異母兄弟③

《代表のルイージさんはいますか?》


 リタは予め書いておいたスケッチブックを捲った。


《ロレンツィ家の者です。ハロルドの部下だとおっしゃってくださればお分かりいただけるかと思います》


 大男は訝しげな顔でリタと男二人を見たが、首を振った。


「あいにくだがルイージはいない」

《いつ頃お戻りに?》

「さあな、知らない。……もういいか?」

(あっ、待って……)


 それなら品物の管理状況を知りたかったが、相手はリタの筆談を待ってくれるほど親切ではなかった。


「……あんたがちょこっと威圧してやりゃ、あの大男も中に入れてくれたんじゃねえの?」


 テオフィロがエミリオを見上げて言う。リタ相手だから舐められたのだと言いたいらしい。


「今日の俺の仕事は護衛だから」


 そしてエミリオは悪びれた風もなく笑う。


 ……ああ、そうか。リタが強引にでも中に入りたいと言ったら手を貸してくれただろうが、護衛しか頼まなかったからエミリオは口も手も出さなかった。

 無意識にエミリオに頼っていたことを反省したリタは《敷地の周囲を見て帰ってもいい?》と提案した。せっかくここまで足を運んだのだから、何か参考になることがあるかもしれない。それに、なぜハロルドがこのボロ倉庫に価値を見出しているのかも気になっていた。


「なあなあ、あそこから中に入れるんじゃね?」


 敷地の周囲は侵入者避けの鉄柵が張り巡らされていたが、意図的にか直すつもりがないのか、一部破れている箇所がある。

 勝手に入るのは……と思ったがテオフィロは潜り抜けて行ってしまった。


「おい、あんまり勝手なことはするなよ」


 エミリオが注意するが、テオフィロは「平気だって」とあっさりしたものだ。乱雑に積んで放置してある木のコンテナは目隠しになるし、通用口から倉庫の中に入れそうだ。テオフィロがリタを手招いている。


(どうしよう)


 迷ったが、リタは鉄柵をくぐった。


 このまま何も得られずに帰ったら、ハロルドにいったい何をしに行ったのかと言われるような気がしたのだ。『私が引き受けたのは新米構成員の教育であって、婚約者教育ではありませんから』。ロレンツィ家の構成員たちであれば自己判断で動く場面だ。


「中までは護衛できねえぞ」


 鉄柵を通り抜けられそうにないエミリオに釘を刺されて頷く。

 とりあえず、テオフィロのところまで行って、ちらりと中を覗くくらいだ。リタは急いでコンテナの方へ向かうと、


 ――ガチャッ! と通用口のノブが回った。


 咄嗟にテオフィロと共にコンテナの影に隠れる。が、側に来られたら見つかってしまうかもしれない……!


「おいっ、なんだお前!」

 男たちの声は――

「――おっと、何にもしてねえよ?」


 鉄柵の向こうにいる黒づくめのエミリオに向けられる。


 エミリオはにやりと意味深な笑い方をすると、わざとらしく走りだす。

 いかにも「見つかって逃げました」といった動きに、


「おいっ!」


 男たちの視線がそちらに釘付けになる。テオフィロがリタをつついた。エミリオが囮になってくれているうちに見つかりにくそうな大きなコンテナの裏に移動する。


「……ロレンツィ家の……」

「……見られたのか?」

「いや。まさかな。とりあえず……に……」


 男たちはぼそぼそと喋りながら場所を移動する。


(見られた、って?)


 やはり見られたらまずいものでも存在するのか。


(エミリオがいた位置から見えるのはこのコンテナくらいよね? 裏口に置いてあるということは品物じゃないのかしら?)


「なあ、見つかったらやばそうだし、俺らも戻ろうか」


 気になるが、護衛のエミリオなしで勝手なことをするのはさすがにこれくらいが限度だろうと頷く。テオフィロは武器を所持していないし、リタも諜報活動に長けているわけでもない。とりあえず、見つかったらよろしくない何かがあるらしいことはわかったのだし、対策を立て直して出直しだ。周囲を見渡しながらこそこそと離れる。

 エミリオの姿は見当たらなかったので、テオフィロと共にロレンツィ家に帰ることにした。





 ……の、だけれど。


「良く似合うよ~、お嬢さん」


 なぜか大通りの露店に寄り道する羽目になっていた。

 アンティークビーズを使ったバレッタを勧められ、テオフィロが勝手にリタの頭につけた。似合う似合う、と店主と共に褒めそやされる。


 リタは顔を顰めた。


《仕事中だから、帰らないと》

「真面目だなー。あ、おっちゃん、これいくら?」


 提示された金額はちょっといい昼食を食べられるくらいの値段だった。「っけぇ!」と遠慮なく声を上げるテオフィロに周囲から視線が向けられる。観光客と思しき人たちからじろじろと見られて恥ずかしかった。


 リタは髪飾りを頭から外すと、別のものを指さし、店主に代金を支払う。


「いやー、買ってあげようかなと思ったんだけど、手持ちがなくってさぁ」


 自腹で買い物をしたリタに、テオフィロは言い訳のように笑った。

 その手に、買ったばかりの髪飾りを握らせる。

 テオフィロはきょとんとした顔をしていた。


「え? 何? 俺にくれるの?」

《欲しかったんだと思ったけど、違った?》

「いやいやいや。俺、男だし。さすがにこういうのはつけねえよ?」


 ツンツン跳ねた赤茶の髪に髪飾りをのせて笑う。


「こういうのは女の子がつけるもんでしょ。自分で買ったんだからあんたが自分で使いなよ」


 返されるがリタは断った。


《いらなかったら他の人にあげて。だから早く帰りましょう》

「えっ、早く帰りたいから買ってくれたの? 気前よすぎる……っていうか男前すぎるな!」


 テオフィロは茶化したがその瞳には戸惑いが見えた。


 ――リタの勘違いでなければ、彼が露店に近づき、真っ先に手に取ったのがこの髪飾りだった。あとから取ってつけたようにリタに似合いそうな品を選んでいたが、彼にはこの髪飾りをあげたい誰かがいるのではないかと邪推したのだ。


 テオフィロはなぜロレンツィ家にやってきたのだろう。


 明るく、人懐っこい性格の男の顔をそっと盗み見る。


 アルバートの地位を奪うため? ロレンツィ家のボスになればカルディア島での生活はある程度保証される。住むところやお金だって――ベルナルドと血縁関係があるのなら、彼にも遺産として与えられて当然だったと思っている?


「なあ、なんであんたはロレンツィ家にいるわけ?」


 同じようなことを考えていたのか、鳶色の目がリタを見つめた。

 凛々しい顔立ちはアルバートとは全く似ていない。


「あんたは……、普通の女の子だろ。マフィアの男を好きになるなんて、ちょっと考え直した方がいい」


 もう何回も考え直したことだ。

 リタがペンを動かそうとする前に、テオフィロは真剣な顔で言い募った。


「……その方が、絶対に幸せだ」


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