第10話 アルハトロス王国 雷鳥の襲来(再び)
次の朝、騒ぎが起きた。港に行ったローズたちを待っていたのは船が出ないという知らせだった。
「そんな!」
大きな声を出して、モイが困った顔している。そう、これは困ったことである。なぜなら、船の運賃5人分も買ったからだ。しかも船の関係者は、運賃を払い戻せないという身勝手なルールを主張した。
「なぜ船が出ないの?」
ローズがダルガに尋ねると、彼は船の関係者から聞いた話によると、今日の未明、湖に出向した船が獰猛な雷鳥に襲われた、という。船が沈没して、犠牲者が多数出た、と目撃者が言った。
「雷鳥・・?」
その名前を聞いた瞬間、ローズが震えてしまった。そう、彼女が柳と一緒に里の壁周辺に散策した時に、その鳥に襲われてしまった。その時、柳が鬼神となって、ローズを守るために戦った。そして数名の上位警備隊のおかげで、何とか倒せたものの、かなりの苦戦だった。あの雷の攻撃は、水の上だとかなり不利だ。最低でもレベル5の能力を持っている武人でも、考えなしでに水の上で雷鳥と戦うのは無謀なことでしょう。しかし雷鳥を退治しなければ、ローズたちが湖を渡ることができない。
町の保安官に退治を願っても、今すぐに無理だ、と言う返事をもらった。ただですら日頃の治安をまともに維持できない町で、突然の雷鳥の襲来には手も足もでないようだ。王がいないこの国に、仕事をまじめにやらない領主に対する罰もない。だから治安が良くない、と人々が嘆く。訴えても、どうにかなるものではない。
ローズが見上げて見ると、さっきまでいなかった鳥が見えてきた。一羽の鳥でも大変なのに、今見れば三羽の湖の上に円になって飛んでいる。それらの鳥が、どこから現れたのか、誰も知らない、という。まったくの謎だ。
「三羽か・・」
ダルガは上を見て考える。足下が地面ならなんとかなるが、水の上だときつい、と彼が計算している。
「さて、どうするか?」
ダルガは頭をぼりぼりと指でかいた。本当に困ったようだ。
「私たちは宿に戻った方が良いでしょうか?」
モイは心配そうに聞いた。
「ああ、そうしてくれ。ローズ様が、ここにいると危ない目に遭うかもしれないからだ。建物の中に避難した方が無難だ」
ダルガがそう言いながら荷物持ちの人々に合図を出して、荷物を持って行くように、と。
「分かりました。行きましょう、ローズ様」
モイはローズを抱きかかえて荷物持ちの二人と宿に戻ろうとした時だった。
「伏せろ!」
ダルガは大きな声でローズたちを後ろからかばい、地面に伏せた。
「四羽目が出た!」
誰かが叫んだ。見上げると、ローズたちの真上に一羽の雷鳥が円を描くように飛んでいる。それを見た人々は我先に逃げていた。
「まずい!」
ダルガは体を起こし両手に1本ずつの剣を抜いた。ローズがふっと周囲を見渡すと、至る所で荷物が散乱していて、人々がパニックになって、逃げて行った。彼女たちの荷物持ちの人々も荷物を放り出して、どこかへ逃げた。
「リンカがいない!」
ローズが気づいて、モイに言った。
「リンカさんなら大丈夫だ」
ダルガは迷いなく答えた。彼もリンカのことを「リンカさん」と呼んだのだ。不思議だ、とローズが思うけれど、今はそれを疑問にする時ではない。
「あれは賢い猫だから、安全になったら戻って来る」
「はい」
なぜかそれを信じてしまうローズであった。今は大変危険だから、案外、動物の勘で身を守る術があるのでしょう。猫なら、どこかに安全な場所が分かるかもしれない。ならば心配がいらない、とローズは思った。
「モイさん、ローズ様を建物の中に連れて行って下さい。そこに見えるあの建物まで早く走れるか?」
「はい!」
「じゃ、私は援護するから思いきって、そこまで走れ!」
「はい!」
モイはローズを抱きかかえて、思いっきり走った。それに気づいた雷鳥はすごいスピードで狙って来た。
「きゃー!」
あまりの恐怖に、ローズが叫んでしまった。
「はっ!」
ダルガが両手に剣を持って雷鳥の攻撃を止めた。雷鳥がびっくりして再び上に飛んで行った。
バサッ! バサッ!
羽根の音が聞こえて来た。それを聞くと、ローズが危険を感じた。
雷が落ちる!
パチパチと電気の音がして、ドン!、とすごい音がして、空から雷が落ちてきた。
「バリアー!」
ダルガは片手で上にかざしながら、自分自身とローズを抱えているモイをかばった。周囲にいる人々の悲鳴が聞こえた。雷で地面から吹っ飛ばされて来た数人が見えた。
「
どこからか来た女性の声が聞こえた。彼女は黒く長い髪の毛に、黒い服をまとって、片手で一撃で雷鳥を火の玉のような魔法で落とした。火だるまになった雷鳥は大きな鳴き声を出して息絶えた。
「助かった!」
ダルガはローズとモイの無事を確かめながら、礼を言った。
「行け!残りの三羽が来る!」
その女性は空を見ながら、言った。
「はい! モイさん、建物の中に早く!」
「はい!」
ダルガが言うと、モイはうなずいて、再びローズを抱えて、近くにある建物に走った。同時に、ダルガとその黒い服の女性は港の方に素早く移動し、三羽の雷鳥を向かい撃つ。
一番前に飛んでいる一羽がすごいスピードで、下に向かって狙って来ている。すると、ダルガが高くジャンプして、素早く回転しながら、両手から炎を剣の先までまとい、雷鳥の頭を狙って、攻撃した。ダルガが両手を揃えて、思いっきりその剣で雷鳥の頭に叩きつけて、命中した。鳥の頭が真二つに割れて、炎に包まれた。すると、片足で雷鳥の首あたりを蹴って、体をひねて、回転しながら首の辺りまで切り刻んだ。
その動きがとても鮮やかで、素早く、そして確実に相手を殺す技である。これがレベル8の実力なのかと、ローズはかばっているモイの背中から見ていた。
ドーン!
