第8話 アルハトロス王国 青竹の里 罰、そして旅立つ
爆発事件から数週間が経った。
ローズを検査した医療師からやっと許可が出た。もうすっかりと元気を取り戻した彼女だけれど、待っているのはダルゴダスとの対面だ。
絶対に、怒られる、と。
仕事が忙しいダルゴダスだから、簡単に会うことができない。同じ屋敷住んでいても、毎日会えるということではない。母のフレイに会えるのも、侍女を通して、会える機会を伺う。当然、緊急事態以外、確認を入れないで突然の訪問はマナー違反である。他の兄弟にも同じく、ちゃんと侍女を通してから訪問することだ。例え訪問先が部屋が隣であっても、これは守らないといけないことだ。そして訪問をする度に、必ず侍女を連れて行くことだ。考えれば考えるほど、とても面倒なシステムだ、とローズは思った。
唯一、気軽に足を運べるところは屋敷内にあるリビングルームだ。あそこは広く、快適で、おまけに黒猫のリンカがいる場所でもあるのだ。ローズはリンカという黒猫が大好きだ。毛並みが絹のような、とてもなめらかで、触るととても気持ちが良い。ローズよりも大きな猫なのに、とても優しい。ローズがリンカに一度も噛まれたことがない。それどころか、彼女の頬をその冷たい鼻でキスしてくれるのだ。
しかし、爆発を起こしてから、ローズがずっと部屋に閉じ込められている。猫のリンカにも会えず、柳にも会えない。柳はローズがもう大丈夫だと確信してから屋敷を出て、通常勤務に戻ったとモイから聞いた。また屋敷の修復も行われていて、職人達の声が聞こえて来るのだ。
モイによると、ローズがいる部屋は離れの部屋である。ここは主に重要客人用の部屋で、作りがとても素晴らしく、きれい。至る所で、壁の飾りや灯り台の金属細工も大変美しい。寝台にも天井があって、最高級の絹や毛布で包まれて、寝る心地が最高である。また水場もとてもきれい。黒い石の床に、キラキラと光る石でできた湯船で、その周りは金と銀で飾られている。とても美しく、使うのにもったいないぐらいだった。
けれど、いくらきれいな場所でも、閉じ込められると良い気分がしない、とローズが周りを見て、思った。そもそも、爆発犯の張本人である彼女が、意義を唱える資格はなし。ダルゴダスに呼ばれるまで、部屋でおとなしく待つしかない。
トントンと扉がノックされた。モイは扉を開けて、一人の侍女が何かの伝言を伝え、モイに何かを渡した。モイは渡された荷物を持ってきた。
「柳様からの贈り物です」
彼女がそう言いながらローズに包みを渡した。それを受け取ったローズが包みを開けた。魔法制御という本だ。けれど、これは新品の本だ。
「モイ、これは?」
「柳様は、これをローズ様に贈ったそうです。返す必要がない、と屋敷前の衛兵に渡したそうです」
「あれ?」
ローズが首を傾げた。
「前の本は返したよね?これは新品だと思うけど、紙の質が違う」
彼女が言うと、モイが申し訳ない顔をした。
「そのことなんですが、あの爆発のあと柳様の本が見つけたのですが・・」
モイは言うかどうか迷うような、言葉を止めた。
「が?」
「実は、もう本という形ではありませんでした。なんと言いますか・・」
「壊れたの?」
「はい、残念ながら」
あー、お兄さんの本を壊してしまった、とローズが嘆いた。それにしても、柳がまた新しい本を買って、彼女にプレゼントするなんて・・。
「モイ、このような本は高いですか?」
「詳しく知りませんが、おそらくお高いでしょう。このような専門知識の本は私のお給料では、2-3ヶ月分の価格だと思います」
「そうなんだ」
こんな高い本をどうしようもない妹の為に、とローズが本を見つめている。命がけの仕事で手に入れた貴重なお金を使ってなのに、とローズの心の中で大変大きな罪悪感が感じた。
あれから一週間が経った。
待ちに待ったダルゴダスとの対面だ。久日ぶりに外に出て、もう日が沈んだところだ。夕餉も部屋で済ましたので、外がとても静かだ。まだ何人か食事をしているかもしれないが、食器がぶつかった音や人が会話をしている程度の音しか聞こえていなかった。
ローズたちは食堂と逆の方向の廊下を歩いて、ダルゴダスがいる執務室に向かった。途中で侍女一人が花瓶を片づけているのが見えて、忙しそうだった。
「入れ!」
中から声が聞こえた。それがダルゴダスの声だ、と彼女が知った。モイは扉の近くで待機している。ローズは一人で執務室へ入って、ダルゴダスの雷をこれから受けることになる。彼女が中に入った後、衛兵は扉を閉めた。
「このバカ娘!」
大きな声がいきなり響いた。
ひぃー!
