第11話 アルハトロス王国 エコリア山 ミライヤ先生
「リンカちゃ~~~~ん!」
一人の女性が家の中から飛び込んで、いきなり黒猫のリンカを抱きしめた。彼女がとても嬉しそうにリンカの顔に自分の顔をすりすりとした。
「会いたかったよ、リンカちゃん♪元気してる?」
リンカの返事を待たずに、彼女がまたすりすりと嬉しそうにリンカを抱きしめた。
そう、この女性こそ魔法師匠のミライヤだ。エスコドリアの港からこの屋敷まで、実に流れが早かった。船が村の港の岸壁に着いた途端に、船の関係者が急いで馬車を用意したおかげで、あっという間にミライヤ屋敷に着いた訳だ。
「えーと、そういえば、あなた達は、誰?」
我に戻ったミライヤはローズたちを見て尋ねた。モイは自己紹介をしてから、ダルゴダスの手紙をミライヤに渡した。
「なるほどねぇ~」
彼女が手紙を読んで、確認した。
「爆破娘のローズちゃんと、付き人のモイちゃんと、頼もしいお兄さんのダルガさんと、私の愛するリンカちゃんの4名ですね。確かに確認した」
彼女がふむふむと言いながら、一人一人を確認した。
「分かったわ~。んー、じゃ、君たちの住む場所は、この屋敷の裏にある離れの屋敷ねぇ。結構広いから3人なら大丈夫だよ。リンカちゃんは私と一緒~♪」
「ふん!」
リンカがなぜか呆れた声を出した。
「良いんじゃないか、リンカちゃん。久しぶりなんだから、一緒に寝ようよ~」
ミライヤが再びリンカを抱きしめて、すりすりした。彼女が間抜けそうに見えるが、実はこの人こそアルハトロス一の魔法師、大師匠と呼ばれるほどの実力者である。年令は分からないが、見た目は若い女性で、とてもきれいで、スタイルも抜群だ。髪の毛は長く、美しく、光沢がある黒い色で、シンプルにというよりか適当に後ろで束ねられている。獣の部分は赤い色している。狐耳で色は赤い。尻尾には赤いと白い毛があって、ふさふさしている。やはり狐だとしか見えない、とローズが思った。ちなみに、彼女の頭には5つの尖った角がある。頭の左右に2本ずつ、そして額の上あたりに小さな角が1本ある。なんとも言えない姿である。
「あ、そうだ。あの裏の屋敷は、もう何十年も掃除してないから、適当に掃除してねぇ~。あとで新しい寝台と絨毯を買って、あ・げ・る♪」
「はい!ありがとうございます」
モイは頭を下げて、礼を言った。
「あの、ミライヤ先生」
ローズが恐る恐ると彼女を尋ねた。
「はい、なんでしょう、ローズちゃん」
「あの・・私を受け入れて下さって、ありがとうございます」
「ふふふ。リンカと仲良しの者は、私にとって敵ではない。礼をするなら、このリンカちゃんに礼を言いなさいね」
かなり変わった先生だ。でも彼女の指示通りやらなきゃ、とローズがリンカを見つめている。
「リンカ・・さん?・・ありがとうございます」
「ん?何、その言い方は?心を込めていないわ。もう一度おやり。でないと、ここから出て行ってちょうだい」
ローズはいきなり声が変わったミライヤにびっくりした。彼女が危機感を感じてしまった。やはりもっと丁寧にいうべきだ。例え猫にでも、と彼女が思った。
「リンカ様、どうもありがとうございます」
ローズは丁寧に頭を下げて、お礼を言った。
「ふふふ、よろしい♪では、日が沈むまでに準備終わらせてねぇ~♪」
ミライヤが微笑んで、リンカを抱きつきながら言った。
「はい!」
ローズたちは急いで裏の屋敷に向かった。そこに大きな離れの屋敷があったけれど、草に隠されている。扉は問題がないけれど、開けるとホコリが舞うほどの有様だ。家具はない。まったくない。というか、使われた形跡すらない。この別邸はまったくの新しい屋敷がそのままで、何年も放置されたような、・・多分、とローズはその様子を見て、不思議に思った。
「さて、みんなで力合わせて掃除するしかないのですね!」
モイがすごく気合で言うと、全員うなずいた。
「ローズ様はここで待って下さい。ダルガさんはすべての窓と扉を開けて下さいね。そのあと適当に草を切って下さい。草を切らないと、ローズ様が行方不明になってしまいますから」
モイが指示を言うと、ダルガがうなずいた。
