異母兄弟①

「おいテオ、このジャケットやるよ! 首まわりとかそんなにへたってねーし、まあまあキレイだろ」

「いいのか? え~すげえ助かる! あんたいい奴だな!」

「ばっか、こんなん安物だぜ?」

「そうそう。もうちょっといい店の買えるように頑張れよ」


 食堂で数人の構成員たちと騒ぐテオを見ながら、リタは朝食を黙々と口に運んだ。


(……あっと言う間に馴染んでる……)


 グレゴリオがやってきた日に押し掛けてきた青年――テオフィロは、そのままロレンツィ家に居着くことになってしまった。母親と二人暮らしのため、幼い頃から賃仕事バイトを掛け持ちして暮らしていただの、「いらないものがあったら譲ってくれよ!」とマフィア相手に物をねだったりするなど――気安い態度に不快感を示す構成員はいるものの、「弟分」として可愛がられ始めていた。「ベルナルド様にそっくりだ」と涙ぐむものまでいる。


 年はアルバートの一つ年上らしいが、人の懐に入ることに長けている。

 リタはサラダに入っているプチトマトに歯を立てた。ぶつっと破れた薄皮の中の実は少しだけ酸っぱくて、眉間にきゅっと皺を寄せてしまう。


「……朝から賑やかだね」


 アルバートがリタの隣に座った。


「おはよう、リタ」

(おはよう。……アルバート、少し疲れている?)


 挨拶代わりに頷きながら、アルバートの顔色を窺う。


 新参者のテオフィロは話題の中心にいて、ボスであるアルバートは隅の席。


 リタがいる場所に合わせてくれるのは分かっているが、周囲の構成員たちも何とも言えない表情を浮かべた。そんな目で見られていると気づいたアルバートは苦笑する。


「……テオフィロあいつの言っていることに嘘はなさそうだね。僕が生まれる前まで、あいつの母親と僕の父親は関係を持っていたそうだし」


 その後、アルバートの母親と恋に落ちた――言い方は悪いが、テオの母親はベルナルドから「捨てられた」のか。

 生々しい話に反応に困ってしまい、リタは頷くだけに留める。


「あれだけ顔も似ているし、父と血縁関係があると言っているのも本当だと思う」


(じゃあ、本当ならテオがロレンツィ家の跡取りってこと? でも、それじゃあアルバートの立場はどうなるの?)


 ロレンツィ家の血を引いていないのではないかと噂されてきたアルバートにとって、テオの存在は良いものではないはずだ。

 不安そうな顔をしたリタにアルバートは笑った。


「そんな顔しなくていいよ。一応、僕だってロレンツィ家を率いてきたプライドがある。のこのこ現れた奴に『じゃあどうぞ』ってボスの座を明け渡したりしないよ」


《わたしが血の掟を結んだのはあなただもの》


 ここに残ると決めたのはアルバートがいるからだ。

 リタの文字を見たアルバートは少し嬉しそうに見えた。気を取り直したように朝食に手を付ける。


《彼になんの仕事をさせるの?》


「見回り。この時期は外からの観光客が増えるから、スリやら喧嘩やらトラブルが起こりやすくなるんだ。エミリオの監督の元での、本当に臨時の仕事だね」


 エミリオが……。

 大柄なエミリオが若い構成員たちを率いてマナーの悪い観光客を取り締まっている姿を想像する。かえってトラブルにならないだろうか?


「市長からのお墨付きもあるし、島の住人としては街の治安維持に協力しないと」

《市長?》

「そう。……ま、汚れ役を引き受けているものだよ。ゴロツキの対応を僕たちロレンツィ家が、市民の目のある警備を州警察がしていると思ってくれればいい」


 なるほど。

 島に来たばかりの頃はなぜマフィアであるロレンツィ家が堂々と街を歩けるのか疑問だったが、面倒ごとを州警察から引き受けているおかげでお目こぼしされているということか。今の市長は就任から十年以上その席に着いているベテランで、アルバートの祖父の代からそうやって持ちつ持たれつのバランスを保ってやってきたのだろう。


