21
二月十四日。バレンタインであり蛇希のLIVE当日。準備は済ませ時間を待っていた優也のスマホには一件のメッセージが届いていた。
『本当にすみません。体調崩して熱出しちゃいました。今日行けそうにないです。約束して奢ってもらったのに……。本当にすみません』
それは帆花からの連絡だった。
「あー。まじか……。――でもそれは仕方ないか」
残念には残念だったが彼女も好きでそうなった訳ではないと割り切る。
『気にしなくていいよ。それよりしっかり休んで早く治してね。もしキツいなら看病しに行こうか?』
『そこまでしてらわなくても大丈夫です。ありがとうございます。でも約束破っちゃったので今度は私が奢りますね』
『楽しみにしてる。じゃあお大事に』
LIVEへ行くはずだったが急遽やる事が無くなった優也。どうしようか考えたが、結局特に何も浮かばず考え無しのままとりあえず外へ出た。
そして暗くなった街を蛇希を聴きながらぶらぶらと。夜の街と蛇希の相性は最高で歩きながら曲によっては感傷的になったりもしていた。
そんな優也は気が付けばあのバーに、LIVE会場へと来ていた。入り口で足を止めるとそこに張られたポスターを眺める。仕方が無いが行きたかったという気持ちが溜息として口から零れた。
だが仕方がないものは仕方がない。改めて諦めた優也はそのまま適当に歩き出そうと顔を上げた。
その時、目の前の人と目が合い足は止まり優也は一驚に喫した。驚きのあまり声が出ないという言葉のお手本のような状態になった優也はイヤホンを外し無理やり絞り出した声を出す。
「ひさし……ぶり」
そんな彼の前で同じように固まっていたのは夏希だった。
「久しぶり……ね」
優也だけではなく夏希も何を話したらいいのか分からないのか互いに黙ったまま時間だけが流れる。
「もしかしてライブ行くの?」
そんな沈黙を先に破ったのは優也。
「その予定だったんだけど彼が急な残業になっちゃって。行けなくなっちゃった」
「そうなんだ」
「あっ。あたし今あの人と付き合ってて……」
彼と呼んだ人の事を説明しようとした夏希だったが優也は最後まで聞かず頷いて知っていると伝えた。
「うん。知ってる。実はこの前偶然見かけたんだよね。道路の反対側だったから気が付かなかったと思うけど」
「そう……だったんだ」
「幸せそうで良かったよ」
「うん。ほんとに幸せ」
そして二人の間にはまたしても沈黙が顔を覗きこみに現れた。
すると二人の近くを一組のカップルが通り、バーの前で足を止めた。
「うわっ! これちょー行きたかった。蛇希のスペシャルライブ」
「私も~。だけど見た時にはチケット売り切れてたんだし仕方ないよ」
「くっそー! これからは毎日SNSチェックするわ」
カップルの会話が距離的にも耳に入った優也。
「ごめん。ちょっと待ってて」
夏希に一言そう言うと優也は何となく持って来ていた二人分のチケットをそのカップルに譲った。初めは悪いと遠慮していたカップルだが相手が来れなくなってしまったことを説明すると、その場でチケット代を払おうとしたが優也はそれを断り数回やりとりした後にそれを手渡す。そしてお礼を言いながらそのカップルはバーへ入っていった。
そのお礼を受け取りながらチケットを譲った優也は再び夏希の元に戻る。
「行く予定だったの彼女さん?」
優也とカップルのやり取りを聞いていたのだろう夏希は戻ってきた彼にそう尋ねた。
「いや。そういんじゃないよ。会社の後輩」
「就職したんだ」
「僕のずっとやってた事務のバイトあったじゃん。それあの後も続けてたんだけど、そこの部長さんが正社員にならないかって言ってくれて。それで今はそこで働いてる」
「そう。良かったわね」
笑みを浮かべ喜んでくれた夏希に優也は頷いて返した。
「でもライブじゃなかったら何してるの?」
「いや、別に何も。ただ急に暇になったから適当に歩いてだけ。あなたは?」
「別に真似するつもりはないんだけど僕もそう。さっきまでそこのポスター見て、行きたかったなぁって思ってたとこ」
「それじゃあ一緒に行く? ――あっ。ごめん。あたし何言ってるんだろう」
咄嗟に夏希は顔を逸らし、取り繕うように髪を耳にかきあげた。
「いいの?」
「え?」
「いや、その。彼氏さんがいる訳だし一応元カレの僕と一緒って……」
「ただ蛇希のライブ見るだけだし大丈夫だとは思う。それに、別に男女限定な訳でカップル限定って訳でもないし」
「確かに。チケット持ってるの?」
その言葉に夏希はポケットからチケットを二枚取り出し見せた。
「じゃあ言葉に甘えようかな。最近、蛇希のライブも行けてないし」
「あたしも。長い事ライブに行ってなくて。だから今日楽しみにしてたから」
「まぁでも僕らは終わった訳だから」
「そうよね。あなたとはもう終わった」
二人は確認するようにその言葉を口にした。
