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それから次の予定を立てた二人は二日後の夜いつものバーで待ち合わせた。
その日を心待ちにしていた優也は前回同様少し早くお店に着きビールで喉を潤す。ひと口ふた口とビールを飲んでいき四分の一ほど減った頃、
「まさか一時間も早く来てる訳じゃないわよね?」
突然、肩をポンと叩かれたかと思うと夏希の声が聞こえ、彼女は向かいの席に座った。
「――まさか。セルフで一時間は待たないよ」
「ちゃんとそれも一杯目?」
そう言いながら荷物などを置いた夏希は少し減ったビールを指差す。
「もちろん。俺が酔っぱらってるように見えるかい?」
優也はわざとらしく酔っ払いの振りをした。それを見て夏希は小さく笑う。
「いつも通りみたいで良かった」
「え? いつもこんな喋り方はしてないでしょ」
「どうだか」
小さく笑みを浮かべながら眉を一瞬上げて見せる夏希。
「マジか。君の真似したつもりだったんだけどな」
「ひどい人」
優也の言葉に眉間へ皺を寄せハッっと息を吸った彼女は首を小さく振りながらため息をつくように返した。
「ごめんごめん。冗談。君はもっと素敵な声で素敵な話し方をする素敵な人だよ」
「まぁいいでしょう。許してあげる」
「ありがとうございます」
一連の茶番を終えると優也はスマホで時刻を確認した。デジタル時計は丁度、約束の時間に変わる。
「それにしても早かったね」
「遅れたらあなたの機嫌が怖いから。――なんていうのは冗談でただ早く仕事が終わったから。あっ、すみません!」
そして料理などを注文し今夜の飲み会が始まった。最初は蛇希、二回目は互いの事、三回目の今回は色々な話をした。あそこのお店が美味しいだとか、この映画が面白いだとか、この本はオススメだとか。色々。絶え間なくどちらかが話をしていた彼らのテーブルは、他の酔っ払いたちにも劣らないほど盛り上がっており笑い声もよく聞こえた。優也は普段、饒舌という訳ではなかったがお酒の力と夏希が楽しそうに聞いてくれるからかいつもより積極的に話し彼女の話を楽しく聞いた。
「……そのお店のオムライスがほんとに最高! 卵もふわふわで美味しいしチキンライスも美味しいの。けどあたし的にはソースが他のお店よりこ好みなのよね」
……
「……そのおじいちゃんは自分達の物語を読み聞かせてたんだけどちょっと思い出しただけでまた。それで最後は……。まぁそれは見てのお楽しみ」
……
「……その一つ一つが楽しいんだけど、最後は王子様も自分の星に帰ることになるの。でもほんとに帰ったのかは分からない。それと王子様がパイロットに最後の贈り物をする前に言った言葉があたしは好きなの」
……
「……随分変わった故郷を目にするんだけど。だけど変わらないところもあって。それから葬儀とか色々終わってその人の残したフィルムを貰うんだけど、主人公が帰ってそのフィルムを再生するシーンが一番好きなんだよね」
……
「この鉄塔は君の所まで繋がってるからこれを見上げる度に君を思い浮かべるって言うんだけど、そういうのっていいよね。日常的なモノが特別に感じるのって素敵だし。誰にとっても日常的なモノが自分には特別に感じるって希少価値が高い物を持ってるより特別な感じがする」
……
「そしたらその先輩が言ったんだよ。それ俺のって」
……
それ程、盛り上がったという証なのだろうこの日はいつにも増してお酒が進んだ。
そしてお酒を飲めば飲むほど、気持ちよくなればなるほどより饒舌になり話も弾んでいく。夏希が楽しそうに話を聞き、話をするのを見ているだけで楽しくそれも彼のお酒がいつもより進む理由の一つだった。
だがそんな楽しい時間ほど過ぎるが早いのは世の常。気が付けば体感の倍以上の時間が現実では進んでいた。その頃にはベロベロという訳ではないがある程度お酒が回っていた優也。
「その話ほんとに面白いわね」
「君がそう言うならこれからは持ちネタにしよう」
「いいわね」
弾んでいた会話もひと段落つくと小休憩というような沈黙の中、冷えてしまった料理を一口食べ半分減ったお酒で流し込む。
すると店内BGMが蛇希へと変わった。それは前回とは違う曲で、Lycoris squamigera―夏水仙―。
「いつ聴いてもいい曲」
「そうね。MVも良かったし」
それから少しの間、二人は前回同様に話は一旦止めて曲を楽しんだ。互いを見ながらサビでは声を出さずに口パクで歌い、笑い合う。
そしてサビが終わると優也は一度お酒を飲んでからまだ途中だが夏希に話しかけた。
「僕らって出会ってからまだ三回しか会ってないのに、それ以上にこうやって飲んだ気がするんだよね」
「そうね。お互い蛇希が好きってことで始まったけどあなたは話を聞くのも話すのも上手いからついつい楽しくなっちゃう」
「いや、それは君の方だよ。君とこうやって話してるだけで、というよりそういう君を見ているだけで楽しくなってくる」
「あたし達気が合うみたいね」
「そうだね。でもそれだけじゃなくて……」
「なに?」
