第3話 アルハトロス王国 青竹の里 職人と武人

ここはとてものどかな地域だ。


賑やかな町からしばらく足を伸ばすと、景色がいっぺん変わって、広々とした自然がみえた。円のような畑が見えた。なぜ畑の形が丸いのかと柳に尋ねたら、この世界に適した形だそうだ。麦のような食物やトウモロコシのような食物も見えるが、どこかが違う。サイズそのものが違うのもあるけど、色がもっと濃い、とローズは思った。信用できない自分の記憶だから確信がない、とローズはそれらの風景を見渡している。


そもそも世界そのものが違う。これは断言できる。雲の色は白っぽいけど、太陽は赤っぽいのだ。しかも、この国だと一年中温かいと聞いた。ということは、あの中庭にある赤い葉っぱの木は、もともと赤い葉っぱだということだ。季節が秋だから赤くなるのではなかった。


しかし、花の名前や木の名前は、前世のローズがいた世界とは同じだった。自分は薔薇と呼ばれ、与えられたお皿の模様はローズが知った薔薇の花だった。それにしても、あのお皿の模様は、本当に美しかった。良い物もらったから、大切に使わないといけない。


一番驚いたのが、住宅街に訪れた時だった。人の形をしている者が多い中、人のように見えるが、耳が動物の耳のような人がいたことだった。小さい体がいれば、ものすごく大きな者もいた。けれど、他人の体のサイズをどうのこうのという立場じゃない、とローズは思った。もしかすると、一番小さかったのは自分だったりして、と彼女は思った。身長が五十センチもない自分は、間違いなく、小さい。自分の頭ですら洗えないローズは、これからどうなると考えるだけで不安がいっぱいだ。


元々自分が庭人形だったから仕方ないけれど、龍神様の神水のおかげで人形の体が肉体や血が通っている体となり、ありがたいことだ、と彼女は思った。


やはり神様はいるんだな、すごいな、神様ありがとう!、とローズは密かに思った。


体が小さくても、普通にご飯食べて、息をしている。そして、柳という名前のお兄さんとの散策を楽しむことができる。五体満足で何よりだ。小さいのが不便だけれど、でも生きることに感謝をしないといけない。


歩きながら、柳はこの世界の人々のことを説明した。区別するために、人は○○人族という。例えば、猫の耳をしている人は、山猫人族やまねこびとぞくだ。蛇の特徴である鱗は蛇人族へびびとぞくだという。その他に熊のような種族や、猪、兎などもいた。人々は若い時の姿と大人の姿が、若干、違っている。けれど、その種族の形がはっきりとしている。


ちなみにローズの母であるフレイが木の精霊で、父であるダルゴダスは鬼神の種族だ。だからダルゴダスの体が大きい、と柳が説明した。


「生活しやすくするために体の大きさや形を調整する技があるよ。変化というんだ」


柳は身長がおよそ160センチぐらいだ。さっきからずっと彼女を抱きかかえていたから、疲れているのでしょう、とローズは思った。


「じゃ、私もその体の調整ができる技を身に付けていれば、柳兄様みたいになるかな?」

「ははは、できるかもしれないね。でも簡単な修業なんてないのだから、苦労するかもしれないな。でも、頑張れよ、ローズ!」

「はい!」


ローズがうんと、うなずいた。


「あ、そうだ、言うのを忘れるところだった。その兄様という呼び方はやめて欲しいんだ」

「え?なんで?」

「ダルゴダス家は武人の家系だ。一応、父上が貴族の位を持ったけれど、この国では、貴族がほとんどいないから、あまり使わないんだ。それに、父上も過剰な尊敬語や振る舞いがきらいだと言ったし」