「きみの方もこれからもっと忙しくなるんじゃない? ハロルドがきみに物流管理を教えると言っていたから」

《ええ。迷惑をかけないように頑張るわ》


 ロレンツィ家の中でも真っ当な仕事の一つが仲介業だ。


 例えば、美術品を所持しているA氏と、その美術品が欲しいB氏の仲を取り持ち、取引が成立した暁には仲介料を取る。どちらかが約束を反故にして金や品物だけを持ち逃げしたりすることのないように「第三者」として取引に関わるのだ。

 もっとも、ロレンツィ家はマフィアだから――武器に薬、危ない物の取引もわんさかあるらしいが、ひとまず新米のリタに振り分けられるのは市民間での日用品や額の小さい商談である。大きな祭りごとなので屋台に出す食材を本土から大量に仕入れたりするらしい。


 あちこち街を見回り、金銭感覚を勉強したリタは気合が入る。

 アルバートは微笑ましいものを見るような顔をした。


「頑張ってくれるのは嬉しいけど、十五日は僕のためにあけておいてね」


 十五日――ロザーナ祭の最終日だ。

 セレーノの大聖堂に眠る、守護聖女ロザーナ。七月十日から五日間の間、街は彼女の生誕を祝うお祭り騒ぎになる。聖ロザーナに関する演劇やパレード、楽器隊が公演を繰り広げ、街のそこら中に屋台が立つのだそうだ。

 本土で暮らしていたリタにとっては単なる祝日だとしか認識していなかったが、カルディア島では一年に一度の大イベントだと聞いている。


「最終日の夜には花火が上がるんだ。……二人で一緒に見よう」

「!」


 ……これはまぎれもなくデートの誘いというやつだ。



『手を繋いだり、キスをしたりしたいって意味だとわかってる?』



 先日の食事の時にアルバートに言われたことを思い出し、リタは返事を一瞬ためらってしまった。だけど――断るのもおかしいし、とぎこちなく頷く。


 そのわずかな逡巡を見逃さなかったらしいアルバートは微笑んだ。


「良かった。婚約者と過ごすロザーナ祭は僕もはじめてだ。楽しみにしているからね」


 婚約者。

 再び小さな棘がリタの心にチクリと刺さる。

 強制されての婚約関係ではなくなったというのに、どうしてこんなにも不安に感じるのか。


 出入り口に近いはしのほうにいるリタたちの前を、食事を終えたらしいテオフィロが通りかかった。


「へー。あんたら、朝から仲良しなんだな」


 しみじみとした口調で言われ、アルバートは肩を竦める。

 随分と気安い態度だ。リタの方がひやひやしてしまう。


「当たり前だろう? 朝だろうが夜だろうが僕たちの関係は良好だけど」

「あっそ。喋れない女を手籠めにしてるのかと思ったけど、結構マジで惚れてんのな。ちょっとお前のことを見直したわ」

「僕に対してもリタに対しても失礼な発言だと言われないと気づかないのか? 余計な口を聞いていると即刻追い出すぞ。それから」


 絶対零度の微笑みを浮かべてテオフィロに凄む。


「リタの半径一メートル以内に近寄ったら殺すから」

「うっわ。怖っ」


 顔をひきつらせたテオフィロは「邪魔者は退散します~」と去っていった。そんなおちゃらけた態度もまるで長年このファミリーにいたかのように馴染んでいる。


「あいつと二人っきりにならないようにね」


 アルバートは真面目な顔で言うが、


(心配しなくても、テオフィロあの人はわたしに興味なんてないと思うけど……)


「……僕が心配だから」


 リタの心を読んだように念押しされてしまう。普通だったらドキッとするような場面であるはずなのに……。


 ……だめだ。


 やっぱり、どうにも甘いセリフにときめけない。


 そしてその理由はおそらく、これまで嘘くさい笑顔と態度で調子のいいことばかり言われてきたせいだろう。出会ったばかりの頃を思い出してしまうせいか、リタも妙にアルバートのことを警戒してしまっていた。

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