第12話 アルハトロス王国 初の覚醒

「おはようございます。朝ですよ!」


ローズを起こしたモイの声が聞こえた。ローズはまだ眠いと思ったけれど、今日から魔法の勉強があるので、ぐずっとしながら温かい毛布から体を外に突き出した。なんとか起きたものの、眠い。すると、モイは用意してくれた温かいタオルで顔を拭いて、彼女の着替えを手伝った。運動服に着替えを済まし、お茶を飲んで、部屋を出た。


外に出たらダルガはもうすでに鎧姿で玄関の近くで待機している。彼はいつも動きやすい軽装備をしている。首と肩を守る防具に、胸のプレートのような防具、手の甲と腕を防具、そして丈夫そうなブーツだ。中の服は普通の布製のシャツと丈夫そうな皮のズボンだけで、シンプルなものだ。2本の剣はベルトにぶら下がっている。初めて会ったから今日になっても同じスタイルで、傭兵っぽいだ、とローズ思った。ダルガがいつも同じ色のシャツだから、全部同じ色しているのか、とローズは彼を見て首を傾げた。けれど、荷物もあまり持って来ていないから、もしかすると、服がその一枚だけかもしれない。となると、洗濯したら、大変なことになるのじゃないか、とローズが考えた。なぜか次々と、余計なことを考えてしまう彼女である。


「ローズ様、おはようございます。どうしたんですか?ぼーとしていて」


ダルガはローズに挨拶した。


「あ、いや。おはようございます、ダルガさん。今日もよろしくお願いします」

「はい。では軽く一緒に走ろうか」

「私は足が遅いからダルガさんは適当に歩いても、大丈夫ですよ」

「ははは、大丈夫だ。一人で走るよりも、誰かと一緒にやれば、楽しくなります」

「ありがとう」

「では、行きましょう。モイさん、行ってきます!」


ダルガはモイに向かって手を振った。


「行っていらっしゃい!」


玄関で見送るモイは手を振った。ローズはこのような感じが好きだ。なんだか、普通の家庭のような感じだ、とローズは思った。モイが優しいお母さんで、ダルガは強いお父さんで、そして自分が子どもだ。


すごく自然に感じる。ローズはこのような家庭で生まれても良い、と思った。とても、幸せを感じる。


けれど、モイにとっても、ダルガにとっても、これは仕事である。主である父ダルゴダスの命令に従って、ローズを世話している。それでも、彼女たちの笑顔や振る舞いはローズにとって、とても大きな幸せだ。


ローズは屋敷を出て、村の近くまで走る、というダルガの提案に賛成した。意外と大変だ、と彼女が思う。けれど、それが決定事項のようなことから、やるしかなさそうだ。そう、ダルガのもう一つの仕事はローズを鍛えることだった。


ダルガは走り方や息の吸い方、手の振り方までを細かく教えてくれた。おかげさまで、少し楽になった。けれど、帰り道は行く道と違って、登りっぱなしの山だ。これはものすごくきつい、とローズが泣きそうになったぐらいだった。


「あと少しだよ、ローズ様。体中に気を回すと、登り道が楽になりますよ」

「気・・?はぁ、はぁ・・って、・・何?」


ローズが息が切れる寸前で、ダルガは話をかけた。


「自然の力ですよ。息と共に吸い込んで、体中に回す。そうイメージしながら、やれば自然にそのようなサイクルになるんですよ」

「空気・・みたい・・なの?」


ローズが聞くと、ダルガが首を振った。


「ちょっと違いますね。感じれば分かると思うけど、見えないし、匂いもなく、色もない。それは自然の力そのものですよ」

「よく・・分からない」

「ははは、まだ難しいか。まぁ、一年間もあるから、これから少しずつやりましょうね」

「はい」

「さー、屋敷が少し見えて来た。あと少し登り道を走ろう!」

「うう」


ローズが諦めたい。けれど、ダルガはずっと彼女の隣で話しをかけてくれて、なんとか難関を越えた。


苦労した彼女がやっと離れの屋敷に着いた。けれど、日がもうとっくに登ってしまった。早く朝の仕度と朝餉を食べないと、魔法のクラス初日から遅刻になってしまう。


「お帰りなさい!」


モイの明るい声はローズたちを迎えていた。


「ただいま」

「よく走りきりましたね。では、朝支度をしましょう。お風呂を準備しました」


モイは素早くローズの靴を脱がして、お風呂場に連れて行った。お風呂と朝支度終わって、リビングに敷いてある絨毯に座ってモイが作ってくれた朝ご飯を食べた。モイは料理があまり上手じゃないと言ってるけれど、想像以上に美味しい。シンプルなパンと肉と野菜炒めに、卵焼きに、牛乳と果物だ。ダルガも一緒に朝ご飯を食べる。


