8

 十二月二十四日。多くの恋する者と子ども達の心躍らせる二日間の初日。例年より冷えた今年はホワイトクリスマスとなり、優也は当然ながら夏希と過ごしていた。仕事を終えてから夏希の家で少し豪華なご馳走とお酒で聖夜を祝う。ソファの上で寄り添いながら一つのブランケットを共有していた二人は食事を終えお酒を楽しんでいた。



「ん~! これ美味しい」



 いつもは飲まない少し高いお酒に夏希が舌鼓を打つ。そして自分のグラスを優也の口元へ持っていき彼にも一口。



「確かに思ったより甘くない」

「だよね。いい感じ」



 それからもおしゃべりをしながらお酒を飲み途中からケーキも食べ始めた。



「ちょっと待ってて」



 すると優也が突然立ち上がりどこかへ行ってしまった。だが時間はそうかからず優也はすぐに戻ってきた。

 そして片手を背にしながら後ろを見せないように元の位置に座り、彼女と向き合うと後ろに回していた手を出す。



「はい。クリスマスプレゼント」

「えぇ~! ほんとに!」



 サプライズプレゼントを受け取った夏希は吃驚としながらも喜色を浮かべ嬉しそうだった。その様子につられ優也もつい笑みを浮かべる。



「開けていい?」

「どうぞ」



 可愛らしくおしゃれをした箱のリボンを解き蓋を開けると中にはピアスがお姫様のように座っていた。夏希はその一つを手に取って目の前まで持っていくと口角を上げたまま観察するように眺め始める。