「ふむふむ」

「もともと武人なのでサッパリとした振る舞いを好んでいるんだ。でも必ず敬を払い、相手に接することもしなければいけない」


柳が簡単に説明した。


「母上はもともと貴族だから仕方ないが、父上は裏と表のある振る舞いが苦手な性格でね、考えていることを正直に言わないと逆に怒られる始末になってしまう」

「ふむふむ」


ローズがうなずいた。


「じゃ、何て呼べば良いの?」

「兄さん、兄ちゃん、にい、何だって構わない。親が領主でも、子どもはその親の肩書きとは関係ないんだ、と父上が言った。屋敷の外に出たら、もうそこで平民と同じだ。だから、周りに合わせて、呼び名も改めよ、と言うことだ」

「はい、分かりました。柳兄さん」

「えらい」


柳はにっこりと笑った。とても凛々しく、格好良かった、とローズが彼を見つめている。


「もう少しだ、あそこは職人の集落だ」


柳が言うと、ローズも周囲を見渡している。確かに、景色が変わっている。畑から工場のような建物になった。家々や高い建物がいくつかあって、金属が叩かれている音や、トントントンといったような、物が叩かれている音が聞こえている。花の香りから、ものすごく変な匂いまで漂って来る。


集落に入ると様々な工場がある。そこにいる職人達が仕事しているのがみえた。工場の前で完成した物や作りたてな物もある。鎧、武器、鍋、お皿、コップ、スプーン、ベルト、布、いろいろあって、どれも素晴らしい。


「ローズ、着いたよ」


柳が一つの建物の前に足を止めた。柳はローズを降ろして、扉をノックした。


「やぁ、けやき、いるか?」


柳は鍵がかかっていない扉を開けながら、中にいる人を呼んだ。すると中から声が聞こえてきた。走る足音も。


ドンドンドンドン!


「柳にぃ!いらっしゃい!おお!、まさか、薔薇か?!わー、起きたんだ!良かった!」


欅の姿を見たローズは口を開いたまま瞬いた。なぜなら、欅はとても大きいからだ。大きさを言うと、柳よりもずっと大きな人だ。身長も高く、2メートルを越えたぐらいだった。彼はいきなりローズを取って、持ち上げて、抱きしめた。


くっ、くるしい!


「はふ、はっふ!」


ローズが必死に息をしようとした。


「ローズを離せ。死ぬぞ、欅」

「あ、ごめん、ごめん。僕、嬉しかったんだ、やっと起きたからね。あれ?ローズ?薔薇ではなくて?」


欅がローズを降ろして、笑った。ローズはふらふらしながら、柳の足に必死でつかまり、息を整えた。柳も笑って、ローズの頭をなでた。


「ローズと言う名前で呼ばれたいって。父上もそれを許可した」

「分かった。ローズちゃんだね」


欅がうなずいた。


「はじめまして、ローズ。僕は君の兄さんだよ。欅と言うんだ。ようこそ、僕の工場に」

「あ、はい。ローズです。よろしくお願いします」

「じゃ、中へ入って下さい。美味しい茶とお菓子あるから、ご馳走するよ」


欅が自分の工房へ招いた。


「ああ、行こう、ローズ。君も疲れただろう、遠かったね」

「あ、はい」


工場の中に入ると、とても広い空間があって、金属でできた作品が数多く飾られている。これらはすべて欅の作品なのか、とローズが思った。


「どうぞ。こちらに座って」 


欅はきれいな絨毯の上を手で示した。座布団を並べて、そこに座るようにと合図した。柳も適当に近くにある座布団をとって、ローズの隣に座った。


欅が奥にある小さなキッチンからやかんとコップをとって、茶を煎れた。とても良い香り、とローズは思った。お茶とお菓子を彼女の近くにある低いテーブルの上に置いて、勧めた。


「どうぞ。熱いから気をつけてね」

「はい。いただきます」


ああ、とても良い香りで、おいしい、と彼女はそう思いながらゆっくりと飲んだ。お茶というよりも、ハーブティーのような物だ。昔よく飲んだ、と彼女は思った。けれど、どんなハーブティーか思い出せなかった。


