22
「じゃあまた十分だか十五分だか後に会おうな」
その言葉を残して蛇希をステージを降り小休憩が始まった。
「僕ちょっとトイレに行ってくる」
「うん」
そう言って立ち上がった優也だったがどこにあるか分からないトイレを探し店内をさ迷い歩いていた。特に方向音痴という訳ではないが、ほろ酔いと久しぶりに夏希と再会したこの状況を考えているといつの間にか裏っぽいところへ。立ち止まり周りを見回すがどこにいるかは分かるはずも無く誰かいないかと目の前のドアを開けてみる。
だがそこはお店の外、路地に出るドアだった。ドアを開けすぐに外だと分かったが再度確認するように左右に伸びる路地を順に見た。左。そして右側へ顔を向けるとそこには壁にもたれ煙草を咥える蛇希の姿が。
「あっ! すみません!」
憧れの人物を突然目の前にし若干パニックになりながらも休憩を邪魔したことを謝りドアを閉めようとした優也だったが。
「ちょっと待って」
蛇希がその手を声で止めた。
「火ぃ持ってん?」
手を止めた優也と目を合わせた蛇希はそう尋ね自分の持っていたライターを何度か付けようとするがカチッっと音がするだけで火は点かない。
それを見ていた優也だったが煙草を吸わない彼はライターの類は持ってなかった。
「すみません。持ってないです。……ちょっと貸してもらっていいですか?」
だが何とか解決したかった優也は特に何か策があるわけではないが蛇希からライターを借り祈るように擦り願いだけを込めて挑戦してみた。すると魔法のランプから現れる魔人のように温かな火が現れた。
「マジか!」
驚きつつも消えない内に煙草に火をつけると最初のひと吸いを優也とは反対側に顔を向け吐き出す。
そしてライターを受け取るとそのままポケットにしまった。
「今のどうやったば?」
「ただ点けって思っただけです。願えば一回ぐらいってやつですね」
その答えに蛇希は笑って見せながら煙草を吸った。そして白い煙を吐き出すと再び優也の方を見る。
「でも従業員じゃないよな?」
「え? あっ、はい。でもトイレ行こうと思って迷っちゃっただけで……」
別に蛇希に会おうと裏に侵入したわけではないことを少しテンパりながら説明した。だが逆にそのテンパりが自分では怪しく思えた。
「いーよ、別に。気にすんな。でも客ならライブどうだった? まだ終わったけどよ」
「もう最高です! 美味しいお酒と料理を楽しみながら蛇希さんのライブ見られるのって新鮮ですしこれもこれでいい感じですよね。でも曲によっては動けないのが少し残念なところもありますけど。でもいつものライブとは違った感じで僕は好きですね」
「普通のライブも来たことあるば?」
「何度かありますね。どれも最高でした!」
「ありがとう」
蛇希は嬉しそうに返しながら傍に置いてあったグラスで酒を飲む。
「今日は誰と来てるば? 彼女?」
「本当は会社の後輩と来る予定だったんですけど……」
優也は蛇希と反対側の壁に凭れ事の事情を簡単に説明した。迷惑かもしれない。そう思いつつも誰かに話したい気分を酔いが後押しをし気が付けば話始めていた。
「それヤバいな」
「本当にそうですよね。あっ。実はその人と出会ったのも蛇希さんのおかげなんですよね」
すっかり饒舌になった優也は、夏希と自分が蛇希によって繋がったこと今まで幾度となく彼の音楽が支えになったことなど色々と話してしまっていた。
そして蛇希は煙草を吸い酒を飲みながら嫌な顔ひとつせずその話を聞いていた。
「あっ、すみません。こんな話しちゃって」
「いーよ。俺も自分の音楽が誰かを支えてるって知れて嬉しいからよ。それでその元カノは今のヤツと上手くいってるって?」
「はい。プロポーズされたみたいで……」
「嬉しくなさそうだな」
「いや。そういう訳じゃないんですけど。もちろん嬉しいですし僕が望んだようにはなったんですけど、何て言うんですかね」
「まだ好きだば?」
するとそれに対して優也が答えを出す前にお店のドアが開き店長が顔を出した。
「蛇希。そろそろだから」
「おん。おけ」
店長はそれを伝えると店に戻り蛇希は煙草を携帯灰皿で消しグラスに残った酒を飲み干す。
「残りも楽しんでいけよ」
「はい。ありがとうございました」
そして蛇希は先にお店に戻り少ししてから優也も最初の目的だったトイレに行き席に戻った。
「遅かったけど大丈夫?」