「ねぇ、コレってもしかして」

「気づいた?」

「だよね?」

「そう。初めて食事以外のデートした時に行ったショッピングモールのお店で君が可愛いって言ってたやつ」

「覚えてたの? というか聞いてたの?」

「実は横で見てました」

「あの時、買おうか迷ってたんだよね。嬉しい」



 心から嬉々とする夏希は少しピアスを眺めるとその場でそれを耳に付けた。

 そして顔を左右に向け片方ずつ見せていく。



「どう?」



 最後は正面を向くが両耳ではまだピアスが揺れていた。



「最高に似合ってる」

「ありがとう」



 優しい嬉しさに包まれた声でお礼を言うと優也へお返しをするように抱き付く。

 そして優也から離れると箱を閉じてからさっきとは少し違った笑みを浮かべた。



「実はあたしもあるの。ちょっと待ってて」



 そう言い残して立ち上がった夏希が少しして戻ってくると箱を一つ優也に手渡した。その後にソファへ腰を下ろす。

 優也は箱を受け取った時点であることに気が付いた。



「これってさ」

「そう。同じお店」



 思わぬ偶然に夏希も優也も笑った。



「じゃあもしかしたらこっそり買おうとしてばったり会ってたかも」

「会わなくて良かった。さっ! 開けてみて」



 若干急かされるようにそう言われると同じようにリボンを解き蓋を開ける。箱の中に入っていたのは二つの指輪。



「あの時のやつだ」

「そう。あの時、あなたに似合うんじゃないかなって思ったやつ」



 すると夏希は二つの内一つを手に取った。



「一つはあたしの。これでお揃いね」

「でも普段指輪なんてしないからなぁ。どこに付けたらいいかな」



 優也は呟くように言いながら指輪を色々な指に嵌めていく。



「あれだったらネックレスにしてもいいわよ。あたし丁度ネックレスチェーン持ってるからちょっと待ってて」



 そして夏希は再び立ち上がると寝室からネックレスチェーンを一本持って戻ってきた。それを受け取ると貰った指輪を通して首に付けてみる。



「どう?」

「最高に似合ってる」

「普段全然アクセサリーとか付けないから似合ってるなら良かった。やっぱ君は何に対してもセンスあるね」

「あなたのプレゼントも嬉しかったわよ」


「でもそれは結局、君が選んだやつだからさ」

「それじゃあ次は自分のセンスで選んでもらおうかな?」

「本当に? 自信ないなぁ」

「大丈夫よ。何でも嬉しいから」



 そして十二月二十五日も過ぎてしまえばその年が終わるのはもう秒読みと言っても過言では無くあっという間に年末を迎えた。

 二十八日の夜。仕事納めをした夏希を連れ優也はとっておきの場所へ来ていた。



「ここ」



 そこは一見何もない場所。



「えぇ? ここがお気に入りの場所?」

「こっち来て」



 疑うような声を出す夏希の手を引いて優也は少し角度のある坂を上る。登りきると少し奥にある手すりの傍まで足を進めた。



「ほら」



 そう言って夏希に見せたのは地上と空で光る星が見せる見事な夜景。



「――綺麗……」



 夏希は感動の声を口にするとそのまま少し開いた口と上がった口角の表情でその夜景を眺めた。



「たまたま見つけた場所なんだけど人もいなくて静かだし景色が綺麗ないい場所なんだよね。どう?」

「気に入った。こんな場所があったなんて知らなった」

「同じく。偶然見つけるまで僕も知らなかったよ。でも見つけられて良かった。この場所も。――君も」



 そう言いながら夜景の方へ体ごと向けると優也は夏希の手を離し肩へ回した。そして自分の方へ引き寄せながら肩を抱く。夏希は顔を優也の肩に乗せた。


 しばらくその状態で夜景を眺めていると優也は思い出したように夏希の肩から手を離しポケットに手を入れた。



「ちなみに一番最高なのはこの夜景を眺めながら蛇希を聴くことなんだよね」

「なにそれ最高じゃん」

「でも大丈夫? 脚とか疲れてない?」

「んー。ちょっとだけ。でも大丈夫」

「なら」



 優也はそう言うとスマホを取り出す手を止め目の前の手すりを乗り越えそこに腰を下ろした。



「ちょっ。危なくない?」

「危なくないと言えば嘘だけど、僕もたまにこうやってるんだよね。それにすぐに崖に落ちる訳じゃないし大丈夫かな。多分」

「まぁ少し地面続いてるし」



 そう呟きながら夏希も手すりを越え優也の隣に腰を下ろした。その間にスマホを取り出した優也は片方を夏希に手渡す。そして蛇希のプレイリストを再生した。



「おっ。最初から今に合う曲だ」

「シャッフルおじさんがいい仕事してるな」

「どういうこと?」

「何でもない」



 優也は首を横に振りながら再度回した手で夏希の肩を抱き寄せる。それから二人は身を寄せながら蛇希を聴き夜景を眺めた。

 そして次の日ともう二日を過ごせば一年を全て消費し切り年越しを迎えた。一月一日。溢れんばかりの人混みの中、二人は初詣に来ていた。両手を合わせ参拝を済ませた二人は次の人の為にすぐに場所を空ける。



「何お願いしたの?」

「色々。あと君の健康と幸せ。君は?」

「あたしも仕事とか色々したけどちゃんとあなたの健康と幸せはお願いしたわよ」

「ならもう今年は安心だ」

「そう願いましょ」



 それから手を繋ぎ歩き出した二人。



「そういえば初詣って本当は神様にお願いするんじゃなくて約束するっていうの聞いたことない?」

「多分、ないかなぁ。いや、ある? 分かんない」

「一年の抱負とかをちゃんと頑張りますって誓いを立てるみたいな」

「それじゃあ、あたし達は健康に気を使いながらお互いを幸せにしますってことか」

「そうなるね」

「それじゃあ」



 夏希は足を止めると優也の方を向いた。



「よろしくお願いします」



 そして丁寧に頭を下げる。



「こちらこそ。よろしくお願いします」



 優也もそれにお辞儀をして返した。



「これで安心ね。案外、神様より期待できるかも」

「そんな罰当たりな。神様には敵わないよ」



 それから二人はおみくじを引いたりし、左右に屋台が並ぶ道を歩いていた。あちらこちらから流れてくる美味しそうな匂いが二人を誘惑する。



「何か食べたいね」

「そうだねー。何がいい?」

「んー」



 夏希が色んな屋台を見ながら悩んでいると優也は顔を他所へ向け足を止めた。



「どうしたの?」

「ごめん。ちょっと待ってて」



 そう言うと優也は夏希の手を離れ一人歩き始める。待っててとは言われたものの気になった夏希は彼の少し後を追った。

 そしてすぐに人混み向こうでしゃがむ優也を見つける。



「大丈夫?」



 優しくそう尋ねる優也の目の前には泣きじゃくる少女の姿があった。泣き続ける少女を笑みと言葉で安心させながら優しく接する優也。その姿を見て夏希は愛おしそうな表情を浮かべた。