「美味しい」

「良かった。お菓子もどうぞ」


ローズは勧められたまま焼き菓子を一つ取って、口に入れた。ドライフルーツの甘みがとても上品な味のお菓子だ。


「これは欅兄さんが作ったものなの?」

「ん?お皿はそうだよ。僕が作ったんだ」

「いや、お皿ではなく、お菓子のことです」

「ああ、いや。お菓子は近くのお菓子工場が作った市販品です。これ、安いけど、美味しいんだ。僕がこのお菓子大好きなんだ」


欅が笑いながら答えた。


「たしかに美味しい。あとでその店よっておみやげに買っていこうか」


柳は美味しそうにその焼き菓子を食べて、満足そうな顔している。


「欅兄さんは何の職人ですか?」


ローズが聞くと、欅が微笑んだ。


「僕は日用品の職人と言えば分かるかな?銀細工とか、金属を加工することが好きで、いつも親方と一緒に仕事しているんだ。でも今日は親方が留守なので、僕一人でお留守番しているところなの」

「親方がいないのか。どこかに出かけているの?」


柳は周りを見ながら尋ねた。


「山に、宝石を調達すると言って、今になっても帰らないんだ。もう三日も経ったのだから、そろそろ警備隊に届けておかないといけないと思ってね。どうしようかと、迷っているところなんだ」

「そうか、後で俺が警備隊に行くよ。前もそうだけど、多分、大丈夫だ。親方は強いからな」

「そうだね。前は親方が山で拾った茸をとって食べてしまって、お腹が痛くなったらしい。近くで狩りをしていた食料調達部隊に発見されて、命拾いしたこともあったね」


おい、拾い食いはだめだよ、とローズがそう思いながら呆れた顔をした。


「まぁ、なんとかなるんだろう。職人だと言っても、まったく武術できないって訳でもないからな」

「そうだね、親方はなんだかんだレベル5の武人だし」


欅がお茶を飲みながら説明した。


「職人でも、武術を習わないとダメなの?」


ローズが会話を遮って、聞いて見た。


「人によって違うんだ。欅はまったくダメだったね。唯一できる技はバリアーだけだ」


柳が言うと、欅が笑った。


「まぁ、これは母上に感謝しなければいけないんだ。俺たち兄弟は木の精霊の加護で植物によるバリアーが発動するんだ。ほら、ローズにもあるよ。ピンク色のかわいいぽつぽつと光の玉が頭の周りにあるんだろう?それはローズの守りだよ」

「え?」


ローズがキョロキョロすると、欅が驚いた。


「おや、もしかすると鏡で自分の姿を見たことない?」

「はい、ありません。部屋に鏡がなかった」

「そうか、じゃ、これをあげよう」


欅は立ち上がって、棚の上から手鏡を取って、ローズにあげた。サイズが小さい、ちょうど良い、と彼女は思った。


「本当は、今度屋敷に帰る時に、君にプレゼントしようと思ったんだ。けど、君がここに来たから、今あげよう。他のものはまだ作成中なので、今度持って行くよ」


欅がそう言いながら、またお茶を飲んだ。


「わーい!ありがとう、欅兄さん」

「いえいえ。もらってくれて、僕だって嬉しいんだ」


欅が笑いながら言った。


「僕はまだ見習いなので、親方の作品のようにきれいな物がまだ作れないんだ。でも、もっとうまく作れるように頑張るよ」


ローズは頷きながら自分の顔を見つめた。青い目、白い肌、ピンク色の唇、くるくると黒い髪、薔薇の花が頭の上に・・。


ん?・・薔薇?


