7

 優也と夏希はそれからも時間があればデートをした。どこかへ行ったり家で過ごしたりと色々なデートをしたが優也にとっては彼女と一緒にいられるということだけで最高だった。

 そしていつしか優也の待ち受けは蛇希から夏希へ。



「あれ? いつの間に待ち受け変えたの?」

「ちょっと前」

「へぇー。何で変えたの?」

「まぁ蛇希も良かったけど、やっぱり君の方が良いから」

「ふ~ん」



 そう言いつつ夏希は嬉しそうな表情を浮かべる。



「それじゃああたしも変えようっかなぁ。でも蛇希か君か。これは難しい選択になりそう」

「好きな方を選んだらいいんじゃい?」

「ほんとに? 嫉妬しない?」

「相手が蛇希ならしない。それに蛇希にも勝てる気はしなから」

「そう弱気にならないの」



 すると夏希は顔を寄り添わせ写真を一枚撮った。その後に少しスマホを操作。



「はい。あなたの勝ち」



 そしてその写真に変えた待ち受けを優也に見せた。



「じゃあそれを変えられないように頑張らないと」

「頑張ってちゃんとあたしを満足させてくれないといつの日か元通りになってるかも」

「へぇー。それは一体どうすればいいのかな?」



 優也はそう言いながら夏希の背に腕を回し引き寄せた。一方夏希は優也の首に両手を回す。



「どうすればいいと思う?」



 そう挑発するように夏希が返すとそのまま彼女をソファに押し倒す。そして更に顔を近付けた。



「分からない」

「それじゃあヒント。あたしはちゃんと言葉にして欲しいな」

「――愛してる」

「もう一回」



 嬉しいが同時に恥ずかしいといった笑みを浮かべつつまだ満足できないと言うようにもう一度強請る夏希。それに対し何度でも言ってあげるという気持ちで笑みを浮かべた優也はもう一度その言葉を口にした。



「愛してるよ。夏希」



 夏希は先程よりも嬉々とし愛と幸せに満ちたような表情を浮かべた。

 そしてその言葉も言葉に込められた想いも全て味わうように少し黙り、優也を見つめていた彼女がゆっくり口を開いた。



「そう言えばこうやって二人でいる時、あんまり名前呼んでくれないよね。あたしもかもしれないけど」

「名前で呼ばれた方が嬉しい?」

「毎回じゃなくてもいいけどやっぱり嬉しいかな」

「分かった。これからはもっと名前を呼ぶようにする」

「それじゃあもう一回」

「心の底から愛してるよ夏希」

「あたしも愛してる優也」



 言葉と心で愛を確かめ合った二人の唇はゆっくり近づいてき何度も熱く愛し合った。

 夏希に会えば会う程より好きは増していったがどちらも一人の人間。分かり合えなかったり感情的になってしまったりぶつかり合うことも少なくはなかった。その度に怒鳴り合い、その場の勢いで棘の生えた言葉を口にしてしまったりと感情を表に出して喧嘩した。



「あんたなんか大っ嫌いよ!」

「あぁ僕だって嫌いだね」



 互いに肩を押すことはあったがもちろん優也はほんの軽く。夏希は時折、感情の高ぶりで優也の胸を叩くことはあったが、彼にとってそれはなんてことないことでその逆は一度も無かった。


 だがどれだけひどい喧嘩をしてもどれだけ怒鳴り合ったとしても毎回結末は決まって一緒。最後は互いに強く抱きしめ合い吐き出した暴言も全て消し去ってしまう程に、キスを交わし愛を再確認し合った。何度も何度も唇を重ね合わせその度に相手の愛を感じた。


 そして落ち着きを取り戻した頃に、



「あんなこと言ってごめん」

「ううん。あたしこそ。ほんとは大好き。愛してる」

「僕も。大好きだし愛してるよ夏希」



          * * * * *


 あの日、優也が気持ちを伝え、それを夏希が受け入れてから一ヶ月程経った頃。暗くいつもより冷える夜、優也は映画館の前で一人立っていた。何度もスマホを見るがただただ表示された時間が過ぎていくだけ。


 そしてスマホの時間を見た後、ポケットから取り出した映画のチケットの時間を確認すると、既に上映開始時刻は過ぎてしまっていた。少し残念な気持ちになりながらも、優也はそのチケットを近くのゴミ箱に捨てその場を去った。



『そのまま家に帰っていいよ』



 思わぬ残業に追われた夏希がやっとスマホを見ると優也からのメッセージが寂しく表示されていた。



『本当にごめんなさい。仕事でミスしちゃって……』



 エレベーターを降り真っすぐ自分の部屋に向かった夏希はドアの前でスマホを見るがあれから返信は無く、溜息をつきながら鍵を取り出しドアを開ける。いつも通りヒールを脱ぎ部屋に上がるとダイニングの電気が付いていることに気が付いた。少し不審がる表情を浮かべつつゆっくり廊下を進む。