 それから優也の方へ歩き出すとその迷子の少女を二人で係りの所まで連れて行き母親が来るまで一緒にいてあげた。そして何度もお礼を言う母親とすっかり笑顔を取り戻した少女に別れを告げた。



「さて僕らも何か食べようか」

「そうね」



 嬉しそうな笑みと声でそう言いながら夏希は優也の腕に抱き付く。



「どうしたの?」

「え? 何が?」

「何か嬉しそうだから」

「別に。ただ改めてあなたのことが好きになっただけ」

「それは嬉しいけど。僕、何かした?」

「教えなーい。それよりあたし行きたいとこ見つけたからそこいこっ!」

「えぇ……。まぁ、いいけど」



 少しもどかしさが残ったが優也は夏希の行きたいというとこへ足を進めた。



「これ」


 そんな夏希が足を止め指差したのは食べ物ではなく射的。



「景品で食べ物はないと思うけど?」

「それは期待してないから大丈夫。さっ、ほらっ!」



 優也は夏希に手を引かれその射的屋の前まで足を進める。



「あたしアレが欲しいな」



 そう言って指差したのは正装をした狐の人形。手には様々な種類の花で作られた花束を持っている。



「えっ? 僕がやるの?」

「もちろん」

「射的なんてやったことないし無理だよ」

「取れなくても文句言わないからあたしの為に頑張って」

「でも……」



 だがそのまま押し切られるように渋々優也はその射的屋の店主に話しかけた。



「大きいのが一点、小さいのが三点。弾は全部で五発」

「あれは何点で貰えるんですか?」

「あの人形は五点だな。頑張れよ兄ちゃん!」



 当てられる自信もそのビジョンも全くと言っていい程見えてなかった優也だったが仕方なく銃を手に取り弾を込めた。

 一発目、ハズレ。二発目、ハズレ。



「もっと身を乗り出して撃ってもいいぞ」



 店主からの助言と言うべきか、余裕と言うべきかとにかくそれに従い少し身を乗り出し出来る限り近い距離で三発目を撃つ。

 結果はハズレ。



「あと二発だから小さいの二つ当てないとダメだな」



 その言葉を聞きつつ弾を込めながら優也は後ろを振り返る。



「ごめん。当てられないや」

「まだ二発あるし、全部外しても大丈夫だから」



 既に心の中では諦めムードだった優也はそうは言われたものの申し訳ない気持ちもありそれらの感情を抱えたまま四発目を狙った。

 その気持ちに導かれるようにやってきた結果はハズレ。残り一発残っていたがもう彼女の望むモノを取るにはもはや足りなかった。



「ごめん」

「そんな気にしないでよ」

「よーし! 分かった!」



 すると店主はカウンターの下から何かを取り出した。それを的の並ぶ台に持っていく。



「これを当てられたらあの景品をあげよう。特別だぞ」



 店主が台に置いたのは三点の的より更に小さい物だった。



「ほんとですか! ありがとうございます! ラストチャンス貰っちゃったよ。頑張って」

「でもあれ更に小さいよ? 大きいのにも当たらなかったのに」

「まぁ、まぁ。とりあえず狙って撃ってみなって。外れたらどんまいって気持ちでさ」



 当たらないとは思うが折角の好意は受け取ろうと優也は最後の弾を込めた。外したら終わりという状況で狙う的はより小さく見え、それに合わせようとしても手の震えで上手く定まらない。諦めもあった優也は仕方なく半ば適当に引き金を引く。銃声は鳴らなかったものの銃口から飛び出した弾は真っすぐその的に向かい――そして見事命中。



「あっ……当たった」



 適当に撃ったはずが命中し本人が一番驚いていた。

 だが一番喜んでいたのは夏希。後ろで手を叩き嬉しそうな笑顔を見せている。



「やった! すごいじゃん!」

「やるなぁ兄ちゃん! 正直当たらないと思ってたが、約束は約束だ。ほら」



 店主は優也が最初にポイントを尋ねた狐の人形を取り手渡した。

 それを受け取ると振り返りニコニコと笑みを浮かべる夏希へ差し出す。



「取れちゃった」

「取れちゃったって何? でもありがとう。すごい嬉しい」



 言葉通り嬉しそうに狐の人形を見る夏希。その姿を見ながら優也はやっぱり初詣はお願いをする機会なのかもしれないと心の中で思っていた。

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