「あい」
彼が動いて、別邸に向かった。言葉少なく、すぐに動き始めた。
「なんで私はここで待たなければいけないの?」
ローズは文句を言いながら、うじうじとした。
「ローズ様は後で床を拭いてもらいます。けれど、その前にホコリをきれいにしなければいけません。だから順番にやりましょう、私はホコリをきれいにしてから、窓や扉を拭きます。それが終わったら、ローズ様はモップで床をきれいにします。良いかな?」
「はい!」
なんか楽しそう、とローズは思った。けれど、モップがどこにも見当たらない。
「モイ、モップがないけど?」
「持って来ました。ちょっと待って下さいね」
モイは自分のカバンを開けると、道具を出した。まさか、それは組み立て式のモップだ。この世界にもあるのか、とローズが口を開いて、モイを見つめている。
「はい、ローズ様はこれを持って、ここで待機して下さいね」
モイはその後、次々と組み立て式のお掃除道具を自分のカバンから取り出した。ダルガは呆れた顔で見ていたけれど、何も言わなかった。
窓と扉をすべて開け終わって、モイが持っていた道具で、ホコリや床の汚れなどをきれいに掃除した。彼女はとてもてきぱきと働いて、見ていると目が回るほどの仕事ぶりだった。
「モイさん、水を持って来たよ」
ダルガはどこから手に入れたバケツで、水を持って来た。
「ありがとうございます! 助かります!」
モイの嬉しそうな声で、ダルガは笑った。
「えらい働き者の侍女さんね、ローズ様」
「はい、自慢の侍女です」
ダルガのコメントで、ローズが誇らしげに答えた。モイはやはりすごい、とローズは思った。
あれから数時間を経って、やっと屋敷がきれいになった。水場もぴかぴかに洗ったモイは清々しい顔をしている。ある程度仕事が落ち着いたので、ローズは自分のカバンから柳からもらった本を取り出して、庭にある石の上に座って、読み始めた。
「あら、もうきれいになった。草まで切ってくれたわ。ご苦労様」
ミライヤはやって来て、掃除の行方を見ている。
「さて、寝具3式、絨毯、あとは何?」
ミライヤが聞くと、モイは屋敷の中から来た。
「えーと、グラス、お皿、鍋、調理器具があれば助かります」
モイは必要なものを確認した。
「あと、お風呂用品の洗面器と
「モイちゃん、そしてそこの強いお兄さんと二人で、麓の村まで買い物しなさい。必要なものをすべて店の主人に言えば良い。ミライヤ屋敷まで送ってちょうだい、と言えば分かると思うわ」
「はい」
「お粗末なものはダメ。良い?絶対にダメだよ。今夜中に、送ってちょうだいと伝えなさい。お金は屋敷で支払うこと。分かった?」
「はい」
「馬は馬小屋にある。二人なら乗れると思うわ。あれは結構大きいのだから」
ミライヤが馬小屋に手で示した。
「そこのお兄さんは馬乗り上手そうだから問題ないね」
「はい」
ミライヤがダルガに言うと、ダルガはうなずいた。
「後、何か食べられる物を買って来てちょうだい。私はとてもお腹が空いたからねぇ~。もう二日も食べていないから、お腹が空いて・・」
「え?」
「だって、あなた達が来るまで、ずっと仕事して、食べるのを忘れてたわ~。パンもかびちゃったから捨てたので、新しいパンと葡萄酒も買って来てね」
「はい」
「お金は、えーと、そこら辺の蔵の中にあると思うわ。これはあれの鍵で、適当にお金を持っていて~」
ミライヤは蔵の鍵をモイに渡した。
「え?私が勝手にお金を取るのですか?」
モイはびっくりして、倉の鍵を受け取った。ローズもびっくりして、ショックを隠せなかった。ダルガも口が開くぐらい、驚いた。なんていう大胆な人だ、と彼らは思った。けれど、ミライヤは何も言わず、笑っただけだった。
「さて、爆破娘は私と中で、ちょっとだけおしゃべりしましょう♪」
「はい」
ローズは本を閉じて、ミライヤの後ろに歩いた。モイとダルガは急いで馬小屋に行って、馬を乗って、急いで村へ買い物に行く。
ミライヤの屋敷に入ると、リンカはソファで寝ている。とても気持ちよさそうな寝顔だ、とローズは思った。
「リンカのことが好き?」
