6
それから週末までメッセージのやり取りをしながらどこへ行くか決めた二人は約束の日、待ち合わせを夏希の家でした。
優也はエレベーターで彼女の部屋まで行くと言われていた通り勝手にドアを開け中へ入る。真っすぐリビングの方へ行くとそこに夏希の姿はあった。ドアと足音で気が付いたのだろう優也が彼女を見つけた少し後に夏希が振り返る。
「おはよう」
だが湯気の立つカップを片手に持つ夏希の言葉は優也には聞こえていなかった。それは彼女がいつもと違った服装をしていたから。これまで外では仕事終わりの彼女と会っていてスーツではなかったもののそれなりの服装をしていた。
だが今日は休日のデート。髪型もメイクも服装もそれ用というかそれを意識したものでその姿は、
「綺麗だ」
「え? なに?」
挨拶を返すより先にそんなことを呟いた優也に首を傾げる夏希。
だがその言葉すらも耳に入らぬほど彼女に魅了されていた優也は早足で夏希へ近づく。
「いつもの君も素敵だけど今日は……とびっきり最高! その服もそのアクセサリーもそのメイクも全部……」
テンションが上がり興奮気味になった所為で彼女の手を握りながら少し前のめりになってしまう。だが最後は落ち着きを取り戻し、目を真っすぐ見て気持ちを込めた言葉で伝えた。
「――全部素敵だよ」
「――ありがとう」
最初は少し気圧された様子の夏希だが最後は優也の気持ちを素直に受け止め笑みを浮かべながらお礼を言った。
「でも急にごめん。今思えば君のそういう姿、初めて見たから。つい舞い上がっちゃって」
自分があまりにも前のめりになってしまったと冷静になってから改めて感じた優也は手は握ったまま少し赤みを帯びた顔を逸らした。
「少し驚いたけど、嬉しい」
「ガッツキ過ぎで引いてない?」
「大丈夫。それにあなたの為におしゃれしたんだから喜んでもらって嬉しい」
「いつも素敵な君がいつも以上に素敵だよ」
「ありがとう」
言葉を溶かした静けさの中、二人はそっと口づけを交わした。会えなかった数日分も補うようにすぐ離れることはなかったが、そう長くも続かず夏希が手を優也の胸に当てて止めた。
「零れちゃうから」
夏希は片手に持っていたカップを見せ、優也は軽く両手を上げながら一歩後ろへ下がった。
「ごめん。折角の服が汚れた大変だからね。――さてと。準備は?」
「大丈夫よ」
「じゃ、行こっか」
「そうね。行きましょ」
カップを流し台に置いた夏希はコートを着てバッグを持ち優也と家を出た。戸締りをしっかりしてエレベーターに乗り込む二人。一階に着くまでの間、優也は隣の夏希を見ていた。
すると彼女は横目で優也の顔を見た。目が合うと軽く笑い再び前を向く。
「あなたの方を見たらいつも目が合う気がするんだけど?」
「そりゃ隙あらば君のことを見てるし。それにこんなドア見てるよりかは君を見てた方が楽しいじゃん」
「ならお好きにどうぞ。でもあなたの助手席は絶対に乗らないって今、心に誓ったわ」
「隙あらばだから。信号待ちとかにしか、ね。多分」
「要注意ね」
そしてエレベーターを降りた二人が移動し向かったのは大きなショッピングモール。週末と言うこともあり多くの人で賑わうショッピングモールで二人は色々なお店を見て回った。服を見たり、
「コレとコレどっちが似合う?」
「んー。どっちも」
「さっきからそればっかり」
「実際決められないぐらいどっちも似合うし。というか似合わない服ないんじゃない?」
「――それじゃコレも?」
「あったわ。――いや、でも意外と可愛いかも」
「本気で言ってるの?」
アクセサリーを見たり、
「このピアスかわいいなぁ。あっ! コレ! このピアスあなたに似合うんじゃない?」
「でも開いてないし」
「ほんとに? ――ほんとだ。残念。……ならこの指輪は?」
「いいねこれ。でも似合う?」
「あたしはそう思うけど? あっ、折角だしお揃いにする?」
「それは結婚指輪として嵌めてもいいってこと?」
「ふっふふ。それはまだダメ」
「まだ?」
「保留よ」
服やアクセサリーを見ているだけであっという間に時間が過ぎてお昼になり二人は適当なお店で昼食を食べた。それから本屋を覗き、
「この本って前に話してたやつ?」
「そうそう。コレ」
「結構絵が可愛い」
「でしょ。内容もいいし量も多くないからすぐに読めるわよ」
雑貨屋を見て、
「コレ可愛くない?」
