第5話 アルハトロス王国 青竹の里 女子と歴史
ローズはただいまいろいろと修業中である。
女子なんだから、ある程度の知識やマナーを学ぶべきだ、とフレイはダルゴダスに強く意見したようで、基礎訓練と同じぐらいに裁縫や刺繍、料理、マナーなどを学ばなければいけないということになった。
もちろん字の読み書きや社会、経済、政治、ぬかりなく勉強しなければいけない、というフレイの意見に、ローズは頭が痛く感じた。字の読み書きは彼女の希望通りなんだけれど、裁縫や刺繍はなぜか苦手だ。
「女の子なんだから、どこに嫁つがせても、恥ずかしくない者になってもらわないと困る」
そのフレイの意見にダルゴダスが反論できなかった、という。
領主の娘には、政略的な縁談が付きものである。なので、領主の娘として育てられたローズも、そのために勉強しなければならない。
この里では、男性は職人であろう、武人であろう、医療師や専門の職業であろう、結婚したければ、腕を磨きレベル5まで認められてもらうしか道がない。しかし女性は、このルールが適用されていない。このルールを破る者は、里から追い出されることになる。ただ、もともと住んでいる種族には、このルールに適用されない。なぜこのような厳しいルールになったかというと、非常にシンプルな理由だった。
それは「食糧問題」だった。
様々な種族が集まっているこの里の住民は、他の州と違ってほとんどの住民はダルゴダスが連れてきた者ばかりだった。それに、この里で一番数多く住んでいる種族の山猫人族と蛇人族は赤ちゃんから大人まで、皆大食いだ。なので、一時的に深刻な食糧問題が起きていた。だから、
歴史の先生によると、昔から今になっても、この国の周囲との戦争や武力的な摩擦が耐えなかった。最悪にも、この国の王まで死んでしまったのだ。そう、この国には王様がいない。玉座は今のところ龍神様が預かっているようだが、細かい仕事は各領地を治めている領主に任される他、5人の将軍様が龍神様の指示にしたがって国の守りに励んでいるという。簡単に言うと、龍神様が新しい王を選ばないかぎり新しい王が誕生しないのだ。
一番問題になっているのは、モルグ人という種族が一つの国を作り、その領地を力づくで拡大に動いたことだ。
以前ばらばらに生活していたモルグ人はとても弱く、足並みも揃わずに行動していた。そのため、彼らは各地の王国にとって、大した脅威ではなかった。けれど、一人の男がすべて変えた。モルグ人賢者アクバー・モーガンは魔法に対する魔術を発見し、開発した。その魔術では、今まで苦戦してきた魔法による攻撃はほとんど対抗できているのだ。それによって、英雄になった賢者アクバー・モーガンは王国モルグを立ち上げた。魔術により、国王アクバー・モーガンは不死人となった。彼は死なない者となり、絶大な権力を握っている。そのモルグ王国は、ある時アルバトロスを攻撃した。その襲撃によって、アルハトロス国王が命を落としてしまった。けれど、5人の将軍の必死の抵抗によってモルグの進撃を止めることができた。何があっても絶対に負けてはいけない、という必死な思いで、抵抗した。その間に、人々が龍神がいる神殿に祈りながら、嘆いた。
人々はそれほどまでにモルグを恐れている理由はただ一つだ。それは、モルグの魔術の材料には生きている人が材料だったからだ。捕らわれた人々が生きたまま宝石に閉じ込められて、死ぬまで魔術の力の
その中、前代の青竹の里の領主は、神に願い、自分の命と引き替えに、アルハトロスを救うことができる者を召喚して欲しい、と。そして龍神はその願いを叶えて、ダルゴダスと言う「鬼神の大王と二百名の部下達」をこの世界に召喚した。
前の世界で生活に飽きて来たダルゴダスは、龍神の頼みを応えて、自分の国の権力を数多くの子孫の中から一番強い息子に譲った。そして、自分自身と新天地に挑もうと賛同した者たちと共に、神の召喚の輪に入って、この世界に来た訳だ。彼らは、この世界に存在しなかった鬼神種族と、山猫人族と、蛇人族だった。
戦いに参戦したダルゴダスは圧倒的な強さを見せた。モルグ人は負けを認めて、撤退した。これでアルハトロスの平和が戻った。領主失った青竹の里は、ダルゴダスという新領主を迎えて、前代領主の一人娘であるフレイをダルゴダスの妻になった、という。またダルゴダスの部下たちは、青竹の里の領民となり、生活や治安の基盤種族となった。短期間で彼らが戦争によって破壊された町や集落、経済まですべて建て直して、平和な日常が保たれているという。