「じゃあ行こうか。友達として」
「そうね。友達として」
そして優也と夏希は二人でバーへと入って行った。チケットを手渡し決まったテーブル席に案内されるとそのまま飲み物の注文をする。開店祝いだからか一杯目は無料らしく二人が頼んだのは高いお酒。ではなくハイボール。一杯目が運ばれてくるとグラスは交わさず目の前で少し上げて乾杯。
それから注文した料理がテーブルに並んだ頃にライブは始まった。ステージに登場した蛇希は目の前にある観客席に笑顔で手を振る。
そして軽く自己紹介をした。
「まぁ今日は俺の友達が店を出すってことで、お祝いとしてこのライブをやることになりました。結構雰囲気も良いし、中々に良い店出したなって思ってるとこ。なんかここは生演奏とかライブとかしてそれを観客が飲み食いしながら楽しむって言う感じ……だよな?」
蛇希はこのバーの店長で友達の人にステージ上から当たっているかを尋ねた。それに対し店長は大きく頷いて見せる。
「そういう店らしいんでこれからも時間があったら来て酒でも飲んで楽しんでや。もしかしたら俺と会うかもしれんし。そしたら酒奢ってな」
そう言いながら笑みを浮かべた蛇希がそれを本気で言っているのかは分からなかったが、それを気にする人は恐らくこの会場には居ないだろう。というよりそんなことを言われなくてもこのお店に来てたまたま蛇希と出くわしたら興奮のあまり奢ってしまうはず。少なくとも自分は奢るなどとお酒を飲みながら考えていた優也。
「それと今日の一杯目は開店祝いも込めて俺の奢りだからよ。それじゃまず乾杯するか」
そして店長をステージ上に呼び観客と共に開店を祝い乾杯をした。
「まぁとりあえずこの店の第一号としてライブできるのは光栄だしバッチバチに盛り上げていくからよ! いつもと違って今日は跳んだり跳ねたりは出来ないけど心で踊って楽しんでいってください。そんじゃ1曲目……」
蛇希の言う通りいつもとは少し違ったライブだったが一曲目からいつもと変わらず盛り合った。
それから三・四曲と進んでいくライブを観ながら、こういう風に酒と料理を楽しみつつ蛇希のLIVEを楽しむのも案外悪くないと優也は思っていた。だがどちらがいいかと問われれば、
「こういうのも結構いい感じね。だけどどっちがいいかって訊かれたらやっぱ一緒に盛り上がれるライブかなぁ」
「分かる。僕もそう思ってた。やっぱり曲によっては動きたくなるよね」
「そうそう。でもこういう風にゆっくり聴くのに合ってる曲もあるからどっちも好きかも」
恍惚のような笑みを浮かべながら夏希は顔を向けていた蛇希の方へ体も向けテーブルに頬杖を突く。
その時、彼女の薬指にはめられた指輪が優也の目に入る。
「それって……」
優也は指輪を指差しながら静かに尋ねた。一度優也の方を向いた夏希は指から出た見えない線を追いその言葉が指輪に向けられていることに気が付く。
「これ。そう。プロポーズされたの」
「――そうだったんだ……。おめでとう」
彼女の幸せが嬉しい。嬉しいはずなのに素直に喜べない自分がいる。優也は少し複雑な気持ちのまま、だが決して嘘ではない祝いの言葉を口にした。
「ありがとう。でもまだ返事はしてない。だから今日これを付けてるのは変に街とかで話しかけられないように。まぁ無くても話しかけられないと思うけどね」
「何で? 好きなんでしょ? 彼の事」
「もちろん。好きだしすっごく嬉しかった。でもすぐに『はい』とは答えられなかった。分からないけど。だけど遅かれ早かれ結婚するつもり」
「それがいい……と思うよ」
「その時、あなたはどうする?」
「え? 何が?」
「結婚式。来る?」
まさかそんな誘いを受けるとは思ってもいなかった優也は少し戸惑うが一応答えを口にした。
「――うん。いいなら。行くよ」
だがそう答えはしたものの心の中ではまだ決めあぐねていた。
そして数曲が終わったとこで蛇希は店長からグラスを貰い酒を飲んだ。
「楽しんでるか?」
蛇希のその質問に対しては当然のように歓声が返ってくる。もちろん優也と夏希の声もその中に参戦していた。
「いつもと違うからムズけど楽しんでるなら良かったよ。うん。――今日はバレンタインデーで、そんな日に開店するっていうちょっと洒落たことアイツはしたわけだけど。だから今日は男女ペア限定っていう感じになってて……。今日チョコ貰ったヤツ?」
ステージの上から少し見ずらそうに上がった手を数える蛇希。
「結構いるな。大人になってもあげたりするんだな。まぁ貰えんかったヤツはどんまい。ちなみに俺も貰ってんから大丈夫ど。一緒だな」
笑いながら酒を飲んだ蛇希はまだ残るグラスを端に置いた。
「そろそろ次いこう」
それからも蛇希の最高なライブは続いた。
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