 そしてダイニングを覗き込むとそこには椅子に座り本へ視線を落とす優也の姿があった。



「優也?」



 その声に優也が顔を上げる。



「あっ。おかえり」

「何してるの?」

「いや、君が前に楽しいって言ってた本読んでみたんだけど楽しいねこれ。あと貰ってた合鍵で勝手に入ったけど良かった?」

「それは構わないけど。じゃなくて……。――今日はほんとにごめんなさい。映画観る約束してたのに」



 優也の前まで足を進めた夏希は声や表情でも語りながら心の底から謝った。



「いいよ。それぐらい」

「怒ってない?」

「全然」



 その言葉に夏希はホッとした表情を見せる。



「返信が無かったからてっきり怒ってるのかなって」

「返信? あぁごめん。気が付かなった。スマホあそこい置いちゃってたから」


 優也の指さした指の先にあったはリビングのテーブル。


「ううん。悪いのはあたしだから。怒ってないならそれでいい。良かった」

「とりあえず仕事お疲れ様」


 そう言って夏希を労うように抱きしめる優也。それに彼女も応えた。


「今思ったんだけど仕事で結構疲れてる?」

「少しは疲れてるけど、どうして?」

「いや、実は映画観れなかったからさ。代わりと言ってはなんだけど...」


 本をテーブルに置いた優也はキッチンに向かうと冷蔵庫を開ける。そこにはお酒や惣菜などがいくつか入っていた。


「Netflicksで何か見ながら飲もうかなって思ったんだよね。でも疲れてるなら別に無理しなくても...」


 すると夏希はその優しさに嬉しく思ったのか声は出さず堪えるように笑った。


「どうした?」

「ううん。何でもない」

「そう。それでどうする?」

「明日休みだし乗った」

「じゃあ僕はこっちの準備するから。君はその間に自分の準備をして」

「それじゃあすぐに着替えてくるわね」


 そしてソファ前のテーブルには色々な惣菜とお酒が並べられ、着替えた夏希と優也がそのソファに腰を下ろす。


「それと結構お腹空いてるかもって思ったからおにぎりとも買ったんだけど食べる?」

「食べる」

「じゃあどうぞ。1つだけもらおうかな」

「ありがとう」

「食べてから観る?それとも観ながら食べる?」

「観るのに集中したいから食べてからがいいかな」

「なら食べようか。僕も腹減ったし」

「何も食べてないの?」

「うん。一緒に食べたかったから」


 すると夏希は優也に抱き付いた。


「ありがとう」


 それが食事を我慢したことだけに対してのお礼でないことは優也も分かっていた。


「いいよ。仕事なら仕方ないし」

「あたし今日中に終わらせないといけない仕事でミスしちゃって。その修正で時間がかかっちゃったの。久しぶりあんな大きなミスしちゃった」

「でもちゃんと終わらせたんでしょ?」

「うん。その所為であなたとの約束を破ることになっちゃったけど」

「それは気にしないで良いよ。仕事なら仕方ないから。それよりちゃんとミスを自分で取り戻した君は偉い」



 優也はそう言いながら夏希の頭を優しく撫でる



「ありがとう」

「――このまま抱き付いてくれるのも嬉しいけどそろそろご飯食べない?」

「そうね。ごめん」



 そして夏希が離れると二人は夕食を食べ始めた。惣菜とおにぎりというそれは少し寂しい夕食となったが、愛する人と食べるその食事は高級フレンチやイタリアンにも勝る程に素敵な夕食だった。


 それからお腹をある程度満たした二人は寄り添いながらNetflicksで映画を観始めた。



「あたしこの男嫌いだわぁ」

「チャラいから?」

「見た目は別にいいんだけど、この子が離れないように適当に口だけで愛してるーとか想い出を語ったりしてるじゃん。この子はほんとに楽しい想い出だと思ってるけど多分コイツは思ってないよ。そういうところが嫌い」



 それからも映画館で映画を観れなかったことがチャラになる程に二人は楽しんだ。


 そして二本目の途中、仕事の疲れもあり夏希は優也に凭れながらいつの間にか眠っていた。そんな彼女を起こさぬようゆっくり慎重に映画を消し抱き上げた優也はベッドへ。


 その途中、夏希は寝ながら優也の胸へ顔を向け身を傾けた。彼女の幸せそうな寝顔は優也にとって天使と表現しても大袈裟ではないほどに愛らしくいつまでも眺めていたいものだったが、ベッドに着くとゆっくりそんな天使を手放し寝かせてあげた。


 そしてその寝顔を最後に眺めるとおでこにキスをしてから寝室を静かに出て簡単に片づけを始める。それが済むと優也はぐっすり眠る夏希の隣に静かに入り彼女を抱きしめながら眠りについた。映画のように素敵な夢を見ているのか二人の寝顔は朝が来るまでずっと幸せに満ちていた。


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