第4話 アルハトロス王国 青竹の里 モーニング・ラン

「おはようございます、ローズ様。朝ですよ!」


ローズを起こしに来たモイの声が聞こえた。彼女を何度も起こしても、向きを変えただけだった。


「んー、まだ眠い。あとちょっと・・、むにゃむにゃ」

「ダメですよ。今日から朝走るのですから、・・はい、ローズ様は良い子ですから、起きて下さい」


モイはローズの毛布を取って、丸くなった彼女を無理矢理起こして、寝間着を脱がし始めた。


「わ、分かった。起きます。自分で着替える」


ローズが慌てて起きて、文句を言いながら自分の寝間着のボタンを自分で外した。


「では、私は温かい湯を持ってきます。お着替えは衣服箱の前にある机に用意しました」

「は~い」


やる気なさそうなローズを見て、モイはくすっと笑い、隣の部屋に行って洗面器とタオルを持って来た。


着替えはズボンとシャツのようなもので、とてもシンプルだ。運動に使う服だから、動きやすいように作られているのでしょう。上等な布で大変着心地が良い。でも、やはり小さい。具体的に言うと、人形サイズだ。ちなみに、かわいいフリルフリルはなかったが、胸元に小さな薔薇の花の刺繍が施されている。


「はい、このタオルでお顔をお拭き下さい」


モイに渡されたタオルを顔に当てて、顔を拭いた。温かく濡れたタオルはとても気持ちが良かった。良い香りがして、もしやお湯に花のエッセンスとか入れているのか、と彼女が思った。モイはローズの足元に靴や靴下を用意し、手伝ってくれた。


「今日からローズ様のお姉様と一緒に走るんですよ」

「お姉様?」


ローズが首を傾げながら、聞いた。


「はい、百合ゆり様ですよ。あら、まだお会いしていませんでしたか?」


モイが髪の毛をきれいに整えながら言った。


「まだ一度も会ってない。私は第三女だと父上に聞いたけど、兄弟で会ったのは柳兄様と欅兄様の二人だけだった」

「そうですか。じゃ、百合ゆり様とすみれ様と会えると良いですね」


髪の毛を解いたモイは簡単に三つ編みにしている。


「菫お姉様は、今日は走らないの?」

「菫様はまだお小さいので、まだ走ることができないのです。やっとお立ちになられて、歩くのにまだ不安定です」

「そんなに小さいのか、お姉様は・・」

「はい。昨年産まれたばかりなので、ローズ様より数日間早かったのです」

「へぇ」


ローズは前世の記憶を断片的にもって転生した自分が、産まれてから、というより、目覚めてから言葉や動きなど同年齢の子どもと比べたら遙かに発達しているのが事実だ。けれど、成長過程はおそらくこれから先は一番遅いでしょう。なぜなら、こんなにも小さいのだからだ。体はもともと庭にある飾り用の人形だったし、しかたがない、と彼女が思った。おまけに頭に薔薇の花も生えているし・・。


「はい、温かい茶です」

「ありがとう」


モイが差し出したお茶は温かく、ほのかに甘みがある。なんの花の茶か知らないけれど、とても美味しい。


「では、集合場所に行きましょう」


モイが部屋の扉を開けて、退室すると、ローズもモイに従って外へ出た。ローズたちが部屋を出たと同時に、隣の寝室の扉が開いた。侍女と一緒に七歳ぐらいの女の子が出た。彼女はとても細くて、きれいな顔している。髪の毛がキラキラと緑か青っぽい色だそうだ。見たことがない色だった。目の色は緑、フレイと同じ色の目をしている。もちろん、彼女も、柳と欅とローズと同様に頭や肩の周りにぽつぽつと鮮やかに光る玉がある。


