31
それから数ヶ月後。まだ籍は入れてないが同棲を始めた二人の左薬指にはプロポーズのとは別の指輪が嵌められていた。今では先人達の想いで紡がれた愛の糸が心臓に直結する左薬指。そこで指輪は主人の愛を証明し続けるように堂々と輝き続けていた。
そんなある日。デートしていた優也と夏希は手を繋ぎ仲良く駅の傍を歩いていた。
「あっ! 先輩!」
そんな二人に声をかけてきたのは私服姿の帆花。
「偶然だね。こんなとこで何してるの?」
帆花の方へ近づくと優也が彼女に尋ねる。
「待ち合わせです。それよりこの方があの彼女さんですか?」
「うん。そうだよ」
「この子があの後輩さん?」
「そう」
優也が二人の質問にそれぞれ答えると夏希と帆花は初めて互いの顔を見合った。
「初めまして小南夏希です」
「八木帆花です。あれ? 先輩の苗字って確か本条でしたよね?」
そう尋ねながら帆花は自分の薬指を見せ言いたいことを伝えた。だがそれに答えたのは優也ではなく夏希。
「まだ籍は入れてないから」
「でも遅かれ早かれってやつですよ。今のうちに慣れた方がいいと思いますよ」
夏希は意見を求めるように優也の方を向く。
「僕はどっちでも構わないから任せるよ」
「でも……そうね。今度からはそうする」
「にしても良かったですね。先輩。ずっと忘れられなかった方とこうやって晴れて結婚出来て」
「うん。でも君にはほんと助けてもらったよ。ありがとう」
「いいんですよ。私も好きだったんですから。あっ! すみません」
すると帆花はやってしまったと言わんばかりの顔をし口元を手で隠しながら夏希を見た。
「大丈夫ですよ。話は全部聞いたんで」
「え? 先輩、話したんですか?」
「まぁ一応ね。訊かれたから正直に」
「なら今って結構すごい状況ってことですよね?」
改めてこの場を見た帆花は感慨にふけるように言葉を口にすると夏希の方へ跳ねるように向いた。
「でも安心してください! 私はもう綺麗さっぱり先輩のことは諦めたんで」
「もちろん信じるよ。あなた達二人を」
夏希は立てた人差し指を優也と帆花へ順に向けた。
「お待たせ」
すると近づいてくる足音と一人の男の声が聞こえた。帆花の待ち合わせ相手なのだろうその人は少し謝りながら帆花の隣に並ぶ。
だが帆花を除く三人が顔を合わせると一瞬にして空気ごと凍り付いた。
「紹介しますね。実は……少し前から付き合ってる」
その中で一人自由に動き回る帆花は男の腕に抱き付きながらその人の事を二人に紹介し始めた。
「三谷彰人さんです! ってあれ? どうしたんですか? みんなして」
やっとその場の空気に気が付いた帆花は彰人の腕に抱き付きながら首を傾げた。
そんな氷漬け状態から最初に抜け出したのは夏希。
「……久しぶり」
あの日以来の再会に申し訳なさや気まずさで胸は一杯。その所為で表情は引きつり気味。
「あれ? 二人って知り合いなんですか?」
躊躇していたのか彰人の返事は遅れその間に帆花の声が入り込む。そんな彼女に教えてあげる為に優也は肩を叩いて呼んだ。彰人から離れた帆花は優也の隣へ。
だがそれにすら気が付いていないのか気にする余裕がないのか彰人は夏希の方を見たまま。
「先輩。あの二人って知り合いなんですか?」
「いい? あの2人は……」
優也から事の真相を聞いた帆花はやっとこの状況の異常性に気が付いたようでやってしまったといった表情を浮かべた。
「これって大丈夫なんですか?」
「分からないけど。僕達はただ見守るしかないよね。あと僕は殴られるかもしれないから心の準備だけしとく」
緊張と気まずさと出来ることなら逃げてしまいたくなるような空気の中、二人は動かず互いを見ていた。
「あの時は、」
「いや、いいよ」
またその場の空気に耐えかねた夏希が先に話し始めようとしたがそれを彰人が遮った。
