12
それからも帆花は割と早いペースでお酒を飲み優也は少し心配そうに彼女を見ていた。
「ぷはぁー。あっ、そうだ。先輩って今彼女いないんですか?」
顔を赤く染めすっかり酔っぱらった帆花は少しニヤつく表情をしながら優也にそう尋ねた。
「今はいないかな」
「今はって事は前はいたんですよね? いつからいないんですか?」
「二年前ぐらい」
「結構前ですね。何で別れちゃったんですか?」
その質問に優也はあの日のことを思い出した。夏希の泪を流す顔や怒鳴る声。たった一人の女性さえ幸せにする自信が無かった惨めな自分。今でもあの日の事は鮮明に思い出すことができ、夏希への申し訳なさと自分への怒りが心に染み渡る。
「先輩?」
「え?」
「大丈夫ですか? 酔っちゃいました?」
「いや、大丈夫。それよりそっちは? 彼氏とかいないの?」
「彼氏ですかぁ? いないです」
「なら早く良い人が見つかるといいね」
「それはお互い様ですよ」
「――僕はもうしばらくはいいかな」
だがその言葉は独り言のように小さく帆花には聞こえていない様子だった。
それからもう少しだけ飲み会は続き二人が店を出る頃には、帆花はすっかり酔っぱらってしまっていた。
「だから心配だったんだよ」
「私は大丈夫ですよ。えへへ」
ふらつく彼女のその言葉に説得力はなく倒れぬよう支えながら優也はタクシーを拾った。
そして帆花を家まで送り届ける。
「ほんとに大丈夫?」
「ひゃい。送ってくれてありがとうごじゃいました」
帆花はそのまま頭を下げようとしてタクシーに頭をぶつける。
「分かったから。もう行って寝な」
「それじゃあ失礼しましゅ」
まだ少し覚束ない足取りで家へと戻って行く帆花の後ろ姿を少し眺めてから優也は自分の家へと帰った。
慣れ親しんだ無人で暗い部屋。靴を脱ぎ我が家に帰ると優也は体内のアルコールに導かれるように、そのまま電気すら付けずにベッドへ向かった。そしてそのまま倒れるように寝転がる。
すると少しの間、枕に顔を埋めるように寝転がっていると先程の飲み会で帆花にされた質問をふと思い出した。
『何で別れちゃったんですか?』
そしてその言葉に手を引かれあの日の記憶が再度、優也の頭で蘇る。今すぐにでも目を背けたかったが、抗うことのできない優也はただ溜息を零し寝返りを打った。暗闇の中、微かに見える天井を眺めもう一度溜息をつく。
すると衝動的な何かに突き動かされるようにポケットからスマホを取り出した。スマホを開くとまず待ち受け画面が表示されるがそこに映っていたのは、もうあの頃とは違い元通りの蛇希。
優也はさっとロックを解除すると写真フォルダを選択。そこには今もなお大量の想い出が残っていた。普段全く写真を撮らない優也だったが夏希と付き合い始めてからそれは変った。
そのおかげと言うべきか所為というべきか、今でも消せずにいる夏希の写真がそこには未練として残されていた。それを眺めながら適当にスライドし適当な写真を開く。
「これ夏希の家でゆっくり過ごしてる時の写真だ。夏希って本を読む時メガネかけるんだよな。あと作業する時もか。いつもかけないから新鮮でこっそり撮ったんだっけ。すぐ見つかったけど」
その懐かしさは胸をほんのり温かな気持ちにし、気が付けば自然と次の写真へと移っていた。
「これ手料理作ってくれた時のやつか。エプロン姿も可愛くて何より料理が美味しかったっけ」
それからも次から次へと想い出が蘇りあっという間に最後の一枚。その一枚は一番のお気に入りで待ち受けにしていた画像だった。
「一緒にお酒飲んでる時のやつ。写真を撮ろうと思ったら偶然にも夏希がこっち向いて酔ってたっていうのもあると思うけどめちゃくちゃいい笑顔で笑ったんだよな。いつも可愛いく笑うけどこれは何だかいつも以上に無邪気でしかも不意だったから……。一目惚れしたような感じで――ほんとに可愛かったなぁ」
いつの間にか目を閉じ記憶の彼女を眺めていた。だが記憶を見れば見る程、想い出に浸れば浸る程に今となってはただの想い出でしかないということを痛感させられる。それを感じれば懐かしさも次第に虚しさへと変わっていった。