しかし、長々と先生の説明を受けたローズは、そろそろ限界になってしまいそうだった。歴史を勉強すると、いつも睡魔に襲われるからだ。けれど、この国の話が聞けて、良かった。
「今日はここまで。質問はありますか?」
ローズは先生の言葉に眠気から目が覚めた。
「いいえ、今のところよく分かりました」
「よろしい。では来週は今日習ったことについて、少しテストがあるので、ちゃんと勉強して下さいね」
「えっ!テストですか?」
「はい、何か?」
「いいえ。何も。ありがとおうございました」
慌てて言うローズがばればれだったのでしょう。先生は彼女の部屋を出て、代わりにモイがお茶を持って入った。
「お疲れ様でした。温かいお茶をどうぞ」
「ありがとう、モイ」
ほのかに甘いこのお茶が好きだ。とても落ち着いて、本当に気分が良くなった、とローズがゆっくりとお茶を飲んでいる。
「さて、次は、昼餉の後、百合様と侍女達と一緒に刺繍の練習ですよ。遅刻にならないよう、早めに昼餉をしましょう」
「うむ、刺繍ですか?」
「はい。苦手ですか?」
なんかずばりと当てられた、とローズが苦笑いした。
「苦手というか、得意じゃないから苦手かもしれない」
「誰でも最初から上手な者がいません。ローズ様もちゃんと習うように、と奥様が命じたのです」
「うむ、はい」
ローズは仕方なくお茶を飲み干して、食堂に昼餉を取ることにした。
「難しい」
苦戦しているローズを見て、百合はちらちらとローズを見て、気にする様子だった。大きな針で、とても大変そうだ、と百合は思った。
「痛っ!」
ローズはいきなり叫んだ。すると、侍女達が彼女に駆けつけた。どういう訳か、針が手にぐっさりと刺さってしまった。赤い血が布ににじんで来た。
「大変! 誰か、ローズ様の手当を!」
一人の侍女が大きな声で知らせると、百合はローズを見て、自分の刺繍を置いて、急いで駆けつけた。
「痛そう。大丈夫?」
百合はローズの手を取って、手に刺さった針を抜いて、血を絞った。そして、彼女は薬箱を持ってきた侍女達に手当を任せた。
「ううう、ありがとう」
ローズが涙をしながら、百合に言った。
「いえいえ。ローズさんのお手が小さいので、普通のサイズの針は、凶器となるのではないかと心配していますの」
痛い、とローズがまたうなずいた。あまりの痛さに、涙がまた出てしまった。
「そんなに痛かったの?よしよし、もう泣かないで、大丈夫よ、すぐに治るから」
百合は自分のハンカチでローズの涙を拭いてくれた。なんていう優しいお姉様だ、とローズは思った。
「・・ありがとう、お姉様」
「いいえ。ローズはもうこのぐらいにして、お部屋で休んで良いわ。後で医療師を呼んで、診てもらいましょうね」
百合がとても優しい言葉をかけると、ぽろぽろと泣いているローズをモイに頼んだ、と指示した。モイはうなずいて、ローズをその部屋から連れ出した。
ローズが部屋に戻ると、靴と靴下を脱がされ、寝台に座らされて、しばらくしてから医療師が来た。赤く腫れいる手と傷口を見て、何かの薬を塗って、その上からきれいな布を巻いた。
「もう大丈夫ですよ。今日は痛むが、明日か明後日あたりに、腫れもひいて、痛みもひきます。水にかからない用にして下さいね」
医療師はその後モイに指示をして、部屋を後にした。
「今日の午後の体力訓練と明日の朝のランニングも止めるように、と指示を受けたのです」
「なんか大げさだ。痛いのが手なんだから、体力と関係ないじゃない」
「ダメです。大きな針だったから、今は安静に休むようにと言われました」
「うー」
今度こそ、本当に泣きたい。結局、服まで寝間着に替えられて、外に出られないように、モイは部屋にある椅子に座って、本を読んで、見はった。ローズも暇だから仕方なく寝台で横になることにした。うじうじうじ・・、とローズは口を尖らせている。
トントンと誰かが扉をノックした。百合とその侍女がお見舞いに来た。モイがローズを寝ていないことを確認してから、声をかけた。
「あ、お姉様」
ローズが慌てて寝台から降りようとしたけれど、百合に制止された。
「どうでしたか? 医療師はなんと言った?」
百合が心配そうな顔で聞いた。あんなに恥ずかしがり屋の子が、こんなに優しいお姉様なんて、想像つかなかった、とローズは思った。
「明日か明後日に治るそうです」
「あ、良かった。あまりにも痛そうで、どうなったかと思ったの」