地面に落ちた雷鳥はもう息がなく、大量の血が地面に流れている。ダルガは、その近くで構えながら地面に着地した。
「残り二羽が来る!」
ダルガは上を見ながら状況を伝えた。
「一羽ずつだと、面倒だわ。水の上だし、全部片づける」
そう言いながら、黒い服の女性は両手で円を描くような動いた。
「
彼女は静かに唱えると、手に炎が現れた。
「はっ!」
円というか、輪のような形をした炎が、赤く燃えて、空へ飛んだ。そしてそれを二羽の雷鳥がいる辺りに突然爆発した。二羽の雷鳥がバラバラになって、湖に落ちていく。
「ひゅー!すごいな、姉さん!」
「あなたもなかなかやるね。じゃ、後は任せた」
「はい」
その黒い服の女性は素早くその場を離れた。残念ながら、ローズはその女性の顔が見ることができなかった。キョロキョロしても、どこにもいなかった。
ダルガが周囲を確認して、もう残った雷鳥がいない、と確信した。そして、彼が剣を鞘に収めた。少し歩いたところで、彼が何かを地面に拾って、ポケットに入れた。
「もう大丈夫だ!」
ダルガが大きな声を出して周囲に安全を知らせた。人々が隠れている場所から顔を出して、確認した。ダルガがうなずくと、彼らが出て来た。
「おおおおおお!」
「すげえーーー!」
歓喜に満ちた人々の叫びが聞こえた。
「役人を呼んで、あれを片づけてもらって下さい」
ダルガが船の関係者に指示を出して、荷物を持つために雇った人々が投げ出したカバンを拾って、両手で軽々しく運んだ。
「もう大丈夫ですよ、ローズ様、モイさん」
彼は穏やかな声で言った。
「ありがとうございます」
モイが答えた。彼女がまだ少し震えているけれど、強く振る舞っている。
「なんの。これも役目だから」
「怪我はないですか?」
モイが心配そうな顔で尋ねると、ダルガが首を振った。
「ちょっとだけのかすり傷だ。心配は要らないよ」
「そうはなりません」
モイはそう言いながら、ローズから手を離して、自分のポーチから塗り薬とハンカチを出した。ダルガの手と腕にできた傷を丁寧に薬で塗って、一番大きな切り傷をハンカチで包んだ。
「これで良し!」
「ありがとう、モイさん」
ダルガが笑いながら、傷口を見て、うなずいた。
「はい」
モイもにっこりと微笑みながら、再び薬をポーチに入れた。
「さてと、どうしましょうか。この様子では、今日中に船でませんね」
ダルガは頭をぼりぼりとかきながら、考え込んでいる。
「まぁ、役人はあれをどうするか、分からない。船は、多分その後かな」
ダルガは立ち上がって、また考え込んだ。
「うむ、じゃ、とりあえず、その港にある待合室に行くか。船が出るかどうか、分かるかもしれない」
ローズが提案すると、彼もうなずいた。
「そうだね。でも油断は禁物だから、しばらくここで待って、私は確認する。それにリンカさんが戻るかもしれないし」
ダルガはそう言って港の方に向かった。待っている間に、黒猫のリンカが現れた。
「あ、リンカ!どこに行ったの?心配したよ。でも、無事で良かった!」
ローズがリンカを抱きしめると、リンカがその冷たい鼻で彼女の頬にキスをした。リンカがごろごろと声をして、ローズの顔を舌できれいにした。本当に賢い猫だ、とローズが思った。
「船を特別に出してくれるそうだ」
ダルガが嬉しそうな顔で戻ってきた。
「しかも払って来た5人分の運賃が全部払い戻してくれるそうだ。ははは、もうかった!もうかった!」
荷物を持ってくれる人々がもう戻って来なかったため、モイは自分のカバンを持って、ローズをダルガに預けた。ダルガはその片手でローズのカバンを持っていた。黒猫のリンカはダルガたちの後ろに歩いていた。
至る所で雷鳥の残骸が転がっている。その風景が恐ろしく、黒こげ状態になった。ダルガの剣によって切り刻まれた雷鳥も、その辺りにあって、恐ろしかった。港で無事な人や怪我している人もいて、役人や医療師が慌ただしく動いている。
ダルガたちが船の関係者に案内されて、船に乗せてもらった。船に入ると、一番高い部屋に案内されて、お茶まで煎れてもらった。船の使用人はローズにかわいらしい花の形のお菓子をあげて、微笑んだ。
「お嬢さんのお父さんはとても強いお方ですね。大変助かりました。感謝しています」
船の人にそう言われると、それを聞いたダルガが照れて、笑った。
その日でなんとか三人が無事に湖の向こう側まで渡ることができた。
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