32

 彰人・帆花とのダブルデートをした次の日。優也と夏希は急いで家を出る準備をしていた。



「夏希ー! 準備できた?」

「ちょっと待って!」



 家に響くその声を聞き優也は窓へ歩き出した。外が真っ暗なせいで窓に見えるのは自分。それを見て少し身だしなみをチェックをする。見づらかったがそこに映ったシンプルでラフな動きやすい服装を。



「よし」



 そう呟くとカーテンを閉めた。すると少し慌て気味で夏希が登場。キャップにポニーテールとスキニーにTシャツというシンプルな服装に小さなショルダーバッグに入る程度の最低限の持ち物。

 優也の前で急ブレーキをするように止まった夏希は軽く両手を広げて見せた。



「どう?」

「最高。可愛い。完璧」



 優也は指を振りながらリズミカルにそしてテンポよく返した。



「それじゃあ行こう」

「ギリギリかもね」

「ちょっとゆったりしすぎちゃったね」



 会話をしながらも優也はリュックを手に取り二人は急ぎ足で家を出た。

 そんな二人が向かったのは、



「こんなとこでワンマンできるとかしに最高! もう二度とない今日というこの夜。俺はバッチリかましてお前らを盛り上げるからよ。お前らも楽しむ準備は出来てるか!?」



 建物をも揺らしてしまいそうな程の大歓声と熱気が蛇希の言葉に答えた。溢れんばかりの観客。

 その最前列に夏希と優也はいた。



「いいね。最高やっさお前ら。それじゃ早速次の曲いこう」



 優也と夏希はこの日、蛇希のワンマンライブに来ていた。

 最初から途轍もない盛り上がりを見せたライブを二人も大声を出しながら全身で楽しむ。あの曲もあの曲もこの曲も、いつも耳元で聴くより一段とかっこよく体が自然と動き始めた。訳が分からない程の人数が体を動かして熱狂し、会場はサウナのような熱気に包まれており二人はあっという間に汗だく。


 だがそれを気にする暇がない程にライブに熱中し盛り上がった。そんな蛇希のライブはあっという間で一曲また一曲と過ぎていく。

 そして気が付けばライブも後半に差し掛かりつつあった。観客同様に汗だくの蛇希は歌いながらスピーカーに足を乗せ前列の観客へ視線を向ける。その視線の先には丁度、優也と夏希の姿があった。蛇希はマイクを片手に歌いながら二人の方へピースサインをして見せる。それに蛇希と目の合ったようなライブではよくある感覚になった二人だったがそれは周りも同様で自分に向けてかと盛り上がっていた。


 そんな中、二人は見られているかは分からなかったがどうしても伝えたくて少し控えめに左手の指輪を並んで見せる。蛇希はそれに気が付いたのかただ楽しくなったのかは分からないが笑みを浮かべ別の観客の前へ移動した。

 そしてその曲を歌い終えると一度水を飲んでから中央へ戻る。



「気持ちよすぎ」



 マイク越しで呟くように言ったその言葉が彼の心が覗けなくとも心の底から出てきた言葉だということは皆に伝わった。



「――俺の知り合いによあるカップルがいるばーよな」



 すると蛇希は急にそう話始めた。



「そいつらは俺の曲で出会って俺の話題で仲良くなっていったらしいわけよ。で、付き合ってそっから色々あって一回別れて、別々の道に進んだんだけど。また結ばれて今も愛し合ってるわけよ。んで、そんなそいつらが結婚したらしーばーよな」



 それは自分達のことだろうと半ば確信気味に思っていた二人は一度顔を見合わせた。



「俺の曲で出会った二人が俺と俺の曲で仲良くなって色々あったけどその間も俺の曲を聴いてくれてて、支えられましたって言われたんだけど。俺この話聞いてマジで最高だと思った。自分の曲が誰かの支えになって、しかも二人の男女の幸せの手助けが出来たって聞いたらここまで頑張って良かったなって思うし、何よりしに最高な気分」



 蛇希はそう言うとDJのところへ行き何かを伝えまた戻ってきた。



「ちょっと曲順変更するけど。次の曲はその二人に向けたお祝いとして歌います。これはそいつらが出会った始まりの曲。二人がいつまでも幸せでありますように。all viride」



 曲名を聞くと観客は一斉に盛り上がった。そんな中、優也と夏希は互いに目を合わせ笑みを浮かべる。

 だが曲が始まれば他の観客同様に片手を上げて盛り上がった。



「夏希と優也、結婚おめでとう! 今度はちゃんと幸せになれよ! それとライブが終わったら控え室に来い。酒ぐらい奢るさ」



 途中、蛇希はマイクを通して改めて二人へお祝いの言葉を伝えた。その言葉に優也は夏希の肩を抱き、夏希は優也に寄り添い二人して静かに嬉し涙を流した。


 だが泪もそこそこに二人は折角のライブを最後までしっかりと楽しんだ。

 この日の夜はまだ出会う前や最初に付き合った頃に行ったどのライブよりも熱く二人の心に最高の夜として刻み込まれたのだった。


 そしてライブが終わった後、二人は本当にいいのかと少し戸惑いながらもスタッフに話しかけ蛇希の控え室へ。そこで彼と抱き合いお礼を言い、改めてお祝いの言葉を貰った。


 そして話もそこそこに蛇希からこの後の飲み会に誘われた二人は当然と言わんばかりに頷く。その前に汗をかいていた三人は着替えを済ませた。先に着替えを済ませた夏希と優也は蛇希を待っていた。



「ねぇ。あたしって汗臭くない?」



 その質問に優也は夏希へ顔を近付け匂いを嗅いだ。

 だがそんなことをしていると近くを通った蛇希にその光景を見られてしまう。



「何してるばお前ら?」

「いや。汗かいたので汗臭くないかって……」



 優也の説明に蛇希は納得したのだろう頷いて見せる。



「シャワー使うか?」

「でもそこまで着替えないですし」

「もしあれだったら一旦帰ってもいいぜ。もう少しかかるからよ。店に集合でいいさ」



 夏希と優也は顔を見合わせ軽く話し合った。



「じゃあそうします」

「連絡先だけそこの紙に書いといて」

「分かりました」

「じゃあまた後でや」

「はい」



 そして言われた通り紙に連絡先を残した二人は一度家に帰った。帰宅後、お風呂に入り着替えをしてから連絡のあったお店へ向かう。


 そしてそこで蛇希や仲間、スタッフと合流した二人は特別で最高な時間を過ごした。それは二人にとって忘れられない想い出の詰まった最高の日。


 それからしばらくして蛇希はBSとのコラボ曲を一つ発表した。この曲について蛇希は「結婚した知り合いへ捧げる曲として作ったが誰かを愛する全ての人がこれを聞いてより深くその人を愛してほしい」そうコメントした。

 その記事を見ながら優也と夏希は笑みを浮かべる。そして互いへの深い愛を胸に幸せそうに寄り添った。

 その曲のタイトルは、


『愛のままに』

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愛ってそんなもん 佐武ろく @satake_roku

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