「ありがとうございます」
「いえいえ。だってローズさんは私の妹ですもの。心配して、当たり前でしょう?」
百合の言葉を聞いて、ローズが驚いた。
「うん」
彼女がうなずいた。でも、とても嬉しかった。
「母上に相談して来たのです。ローズさんの手のサイズに合わせて、針や裁縫道具などを、欅お兄様に追加注文をすることになったの。それらができるまで、しばらく習うのをしなくても良い、ということになっています。また刺されたら、大変ですから。私は悲しくなります」
百合は心配そうな顔で言った。
「はい」
「元気になったら、一緒にお絵を描きに出かけましょう。私はきれいな風景を描くのが大好きよ」
「わー、本当ですか?」
あ、でも・・。
「あら、どうしたの?」
急に黙り込んだローズを見て、百合が心配になった。
「私は絵が下手なの、多分・・、上手にできる自信がない」
「あら、それなら私も一緒ですわ。お気にしないで、自由に、お好きな物を描くことだけをやれば良いよ。ねぇ?」
「はい」
「良かった。じゃ、ごきげんよう」
「ごきげんよう」
百合とその侍女はローズの部屋を出て、後にした。
ごきげんよう。
百合の言葉を聞いたローズがまだ目を瞬いている。そのぐらいの挨拶ができて、当たり前か、とローズは思った。きっと彼女にも、そのぐらいの態度が求められているのでしょう。しかし、それはほぼ無理に近いのだ。そもそも、言葉使いが乱暴なローズには、どうしたら上品に言えるのかが問題だ。男の子として転生したら、少しは楽だったりして・・。領主の娘である以上、本当に自覚を持って、行動することが大事だ。将来、職人になろうか、武人になろうか、あるいは政略結婚でどこかの家に嫁ぐことになっても、きっと色々な見えない重みを感じるのでしょう。
けれど、年令的に、彼女はまだ一歳だ。それほどと気にすることはない。結婚なんて、まだまだ遠い未来だ。精神年令が女子高生の10代だけれど、体は幼稚園児以下だ。
このギャップがありすぎる。けれど、この世界は女子の結婚年齢が低そうだが・・、と彼女がそう思いながらモイを見ている。
モイは結婚しないのか、好きな人はいるのか、とローズはいろいろなことが知りたくなった。モイは女子力が高そうだけれど、なぜ結婚しないのか、とローズが思った。モイは背がそこそこ高く、スタイルも良い。それ以上に、彼女がとてもきれいだ。ローズは瞬いて、自分の妄想に夢中になった。
「モイ、聞いても良い?」
結局ローズはもう我慢できなくなって、モイに尋ねた。
「はい。どうなされましたか?」
「モイは好きな人っているの?」
言ってしまった。けれど、モイはその質問に驚いて、しばらく黙ってしまった。
「あ、でも嫌なら答えなくても良いんだ。ごめんね。変なことを聞いてしまったみたい」
ローズが慌てて首を振った。
「大丈夫ですよ。ただびっくりしただけです。長い間考えもしなかったので」
モイは微笑んで、ローズを見つめている。
「昔、大好きな方がいました。いつかその方の隣で、時を末永く過ごし、子どもたちに囲まれて、夢のような暮らしを、その方と共にしたかったのです。でも、激しい戦争によって、あの方は帰らぬ人となってしまいました。お体も、私の元へ帰って来ませんでした。残された私はただただ泣くばかりでした」
モイが静かな声で答えた。ローズがまさかの答えに、その質問の酷さを後悔した。
「ごめんなさい」
ローズが謝罪した。今は自分が悪いと自覚した。
「良いんですよ。ローズ様は謝ることはありません。ダルゴダス様がこちらに来てから、平和が戻って、民が幸せになりました。まだ完全な平和にはなっておりませんが、私はダルゴダス様がきっと私たちを守って下さると信じています。そのために毎朝、体力作りの子どもたちや、柳様のような若い武人達が励んでいる姿を見て、この国は将来、何があっても、大丈夫だと信じています」
モイはにっこりと微笑んだ。
「そうか。新しい出会いを望まないの?」
「ここで働くことでローズ様のような新しい出会いに恵まれているのですよ?これ以上、何を望むのですか?それに私はあの方の分まで、平和を味わって生きて行こうと思います。それに、私の心の中には、あの方しかいません」
そう言いながらモイはにっこりと笑っている。けれど、その瞳はなんだか寂しそうだった。
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