「おはようございます、百合様」


モイは先に挨拶をした。ローズも頭を下げて、挨拶した。


「おはようございます」


女の子は何も言わず、ローズをじーっと見つめている。百合の侍女は微笑んで、挨拶をした。


「おはようございます、ローズ様。姉上の百合様ですよ」


侍女が百合に優しく話をかけて、挨拶するようにと小さな声で言った。


「お・・おはよう・・ござい・・ます」


彼女が聞こえないぐらい小さな声で挨拶をして、いきなり走って逃げた。突然走り出した彼女を見ると、彼女の侍女も慌てて、彼女を追う。


「どう、どうしたの?」


ローズが何があったか未だに理解できずにいた。


「百合様はとても人見知りで、恥ずかしがり屋ですよ。でも、とても優しく、繊細な方です。仲良くして下さいね」


モイがにっこりと微笑んで、ローズを廊下に導いて、中庭に入って横庭に向かって歩く。まだ太陽が出てないため、薄暗い中庭には所々不思議な灯りに照らされている。


横庭に出ると、十数人の子どもたちがいた。耳が長い子も、山猫の姿やトカゲみたいな生き物など、様々な種族の子ども達が集まっている。その中に百合もいる。


「おはようございます」

「おはよう!」


ローズが元気な挨拶をすると、返してくれた子どもたちがたくさんいる。


「お、みんな元気か?!今日も、力いっぱい、走るんだよ!」


一人の若い男性が前に出て来た。耳が三角っぽいのだから、山猫人族の方だ、とローズは思った。先生かどうか、ローズは分からない。


「ローズさんは、今日走るのが初めてなので、無理をしないように、ね!ゆっくりで良いから、とりあえず屋敷外壁一周走りぬくことが大事だ。慣れて来たら、1位争いに参加しても良いぞ。良いね?!」

「はい」


その男性がとても熱い男だ、とローズが見て、うなずいた。けれど、このような短い足で走るのが大変そうだ。獣の姿の子と争うにはちょっと無理だ。


「よーい!」


全員並んで、次の号令を待つ。


「走れ!」


先生の合図で一斉に走り出した子どもたちである。ローズも小さな足で、一所懸命に走っている。しかし、さすがに皆が早い!あっという間に、彼女の前では、誰もいなくなった。


これはまさしくビリだというものだ、と彼女は苦笑いした。


はい、ビリ決定!、とローズは諦める気持ちで走っている。昔、体育が得意だった気がしたけれど、その記憶が当てにならない記憶だから、本当にそうなのか、彼女は分からない。


しかし、やはりビリはいやだ、とローズはそう思って、再び頑張って走っている。


負けたない!けれど、この足が遅い。我ながらこの非力で悔しい、とローズは思った。


しかし、今は、それをおいて、とにかく最後まで走り抜くことだ。毎日練習すれば感覚を取り戻すことができるでしょう、と彼女は開き直した。


しかし、なんだか、辛い。息が苦しい、とローズは必死に息を整えようとした。


ツー ハー


息を整えながら、走る。すると、少しだけ楽になった。それにしても、この屋敷が大きすぎるのだ。どこまで走ればいいのか、分からない。


「はい、左に曲がるよ!」


どこかに声が聞こえた。前を見ると、一人の先生が曲がるようにと合図をした。


ローズが左に曲がると、そこに広いグラウンドがあった。しかも見たところで、グラウンドが二つもあった。


左側に屋敷の壁があって、そしてグラウンドの右側に複数の建物が見えた。


「ローズ! 頑張れ!」


聞き慣れた声が聞こえた。それは柳の声だ。でも姿が見えない。きっと、この近くにいる、とローズは思った。


ツー ハー ツー ハー


苦しい。これまだ距離があるのか?周囲には、彼女以外、誰もいない。一人で走っているような、とローズは思った。実際に、彼女が、今、一人で走っている。もう目の前に誰もいない。


 「頑張って! 後少し、左に曲がるんだ!」


他の先生の声が聞こえた。後少しだ、とローズは自分に言い聞かせた。


グラウンド2つ分走ったら、左に曲がり、屋敷の前が見えた。昨夜、帰宅した時に、もう日が沈んで、暗くなったから、門がはっきりと見えなかった。けれど、今はちょっと薄暗く見える。立派な門だ。門番の衛兵がいて、とても強そうだ、とローズは思った。


どこまで走らなければいけないんだ、とローズが思った。もう本当に、そろそろ限界に近い。息が苦しく、目も回る。


「後少しだよ! ここの門を通って、入るんだ」


もう一人の先生が向こうで合図出して、扉を手で示した。それは昨日横庭から出た時の扉だった。そこを通ればゴールだ!