「確かに。でも何に使うの?」
「んー。……さぁ?」
それからも色々なお店を見て回った二人だったが、早い時間帯でいくつかの買い物袋を手に下げ夏希の家へと帰った。
「思ったより買っちゃったなぁ」
「あっ、そうだ。今度デートする時にその服着てよ」
「あなたが選んだ服だからね。いいよ」
「今から楽しみ」
「楽しみにしてて。それじゃあたし着替えてくるわね」
「分かった」
そして夏希の家でしばらく過ごした二人は今日のデートのメインであるイベントへ向かった。そこはあまり大きくはないライブハウス。
「まだ時間あるし先に物販見ていこう」
「いいね。あたしタオル欲しいな」
既に行列が出来ていた物販の見本が載った看板に並んでいたのは蛇希のグッズだった。
今日のデートのメインは蛇希のライブ。しかもそれは数日前に発表されたゲリラライブだった。どういう経緯で決定したのかは分からないが突然発表され、同時にチケットが発売されたライブで二人は偶然にもすぐに見つけることができチケットを購入したのだ。
「これも欲しいなぁ」
「それじゃあ、あたしはタオルとTシャツとコレとコレ買おっと」
そして物販でいくつかグッズを買った二人はそのTシャツを着てタオルを首から提げライブ開始を待った。ゲリラだったにも関わらずライブハウスはパンパン。
「そう言えばチケット一瞬で売り切れたらしいわよ」
「僕らほんとに運が良かったんだ」
そして見事チケットを買えたファンと共に待っているとビートが流れ始めライブが始まった。 蛇希の登場にライブ会場は最初から熱狂に包まれる。その歓声の中にはもちろん二人の声も混じっていた。歌いながら登場しそのまま一曲目を歌い終えた蛇希はまず集まったファンに感謝の気持ちを伝えた。
「このライブはほんとに唐突に発表したんだけど、まぁこれには色々理由があってそれはいつか機会があれば話すとして。とりあえず、こんな急なライブだったけどチケットも全部売れてほんとに良かったです。みんなありがとう。ちゃんと楽しんでいけよ! いや、違うな。一緒に楽しも―ぜ!」
蛇希の言葉に観客は盛り上がりで答えた。
「今夜はしに最高な夜にするからよ!」
会場が揺れんばかりの熱狂に包まれるとそのまま次の曲が始まった。
それはあの日、優也と夏希を結んだ一本のMVの曲。蛇希に魅了された二人のファンが彼を通じて出会った日。今の二人にとって蛇希は大好きなアーティストであると共に恋のキューピット的存在でもあり、優也は夏希と出会わせてくれた彼を前よりもより好きになっていた。
それも相俟り今回のライブは今までのどのライブよりも楽しく盛り上がった。蛇希の歌声に片手を挙げながら揺れ時折、横を見れば最愛の人が自分と同じように全身で楽しんでいる。自分の好きな人は自分の好きな人が好き。最愛の人とする好きの共有は至極で愛を更に濃く染めた。
それを実感できた優也はこのライブで蛇希がより一層好きになり、もしかしたら同じように時折優也の方を見ていた夏希もそうだったのかもしれない。
「いやもう、しに最高! お前ら最高やっさ。いやーあっつ。お前らちゃんと水分補給しれよ? 倒れるとかもったいないからよ――何回も言うけど最高! でもこんな最高の夜をもっと盛り上げる為には、やっぱもっと最高の仲間が必要だと思わん? まず急にお願いしたんだけど快く引き受けてくれたあいつらにリスペ」
すると更に続く蛇希の言葉の後ろでその次の曲が流れ始める。Lycoris squamigera―夏水仙―。それは二人にとって想い入れのある曲。優也は思わず隣を見ると夏希と目が合った。考えることは同じだったのか同時に互いを見た二人は目が合うと言葉は交わさずとも意思疎通し笑い合う。
そして秘かに手を握るともう片方の手を上げ登場した客演の面々と共に始まった曲を楽しんだ。
蛇希のライブは最初から最後まで熱狂的な盛り上がりを見せ、二人だけでなく全ての観客にとって彼の宣言通り最高の夜になったことはライブ後の表情を見れば一目瞭然。
そして二人はライブ会場を後にするとまだ冷めぬ熱を胸に秘めたまま夏希の家で夕食を食べながら発散するように熱く語り合った。そんな二人が力尽きるまで語り尽くしたことは翌日ソファで目覚めたところ見れば疑う余地はない。
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