第10話 侍女に敵わない皇帝

どれくらい経ったのか部屋の扉を叩く音が部屋の中に響く。


「誰だ?」

「ウラリーでございます」

「入れ」


せめてベッドを出てから中に招いてほしかったのに。扉を開けて入って来たのは昨晩お世話になった侍女だった。


「おはようございます。陛下、アリアーヌ様」

「おはよう」

「おはようございます…」


人と同じベッドに寝転んでいる状況を誰かに見られるのはとても恥ずかしい。ぎこちなく挨拶をするとウラリーの目がぎらりと光ったように見えた。


「どうして陛下の腕の中にアリアーヌ様がいらっしゃるのでしょうか?まさか…」

「違う」

「アリアーヌ様、正直にお答えください。陛下によからぬ事をされたのでしょうか?」


昨晩と変わらずレオンスを睨みつけながら尋ねてくるウラリーは本当に私の心配をしてくれているのだろう。その優しさが嬉しい。首を横に振って「大丈夫です」と答えた。すると彼女の表情が和らいでいく。


「良かったです」

「何もしないと言っただろ」

「抱き締めているではありませんか」

「これくらい良いだろ!」


抱きしめて寝ることをこれくらいと言っているあたりレオンスは女性慣れしているのだろうか。良い大人なのだから恋愛感情抜きにしても付き合っていた人が居てもおかしくない。

大帝国の皇帝だしきっと私以外にも多くの女性を娶るのよね。生き残っていけるかしら。


「良いわけないでしょう!好きな女性を床に連れ込んだ挙句に抱き締めて寝るなど紳士の風上にも置けません!後でお説教ですからね!」

「私は皇帝だぞ」

「だから何ですか?皇帝なら何をしても許されると思わないでください」


ウラリーの言葉になにも言い返せなくなるレオンス。正論ではあるけどそれを本人に言える人なんて彼女くらいなものだ。


「アリア、昨日はすまなかった」

「いえ…」


皇帝陛下がそんな風に謝らないでください。

そう言うべきなのだろうか。でもウラリーの視線が少し怖い。


「それではアリアーヌ様の準備をしますので陛下は部屋を出て行ってもらえますか?」

「ここは俺の…」

「出て行ってもらえますね?」


ウラリーと気迫に押されてレオンスは「はい」としょんぼりした様子で返事をする。ベッドから抜け出そうとする彼の袖を引っ張ると首を傾げられた。起き上がってウラリーに声が聞こえないよう耳元に近づく。


「昨日のことですが…。私、嫌だったわけじゃないですからあまり気にしないでください」


実際に嫌だったわけじゃない。昨日の夜レオンスは抱きしめる以上のことだって出来たはずなのに。彼は朝まで優しく抱きしめてくれていただけ。彼の体温があったからゆっくり寝られたような気もするから。恥ずかしさはあっても嫌という気持ちにはならなかった。


「気を使わなくても良いんだぞ」

「本心です」

「まったく君はどれだけ私を惚れさせたら気が済むんだ」


柔らかく笑ったレオンスは少し元気を取り戻したみたいだ。ベッドから立ち上がった彼に続くように降りると頭を撫でられる。


「準備が終わったら一緒に朝食にしよう」

「はい、分かりました」

「また後で」


レオは頭を撫でるのが癖なの?

すぐに撫でてくるのよね。でも、それが嫌じゃない。手が大きいから安心するのかしら。


「アリアーヌ様、陛下をあまり甘やかさない方がよろしいかと」

「甘やかしてないわよ…?」

「嫌なものは嫌とはっきり言ってあげてくださいね、すぐ調子に乗るので」


ウラリーの厳しさがあるからそこまで私が厳しく接する必要はないと思うのだけど。否定する勇気も持てず笑って頷いた。


「少々お待ち下さい。ただ今お召し物を持って参りますので」


一度部屋を出て行ったウラリーは菫色の花の刺繍が施されたワンピースを持って戻ってきた。生地や縫い方を見れば全てが上質な物であると分かる。流石は皇城で用意された服だ。


「綺麗なワンピースね」

「こちらは陛下からの贈り物でございます」

「そうなのね…」


いつ準備したのかしら。

聞いたら前々から準備しておいたと言ってきそうな気がする。レオンスは用意が良い人だから。


「会ったらお礼を言わないとね」


ワンピースを撫でながら言うとウラリーは「はい」と頷く。

着替えを済ませると案内されたのは広めのダイニングルームだった。既に朝食の用意がされている。よく考えると昨日の舞踏会前以来なにも食べていない。良い匂いに誘われて腹の虫が鳴ってしまいそうだ。


「アリア、よく似合っている」


ぼんやり食事のことを考えているといつの間にか隣に立っていたレオンスが優しく笑いかけてくる。


「素敵なお召し物をありがとうございます」

「君の好みに合ったか?」

「はい。とても嬉しいです」


趣味まで調べたのかと聞きたくなるくらい私好みのワンピースだ。にこりと微笑むとレオンスは満足気な表情を浮かべた。私の腰に腕を回して「朝食にしよう」とエスコートをしてくれる。


「公爵達は既に到着しているぞ」

「もうですか?」

「そうだ」


いくらなんでも早過ぎる気がするけど。

私も早くお会いしたかったから嬉しいわ。


「朝食が終わったら会いに行こう」

「分かりました」


レオンスの言葉に小さく頷いた。

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