「なんで頭の上に薔薇の花があるんだ?」


不思議そうな顔で疑問を唱えたローズだった。


「まぁ、母上の趣味だからな。薔薇の花を植えていたんだ、人形の頭で」


柳はお菓子を食べながら説明した。


「え?」

「でもかわいいから、良いんじゃないの?」


ちょっと待って、それは普通なの?、とローズが信じられない様子で聞いた。


「うむ」


微妙だ。激しく微妙だ。ローズが何度も頭の上にある花を見つめている。


「そういえば、兄さん。ローズに謝った?」


欅が鋭い視線で柳を見つめた。


「あ、まだ」


柳は慌ててお菓子をおいて、気まずそうな顔していた。


「ダメだよ、ちゃんと謝らないといけないよ。これから、彼女がそれと一生付き合わなくてはいけない。ローズが本当にかわいそうだよ」


欅が真面目に言うと、ローズがキョロキョロした。


「なんのこと?」


何のことか、理解できていなかった。


「ごめん、ローズ。まじで、ごめんなさい。父上にものすごく怒られたんだ」


柳は頭を下げて、謝った。


「いや、よく分からないんだけど」


ローズが言うと、欅が彼女の手鏡を取って、顔にかざした。その鏡で見えた左目の下に、ちょうどほっぺの辺りから耳の近くまで変な模様が描かれていた。


模様・・?


「俺が落書きしたんだ。意味不明だったんだ。適当に描いて、魔法師みたいに魔法陣を描いて、ドーンと魔神召喚!、とふざけていた」


柳は気まずそうに彼女を見つめている。


「けど、まさかその人形が、君の器になってしまうなど想像しなかった」


あらまぁ・・、と彼女は口を開いて呆れてしまった。


「父上が、君の魂を定着するために近くにある物を取ったんだ。で、まさかそれが落書きされた人形だと思わなかった。母上が必死に消そうとしたけど、一度魂が定着したから、もう何もかも手遅れだった」

「うむ」


ローズがまた自分の顔を見て、手で触れた。


「五体満足なだけでも良かったと父上が言ったから、仕方なく母上が諦めたんだ。だから母上が君に鏡を与えなかった。けど、僕はあえてこの鏡を作って君に与えた。君は自分のことを知るべきなんだからね」


欅は鏡をローズの手に置いた。


「そうか」


だから部屋に鏡が無かったんだ。でも遅かれ早かれ、いつか自分の顔にこんな変な模様があったことを知るのでしょうに。


「ごめんね、ローズ。悪気はなかった。ただ適当にいたずらしたかっただけだった」


柳はもう一度手を合わせて謝罪した。


「ううん。大丈夫よ。あえて安心。これで、私はどこへ行っても、柳兄さんと一緒だね」


ローズがにっこりと笑ってうなずいた。


「ありがとう、ローズ。君は優しいんだね」


柳は安心した様子でローズを見つめている。


「僕もローズといつでも一緒だよ。ローズの両目は僕が溶かした宝石とガラスで作ったんだよ」

「え?本当に?」


欅が笑いながら語った。


「本当だ。欅は器用だからな。ほらみて、俺の短剣の鞘、この飾りも欅が作ってくれたんだ。レベル3になったときのお祝いだって。中の短剣は親方が父上の依頼で作ってくれたんだけどね」


柳は短剣を見せた。確かに立派な物だ、とローズがうなずいた。


「へぇ、親方は武器作れたんだ。彼は武器職人?」

「そうだよ。でも僕は武器よりも、お皿や鏡、こういう実用品を作るのが好きなんだ」

「すごいな」

「ありがとう。ローズも、なにか作って欲しいものがあれば、遠慮せずに僕のところに来てね」

「はい!」


頼もしいお兄さんが二人もいて、ローズはとても幸せを感じた。欅は体が大きいけど、とても器用で、穏やかだ。柳は優しくて、強いんだ。どのぐらい強いのか分からないけど、とにかく強いらしい。


