自分がどこに向かってるかも分からぬまま歩き続けた。まるで自分のモノではないように理解できない心を胸にひたすら足を進める。
そんな優也が辿り着いたのはあるマンションの一室。インターホンを押し最後の泪を拭き取る。少ししてからそのドアは開いた。
「先輩。看病とかはだい――」
ドアを開けた帆花が言葉を最後まで言い切るより先に優也は中へ入り彼女を抱きしめた。部屋着とおでこには熱を冷ます為のシートを貼ったままの帆花は突然の事に続きを話すことも忘れ唖然としたまま固まる。
「あー、先輩?」
とりあえず状況を確認するように帆花は呼びかけた。
「ごめん。病人の君のとこにこんな時間に押しかけて。でも他に行く所が無かったし、今はどうしても一人になれなくて。ごめん」
「何があったのかは分からないですけど、とりあえず私はほとんど治ったので大丈夫ですよ」
帆花は受け入れるように優也を抱きしめ返しながら優しく伝えた。そして何も言わず何も訊かず帆花はそのまま優也を抱きしめ続ける。まるで赤子のように人の温もりを感じて落ち着きを取り戻した優也は帆花から離れた。
「ほんとに、急にごめん」
だが帆花は相変わらず優しい笑みを浮かべ首を横に振って見せた。
「別にいいですよ。正直言うと頼ってくれてちょっと嬉しいです」
「自分の事ばかりで後回しにしちゃったけど体調は大丈夫?」
「はい。熱もほとんど下がりましたしもうほとんど大丈夫です」
「なら良かった」
「上がっていきます?」
「うん。ありがとう」
そして優也は靴を脱ぎ帆花の部屋に初めて上がった。一人暮らしにとっては十分なワンKの部屋は白を基調にしたものだったがいくつか人形が置いてあり可愛らしい感じ。
「散らかっててすみません」
「いや、綺麗だと思うよ」
「適当に座っていいですよ。あっ、何か飲みます?」
「僕が入れるよ。さすがに良くなったとはいえ体調崩してた君にそこまでやらせるわけにはいかないから」
優也はどこに何があるのかだけを教えてもらい二人分のココアを入れた。
そしてベッドに座っていた帆花にカップを渡すと優也はその前に腰を下ろす。お互いに無言のままココアを一口飲むと帆花はベッドから優也の隣に移動した。
だが依然と何も言わず何も訊かない帆花。
「そう言えば君の部屋は知ってたけど入るのは初めてだね」
「そう言えばそうですね。どうですか? 私の部屋」
そう訊かれ改めて部屋を見回す。
「可愛いと思うよ。人形とか結構君っぽいかな」
「私昔から大きい人形好きなんですよね。だから今でも置いてるんですよ。ちなみにアレは昔、何かで当たった未だに謎の生物です」
帆花がそう説明しながら指さしたのは優也も気になっていた謎の人形。
「僕も気になってたけど君も分かってなかったんだ。アレ」
「はい。何度見ても謎です。でも好きなんで置いてます」
そして二人は同じタイミングでココアを一口。
それからまた静けさが部屋に広がった。
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