「正直、ここで会うなんて思ってなかったから驚いたけど、もう大丈夫だから。きみが謝る必要もないし、今更後ろめたく思う必要もない」
「ほんとに?」
「俺はもうきみのことを綺麗さっぱり諦めて忘れた。もう心の整理はついたし今はこうやって前を向いてる」
「やっぱり強い人ね」
「というより落ち込んでてもしかたないから。そうしてるだけじゃ何も変わらない。過去は過去だしある程度、感傷に浸ったら前を向いて振り返らない。俺はそういう風にしてきたしこれからもそうする」
その言葉に彰人らしさと感心のような尊敬のような気持ちを感じながら夏希は小さく何度か頷く。
すると清々しい笑みを浮かべている彰人の腕に帆花が抱き付いた。
「蟠りはなし?」
「俺はなし」
「あたしも大丈夫」
そして互いの顔を見て笑みを浮かべ合った二人は心で握手を交わした。
そんな夏希の隣にまだ緊張の解けない優也が並ぶと自分の方を見た彰人と目を合わせる。
「えーっと。初めまして」
「きみがそうか」
「本条優也です」
少しドキッとするような間が空いたが彰人はすぐに笑みを浮かべ手を差し出した。
「三谷 彰人。初めまして」
「十分存じております」
依然と忙しなく動く心臓を感じながら優也はその手を握り返した。
「それは蟠りなしっていう意味の握手ってことで大丈夫?」
その握手を見た帆花はこっちの二人にもそう尋ねた。
「彼に何も無ければ。全然大丈夫だよ」
「そんな! 何もないですよ」
「じゃ大丈夫」
二人の言葉に帆花は満足そうな笑みを浮かべた。
「ならこの図にしたら激ヤバな四角形の間ではもう何もないってことでいいんですよね?」
「俺はいいよ」
「あたしも大丈夫」
「全然大丈夫」
「じゃあその言葉を信じて一つ提案していいですか?」
皆の視線は自然とその提案とやらが何かを訊くように帆花に集まった。
「折角ですし、今からダブルデートしませんか?」
そのとんでもな提案に三人は少し黙った。
そして皆の気持ちを代弁するように帆花に一言言ったのは優也。
「自分が何言ってるか分かってる?」
「はい。こっちのカップルとそっちのもはや夫婦とで一緒にデートしようって言いました」
言葉が出ないと言ったような沈黙が再び流れ始めるがそれを今度は夏希の吹き出す笑い声が終わらせた。その笑い声に釣られ優也と彰人も笑い始める。
「え? 何ですか? ダメですか?」
「あたしはいいよ」
「僕もみんながいいなら」
帆花は最後の答えを求めて彰人を見上げる。
「もちろん。いいよ」
「それじゃあ行きましょ!」
すると彰人の腕を離れた帆花は夏希の手を取った。
「私、夏希さんとは仲良くなれる気がするんですよね。だって男の好みが一緒だし」
「そうだね。あたしも仲良くなれる気がしてきた」
そんな会話をしながら二人は歩き出し、その後ろ姿を眺める優也の隣に彰人が並ぶ。
「ほんとに大丈夫なんですか?」
「きみに怒ってないかって?」
「はい」
「大丈夫だよ」
「それなら良かったです。正直、殴れれるかもしれないって思ってたので」
「もしもっと早めに会ってたら、今彼女と、帆花とこういう風になってなかったら一発ぐらいはあったかもしれない」
「運と八木に感謝しないと」
「それと、もう泣かせるなよ。もしそうなったら一発あるかもしれない」
「それに関しては心の準備は要らないですね」
二人は顔を見合わせお互いを認めるように笑みを浮かべた。
「何してるんですか?」
「早く行くよー」
「早くしないと怒られそうだ」
「それは勘弁ですね」
そして歩き出した二人は夏希と帆花に追いつき四人揃ってのダブルデートが始まった。一番愛する人と手を繋ぎ、腕を組み、過去は洗い流してあっという間に最高の友人となった二人と笑い合いながら共に過ごした時間はかけがえのない心にもアルバムにも残る想い出となった。
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