「さて、そろそろ俺たちが戻らないと、侍女達が騒ぐ。欅、警備隊に寄って行くから、大丈夫だ」


柳は立ち上がって、鏡をローズの手から、自分のポケットに入れた。


「鏡は俺が預かる。屋敷に着いたら、返す」

「はい」


ローズも立ち上がって、うなずいた。


「欅、ありがとう」

「いえいえ、また遊びに来てね」


手を振って、欅と別れたローズたちは、お店がたくさん並ぶ道にでた。お菓子を買ってから、警備隊に向かった。その警備隊で、柳は欅の親方の捜索をお願いした。


帰り道に少し遠回りして、ぎりぎりの所まで、外壁が見えた。そこに警備隊とレベルが高い者しか通ることができない門がある。レベル3の柳ですら一人でその門をくぐったことがない、と言う厳しいルールがある。欅の親方が行った山はその門の向こうにあると言う。レベル5である親方は一人で門を出ることができるけれど、さすがに三日も帰って来ないから、やはり心配だ。


「気をつけろ!」


突然の叫び声が聞こえた。柳は素早くローズの体をかばい周囲を確認した。すると、上から「キィーー!」という音が聞こえて、大きな鳥が頭の上に飛んでいる。どうやら山から来たようだ。


「やばい、あれは雷鳥らいちょうだ!」


柳は険しい表情で頭の上に円を描くように飛んでいる大きな鳥を見つめている。


「バリアー!」


柳の体の回りにある緑色光がぐんぐんと動いて、光り出している。


「やばいな、雷鳥はとても凶暴だ。上から物理攻撃や雷攻撃をしてくるので、レベル5以上じゃないとかなり厳しい。ローズ、そこの木の下まで移動するよ。落ちないようにしっかりと俺につかまってね!」


一瞬でもこの状況はどのぐらい危険なのか分かる。雷鳥と呼ばれる鳥はとても大きく、鋭い爪が見えた。色は青っぽく、キラキラと光る羽根がとても美しい。けれど、その名前通り、雷を放つという特徴な鳥だそうだ。


柳はローズを背負いながら素早く大きな木の下に移動しているが、雷鳥はその動きを見てしまった。


バーン!


大きな音と共に地面に雷が落ちた。危機一髪だった。後少しずれたら、的中だったかもしれない。


怖いよ!、とローズが目を閉じて、柳の背中にしがみついた。柳は体勢を整えて、体を低くして周囲確認して、再び動き出した。


「行くぞ、ローズ!」

「はい!」


必死に首にしがみついたローズは、上に動いたことを感じた。必死に走っている柳の背中で目を閉じていたら・・


バーン!


「キャー!」


大きな爆発音によって、ローズが大きく投げ飛ばされた。この感覚、あの時のような感覚だった。あの駅で、爆発を受けた時の感覚だ。


「ローズ!ローズ!大丈夫か!」


なにか聞こえたけど、とローズは分かった。柳だと思うけれど、体が動かない。


「ローズ!ローズ!返事しろ!しっかり!」


柳はローズの体を拾って、素早く動いたようだ。風を感じた。声も聞こえるのに、返事ができない、体も動かない。鳥の羽の音も分かる。


バサッ! バサッ!


駆けつけていた者たちの声や足音も聞こえる。でも状況は、相変わらず良くなかった。


全然動けないローズは柳の足手まといになってしまった。


やだなぁ、せっかく転生したのに、ここで鳥の餌になってしまったらやだなぁ。起きなくちゃ、私!しっかりしろよ、私!、とローズが必死に自分に言い聞かせた。


バーン!


雷が木に直撃した。でもなんだか違う、と彼女が感じた。自然は良くできているんだ。生命があふれる大地に、生きる為の術は、なんでも用意されている。雷の震動で手が動いた。


「兄さん」

「ローズ、良かった。大丈夫か?」

「はい、なんとか」

「よし、ローズはそこにいて、動かないで。体を低くして、俺は応援が来るまで必ず守るからね!」


柳の両手から緑色の光が現れた。


「大地よ、柳が命じる、我に力を与えたまえ!」


手の平から鞭のような物が現れた。しんなりしていて、重たそうだ、と彼女には見えた。柳はその鞭をそれぞれの手でしっかりと握って、鮮やかな動きで動かし、パーン!と乾いた音が響いた。


音にびっくり雷鳥は翼を動かして、また狙おうとしている。柳は2本の鞭で構えて、駆けつけた警備隊と動きを合わせて、連携を試みている。


バーン!


