異母兄弟④/アパートメントにて①


 リタとテオフィロがロレンツィ家に帰ると、玄関先で立って待っている人物がいた。――アルバートだ。


「おかえり」


 にっこり微笑まれる。

 ……が、機嫌はすこぶる悪そうだ。テオフィロは気づいているのかいないのか平然と大声を出す。


「ボス自ら出迎え? 暇人かよ!」


 アルバートは氷のように冷たい瞳をテオフィロに向けた。


「暇じゃない。わざわざ待ってたんだ」

「ストーカー?」

「程度の低い会話はしたくない。お前、リタを危険な目に合わせた挙句、勝手に街を連れまわしていたんだって?」

「なんで知ってんの⁉」


 リタは気づいていた。


 街には上着を着て歩いている人間が何人かいた。エミリオのようにこれ見よがしなスーツ姿で見回っている者もいれば、私服姿でさりげなく市中の様子を伺っている構成員たちもいるのだ。構成員全員の顔を把握していなくても、ロレンツィ家の人間かどうかは察せられた。……その誰かがアルバートに報告を上げたのだろう。


 テオフィロを睨んでいたアルバートだが、リタの方に視線を移動させた。


「……あまり、危険なことはしないで欲しい」


 はあ、と溜息と共に言われ、リタは肩を竦めてしまう。


 確かに、ヒヤリとする場面もあったし、「大袈裟だわ」と突っぱねられるほど後先考えて行動したわけではなかったのでそこは反省する。

《ごめんなさい》を書きかけたところで、思わぬ助け船が入った。


「おや、おかえりなさい。なにか収穫はありました?」


 ハロルドだった。

 あまり外に出る仕事がないハロルドが出てくるなんて珍しい。「テオフィロ君も一緒だったんですね」と機嫌の悪い様子のアルバートに構わず話しかけてくる。


「会いに行った奴は留守だったぜ。でもなーんか怪しかったんだよな」

「へえ? では後ほどリタ嬢から報告を聞くことにしましょうか」

「――ハロルド」


 アルバートの声掛けにもハロルドは動じない。


「なにか?」

「僕はきみを信頼してリタを預けたんだ。エミリオは別行動、得体の知れない男と二人きりで行動させるなんて、何かあったらどうするんだ」


 ハロルドはぱちぱちと瞬く。


「では、リタ嬢を一歩も屋敷の外へ出すなと?」

「そうは言ってない」

「今はロザーナ祭が近く、構成員たちは平時よりも街中にたくさんいます。彼女が危機に陥れば助けに入ってくれるでしょう。アルバート様にいち早く報告を上げられるのですからね」

「…………」

「ここはマフィアの屋敷です。危険に晒したくないのなら屋敷に閉じ込めておくべきです。働かせると決めたのなら自立の邪魔をすべきではない。アルバート様は彼女をどうなさりたいのです?」


 あくまでも穏便で、淡々としたハロルドの言い分に、

「――お前が正しいよ」

 にらみ合いの末、ふい、と顔を背けたアルバートは不機嫌さを隠そうともせずに出て行った。


 二人の冷え冷えとした会話を聞いていたリタとテオフィロは知らず知らずのうちに止められていた息を吐きだしてしまう。


「怖ぇー……、あいつなんであんなに怒ってんの?」

「はは。若いですね」

「あんたも怖ぇーよ。陰険同士の戦いじゃん」

「はい?」

「いやいや、あー、あの。あれだな。あんた、愛されてるんだな?」


 テオフィロのフォローにリタは苦笑した。


《そういうのじゃないよ》


「どーいう意味?」


 リタは文章の前に付け足した。愛とか、そういうのじゃないよ。


 ここ最近、やたらとアルバートが距離を詰めようとしてきて、そしてそんな彼の様子にまったく心が追い付けていなかったリタは、ようやくその理由を見つけられた気がした。


(アルバートは、わたしに『自由』になって欲しくないんだ)



 ◇



 その場所に向かうのは憂鬱だった。


 セレーノの外れにある高級アパートメントの一室は、アルバートの母リヴィアが暮らしている部屋だ。


 隣人たちがベランダを花やガーランドで飾り付けていて華やかなぶん、何も置かれていないリヴィアの部屋の前だけ寒々しく見える。


 階段を上り、二階の角部屋の呼び鈴を鳴らす。


 事前に訪ねることを知らせてあったものの、ノックをしてもリヴィアは一向に出てこない。ずいぶん待たされたと思えば、シャワーでも浴びていたのかスリップドレスに上着をひっかけただけの姿で扉を開けられた。


 アルバートと同じダークグリーンの瞳がきゅっと細められる。


「あら? わたしのところに来るなんて電話、冗談かと思っていたわ」


 どうぞ、と促され、アルバートは無言のまま部屋に入った。

 途端に香るのは生花のにおいだ。真っ赤な薔薇の花束が生けられもせずにテーブルに放り出されている。おおかた、昨夜の相手が持ってきたものだろう。「ありがとう、嬉しいわ」と微笑み、次の瞬間にはその辺りに放る姿がありありと想像できる。


 ――昔から、彼女に「母性」というものを感じたことはなかった。

 今でもそうだ。

 リヴィアはアルバートのことも、この部屋にやってくる男たちと同じように――彼女の恋人の一人でも扱うかのように接する。ソファに腰を下ろしたリヴィアは、脚線美を見せつけるように足を組んだ。豊かな長い黒髪をかき上げる。


「久しぶりね、アルバート。年々わたしに似てきて嫌になるわ」


「それはこっちのセリフです。……テオフォロと会ったそうですね」

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