パリーン!と外から何かの割れた物が聞こえた。多分この部屋の近くで、花瓶を持っていた侍女がびっくりして落としたか、と彼女が思う。
「ご、ごめん・・なさい」
ローズがとてもびっくりして、震えた声でダルゴダスに謝った。
「反省したか?」
急に優しい声に変えたダルゴダスに、ローズはびっくりした。
「はい」
ローズがうつむいて、うなずいた。
「柳は、そなたが唱えた魔法の呪文のことを説明した。魔法のことが、何も知らないそなたが罪はない、と言った。そなたはただ真似をしただけで、遊び感覚でやっていたとのこと、と説明して来た」
ダルゴダスが険しい顔をしながら、そのようなことを言った。
「罰を下すなら、そなたにその魔法を見せた自分にも与えるべきだ、と彼が願い出た。そなたはどう思う?」
柳がそこまで彼女の罪を自分に被ろうとしていた。ローズは考え込んで、首を振った。
「いいえ、遊びとはいえ、私はやってしまったことに変わりません。罰受けるのは、私です。柳兄様の罪ではありません。だから、お兄様に、罰を与えないで下さい」
「それだけか?」
「屋敷を壊してしまったことも事実だし、他人を危険にさらせてしまったのも事実です。また多くの人に心配や迷惑かけてしまったことも、柳兄様の大切な本を壊してしまったことも、反省の言葉が言い切れないほどの大変なことをしました。だからどんな罰でも受けるのも、私一人です」
「良く言った」
ダルゴダスはますます小さくなったローズを見て、ため息をついた。
「ローズ、そなたはまだ1歳の子であって、父親でありながら領主でもあるこのわしにとって、正直に言うと、荷が重い。だが、1歳とはいえ、そなたは普通の子にない、大きな力を秘めているのも事実だ。1歳の子なのに、赤子ではない。同じ年令の
ダルゴダスがそう言いながら、ローズを見ている。正直に言うと、彼にとって、とても難しい判決になりそうだ。
「はい」
「部屋でおとなしく待つように、という命令をしなかったわしにも責任がある、とそなたの母がわしに責めに来た。そなたは、彼女の腹を痛めて産んだ子ではないと分かっていても、女は母親になると本当に強い。我が子の為なら、例え相手は誰であっても、
再びため息をしたダルゴダスであった。彼がしばらくだんまりして、ローズに厳しい顔で判決を下す。
「薔薇・ダルゴダス、そなたに罰を与える」
ダルゴダスがそう言いながらローズを見つめている。ローズがうなずいて、しっかりとダルゴダスの言葉を受け止めた。
「明日、この屋敷を出て、エコリア山にある魔法の師匠、ミライヤの下で1年間の修業を命じる。侍女1名モイと、護衛1名ダルガを共に行くが良い」
「はい」
「そして黒猫のリンカを同行させよう。あれは餌など、何もする必要がないから、何の心配は要らない。きっと役に立つ子だと思う」
「はい」
なぜ猫も連れて行くのか、と疑問にしても口にできない。ローズがただそれを受け入れただけだった。
「もう下がって良い」
「はい。失礼します」
ローズは首を下げて、部屋を出た。ダルゴダスのため息もまた聞こえてきた。外に出ると、フレイが待っていた。何も言わずに、彼女はローズを抱いた。無言のこの瞬間は、彼女にとって最も辛い時であった。
旅立ちの朝。