ミライヤが笑いながら、ローズに聞いた。
「はい、大好きです」
「それを聞いて安心した」
彼女がうなずいて、眠っているリンカを見つめている。
「どうして?」
「リンカちゃんはいつも一人だから。友達がいないかな~、と心配してるわ」
そもそも、リンカは猫だから、とローズは言おうとした。けれど、それを止めた。
「皆、リンカさんのことが大好きなんです。賢い黒猫だ、と聞いた。実際にとても賢い猫で、昼間の襲撃にちゃんと安全なところに避難して、無事で良かった」
ローズが嬉しそうに言って、昼間の攻撃を報告した。
「へぇ、襲撃ねぇ。何があったの?」
ミライヤがローズに視線を向けて、興味深そうに聞いた。
「エスコドリアの港で雷鳥が四羽が現れて、襲って来たんです」
「雷鳥が?この辺りに雷鳥なんていないわよ。おかしいねぇ」
ミライヤは驚いた様子で、考え込みながら言った。
「え?そうなんですか?それらの雷鳥は船を襲って、たくさんの犠牲者を出したらしいです」
「あらまぁ、そんなひどいことがあったのね」
「はい」
「後で詳しく調べてみるわ」
ミライヤは棚の中から一つのクリスタルを取りだした。
「ちょっと、この上に手を載せて」
「はい」
ローズが彼女が置いたクリスタルの上に手を載せた。すると、ミライヤはまったく顔色を変えないで、色の一つ一つ確認している。
「なるほどね、だから向こうで手が負えなかったんだね」
「どういう意味ですか?」
ローズが首を傾げて、聞いた。
「君はすべての属性魔法を持っている。そしてそれもレベル1か2ではない」
ミライヤは金の光に指で示した。
「これは君の本当の能力だ」
金の色の光り?
「魔法の本の中に載っていないから、何の属性が分からないんです」
ローズが正直に言うと、ミライヤが微笑んだ。
「これは『思い』という能力なのよ」
「意味がよく分かりません」
「そう、分からないのも無理はないわ。今は分からなくても、良いんです。そのうち、分かる。とにかく、金以外の属性をちゃんと理解して、訓練しましょう。これ以上放置にしたら、この屋敷も吹っ飛んでしまうからねぇ」
ミライヤが微笑みながらそのクリスタルを取って、棚に入れた。
「はい、よろしくお願いします」
「良い子だ。あ!あなたの手元にある本を見せて」
ローズが柳からもらった本を見せた。
「魔法制御か。懐かしいわ」
「知っているのですか?」
「ええ、もちろん!だって書いたのは私でしたから。お買いあげありがとうございます♪」
「え。そうですか?でもこれはもらった物でした」
「ふふふ そうなんだ。すごい思いを込めている贈り物だったのでしょう。だってこれは安くない書物なんですからねぇ~」
ミライヤが笑いながら、本を取って、めくった。
「はい。お兄さんが買って来てくれたんです」
「良いお兄さんね」
「はい」
「じゃ、その優しいお兄さんのためにも、ローズちゃんは頑張らなければいけないわ。修業は辛いけど、頑張れるかい?」
「はい」
ミライヤは本を返して、ローズの頭をなでた。
「あなたはまだお小さい。愛しい家族と別れて、遠くまで来てくれた。辛いことが、これからも多いと思うけど、泣きたい時に泣いても良いわよ。無理して我慢する必要はないからねぇ。分かったかい?」
「はい」
ミライヤはローズを強く抱きしめた。
「健気だ~。ねぇ、リンカちゃん。あなたは寝ていないでしょう?」
リンカが目を開いて、あくびした。寝たふりしていたのか、とローズは驚いた。本当に何を考えているのか分からない猫だ。
突然リンカが耳を立てて、外に方向を確認した。どうやら、モイ達が帰って来たようだ。
「さて、馬が帰って来たようだし、ご飯にしましょう。ご飯終わったら君の住むところを整えていかないとね」
ミライヤが立ち上がって、モイたちを迎えに来た。モイは村で買って来た食料を皆で食事を用意した。ミライヤはとても楽しそうにお酒を呑み、会話をしながら、食事を楽しんだ。リンカも美味しそうに大きな肉を食べていた。
猫は肉食だと聞いたけれど、葡萄酒を呑んでいる猫は初めて見た、とローズが不思議そうな目で見つめている。ミライヤがスープ皿に葡萄酒を注ぐと、迷わずリンカはその葡萄酒を猫らしくぴちゃぴちゃで呑んでいた。