「モイは一緒に食べないの?」

「私は後で良いですよ」


ローズの質問を受けたモイが返事した。彼女はローズの隣で座っているだけだった。


「一緒に食べようよ。皆で食べる方が楽しいよ」


ローズが言うと、ダルガもうなずいた。


「そうだよ、モイさん。ほら、お皿を取って、皆で食べよう」


ダルガがお皿をモイの前に置いた。


「そうですか。分かりました。お言葉に甘えて、頂きます」


モイは今までずっと侍女として仕事しているため、あまり一緒に食事をしなかった。エコリアに行く途中の食事処で、彼女が初めてローズと一緒に食事した。けれど、やはり良い心地が悪かったなのか、あまり食べなかった。


「モイさんの料理はおいしいね!」

「うん、美味しい!」


ダルガは美味しそうにパンを食べながら言うと、ローズもその意見に賛成した。


「ありがとうございます。田舎料理しかできなくて、心配しました。でも、大丈夫そうで、安心しました」

「私はこういう料理も好きですよ」


ダルガは微笑みながらパンに肉を挟んで、口に入れた。


「あ、そう言えば、ミライヤ先生は朝餉どうしているの?」

「必要ないと言いました。ですから、朝餉は私たちだけで良いのです。昼餉は適当にあれば十分です。夕餉は期待すると言っていますが、私が作る自信がありませんからどうしましょうか・・」


ローズの質問にモイが困った顔で答えた。


「それは大変だ。買い出しはどうする?」


ダルガが真剣な顔で聞いた。


「ローズ様がお勉強をしている間に村まで買い出しに行く予定です。馬なら少しは乗れるけれど、大丈夫です」


モイが言うと、ダルガは考え込んだ。


「でも、心配です。馬車があれば荷物運びが少し楽になるけどね」


ダルガさんは考え込んでいる。馬車か、と彼が呟いた。


「まぁ、大丈夫ですよ」


モイは笑顔で言って、ご飯を再び食べる。


「モイさん、お昼前に買い物でもしようか。馬は私が乗せるから、大丈夫ですよ」

「でも、ローズ様の護衛はどうなりますか?」

「まぁ、ここなら大丈夫だ。見ての通り、ここは国一番の魔法師なんだから、下手に襲って来る輩もいません。使用人も侍女もいないこの屋敷、一人でこの山の上に住んでいて、盗賊が襲って来ないのはなぜか、と考えれば分かると思います」


ダルガは真面目な顔をして、そう述べた。


「それにな、あの蔵だ。見ての通り、すごい数の金貨が入っています。平気で蔵の鍵をモイさんに持たせて、不思議でもなんでもない。あの人にとって、そのぐらいのお金は大した金額ではなかった。なぜなら、彼女がそれ以上に持っているからだ。盗賊が一人や二人、いや、束になってもミライヤ様には勝てないと思いますよ」


ダルガがそう言いながら、またパンと肉を取って、食べた。


「そんなに強い方なんですか?」


ローズが聞くと、ダルガはうなずいた。


「そうだね。私は武人で魔法はそこそこできる程度だけなんだが、ミライヤ様は魔法師の大師匠だ。私よりも、ずっと、ずーーーーっと、強いですよ」

「ほう」


ローズはあまりにも驚いて、ぽかんとした。とんでもない、化け物レベル、いや失礼、神レベルの人のところに弟子入りしてしまった、とローズは思った。


「さ、ローズ様、朝餉を終わらせましょう」


そう言いながら、モイはあの美味しい花のお茶をグラスに注いで、ローズとダルガに差し出した。二人がそれを飲んで、手を合わした。


「ご馳走様でした!」


ローズがミライヤの屋敷に行くと、迎えに来てくれたのは黒猫のリンカだった。道を案内してもらって、そこは昨日のリビングであり、食事どころであり、そしてミライヤ先生の寝室でもある。というか、彼女が絨毯の上にふかふかの寝具に、毛布に、枕数個に囲まれていて、ぐっすりと寝ている。最高級の絹で、色とりどりに包まれて、気持ち良さそうに寝ているのだ。リンカは前足で彼女の顔を押した。ぷに~というよりもドッス!だった。かなり大胆なリンカだ、とローズはリンカを見て、ドキッとした。