つい先ほどまでの懐古の情を塗りつぶし胸を満たす虚しさと切なさ。優也はもう一度スマホを見ると一つずつ夏希の写真を選択し始めた。
そして全て選択し終えると指を消去ボタンへ。だがすぐには押さなかった。というより押せなかった。
数秒睨み合うようにスマホの画面を見るが指はそれ以上近づけない。ついに溜息を零すとそのまま胸にスマホを持った手を落とす。
それから目を瞑るとゆっくり、深く深呼吸をした。吸った息を全て吐き終えるとゆっくり目を開けスマホを再び顔前へ。
そして息を止め一瞬頭を空にし何も考えずただ機械的に指を動かしてボタンを押した。
大量の想い出はまるで最初から存在しなかったように消え、同時に優也の中でも色々なモノが消えた。そんな気がした。
するとスマホを持つ手はそのまま力無く横に倒れ、気が付けば彼の意志に関係なく泪が溢れ出す。それが終わってしまった事への悲しさなのか身勝手に終わらせた自分への不甲斐なさや怒りによるモノなのか判断はつかなかったがそれを止めることはできなかった。
それからいつまでそうしていたのかは分からないが気が付けば朝を迎えていた。何もかもが夢だったらどれだけ楽か。だが現実はそう都合よくできておらず泪程度では流し切れなかった気持ちがそこにはあった。そんなお世辞にも良いとは言えない気分のまま優也は準備をし今日の仕事へと向かう。
「先輩。昨日はすみませんでした!」
会社に着くと先に来ていた帆花はデスクまでやってきてそう頭を下げた。
「私、酔っ払い過ぎてご迷惑かけてませんでしたか?」
「いや、別に。それよりちゃんと帰れたなら良かったよ」
「あの、タクシー代って私出してました?」
「出してないけど別に気にしなくてもいいよ」
「そんな悪いですよ。あっ! もしかして飲み代も?」
「あーそういえばそうかも。でも別にそこまで高かったわけじゃないし、奢りってことで」
「えぇー。そんなの悪いですよ。さすがに」
「それより今日の仕事確認しといてよ。昨日ミスってるんだから」
「はぃ。分かりました」
まだ少し納得できていない、というよりまだ申し訳ない気持ちがありそうな表情を浮かべていた帆花だったが押し切られるように渋々自分のデスクへ。
その日から優也はまた一段と働いた。働いて働き忙しさに身を置く。そうすることで嫌な感情を辛い気持ちを他所へ追いやった。
* * * * *
「本当に申し訳ありませんでした」
「申し訳ありませんでした」
深く頭を下げ謝罪する優也と彼に続き帆花も同じように頭を下げた。
「全く頼むよ。幸いにも大事にはならなかったからいいけど。次からはこんな事ないように頼むよ」
「はい。以後気を付けます」
「頼むよ本当に」
「はい」
「じゃあもういいから」
「今回は申し訳ありませんでした。失礼いたします」
優也の後ろで帆花も同じように頭を下げた後、二人はその部屋を立ち去った。
その後、会社の屋上で少し休憩をしていた二人。
「先輩。本当にすませんでした。私のミスで先輩にまでご迷惑かけてしまって……」
少し泣きだしてしまいそうな表情で深く頭を下げる帆花。
「まぁ実際俺も確認の時に見落としてた訳だし連帯責任だよね」
「でも先輩はあの時、沢山仕事抱えてましたし。そもそも私がミスしなければこんなことには……」
「とりあえずやっちゃったもんは仕方ないし、幸い大したことにはならかった訳だからそこまで気にしなくても大丈夫」
「でも……」
帆花はよほどこたえたのか目に見えて落ち込んでいた。
「次また同じようなミスしないように頑張ろう。お互いに」
「……はい。すみませんでした」
「まぁそんなこともあるって」
優也は帆花の肩を励ますように叩き先に中へ。
それからの日々、優也は再度気を引き締め直し仕事に取り組んだ。それは帆花も同じだという事を彼女の働きっぷりが物語る。それ程に彼女は頑張っていたのだ。そんな彼女に感化され優也もより一層仕事へ取り組んだ。
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