えい!後少しだ!頑張れ、私!、とローズは必死な思いで最後の力を絞って走った。


「はい、到着!」


なんとか、ゴールに着いた。ローズが息を切らして、しばらく膝を触りながら息を整えた。他の子どもたちはもうすでに芝生の上で休んで、彼女を待っている。


「ローズちゃん!良く頑張ったのね!」


一人の男の子が彼女を迎えに、手を取った。彼は山猫人族のようだ。尻尾が長くて、ふさふさ。毛の色は茶トラだ。


「ありがとう、待っててくれたんだ」

「当たり前だよ。だって、最後まで走ったのに、誰もいなかったら寂しいんじゃないか?」

「ごめんね、私は足が遅くて・・」

「始めはみんなそうだ。俺だって、よく転んで怪我したよ。でも、1年間も毎日走ったら、それなりに早くなるさ」

「そうなんだ」


彼の言葉を聞いて、ローズが頷いた。


「ローズちゃんは初めてだから、仕方がないね」


近くにいる女の子が言った。トカゲのような顔してて、かわいい模様があって、目がキラキラと光ってる。


「あたしはリナ。家はこの近くなんだけど、今度一緒に遊びましょう!」

「はい、ローズです。よろしくお願いします」


ローズがうなずいて、彼女の手を取って、握手した。


「俺はエリオ。この屋敷の裏に俺んちがあるよ。よろしくな!」


あの茶トラの子が自己紹介した。ほとんど彼らは近所に住んでいる子どもたちばかりだ。


「よし、これで皆が揃ったね。明日、また頑張って走ろう!では、解散!」

「ありがとうございました」


子どもたちが元気よく別れの挨拶して、全員横庭の2つの扉から出て行った。


「じゃ、また明日!」


リナは手を振って、彼女を後にした。エリオはもうどこかに行ってしまったようだ。百合もいない。


一人で歩くと、モイは近づいて来て、きれいなタオルを渡した。


「では、朝風呂に行きましょう。もうすぐ朝餉の時間ですから、きれいな服で着替えなければなりません」

「はい」


無様ぶざまに、ビリになってしまったローズに対して、モイは何も言わなかった。彼女はにっこりと微笑んでいるだけだ。しかし、ローズにとって、自分が情けない。自分が何もできない。何一つも満足にことをやれない。お風呂と同様、走ることもダメ過ぎた。初めてとはいえ、この有様は自分の心のどこかが許さない。非力な自分に悔しい。


「ねぇ、モイ」

「はい?」

「私って無様だった?」

「なぜそう思いますか?」

「だって私って足が遅くて、よく走れなかった」

「そんなことありませんよ。初めてだったのでしょう?あの距離は結構大変なんですよ」

「そうなの?」

「はい」


しばらく言葉を見つからなかった。ローズはうつむいたまま、しばらく静かになった。


「モイ、私はどうしたらいい?」

「何をですか?」


モイは首を傾げている。


「今の自分がダメだと思う。何もかも満足にこなせない自分になんだかいやだと思う」

「あら、私はそう思いませんけど。ローズ様はただお健やかに過ごせれば良いかと思います。お世話が私がやりますから、なんの心配もありませんよ」

「うむ。それはありがたいけど・・」

「けど?」

「みんなの優しさが私の心のどこかに重みになる気がする。皆さんの優しさに対して、自分がなにかを答えられるように、頑張らないとダメだ、と思ってしまう」


ローズがうつむいたまま言った。それは本音で、相当悔しかったからだ。


「あら、そんなことをお考えになるのですね、ローズ様は・・」

「はい。ごめんね。私はやはり変?」

「いいえ。ローズ様はとてもお優しい方なんですね。そしてご自身にとてもお厳しい方でもあるのですね」


モイはローズの目の高さに合わせて、体を低くくした。


「では、朝餉の後、ダルゴダス様にお勉強や修業が教えられる先生にお付け願うことを、ご相談されるのはいかがでしょうか?」

「父上に?」

「はい。裁縫や美術、踊りや武術、興味があることを、専門の先生にお願いすればローズ様の成長に合わせて習うことができると思います」

「そうなんだ」

「もちろんです。では急いで朝仕度をしましょう。そろそろ日が昇ります」

「うん」


二人が足早く部屋に戻って、朝餉の為に仕度する。


朝餉と夕餉。


これはダルゴダス家の習慣である。日が昇ると沈む時に、皆で食事するのが毎日行うことである。領主である父、ダルゴダスを始め、幹部や屋敷で働いている者たちは、ほぼ全員でお食事するのだ。


フレイが自分の部屋で食事をするそうだけれど、ローズはあの高いテーブルとお子様チェアのような椅子で座るのがいやで、あそこで食べたくないと、昨日だだこねて拒否した。その話はフレイの耳まで届いたそうで、「好きにすれば良い」という結論になったようだ。というわけで、ローズがダルゴダスの隣で食事することになった。