雷がまた落ちた。何人かの警備隊が倒れた。ギリギリで交わした柳は、その額から赤い血がみえた。


「お兄さん!」

「動くな、ローズ!」


そう言いながら、構えを整える柳であった。


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


彼がいきなり大きな声を出して、ものすごく圧力に満ちる赤いオーラを解き放つ。ローズは、それが何かが分からない。ただ、それはものすごく大きな力が感じられるぐらい、強い。柳の目が緑から赤くなり、牙が生えた。


鬼神はそういう姿なのか。


柳は1本の鞭を上に投げて、低く飛んでいる雷鳥に鞭で引っ掛けた。すると、驚いた雷鳥が暴れて、それも構わず、ひゅっと彼がその雷鳥の背中に飛び込んだ。もう一本の鞭を鳥の首にかけ縛った。雷鳥が激しく暴れて、柳を振り落とそうとしていた。けれども、4本の蔓は動いて体を固定した。すると、柳は右手を離して、腰にあった短剣を手にして、鳥の首を刺した。


鮮やかな赤い色の血の雨が空から降って来た。すると、数人の上位者武人と見られる部隊が見えて、鳥の背中に乗って、ものすごく強い技を放ち、雷鳥が息絶えて、落ちた。


「お兄さん!」


ローズは落ちて来る柳を見て走り出した。もっと早く、地面に行かないようにもっともっと・・届けー!と思った瞬間、彼女の体から赤い光が出て、頭の回りから蔓が伸びた。柳の体を受け止めようとしたが、警備隊の一人の方が早かった。


「兄さん! 兄さん!」


必死に叫んだローズの声の後、大きな音と共に雷鳥が地面に落ちた。


「ローズ!無事か?」

「私は無事です。お兄さんは?大丈夫なの?」


ローズは心配そうに聞くと、警備隊の者がうなずいた。


「大丈夫だよ。力尽きただけだ、心配ない」

「良かった!」


警備隊の者は柳をゆっくりと座らせて、数人の医療隊員が駆けつけて来た。


よく見ると、柳の目の色は、普通の緑色に戻った。あの怖い牙もなくなった。あれは変身なのか?、とローズが思った。けれども、それはどうでも良い、と彼女が思った。なぜなら、柳の頭から血がまだ流れているからだ。


「かすり傷です。大丈夫だ。薬をぬったから二か三日で治るでしょう」


医療隊員は柳の頭に薬の清潔な布をつけて固定した。


「さすがダルゴダス様の息子だ。すごいな。あの大きな鳥をレベル3で倒したのは君が初めてだ」

「いや、必死だったからつい・・」

「でも無茶してはいけないな。怒られると思うが、覚悟した方が良いね」

「はい、すみません」

「まぁ、お疲れさん、今夜ゆっくりと休め。おーい!誰か、この二人を屋敷まで送ってやってくれ!馬車で、丁重にな!」


ローズたちは馬車に乗せられて、屋敷まで送ってもらった。馬車から降りたら、フレイが心配そうに待っていた。しかも、無惨な姿のローズを見たモイが泣き出してしまった。


フレイはローズと柳を一人ずつ抱いて、無事で良かったと言った。けれど、ローズの蔓を見た瞬間、彼女が思わず笑い出した。


「ローズ、後でその守りの蔓のしまい方教えましょう。出したままじゃ、ちょっとおかしいよ」


ローズがきょとんとうなずいた。もしや、ものすごく間抜けな格好しているのか、と彼女が思った。でも、とりあえず・・。


「ただいま」

「おかえりなさい」

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