なんという不思議な眺めだった、とローズがまた首を傾げている。前世の世界だと、絶対獣医に怒られるでしょう。この世界の猫は葡萄酒を飲むのか、と彼女の中にまた大きな疑問があった。けれど、やはり猫にお酒を与えてはいけない、と彼女は思った。
食事が終えると、村人が運んで来た寝具や、洗面器、やかん、グラス、などが届けられた。支払いを済ませてから、モイとダルガは力を合わせて絨毯や寝具などを整えて、湯船も用意した。ローズは邪魔にならないように、一所懸命に手伝っていた。
「ローズ様は一番大きい部屋にしましょう」
ダルガはローズのための寝台と寝具を整えながら言った。
「これで良し!で、良いかな?ははは、私は下手だからな、あとでモイさんに直してもらって下さいね」
「ううん、とてもよく作ってくれました。ありがとうございます」
「なんの。役目だから、気にしない下さい。あ~ 思い出すなぁ。私はまだ小さかった時に、親も兄弟もいない者でな。数日間もご飯も食べられず、おなかが空いて道ばたで転がっていたところで、偶然通りかかったダルゴダス様に拾われて、彼の屋敷につれて帰られたのです。飯をご馳走してくださった。その後、まさか、寝る場所まで与えて下さった、生まれて初めて寝具の上で寝ることができて、すごく泣いたよ」
ダルガは自分で作ったローズの寝台を見て、目を擦った。
「ダルガさんはそんな過去があったんだ」
「はい。だからダルゴダス様が、この世界に行くと決めた時に、迷わず志願したんだ」
「向こうで良い人を残して?」
「そんなのがいない」
ダルガに即答された。それを聞いたローズが思わず笑った。
「そうか、皆がそれぞれの縁で、こちらに来たのね」
ローズがそう言って、うなずいた。
「ローズ様、あなたは本当に1歳の子どもですか?」
ダルガは突然聞いた。
「え?なんで?」
「いや、不思議だけど、大人同士の会話してるみたいな感じで、姿を見なければ、気づかないほどだと思うがな」
ダルガは不思議な目でローズを見ている。
「うむ、ごめんなさい。私って、変だよね」
「いや、そういうことではないんだ。私は何気に、今、気づいた。なぜ柳さんはあなたのことをあんなに気にかけているのか、今、理解しました」
ローズが思わずのところで柳の名前を聞いた。
「柳兄さんは優しいから・・」
「優しい・・か・・、そうですね。よし!ローズ様はそろそろお風呂に入って下さい。私はこれから自分の寝台と、モイさんの寝台を作らなければいけません」
「はい!」
ローズが外に出ていた時に、ダルガは小さな声で呟いた。
「あの柳は、優しい・・か」
大忙しいモイはやっと一休みに落ち着いた。風呂上がりをしたローズをお部屋に入れて、寝台に寝かした。モイが彼女に毛布を掛けて、灯りを消して、部屋を出た。けれど、ローズがすぐには眠れない。彼女は耳を澄ませて、外にいるモイとダルガの会話を聞いている。
「もうお休みになられたか?」
「はい。いつも早く眠れますから、明日から朝の走りができるかと思います」
「私と一緒に走るから、安心して、任せて下さい」
「はい。お願いします。お茶をどうぞ」
「ありがとう、モイさん」
しばらくして、金属的な音が聞こえた。
「武器のお手入れですか?」
「はい、武器や鎧は毎日手入れしなければいけないんだ。これは命に関わるからね」
「そうなんですか」
「モイさん、疲れたなら、先に寝て下さい。お風呂はもう入ったか?」
「いいえ、私は最後で良いのです。お先にどうぞ」
「これはまだ時間がかかるんだ。湯が冷めてしまうから、モイさんは先に入って下さい」
「そうなんですか。じゃ、お先に入らせて頂きます」
「あい」
「では、失礼します」
そう言いながら、モイがその部屋を後にしたようだ。足音が遠ざかったのが聞こえた。そしてダルガの声も聞こえた。
「このお茶、おいしいなぁ」
その後、いつの間にかローズが眠りに落ちた。
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