体が大きな父の隣に、ミニサイズのローズを並べると、ローズはますます小さく見える。当然幹部の方々や職員の者達の視線がローズに集まってしまった。


それらの視線で、彼女にとって居心地が悪い。けれど、自分がだだこねてやった結果なので、これ以上のわがままは許されることがない、と彼女自身も理解している。今度はもっと離れたところで食べるべきだ、と彼女が思った。


台所厨房から次々と料理が運ばれて来た。どれもとても美味しそうに見える。朝からハードなメニューだ。大きな肉の丸焼きがある。姿その物は大きな動物のようだ。とても香ばしいにおいがした。そして魚とハーブの料理で、見たことが無い料理だ。どれもとても美味しそうだ。野菜も果物も色とりどり、茹でトウモロコシ、ご飯のような料理も大きな皿で運ばれて来た。スープも卵料理など、ローズの目を楽しませてくれた料理ばかりだ。どれも美しく、おいしそうだ。果物のしぼり汁、ようするにジュースで、何種類も運ばれてきた。そして手を洗うためボウルがいくつか近くに運ばれて来た。ボウルの中にスライスされたレモンのような果物が入っている。そのレモンで手を洗えば、手に付いた油やにおいがとれる。


「では、頂きます!」


ダルゴダスが一言を言ったら、人々も一斉に「頂きます!」と大きく言った。


朝っぱらから、全員が豪快に食べている。料理長のセティとその部下達も向こうのテーブルで食事をしている。彼らは笑いながら会話している。


ローズも近くにある料理を取って、口に入れた。黄色いご飯に、赤い野菜が入っている。


スパイシー!


でも、見た目ほど辛くはなかった。野菜の間に、肉が少し入っている。何の肉かが分からないけれど、スパイスが獣くさいのにおいを消している。あのクリーミーな卵料理も見えて、思わず彼女の顔に笑みが見えた。大好物だからだ。


「ローズ、もっと食べなさい。このエルゴ草原の大牛の丸焼きはうまいぞ!」


そう言いながら父が豪快に肉を切って彼女のお皿に載せた。大きい!、と彼女が驚いてしまった。


「ははは、ダルゴダス様、その肉、ローズ様には大きすぎるのではないか?」


隣に座っている武官らしい者が言った。


「そうなのか?ローズ、そなたは結構大食いだと、昨日食堂の者から話を聞いたぞ」

「え!いや・・そんなに・・」

「5皿も、一人で食べたそうだ。ねぇ、セティ!そうだったか?」


ダルゴダスはセティを呼んで確かめた。


「ああ、本当でしたよ。柳様の分まで、一人で食べて尽くしましたよ。嬉しかったわい」


向こうのテーブルから大きな声が聞こえた。全員が視線を彼女に向けた。食堂に笑う声に包まれた。


「なぁ?だから大丈夫だ。まぁ、食べなさい。たくさん食べて、たくさん遊んで、たくさん勉強して、修業するんだ」

「うむ」

「良いか、ローズ。これからたくさんいろんなことやって、頑張るんだよ」


ダルゴダスが笑いながら、自分の分の肉を食べている。


「そんなことなんだけど、父上」

「なんだ?やはり肉が大きいのか?」

「あ、いえ。肉じゃなくて・・」

「言いたいことは言うが良い」


ダルゴダスが肉を置いて、ローズを見ている。


「うむ、はい。私が、自分がこんなにも弱くて、何もできずに、何も分からずに、何一つも能力や知識もない。こんな自分がいやなので、勉強や修業ができるすべを与えて欲しい」