朝餉を部屋で済ませて、まだ日が昇る前に屋敷の横庭で馬車が待機していた。今日は朝の走る訓練が休みになっているそうだ。使用人達は、ローズとモイの荷物、そして道中で食べる軽食や飲み物などを馬車に積み込んだ。
護衛のダルガさんはとても強そうな人で、レベル8の山猫人族だ。彼の腰に2本の剣がぶら下がっている。柳もその場にいて、ダルガと会話していた。ローズはモイと共に馬車に近づくと、柳はローズを抱きしめた。
「道中気をつけてな。寂しくなるけど、来年もまた会うのだから、その日まで元気でな」
「はい。お兄さんも」
「そうだ、たまに便りを送ってね。元気だと分かれば、俺も安心して仕事に集中できる」
「はい」
柳が辛そうに言って、ローズの髪の毛をなでた。
「ダルガさんにも、ローズのことをお願いした。大丈夫だ、ダルガさんはとても強い人だから」
「はい」
「俺が強ければ、ローズの護衛として志願できるのに、まだレベルが低い身分だから、大した戦力にはならない、と自分でも分かる。俺もローズに負けないぐらい、1年で強くなってやる。互いに頑張ろう!」
柳がローズの頬を触れた。本当ならば、離したくない、と柳は思った。
「はい、お兄さんも元気でね」
「ああ」
彼がそう言って、無言で、強く抱いた。その後、彼がローズを馬車の中にある椅子に座らせた。
「父上と母上は見送ることができないんだ。規則であるから仕方がない。俺は屋敷外の者として、ダルガさんの見送りという理由で来た」
柳はそう言いながら、またローズを見て、なでた。
「はい、お兄さん。行って来ます」
「ああ。元気でな」
彼がそう言って、離れた。モイが馬車に入って、馬車の扉を閉めた柳の目はずっとローズを見ていた。
ダルガは馬車の運転手のそばで座った。日が昇ると共に、ローズたちは屋敷を後にして、エコリア山へ出発した。
生まれて初めて、馬車で長旅だ。普通の旅なら、楽しい。けれど、今回は罰として屋敷を追い出された身分だから、素直に喜べない。
そう言えば黒猫のリンカを連れて行くように、と言われたけれど、馬車の中にリンカの姿がいない。ローズがキョロキョロしてリンカを探した。
「ねぇ、モイ。リンカちゃんはいないけど?」
「あー、リンカさんなら馬車の上にいると思いますよ」
「リンカ・・さん?」
「あ、私は勝手にさんを付けただけですよ。侍女長や料理長はいつも呼び捨てにしていますよ」
「そうか。じゃ、私は呼び捨てをしても大丈夫?」
「それは構わないと思いますよ。リンカさんはお優しい黒猫さんですから」
モイが微笑みながらうなずいた。
「たまに料理長のご飯を盗み食いしてると聞いたけど?」
「それも趣味ですから、仕方ありませんよ。だって、猫ですから」
「そうか。餌は要らないと言われたけど、大丈夫?」
「はい、大丈夫ですよ。リンカさんは自分で餌を調達することができるのです」
「すごいな」
「はい、とても賢い猫さんですから」
「狩りでもしてるのかな?」
「たまにそうしているらしい」
「らしい?」
「詳しく知りません。ごめんなさい。私は猫の行動範囲など、把握していません」
「まぁ、猫ですからね」
「はい、そうですね」
モイは持って来たポットで、お茶を少し出した。朝日を見ながら、温かい花のお茶を味わいながら、これから見た景色を心に刻もう、とローズは思った。
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