19

 一驚のあまり少し黙り立ち止まってしまった夏希の前にあったのはリムジンだった。一切汚れの無い白いボディが高級感を醸し出すリムジン。


 そのまま立ち尽くしてしまっていた夏希が気が付くとリムジンのドアは開きその前で彰人が待っていた。そんな彰人と目が合うと彼は笑って見せ夏希も応えるように笑みを浮かべるとそのリムジンに乗り込んだ。


 二人が乗ったリムジンは出発ししばらく走り続けると目的の場所に到着。

 そこは今夜食事をする予定だったフレンチレストラン。しかもドレスコードがある程に高級な場所だった。ここまで高級な場所での食事は初めてだった夏希は緊張しながら彰人の隣を歩く。といっても予約からなにまで全て彰人がやってくれたので夏希はただ緊張とワクワクに身を任せながら案内された席に座るだけだった。



「初めてだと緊張すると思って個室を選んでおいたよ。これなら人の目とかも気にしないで済むでしょ」

「ありがとう。すごく助かる。ここにいるだけでも緊張するけど周りに他のお客さんが居たら何だかマナーとかチェックされてる気分になりそうだったから」

「なら楽しんでもらうのが目的だから個室にして正解だったね」

「でも……。――やっぱり止めとく。返ってくる答えは分かるもの」

「リムジンとかこことかこんなにして大丈夫かって?」



 夏希はその通りと言葉にはせず頷きとジェスチャーで返事をした。



「もちろん大丈夫。気にしないでいいよ」

「そう言うと思ってた」

「この調子だときみには隠し事とかできなさそうだね」

「全てお見通しよ」



 夏希はピースをするように立てた人差し指と中指を自分の双眸に向けた後、彰人の方へ向けた。それは丁度数日前に見た映画の登場人物がやっていたジェスチャー。その後に二人は楽しそうに笑い合う。


 それから二人は今までとは二つの意味で一味違った食事を楽しんだ。夏希は彰人が個室を選んでくれたおかげで変に緊張することはなくフレンチを心から楽しむことが出来ていた。


 そして笑い声が静かに響く個室で一品一品料理も会話も楽しんでいた二人の前にはヴィアンド(肉料理)が並べられる。それを味わいながら半分程食べたところで夏希はある疑問を彰人に尋ねた。



「でもどうして今夜はリムジンもそうだし、こんなに豪華な食事を? 別に誕生日とか記念日とかでもないよね?」



 そう言いながらもう一度頭の中で確認してみるが今日は特になんてことない普通の金曜。



「そうだけど、普通の日だから逆に」

「つまり……。普通の日だけどあえてこういうことすることで特別な日にしよう的な感じ?」



 夏希はイマイチピンときてなかったが自分なりの解釈をし返すようにまた尋ねた。



「あー。ごめん。適当に言ったんだけどそういうことにしてもいいかな?」

「えぇ? どういうこと? 別にいいけど」



 思わず笑いを零す夏希。



「いやまぁ。――確かに今日は特別な日じゃない。ね」



 夏希はまだピンとはきておらず首を傾げる。

 すると彰人はナイフとフォークを置いて改まって姿勢を正した。



「ほら、俺らって出会って……じゃなくて再会してからも付き合い始めてからも結構経つじゃん」

「そうね。沢山いろんな事したし想い出は沢山あるわね」

「そうだね。それに俺から見てもきみは前を向けたと思う」



 それは優也とのことを言っているのはちゃんと言われなくても分かった。



「そうかもしれない」

「だからさ。その……。そろそろいいと思うんだよね」



「つまり?」そう訊こうとした夏希を止めるように彰人はポケットから取り出したそれを両手で丁寧に持ち夏希へ差し出した。



「――これって……」



 思わず手で口を隠し息を呑んだ。それはリムジンを見た時より大きく――限界を超えた驚きという感情は一周回って夏希に冷静さを与える。

 だが一切声は上げず時間が止まったように固まる夏希。


 そんな彼女に差し出されていたのは、指輪ケースでそこには優雅で上品に座る指輪。まるで女性が持つこの瞬間への憧憬や期待を詰め込んだように煌めくダイヤは恍惚する程に美しかった。



「俺と結婚して下さい」

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