ローズが恐る恐ると頼むと、ダルゴダスの顔に笑みが見えた。


「ほう、そなたは何を勉強したいのか?裁縫か?刺繍?女子のたしなみなら、そなたの母や侍女長に相談すれば良いが?」

「うむ。まず、この国の文字を勉強したい。そして、少しでも体力がつくように基礎訓練もやりたい」

「武術でも修行したいのか?」

「武術かどうかまだ分からない。けれど、少なくても走って、ビリにならなければ良いと思います」


ローズが恥ずかしそうに言った。事実、彼女がビリだったからだ。


「なるほど。今日の結果は、そんなに悔しかったのか?」

「はい」


やはりダルゴダスが報告を受けていたのようだ。


「なるほど。考えておこう。さぁ、今はしっかりと朝餉を取るのだ。食べなさい」

「はい!ありがとうございます」


ローズがうなずいて、肉に手を付けた。


「ははは、さー、そこの衛兵、おまえもしっかり食べなさい。体が一番小さい。体作りも仕事の一部だ」

「はい!」


指摘を受けた衛兵の一人がうなずいて、敬礼した。顔に米粒がついている。そして再び座って、食事を続けている。


毎日こんなに賑やかな食事タイムなんだ、と彼女がそう思いながら食べた。上司と部下、同じ空間で食事する。楽しく、美味しく、そしてしっかりと情報交換を行う。


しかし侍女達は、ここにはいない。話によると、男性たちが食べた後、侍女や一部の衛兵、そして台所担当の者が食事するそうだ。もちろん残り物の食事ではなく、新しい料理セットの同じメニューだ、と聞いた。


残り物は肥料にして、生産部に渡すというエコな仕組みだ。しかし、この様子では、料理がほとんど残ってない、と彼女が思う。なぜなら、全部美味しいからだ。


「柳兄様がいない。一緒に朝餉をしないの?昨日のことで具合が悪いの?」


ローズがキョロキョロすると、彼女の向かいに座っている者が驚いた顔した。


「おや?ご存じ無いのですか?柳様はここに住んでいらっしゃらないのです」

「え?そうなんですか?」

「はい。柳様は今レベル3の寮に住んでいて、朝餉は向こうの寮の食堂で取るようになるのです」

「そうなんだ。じゃ、昨日ここに来たのは私を会いに・・」


ローズが考え込みながら、その人が言った言葉を聞いた。


「それは本当だ。柳はそなたがいつ目覚めてくれるか定期的に見舞いに来た。偶然におととい、目の前でそなたが目覚めて、とても喜んでいたよ」


ダルゴダスがうなずきながら、肉を切って、食べた。


「まぁ、あれのいたずらで、そなたもこれからが大変だろうが、許してやれ、あれは悪気がなかった」


彼がそう言いながら食べた。


「はい、柳兄様は昨日謝りました。でも私にとって、大した問題ではない」

「なるほど。それを聞いて、安心した。良かった。そうだ、ローズ、今日柳に会いに行くと良い。彼はしばらく外出禁止の処分で落ち込んでいるのだろう。あれほど無茶してはいけないと言ったのに、よりによって、雷鳥を一人で倒そうとした」

「でも柳兄様は私を守ったよ?おかげでこうやって無事に父上と朝餉ができるんじゃないですか」

「それはそうだ。当たり前なことをしたまでだ。柳は武人になると決めた以上、弱いそなたを守るのが当然な仕事だ。が、レベルが高い敵は危険がいっぱい。無謀に敵に向かって攻撃したら、何があったら、誰がそなたを守るのだ?倒しきれなかったら、どうなるか、そこまで想定しないといけない。未熟が故に、命をお粗末にする行動は許さん。しっかりと反省しなければいけなない。分かったか、ローズ?」

「はい」


厳しさの裏に愛情がある。彼のいう通りだ、とローズがうなずいた。ローズも同じことをしたら、きっとものすごく怒られるのでしょう。生きていればの話だけど。そう考えながら、彼女がお皿にのっけられた大きな肉を食べ尽くした。


食事の後、ローズがモイと一緒に柳が住んでいる寮へ出かけた。屋敷の横庭から門を通って、そこからしばらく東へ進む。


確かその辺りで、柳の声が聞こえた。そのグラウンドの東側にいくつかの高い建物があった。


「あそこに見えるのは柳様の寮ですよ」


モイは手で一つの建物を示した。


「ここにある建物が、似たような作りなんだけど、全部寮ですか?」


ローズが周囲を確認すると、一つ一つの建物の特徴を見た。どうやら、色違いで分かりやすくしているのだ。


「はい。一番向こうにある建物はレベル1,順番に、次の建物はレベル2の寮で、そしてこちらはレベル3の寮です。また向こうに離れている建物はレベル4からレベル8までの建物ですよ」


なるほど。1から3までは屋敷の近くで、ちょっと離れたところでそこにある別の二つのグラウンドを囲むような作りで、4つの建物があった。それらはレベル4からレベル8までの寮だったのか。


「レベル8以上の寮はないの?」


ローズが尋ねると、モイがうなずいた。


「はい、ありません。大体レベルが高い者は、役職に就くので職場の寮か、または自分の家かを持っているのが一般的です。遠くにお仕事をする者達は里帰りの時にレベル8の寮を一時的に借りるのもあります。または空いている部屋を借りるのも一般的です」