「うーん、リンカ~」


ミライヤは手を伸ばして、リンカを抱きつこうとしたら、今度はこの黒猫が爪を出した。その爪を、彼女の頭にブスッ!、と。


「痛い!」

「ふん!」


ミライヤが悲鳴を出して、頭を抱えた。けれど、リンカが呆れた様子で彼女を見ているだけだった。


「おはようございます!」

「んー!おはよう。朝早いですね、ローズちゃん」

「もう日がとっくに高くなりましたよ、先生」

「あら、そう?んー。ちょっと顔を洗ってくるわ~」


ミライヤはゆらゆらと水場に行った。途中で、いくつかの物を落とした音がした。


「先生、大丈夫ですか?」

「うーん、大丈夫」


眠そうな返事が洗面室から聞こえていた。ローズが心配したけれど、これがミライヤの日常だ、と彼女は思った。


「ふん!」


リンカはまだ暖かいミライヤの寝具の上で座る。やはり、彼女が、間違いなく、猫だ、とローズはリンカを観察している。


ローズがミライヤを待ちながら、屋敷を見て回ることにした。本当はとても広い屋敷なんだけれど、ほとんどの部屋は本や書物、そして魔法道具、研究材料、研究途中、いろいろと製品に埋め尽くされてしまった。なんと魔法用のランプはミライヤの発明だった、とローズが驚いた。


「何か面白いのがあった?」

「魔法のランプは先生が作ったんだ」

「そうだよ。あれは結構売れたからお金持ちになったの」


ミライヤがにっこりと笑って、片手にコップをもってごっくんごっくんと中身を飲んだ。


「さて、改めて、おはよう」

「おはようございます」

「そこに座って」


ミライヤは絨毯の上にある座布団を手で示した。すると、ローズがその指示に従えて、その座布団の上に座った。


「楽に座っててね。目を閉じて、何も考えてはいけない。何も無い空間に想像してみて下さい」


難しい、と彼女が思う。目を閉じると、色々なことが頭に浮かぶ。まず、卵料理、飴玉、お茶、柳・・。


「こら!集中しなさい。分かるよ、変なことを考えているでしょう?」


ばれた、とローズは唇を噛んで、再び集中する。


何もない空間って想像しても良く分からない。


空き部屋以上に何もない?壁がない?ドアがない?でも、ドアがなければ、どうやって入るの?


ちょっと違うかもしれない。自然の力を感じる。肌に感じれば良いのか。何も考えないで、静かに感じれば良い。


静かに、静かに、す・・、す・・、す・・。


すぴー


「おはようございます」


ミライヤが呆れた様子でローズを起こした。


「ん?おはよう・・、えっ?」

「よだれを出して、寝てどうするの?」

「あ、ごめんなさい。何も考えないと、ものすごく気持ちが良くなって、いつの間に寝てしまったの」

「うん、分かるわ、そんな気持ちだよ。では、こうしよう」


パン!


彼女が指を鳴らしながら、部屋が急に黒くなってしまった。いや、おそらく自分の周りの空間だけが暗くなってしまったか、とローズが思う。


あまりにも暗かったから、自分自身も何も見えない。手のひらも、腕も、何も見えない。何もかも、すべてが真っ暗だった。


パン!


彼女がまた指を鳴らした音が聞こえた。今度は目の前に灯りが一つ見えた。


「目を閉じながら、その灯りを見るようにしなさい。何も考えてはいけない。力を抜いて、息を整えなさい」


ローズが言われた通りにやってみるしかない。今度はなぜかうまくできたようだ。


時が流れて、ローズは自分の空間にいる気分になった。周りはきれいな星空のように、美しく見える。音もなく、風もなく、匂いもなく、すべてとても穏やかに感じる。


一つの光を求めて、心の中に集中してみると、景色が変わる。黒い空間から光の空間に変わった。そこで、複数の色が見えて、キラキラと光っていて、どれも美しく感じる。


金のような輝きが見えて、美しいとしか感じられなかった。渦になった色は次々と代わり、繰り返す。ものすごく居心地が良い。突然何かを思い出すような、とローズは気づいた。





「私は誰?」


何かの音が聞こえている。


「何をしに来た?」


「何をしたい?」


「どこへ?」


「そう、どこへ?」


「何を目指すのか?」


これは誰の声だ?、とローズ自身も分からない。


もしや、自分の声か?


「多分」


「光・・」


光を見ないといけない。


「そうだ、光」

「何の光?」

「分からない」


彷徨う、ずっと彷徨う。


「いつまで彷徨うんだ?」

「分からない」

「どこへ彷徨うの?」

「分からない」

「私は誰?」


そうだ、私は誰なの?


何をしたい?


どこへ行きたい?


何しに?


どこまで彷徨うの?


「光が欲しい」


「私の光・・」


「安らぎ・・」


「安心・・」


「愛情・・」 


たくさんの声が聞こえて、ローズは混乱した。


「や・・な・・ぎ・・」

「ローズ?」


違う声が聞こえた。


「ローズ?私はローズなのか?」


彼女が問いかけた。しかし、答えがなかった。


「ローズ?! ローズ!」


またその声だ。彼女を知っている人の声だ。


「や・・な・・ぎ・・」


彼女が呼びかけた。自分を知る誰かがきっといる。だから、・・。


「ローズ!!」


誰かが自分を呼んでいる。


「ローズ。そうだ、私の名前はローズだ!」


その日、ミライヤの屋敷が、明るい光とともに、爆発した。

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