30

 何度キスをしたところで、何度愛の言葉を口にしたところで、何度互いの体を抱きしめ合ったところで伝えきれぬ程の愛を胸に二人はベッドに寝転がっていた。初めて会ったあの夜とは違い服を着たまま向き合って抱きしめ合いながら。



「あの時は叩いちゃってごめんね。しかも二回も。あたしも結構一杯一杯になっちゃって。つい……」

「だってあれは僕が悪いんだし。というかそうするように仕向けた訳だし謝る必要はないよ。むしろ僕の方こそごめん。追いつめるような事して」

「いいよ。だってあたしが迷いなく彼と結婚できるようにってしたことでしょ。それぐらいわかるよ。あなた嘘下手だったし」


「え? そんな下手だった?」

「だって言ってることぐちゃぐちゃだったし。最初は僕を選べなんて言っておきながら最後は愛してなかったとか訳分からなかった。あと、途中なんか急に俺とか言ってたよね」

「そんなこと言ってた?」

「うん。言ってた。どこかは覚えてないけど」



 優也はやってしまったと言いた気な表情をしながら首を小さく振る。



「最後ら辺は俺様のクソ野郎をイメージしてたし、あとタイトルは覚えてないけど映画に出てたキャラを思い浮かべたからその所為かも」

「もしかして一緒に見たやつ?」

「多分」

「あぁ。何か恋愛映画そんなやつがいたような気がする。見ててすっごいイラつくようなキャラ」



 よほど悪い意味で印象深かったそのキャラを思い出しながら夏希は眉間に少し皺を寄せた。



「多分それかな。あと最初ら辺も夏希が映画観ながら嫌いって言ってた男を参考にしてんたんだよね。適当に愛してるって口にして想い出を利用する奴? だったはず」

「そのキャラは覚えてるかも。でもさ。優也の場合は適当じゃなくて本物でしょ?」

「まぁそうだけど。言葉自体は適当に言ったつもりだったけど?」


「あたしはそうは感じなかったけどなぁ。優也もまだあたしを想ってくれてるんだってちょっと思った。だから余計にどっちを選ぶのが正解か分からなくなったのかも」

「僕の演技力不足のせいで余計にややこしくしたんだね。ごめん」

「ううん。あたしがもっと冷静でいられたらわざとやってるってすぐに分かったのに。そんな余裕すら無くしちゃったあたしにも責任はある。そでに実際あの後、少し落ち着いたらすぐに分かったから。あっ。そう言えば……」


 夏希はあの後、蛇希に会いカラオケへ行きそして決断の手助けをしてもらったことを優也に話した。


「何それ! 君が辛かったのは分かるけど、それでも羨ましい」

「正直、辛いのをその間だけは忘れられるぐらい嬉しかった。それと蛇希が言ってたんだけどあのバレンタインのライブで休憩中に彼と話したのってあなたなんでしょ?」

「まぁ、うん。トイレ探してたらぼーっとしちゃってて気が付いたら迷ったんだよね。それで適当にドア開けたら裏口でそこに居たみたいな」

「えー、何で黙ってたの?」


「いやあんまり言わない方がいいかなって。それにあの時はさ、ほら久しぶりに君に会ったと思ったらプロポーズされてたし僕も色々思うところあったし」

「そうだよね。ごめん」

「ううん。でも僕らって蛇希で知り合って、蛇希で仲良くなって、そして蛇希でまた結ばれた。ほんとに蛇希のおかげだよね」


「二人の関係だけじゃなくて個人的にもずっと前から支えてもらってるし、ほんと最高」

「やっぱ改めて蛇希好きだな」

「ふーん。それじゃあ、あたしと蛇希どっちが好き?」



 夏希はいたずらを思いた子どものような表情を浮かべると答えられないと分っていながらその質問をした。抑えることのできなかったニヤけ顔をしながら。



「それは違くない?」

「大丈夫。分かってる。言ってみただけ。あたしだって優也か蛇希かは選べ……。んー。やっぱり蛇希かなぁ。カッコいいし歌も最高だし、あと優しいし」



 そして再度先程のいたずらっ子なニヤけ顔をして優也を見る夏希。



「だとしても。残念だけどもう君は誰にも渡さない。例え相手が蛇希だとしてもね」



 だが優也は自信満々な表情を浮かべ夏希をより自分の方へ引き寄せ抱き締めた。



「ちゃんとあたしと幸せになってくれるの?」

「もちろん。君を幸せにする自信も君と幸せになる自信もあるよ」

「ならもう安心。一緒に幸せになろうね」

「一緒にね」



 腕は優しく想いは強く抱き締め合う二人は互いの温もりを感じながら今日という日に幕を閉じた。

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