「そうなんですか?ホテルはないの?」

「ホテル?それはなんでしょうか?」

「うむ、部屋を一日ごとに貸している商売のこと。料金を取って、その代わり寝る場所を提供するんだ」

「ああ、それは宿ですね。大きな町に行けばあるのですが、こちらではありません。旅人も希に来るのですから、あっても商売にならないかと思います。どうしても寝るところが必要なのでしたら、空いている部屋を使うか、空き地にテントを設置するか、人数に合わせて技術部が何とかしてくれます」


なるほど、とローズがうなずいた。それほど人口がないということだ。旅人が希だということは、閉鎖的なのか、あるいはやはり交通機関があまり発達していないということかもしれない。


「着きましたよ」


レベル3の寮の入り口に到着した。そこで寮長に許可を取って、面会を許されてもらった。柳はこの建物の5階に住んでいるようだ。ローズたちは身内なので、中へ入ることが許されている。身内でなければ、厳しいチェックを受けて、訪問の目的など細かく聞かれるそうだ。それは寮の規則だ。


さすがに5階まで階段は大変だった。ローズがヘトヘトになって、やっと柳の部屋の前に到着した。ここの世界の建物は、結構作りが大きい、と彼女がそう思いながら周囲を見ている。


モイは扉をノックして、声を出した。しばらくして中から返事の声が聞こえた。扉が開くと柳が現れた。モイは頭を下げて挨拶した。


「おはようございます」

「モイ?あ!ローズだ!」

「おはようございます、柳兄さん」

「おはようローズ、どうぞ入って。モイも入って」

「はい。失礼します」


ローズたちが柳の部屋に入った。とてもシンプルなワンルーム部屋で、小さなキッチンとテーブル一つと椅子一つ。壁に本棚があって、その中に本がびっしりと並んでいる。床に厚い絨毯があって、枕や座布団があった。けれど、寝台がない。近くに毛布がきれいにたたんである。


台所の近くに小さな部屋があって、そこは水場のようだ。水場では、トイレと湯船ゆぶねが完備されている。簡単に言うと、風呂場だ。また部屋の奥にベランダがあり、そこからグラウンドが見える。


「モイ、適当に座ってて」


柳は一枚の座布団をモイに渡し、そしてローズがいるところに近づいた。彼がベランダに行く扉を開けて、二人でベランダに出た。とても良い風が吹いている。


「今朝ローズが走っているのを見たよ。よく頑張ったな」

「うむ」


ローズがうなずいた。


「俺が応援したけど聞こえたかな?この距離からで・・」

「はい、聞こえたけど・・」

「どうしたの?なんかあった?」

「ビリだった」

「ああ、見えた。そうだろうなと思ったけど、別に良いんじゃない?初めてだったし」

「うむ。でも私は遅かったから、皆を待たせてしまった。なんか悪いことしたような気分」


ローズがそう言いながら風を感じている。


「ああ、分かる、そんな気分だ」

「お兄さんも似たような経験あるの?」

「あるさ。山猫人族の子に一度も勝ったことがない。彼らは、走るのが得意だからな。勝負を何度もかけたけど、惨敗の連続さ」

「そうなんだ」

「だからローズも諦めずに頑張って走りぬくことに専念すれば良いと思うよ」


柳が微笑みながら慰めた。


「私は非力で、足も遅い。何もできない自分がとても腹が立つと思っている」

「ローズが足が遅いのではなく、足が小さいから、他の者の1歩に対してローズの場合2-3歩が必要だ。あるいはそれ以上歩かなければいけないんだ。走るになるとそれが速度の問題で、回数や瞬発力の問題でもある。他の子と同じぐらい走りたいなら、足の瞬発力と回転速度をもっと上げればいいと思うよ」

「うむ」

「ほら、小動物が必死に逃げている時は、見たことあるかな?例えば、山兎やまうさぎだ。あれは必死に走って逃げる時に、前足や後ろ足がものすごく早く動くのだろう?」


山兎は見たことがないけれど、なんとなく想像ができる、とローズがうなずいた。


「それにさ、ローズは非力ではないぞ」

「え?」

「ローズの体の中に父上の血が入ってないけど、母上の愛情がたっぷり入っている。それが人形が体となり、欅が作ったそのきれいな目も、まぁ俺が書いた落書きはともかく、ローズの命や体そのものが、その全てを作ってくれたのが龍神様だよ」