「うん。ちょっとお店の感じを見てただけ」
「雰囲気いいもんね。このお店」
「そうだね」
優也が席に戻り夏希とちょっとしたやりとりをしているとステージに蛇希が姿を現した。話もそこそこにライブが再開すると全員一度手を止めステージに体を向ける。
そして休憩前と同様に最高な蛇希のライブもあっという間にラストへ差し掛かった。曲を歌い終えステージ上で水分を取った蛇希は観客席を見回す。
「みんな楽しそうだな」
返事の歓声を聞きながら笑みを浮かべる蛇希。
「俺も楽しいぜ。でもそろそろ終わりが近いっていうのは残念だな――実はさっき休憩の時、裏口の外で煙草吸おうとしてばーよ。その時に迷ったヤツがたまたま来たんだけど。今もどっかでこのステージ見るはず。あっ、そーだ。やートイレの場所もっと分かり易くした方が良いぜ。俺も最初どこか分からんかったしな」
蛇希の言葉に店長は親指を立て何度か頷いていた。それを見ながら蛇希が話しているのは自分であると気が付いていた優也だったが、それは表情に出さずステージへ視線を戻す。
「まぁ、で。煙草吸いながらそいつと話してたわけよ。で、そいつは女と色々あったらしくて。その話を聞いたんだけど……。まぁ俺も女とは色々あったよ。音楽できなくなるぐらいのこともあったし。この中にもそういう体験したヤツがいるかもしれんし、したことないヤツもいると思う。でもよ。男と女。結局人間だから色々あるのは仕方ないと思うばーよな。なったもんはもうどうにもならん訳よ。だから――起きた事に落ち込むのも分かるし仕方ないけど、これからどうするかが問題ど。分かったか? 兄弟達?」
湧き上がる歓声を少し聞いた蛇希はその歓声を静めるように大きな声を被せた。
「いいか? 俺は。上手くいかなったヤツらも、上手くいったヤツらも、お前ら全員が幸せになることを願ってるからよ! 色々あった俺がこうして幸せになれてるようにお前ら一人が一人も絶対幸せになれるからよ。折角の人生ど。幸せに意地汚く行こうぜ。どんなに小さな幸せも端っこに落ちてる幸せも拾い上げて少しでも幸せになろう。一緒にな。俺はお前らも幸せになれるって信じてるし、俺の音楽が少しでもその手助けになってくれたら最高です。ちょっと長くなったけどそいつの話を聞いてる時にこれを歌おうって思った曲を次いきます。『Thank you』」
蛇希がタイトルを言った後にビートが始まった。
「感謝の気持ちは持つだけじゃなくて言葉にして伝えるってのがやっぱり大事だと思うから、お前らも今一緒に居る人やそれだけじゃなくて色んな人にありがとうを言葉で伝えていけよ。だからまずは俺からお前らに、ありがとうな」
その言葉の後、曲へと入り歌い出す。静まり返ったその場所で蛇希の曲だけが響き渡り観客は飲むのも食べるのもせず真っすぐステージを見ながら音楽に身を任せていた。
そして心まで染み渡ったその曲は終わりを迎えた。
「ありがとう」
一言観客へ向けお礼を言った蛇希を拍手が包み込む。そしてそのまま次の曲に入り、ついにラストへ。
「えー、次で最後になるんだけど。この曲の次だし最後はこれで締めようかなって思います。最後だしお前ら立て。いいよな?」
店長へ一応確認するが当然と言わんばかりのオーケーサインが返ってきた。
「もちろん。強制じゃないから座ったままでもいいしそこは好きにしてくれていいぜ」
蛇希のその言葉を聞きながら観客のほとんどが立ち上がっていく。そして優也と夏希も立ち上がった。
「立ちたい奴は立ったか? それじゃあ今日一緒に来たヤツと向き合って立ってみ」
他の客同様にテーブルの横で夏希と向き合う優也。
「で、お互いの両手を握って真っすぐ相手の目を見る」
少し恥ずかしかったが優也と夏希は互いの目を見た。言われた通り真っすぐと。
「ちょっとさっきの話に戻るんだけど。俺はそいつに最後一つ質問したわけよ。でも時間が来て答えは聞けんかった。だからもう一回そいつに訊きたい。もちろん今は他のお前らにも訊いてるからよ。――今その目を見つめてる相手の事、お前は好きか? 俺が聞きたいのは、単純なお前の気持ちだからよ。相手が今どうだとか自分が今どうだとかそういう環境のこととかはどーでもいい。俺はお前の心に訊いてるんど。お前はそいつが好きか?」
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