優也はすぐには答えず少し俯く。
そしてもう一度夏希の顔を見ると彼女のテーブルに置いていた手へ自分の手を伸ばした。今回は無意識などではなく意識的に。そして彼女の手を包み込むように自分の手を乗せる。夏希は少し驚いたような表情を見せたが何も言わずそのまま優也の方を見続けた。
「君のことが好きなのかもしれない」
「なのかもしれない?」
その意地悪するような聞き返しに優也は笑みを零す。
「いや、君の事が好きだ。僕は君に惚れた」
「それは嬉しいわね。ありがと」
「あの日したキスも酔いの勢いってのもあったと思うけどそれ以上に君があまりに魅力的だったからなのかも。もしかしたら初めて会ったあの時から君に気があったんだと思う。今思えばだけど」
優也の告白を黙って聞いていた夏希はそのまま返事はせず黙ったまま。
「君は?」
「あたしの返事?」
「そう。僕の気持ちとかは気にせず君のありのままの気持ちを教えて欲しい」
「そうね……。あたしは……」
視線を落とし考え始めた夏希は言葉を止め優也に手招きをした。そのジェスチャーに優也は身を乗り出し彼女に近づく。テーブルの半分程まで顔を近付けた優也に夏希も身を乗り出してもう半分近づくと二人の顔は息がかかりそうな程まで接近。つい先ほど好きだと伝えた女性が目の前まで近づいてきて優也の心臓は高鳴る。
酔いも吹き飛ばしそうな程に力強くそして速く脈打つ心臓。その心臓に気を取られていると夏希は何も言わず急に優也と口づけを交わした。最初は一気に一驚が内側を満たし訳が分からなかったが、すぐに状況と彼女の答えを理解し優也もそれを受け入れた。
だが理解するのに少し時間を奪われた所為で、気が付けば彼女の口が離れていく。まだ名残惜しい唇を焦らすように離れた夏希は顔は近づけたままニッコリと笑みを浮かべた。
「これがあたしの気持ち。まさか今ので分からないほど鈍感じy」
そんな夏樹の言葉を遮り、今度は優也が夏希の顎に手を当てて引き寄せキスをした。先ほどの分を取り戻すように愛を味わう。
そして蛇希の曲が終わるのに合わせ二人の顔は離れた。互いの通じ合った気持ちを確認できたからか単に改めて面映ゆくなったのか二人は少しの間、黙ったまま頬を酔いとは別に赤く染めて笑みを浮かべ相手の顔を見つめる。だがその間も、最初からずっと二人の手は重なりあったまま。
するとこの雰囲気に耐えかねた優也が先に笑い始めた。
「今の――もしかして酔ってる?」
「えぇ。そうかも」
「僕も」
「でも明日の朝になっても忘れないと思う」
「そうだね」
そして二人は残りのお酒を飲み干しお店を出ると、その前で互いの両手を握り向き合った。お酒か相手か今では分からぬ酔った目だったが、しっかりと互いを見つめ合っていた。
「なんだろう。何だか不思議な感じ」
「そうね。――ねぇ、良かったら店」
「どうした?」
「うちに来ない?」
「もしかしてそれって誘ってる?」
夏希が何度かしたように意地悪っぽく尋ねる。
「さぁ? どうでしょう」
だが彼女はそれをスルリと躱して見せた。
「じゃあ行って確かめてみようかな」
「ほんと男ってやねぇ。そういうことばっか」
「何? 僕はただ君の家がどんななのか確かめてみようと思っただけだけど?」
「意地悪な人」
そう言いながら夏希は優也の肩を指で軽く押す。
「さぁ行きましょ」
夏希は優也の手を引いて歩き始めた。そして途中でタクシーを拾い二人は夏希のマンションへ。
オートロック付きの時点で何となく予想は出来ていたが彼女の部屋は優也の部屋を狭いと言うだけのことはあり広々としていた。
「わぁーお。随分といい所に住んでるね」
「別に嫌味とかじゃなくてあなたのとこに比べたらね」
夏希はコートやバッグやらを片付けるとキッチンへ向かった。そこは全部が繋がったLDK。そしてワインボトルと二つのグラスを手にリビングを見回す優也の元に戻った。
「これ入れててくれる?」
「うん。分かった」
優也がワインを注いでいる間に夏希はちょっとしたおつまみを持ってきた。
そしてそれをテーブルに置いた彼女がソファに座ると二つのワイングラスを手に優也も腰を下ろし、一つを夏希に手渡す。
「それじゃあ乾杯」
「乾杯」
それから二次会が始まった。先程とは違いテーブルを挟まず隣同士な上に互いの気持ちを打ち明け心の距離も近づいた二人はより楽しそうにしていた。自分の気持ちを相手に伝え受け入れられたこともあってか二人は思うがまま互いの顔に触れ抱き寄せ合う。
そして夏希は見上げ優也は見下ろして見つめ合うと、相手を想う気持ちに引き寄せられるように唇を重ね合わせ愛を語った。次第に熱くなっていくと持っていたワイングラスをテーブルに置きキスをしたままソファに夏希を押し倒す。
「ここじゃダメ」
「ここじゃ?」
「えぇ。ここじゃ」
夏希の視線が向いたのは寝室。それを見ると優也は夏希を抱え上げ何度も口づけを交わしながら寝室へと向かった。そしてそのままベッドへと倒れ込む。
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