「そうか」

「だからローズは、鬼神ではないと思うけど、木の精霊の力や龍神様の加護が2つも入っている。魔力の素質が俺より上じゃないか、と思うんだ」

「え?」

「気づかなかったか?ローズの蔓が屋敷に着くまで消えなかったのだろう?俺の蔓だと、そこまで維持できないよ」


そう言われて見れば、そうかもしれない。


「母上に収まり方を教えてもらった。きれいにできたけど、頭の花が枯れて、今はつぼみになったらしい」

「ははは、見えたよ。蔓が出て来た瞬間、頭の真上の花がきれいに咲いた。かわいかったけど、力尽きて褒める力が無くて、残念だ」

「いや、褒められても、どう反応すれば良いのか、困るんだけど」

「ははは、素直じゃないな」


柳はローズを見て、笑った。でも本当は、そのような問題じゃない、とローズはため息ついた。頭に花が生えている人なんて、おかしい、とローズは思っている。


「そういえば、父上に聞いたけど、兄さんは外出禁止を命じられたって?」

「ああ、本当さ。無茶をしたからね。もっと重い罰を受けるか、と覚悟はしていたけど、外出禁止だけで済んだって、ちょっとびっくり。でもこれの為、しばらくローズとどこにも遊びにいけないな」

「どのぐらい外出禁止になるの?」

「1ヶ月」

「結構長いね」

「まぁ、ね」

「大丈夫?」

「大丈夫だと言ったらうそになる。俺は狩りや周囲の見はりの手伝いなどが好きで、1ヶ月間もずっと、ここに引きこもりって、考えるだけで結構大変だ。体が固くなるし、動けるのは寮の運動室だけだ。思いっきり技も使えない。本を読んで魔力修業でもしようかなと思ったけど、悩むところだ。他の勉強すれば良いと思ったけど、考えるうちに段々眠くなるよね」


柳が苦笑いした。


「なんか分かります」

「なぜ分かる?」

「なんとなく、前世の記憶にそんな感じがあった気がする」

「へぇ、そうなんだ。でもすごいな、前世の記憶があると聞いて、興味深い」


柳がローズを見て、興味津々だ。


「うむ、私の記憶は不完全だよ。断片的に覚えただけで、確信はない。でも、勉強が辛い、そんな記憶があるわ」

「どんなこと勉強したの?」

「よく覚えてない。ごめんなさい」

「残念。でも気にするな。これから新しい記憶を作れば良いさ」

「うん、私もそう思っているの」


ローズがうなずいて、微笑んだ。


「俺たちは似てるな。兄弟だからか」

「そうだと思います」

「頼もしい妹を持っている俺は幸せ者だ。これからもたくさん頑張るんだ、ローズ。朝走る時に応援するよ。まぁ、しばらくここにずっといるし、外出禁止解かれたらまた分からないけど」

「ありがとう、兄さん」

「こちらこそ。俺のことが心配で、お見舞いにしに来たのだろう?」

「あら、ばれた?」


ローズがにっこりと笑った。柳も思わず笑って、かわいい妹の頭をなでた。


「だね。ばればれだったの。さて、茶を煎れようか。中に入ろう」


中に入ったらモイは台所でお茶を煎れているところだった。


「勝手に台所を使ってしまい、お許し下さい」

「あ、かまわない。適当に使って良いよ」


柳は低いテーブルを取って、ローズの前に置いた。ローズは座布団を取って、柳の分と自分の分を置いてから、テーブルの周りに座る。


「どうぞ」

「ありがとう、モイ」


モイはお茶を持って差し出した。そして再び台所に戻りいろいろと作業している。


「そうだ、昨日欅からの鏡、俺が持ったままだった。返すのを忘れてしまった。ごめんね、ローズ。確認したけど、どこも壊れてないようだ。はい、これ」

「あ、はい。ありがとう」


金属でできた鏡だ。とても美しく、丈夫だ。


「そうだ、兄さん。私は父上に勉強や修業したいとお願いしたの」

「ほう?どうだった?」

「考えておこうと言ってました」

「そうか。先生が決まったら、知らせてね」

「はい!」

「楽しみだね」


ローズがうなずいて、お茶を飲んだ。モイが煎れてくれたこの茶の味がさわやかな味がする。


勉強、楽しみだ!

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